「……うーん」

 「……すぅーすぅー」


 チュンチュンと雀の鳴く音が聞こえる。

 ああ、朝だ。

 早く起きて鍛錬を……


 「…………すぅ、すぅ」

 「……………………」


 左腕が柔らかな感触に包まれている。

 ギギギ……とまるで錆付いたブリキの人形みたいな動きで恭也は自分の左隣にいる人物を見る。

 そこにいた人物を見て背筋にありえないほどの冷や汗が出てくる。


 「……ふぃ、フィアッセ」


 左腕はフィアッセに抱きつかれており、胸の感触がダイレクトに伝わってくる。

 静かに繰り返す胸の鼓動すら感じ取れてしまう程の密着状態。

 そしてこの全身、布団を直に感じられる感触。

 間違いなく自分は全裸だ。


 「…………待て、落ち着け俺。結論付けるには些か早すぎる」


 一緒に暮らして一晩目でこの展開は駄目すぎる。

 実は俺は節操なしだったのかと半ば本気で悩む恭也。


 (そもそも、それならそれでそーいった記憶が無いのは何故なんだ……無念)


 普段は表に出ない健全な高校生男子としての一面すら出てしまう恭也。

 かなり深く混乱しているらしい。


 「…………………………む、そう言えば確か」


 自分は風呂に入っていた筈だ。

 その後の記憶が無い。

 そして全裸。


 「……なるほど、のぼせたのか」


 別にフィアッセとどうこうなった訳ではないと安心しながらも微妙に物足りなくも感じつつ、とりあえず何か着るものを探そうとベッドから出る恭也。

 ごそごそと動く恭也に反応したのか、フィアッセが目を覚ます。


 「う……ん……きょう…や……?」

 「フィアッセ!?」


 フィアッセが身を起こす。

 既にベッドから抜け出ていた恭也が慌てふためく。

 恭也が慌てた理由は二つ。

 一つは自分が全裸なうえに衣服の場所がわからないので動くに動けない己のこの状況について。

 もう一つは……


 (む……胸が……くっ! 見るな……)


 身を起こしたフィアッセの服装はYシャツで前がとまっていない状態だったのだ。

 当然、胸の谷間も見えるし、おへそだって見える。

 さすがにその下はまだ下半身がふとんの中にあるために見えないが。


 (見たいような、見たくないような…………)


 これで穿いていなかったら、もしかしなくても緊急事態だ。

 その結果が恐ろしくもあるが、恭也とて男である。そういった事に興味が無いとはいえない。

 まぁ、一般平均と比べるとかなり控えめな方なので、よく従妹に枯れてるといわれるのだが。


 (……というか、俺はあの状態のフィアッセに腕を抱かれていたのか?)


 その光景を思い、顔を真っ赤にする恭也。

 もはや、自分の格好をそっちのけで色々と思考の海に沈んでいく。

 対するフィアッセは寝起きでボーっと恭也の方を見ていたのだが、意識が覚醒したのか、ハッと息を呑み状況を理解する。


 「Noooooooooooooooooooooo!!!!」


 黒き剣士のアヴァター二日目はこうして幕を開けた。














 黒き翼の救世主 その5 白桃色の生活 恋の鞘当て編










 「ごめんね、恭也」

 「いや、いい。こちらこそ色々と迷惑をかけた」


 朝、朝食を済ませてフローリア学園へと向かって歩く恭也とフィアッセ。

 何でも、フィアッセがあの格好で眠っていたのは、こっちの世界に来る少し前に見たドラマの同棲生活のワンシーンを真似てみたいということが原因だった。

 どうせ恭也は気絶してるし、少しくらい大丈夫だろうと一緒にベッドに入り想像の翼を羽ばたかせていたところ、本気で眠ってしまい、朝に至ったということらしい。


 「あ、あのね! 今朝のことはお互い、忘却の彼方へってことで……」

 「わ、わかった」

 「あと……これは任意だけど……私、あんな姿見られたんだからお嫁に行けなくなっちゃった……責任とってくれる?」

 「な、なななな……」

 「あはは♪」


 いたずらっぽく笑って少しだけ駆け足になるフィアッセ。

 恭也は冗談だと思いつつも、少し先でこちらを振り返って『早く早く♪』と促すフィアッセの姿がとても愛しいものに見えて……


 (冗談じゃなければいいのにな…………)


