「しかし困りましたねぇ……」
ダウニーを筆頭とする教師陣が破壊された学生寮前を修復している光景を遠目にベリオはそう呟いた。
彼女の悩みの種は……大河の行動やら、リリィの独断専行やら、裏人格との折り合いやら……とまぁ、多岐にわたるわけだが、現在の悩みは別である。
高町恭也という異世界人の寝床である。
「大河の時も言ったと思うけど、傭兵科の寝床だってもう満室だぜ?」
「そうなんですよねぇ……」
「……救世主科の寮じゃダメなんですか?」
「いけません! 只でさえ大河君という野獣を寮に放し飼いにしているんですから、これ以上は!」
「誰が野獣だ!」
「バカ大河」
「マスター」
「師匠のことではござらんか?」
「大河のことだろ?」
「お兄ちゃん」
「げふっ! ……っていうかお前ら、俺をあんな物置に放り込んでその言い種かい!」
わいわいがやがやと騒ぐ救世主クラス+α。
大河が待遇の改善を主張し、ベリオ、リリィがより危険だからと問答無用で却下し、リコ、カエデが大河を援護、未亜が兄妹なんだから一緒の部屋で……とそれぞれが主張し、話が大河の桃色悪事の数々に及ぼうとした時、黒い翼を仕舞ったフィアッセが近寄ってくる。
「あの……ちょっといいかな?」
「何ですか、フィアッセさん?」
「恭也の部屋の話なんだけど…………学園の外に借りてる私のアパートで一緒に暮らす……っていうのじゃダメかな?」
時が凍った瞬間だった。
黒き翼の救世主 その4 白桃色の生活 同棲編
「あの……二人が知り合いだったと知った時から気になっていたんですけど……お二人の関係って、どういった関係なんですか?」
ベリオの質問に女性陣、男性陣、共に頷く。
女性陣にとって……もっと言えば恋する乙女な方々にとっては気になるところである。
男性陣にとっても重要事項である。返答如何によっては美しい女性が一人、攻略不能になる為である。
そんな皆の興味、疑問を解消する為の興味本位の質問。
そんな質問をされた恭也とフィアッセは顔を見合わせて、どう言ったものかと思案する。
「俺達の関係と言われても……」
「ちょっと答えにくいね……」
「フィアッセは大切な家族で」
「恭也は大切な家族で」
「うちの姉的存在で……」
「仲のいい幼馴染で……」
「うちの喫茶のチーフで……」
「翠屋の店長の子供で……」
「ずっとこれからも守り続けていく存在」
「私にとって替えの無い大切な宝物」
二人がいい終わる頃にはとても優しい雰囲気が出来上がっていた。
お互いがお互いを大切に想い合う。
それが彼らの絆。
恋愛とか、そういった物を超えた絆。
興味本位で聞いた方が己をあさましく思わせるほど純粋で裏表の無い感情。
『大切なもの』
彼らの互いに向け合っている感情はまさしくそれだった。
純粋で真っ直ぐでごまかしや嘘のきかない原初の感情。
絶対に無くすわけにはいかない。
今なら彼らにも、アヴァターに来た当初の恭也の気持ちが理解できた。
無くすわけにはいかないものを失い、それを追ってアヴァターまで単身乗り込み、周囲を全て警戒する。
必死だったのだ。
守りたいものがあったから。
「それに……私、恭也のフィアンセだから」
「「「「「「嘘っ!?」」」」」」
「……ってどうして恭也さんまで驚いているんですか?」
「フィアッセ……嘘はよくない」
恭也がそういうと、フィアッセの表情が少し拗ねたように変化する。
「恭也……忘れちゃった? ずっと小さい頃の結婚しようって言ってくれた約束……」
「……………………………………………………………………あ……」
「恭也……私を貰ってくれるって言ったのに……あーあ、恭也に誑かされちゃった……」
「人聞きの悪い事を……大体、フィアッセだってOKしたじゃないか」
どうも不覚にもフィアッセとの約束を忘れていたらしい恭也が一矢報いようとなんとかそうきり返す。
が、こういったことはフィアッセの方が数段上手である。恭也が弱すぎるという意見も無視できないが。
「うん、ちゃんとOKしたよ…………今も、これからも、ずっと忘れてなんてあげないよ?」
「う……」
さすがにそう切り返されると何も言えない恭也。
恭也にはこの言葉の意味が読み取れない。
もしかして……と思いつつも、やはり冗談だろうと結論付ける。
フィアッセもそれを承知でわざと冗談っぽく言っているのだ。
冗談のような口振り。
だけどそれは本気にもとれる口振り。
別に冗談だと思って逃げても構わない。
もちろん本心は本気と受け取って欲しい。
そして色好い返事が欲しい。
だけどフィアッセはそうしない。
恭也が自分からフィアッセが本気と感じ取って本気にしてもらいたいから。
そういう希望とやはり怖いという不安がフィアッセを縛ってこういう口振りになるのだ。
一方、大河達はこのやり取りから二人の関係を正確に読み取っていた。
「……ある意味、同居しても問題ないみたいですね」
「……みたいですね」
リコの呟きに同意するベリオ。
問題アリといえど、さすがにこの二人の恋路を邪魔するほど無粋ではないらしい。
以前のベリオならこうはいかなかっただろうが、大河の影響で結構アバウトになってきているのだ。
まぁ、大河とセルが血涙流しながら羨ましがっているのはご愛嬌といったところか。
「わかりました、学園長には私たちから言っておきますね」
「んー、Thanks ベリオ♪」
フィアッセがベリオを嬉しそうに抱きしめてから、恭也の手をとって歩いていく。
こうして黒き剣士と黒き翼の歌姫は同居する事となった。
「しかし……いいのか?」
「私だって高町さんちにはいつも泊まってたんだし、気にしなくてもいいよー♪」
フィアッセのアパートに来て、とりあえず中で一服した後に恭也は改めてこれでよかったのか聞き返してみる。
もちろん、フィアッセが嫌がるわけもなく即座にそう切り返した。
「……それにしても大変なことになったな」
「そうだね、でも恭也が来てくれたからきっと大丈夫」
「過大評価されても困るんだが……」
「それに……私もコレのお陰で少しは恭也の力になれそうだし」
そう言って胸元にあるペンダントを手に取る。
原理は解らないが、レムを止めようと翼を出した時もいつも程に苦しくはなかった。
おそらくペンダントがエネルギーを肩代わりしたんだろう。
「ミュリエルにはああ言っちゃったけど、このペンダントがあったら私も少しは恭也の力になれると思うの」
「フィアッセ……フィアッセは戦わなくていい。フィアッセには歌の方が似合ってる。敵がいるなら俺がフィアッセを守るから」
恭也の言葉にフィアッセは軽く首を振る。
「私、恭也に守られてるだけじゃ嫌なの。私だって恭也を守りたい……翼はまた黒く染まっちゃったけど、心はあの頃の私には戻っていないから……」
「だけど危険だ」
「それだったら恭也だって危険じゃない……今まで守られてきたけど私だってもう子供じゃないよ……自分に守れる力があるなら守ってあげたいの」
こうなったフィアッセは非常に頑固である。
こと恭也に関しての事だ、引くはずも無い。
恭也は何を言っても無駄だと長年の付き合いから悟り、それならばフィアッセが力を使う状況すら作らないくらいに守りきると心に誓う。
「そう言えばフィアッセ」
「なに?」
「現代にテレポートは出来ないのは解ったんだが、連絡も出来なかったのか? 魔法とかある世界なら会話手段くらいあると思うんだが」
「それが出来ないみたい」
「……そうか。困ったな」
「どうしたの?」
「いや、フィリス先生とかに連絡を取りたかったんだが……すぐ帰ると行って出てきたものだからな……」
と、恭也が困っていると都合よく響く声。
『恭也くん……聞こえますか恭也くん?』
「フィリス先生!」
「フィリス!」
『その声はフィアッセ! 恭也くん、フィアッセと会えたのね!?』