 ……と、この光景に暖かさを感じつつもどこか寂しい気分になった。


 朝の登校にまさか隣にフィアッセが一緒になるなんて現代では考えれないこと。

 それがしかも異世界の学校に行くことになるなんて誰が想像できるだろう。


 「世の中、何が起こるか解らないな……」

 「そうだねー、恭也とこんな風に一緒に登校できるなんて夢みたい」

 「そうだな……」


 道には他にも学生寮がいっぱいで仕方なく外で住んでいる生徒達の登校風景があり、二人の姿は少し浮いていたがほぼ溶け込んでいると言ってもいいくらいだった。

 まぁ、昨日の今日なので注目はされていたのだが、それは仕方の無いところだろう。


 「ね、恭也?」

 「ん?」

 「手……つないでもいい?」

 「それは……すこし恥ずかしい」


 フィアッセにとってそれは憧れだった。

 毎朝、美由希と一緒に出て行く恭也。

 二人、手をつなぐ事はあまり無いのだが、皆無ということもなかった。

 急いでいる時などは、繋いでいたりもした。

 それを送り出す立場だったフィアッセにはそれがとても眩しく見えていて……

 普段、悲しそうな表情を見せないフィアッセがとても寂しそうに見えて……

 恭也はそんなフィアッセは見たくなくて……

 フィアッセの笑っている姿が見たくて……


 ギュ……


 気が付いたら恭也はフィアッセの手を握っていた。


 「…………あ」

 「…………いくぞ、フィアッセ」

 「うん♪」


 まるで花が咲いたようなフィアッセの笑顔に恭也もまんざらではなさそうにフローリア学園に向かって歩いていった。

 ちなみに、そのフィアッセの笑顔を目撃した男子学生達が一目惚れしたりファンクラブを作ったりする事になるのは余談である。
















 二人が仲良くフローリア学園の門をくぐり、校舎の中に入ったところで見知った顔に出会った。

 金の髪束ね、青と白を基調とした修道服を来た少女、ベリオ・トロープである。

 いつもと違うところは、微妙に頬を引き攣らせているところだろうか。


 「おはよう、ベリオ♪」

 「おはようございます、ベリオさん」

 「高町くん、探しましたよ」

 「……何か御用でも?」

 「ええ……高町くん宛に『荷物』が届いてますよ」

 「『荷物』……?」

 「もしかしてフィリスに頼んだやつじゃない?」

 「それで……出来れば素早く、手早く、穏便に『荷物』を引き取って欲しいんですが」


 ベリオが頭を抱えながら力無い声で呟く。

 どことなく苦労人だろうことが恭也にも解った。


 「とにかく、来てください」


 そう言って歩き出すベリオ。

 恭也とフィアッセは荷物が届いたくらいで何があったのだろうと訝しがりながらも付いていくのであった。







 「………………」

 「………………」

 「………………」

 「あー! もう! 何でこの私が貨物扱いで異世界間空輸されないといけないのよっ!? あのメカオタ吸血鬼めっ! 今度会ったら献血パックの血の血液型の種類をバラバラにしといてやるんだから!」

 「くぅん、くぅん!」

 「あーもう! さっきからくーくー煩いっ!」

 「くぅん……」

 「………………」

 「………………」

 「………………」

 「………………一つ、聞いていいですか?」

 「なんでしょうか?」

 「あれ、荷物なんですか?」


 目の前で鎖でぐるぐる巻きにされてぎゃーぎゃー喚く金髪紫眼の美女。

 人とは思えぬ(事実、人ではないのだが)美貌もその言動で台無しになっている。

 さらに言うならキョンシーよろしく額に張られた『天地無用』の張り紙がさらにその美貌を地に落としている。

 そんな光景を目の当たりにして恭也とフィアッセは溜め息をついて、彼女に話しかけた。


 「イレイン! 久遠!」


 イレイン。

 現代に残る自動人形の最新の機体。

 人外の戦闘能力を有し、さらに『もっとも人間に近づける』をコンセプトに作られた自動人形。

 見かけも、動きも、全て人間に近づけた……だが心は人間に近づけすぎた所為で暴走した。

 『束縛されず、従属せず、人間として生きるために作られた自動人形』は異常なまでに『自由』を求めた。

 しかし、自動人形には必ずマスターがいる。マスターには絶対服従。そこのどこに『自由』があるだろう……人形はそう思った。

 故に何らかの理由で安全装置が解除された場合、必ずマスターを屠ってきた『起動者殺しの最終機体』

 事情があり、恭也ともう一人の自動人形ノエルと戦うことになり、イレインからのコマンドで動く半自律型の分身であるオプションを5体従えて戦うも、恭也にオプション全てとイレイン自身の奥の手である『静かなる蛇』を破壊され、ノエルの捨て身の攻撃で撃破される。

 しかし、その後、ノエルの主人……イレインから言わせるとメカオタ吸血鬼の忍の手で修理され、色々と制限されて復活する。

 最初は不満気にしていたが、それなりに自由な為、最近はこれでもいいかと妥協し、今まで目を向けなかった色々な事に興味を持ち始めている。


 久遠。

 恭也の世界にある神社を縄張りにしている子狐。

 飼い主の神咲那美と一緒に霊障を祓う仕事をしている。

 もちろん、只の狐であるはずもなく、その正体はかつて雷を操り、全国の神社、仏閣を破壊し尽くし、京の手練れの術師何十人を食い殺した祟り狐。

 色々あって、久遠の中にいた祟りの部分だけを祓うことに成功したが、全て祓えたわけでもないらしい。

 ちなみに、人化も出来るが語彙は少ない。

 今は愛らしい子狐の姿である。


 ちなみにこの一人と一匹、主人やら飼い主やら高町一家から恭也とフィアッセを二人きりにするなと厳命を受けている。

 イレインは一応、忍の命令には逆らえないし、久遠は放っておいても恭也につきまとう。

 余談だが、桃子だけは、出来るだけ二人きりに……だけど場合によっては二人のうちどっちかが恭也を落としても可! などと面白さと息子の幸せのみ追求したことを言っていたりする。