「ええ、何とか」
『だったら早く帰ってきてください! みんな心配しているんですよ!』
「それなんですが……どうもそう事がうまく運ばなくなりまして……」
恭也はフィリスにこの世界の事やフィアッセの翼が再び黒化したことなどを話した。
フィリスは驚きながらも恭也の話を聞く。
『なるほど……そちらの世界があらゆる世界の根で、破滅に滅ぼされようとしている。その世界が滅べば他の世界も滅ぶと……困りましたね』
「はい……それを無しにしても、黙って見過ごすわけにもいかないですし」
『どの道、フィアッセの翼が黒化したままじゃ帰れないわけですし仕方ありませんね……』
「ええ、ですから出来れば日用雑貨や道具一式を転送とかお願いしたいんですが」
『解りました。それにしても僅か一日で寝床を確保できるなんて幸運でしたね』
「いえ、フィアッセが確保していたアパートに転がり込んだだけですが……」
『……へ?』
「「…………」」
『……つまり……フィアッセと二人っきりで同じ部屋に?』
「「…………」」
『……それって同棲じゃないですかっっっっっ!』
フィリスの叫び声の後に、おそらく後で様子を見ていたであろう高町家+αの叫び声があがる。
『ちょっと高町くん! 内縁の妻の忍ちゃんを置き去りにしてフィアッセさんと同棲なんて……ってちょっと那美、押さな……』
『恭也さん! 今、私も行きますから早まったことはその後に私と……』
『恭也っ! かーさんが許すっ! フィアッセを手篭めに……ちょっと美由希、晶、レン放しなさ……モゴモゴ』
「……とりあえずこれ以上、こっちの世界に人を送り込まないで下さい。本気で危険なんで」
『解りました……荷物だけ送りますよ、恭也くん……ええ、荷物だけ』
「……声が怖いよ、フィリス……」
何だか不気味な雰囲気を残して切れる通信。
騒がしかった通信の後だけに、寂寥感が残った。
「恭也……私達、同棲だって♪」
「……ああ」
そんな雰囲気を振り払うようにフィアッセの楽しそうな声が響く。
「そうだ! 恭也、これからご飯にする? お風呂にする? それとも……」
「お風呂で」
「むぅ〜、最後まで言わせてくれてもいいじゃない」
「軽々しくそういう事を言うものじゃない……俺だからいいものの……他の人に言ったら確実に誤解されるぞ」
「…………軽々しくなんて言わない。それに恭也にしか言わないよ?」
どくん、と恭也の胸が高鳴る。
姉のような存在のフィアッセの切なそうな一言。
二人きりという状況と先程認識させられた同棲という状況。
その効果もあってか、朴念仁の恭也も少しドギマギする。
「……風呂に入る」
「は〜い、もう用意できてるよ」
照れ隠しにわざとぶっきらぼうに言い放つ。
恭也は洗面所まで歩いていきドアを閉めてから服を脱ぐ。
裸になったところでドア越しにフィアッセから声をかけられた。
「恭也ー、同棲っぽく一緒に入る?」
「ぶっ! ふぃ、フィアッセ!」
「あはは……残念♪ 着替え、ここに置いとくね」
そう言って足音が遠ざかっていく。
残された恭也も少し呆然としていたが、気を取り直し湯船につかる。
(落ち着け俺……落ち着け俺……今のは冗談だ)
(普段の言動からしてフィアッセは俺のことを弟にしか見ていない……)
湯船に浸かりながらフィアッセのことを考える恭也。
だが、考えれば考えるほど不満が募っていく。
弟としか見られていないことに不満が募る。
実際はそうではないのだが、恭也はそれに感づけるほど敏感ではない。
朴念仁たる所以である。
だが、自覚が無い以上、思考は泥沼ループにはまっていくばかりである。
恭也のアヴァター第一日目は湯船でのぼせている所をフィアッセに救出される事で幕を下ろすのだった。
あとがき
恭也、フィアッセ同棲生活の巻。
あと1話でとらハ側の下準備はほぼ完了。
ちなみにフィアッセ、ペンダントのエネルギーが続く限りはかなり強いです。