 「恭也! フィアッセ! 遅いわよ! 恭也がいらないこと言うから私が皆にふんじばられて無理矢理こっちにこさされちゃったじゃないの!」

 「……俺、何か拙い事言ったか?」

 「あんたが人を寄越すなっていうから、人外を送ってやるって決まったのよ!」

 「…………何考えてるんだ、あの人達は」


 あまりの馬鹿馬鹿しさに頭が痛くなる恭也。

 これじゃ、ただの子供の屁理屈だ。


 「くぅん♪」

 「久遠までこっちに送って……帰れなかったらどうするつもりなんだ……」

 「久遠〜♪ おいでおいで〜」


 フィアッセが膝を地面につけ、ふとももをパンパンと両手で叩くと、久遠が嬉しそうな鳴き声をあげてフィアッセの腕の中に駆け込んでいく。

 その間に、恭也はイレインを縛っている鎖を断ち切り、額に張られていた張り紙をとって自由の身にする。


 「まったく……えらいめに遭ったわ。あー、やっぱり自由が一番よ」

 「自由はいいが、人に迷惑かけないようにな」

 「迷惑こうむったのはこっちよ……まぁ、それはそれとして、一晩あのメカオタ吸血鬼らが話し合った結果、生活用具やらと一緒に私、久遠、それと……」


 イレインが言葉を途中で切って、おそらく俺の生活用具らしい荷物の中からごそごそと布に包まれた長い棒状のものを取り出す。

 イレインは布も取らないままそれを恭也に渡した。


 「これは?」

 「ま、今開けるような物じゃないわ。人のいない所で開けた方が賢明よ」

 「そうか」


 イレインの言葉に取りかけていた布をまた元に戻す。

 だいたい、持った感じで中身が想像できたが、開けるなと言われていることだし、これ以上イレインの期限が悪くなるのも困り者だ。


 「ま、そういうわけ。私と久遠も一緒に厄介になる事になったから……残念だけどもうフィアッセと二人きりにはなれないわよ」

 「……?」

 「相変わらず朴念仁ね。まぁ、いいわ」


 イレインはごく自然に恭也の腕をとり歩き出す。


 「破滅だか救世主だか何だか知らないけど、要はそいつらぶっ飛ばせばいいんでしょ? だったらとっととぶっ飛ばしに行くわよ!」

 「いや、まだ敵はいないんだが……」

 「…………」

 「…………」

 「…………いつでるのよ?」

 「…………いつでるんです?」


 そういえば……と恭也がこの中で一番知っている可能性が高そうなベリオに向かって聞く。

 イレインも恭也にならってベリオの方を見る。

 二人に見つめられたベリオだが、ベリオとて当然知っている筈も無く。


 「さ……さぁ……? で、ですけどっ、普段から己を鍛えておけば、いつか来る破滅に対抗するだけの力が付くのです!」

 「じゃあ、今のあんたはヘボヘボなわけ?」

 「そ、そういうわけじゃ……」

 「ふぅん、ま、敵がいないんじゃ仕方ないわね」

 「それより、イレイン、恭也から離れてよ」

 「やーよ、こんな世界まで放り込まれたんだから、役得の一つや二つないとやってらんないわよ」


 そう言って見せ付ける様に恭也にしなだれかかるイレイン。

 胸を押し付け余裕の表情である。

 恭也はこういった女性に免疫が無いのかカチンコチンに固まっていたりする。

 もちろん、イレインの胸の感触が今朝のことを思い出させるのに十分な威力を発揮していたのも、硬直の理由の一つではあるが。


 「もうっ恭也! 私の時は赤くなったりしないくせに!」

 「いや、あの、その……」

 「あら、朴念仁だと思ってたけどちゃんと意識してるじゃない…………恭也、あんた本気の私に勝ったことあるんだから……好きよ」

 「……は?」

 「弱い男が嫌いで、強い男が好き。だけど私に勝った男なんて恭也しかいないじゃない。だからあんたが好きだって言ってるのよ」


 なんとも大雑把な理論であるが、イレインは本気である。

 実働起動時間が短いために、あまり理論的には動けないのである。

 もともとの性格もあるのだが。


 「とにかく、恭也から離れてよっ!」

 「わっ!? ちょっと、引っ張らないでよ!」

 「くぅん♪」


 イレインを引き剥がそうとするフィアッセと対抗意識燃やして恭也にくっつくイレイン、それとフィアッセの腕を伝って恭也の肩まで辿り着いた久遠。


 「久遠も久しぶり」

 「くぅん♪」


 もはや、こうなったら止められない事を悟り、妙な気分も消し飛んだ恭也は、とりあえず身近にあった久遠を撫でる事で癒されることを選んだ。

 恭也に頭を撫でられてご機嫌な久遠。


 二人がいがみ合い、一人と一匹が癒されてる謎の空間に取り込まれた哀れな被害者ベリオは、このメンツが間違いなく悩みの種になることを悟り溜め息をつくのであった。

 もう一つ言うと、恭也の関係者がさらにもう一人増える事なんて、予想もしなかったし予想もしたくなかったベリオであった。















 あとがき


 黒き翼ようやく5話です。

 これでとらハ側のメンツはほぼ揃いました。

 あと一人は誰か?

 それはそのうちw

 あと、メンツが微妙だという意見は却下ですw

 次からはDSのシナリオに沿って(?)話が展開される(予定)でしょうw