それはフローリア学園を案内されていた恭也達の最後の場所で起こった一コマ。
「あ……その……困ります」
「きゃーっ! 『困ります』だって! クールそうな感じしてたのに案外ウブなんだ」
「ねぇ、握手して! 握手!」
「くぉーら女子ども、俺たちだって高町さんと話したいんだよ! 質問終ったならどっかいけよ」
「なっ! 男子の癖にナマイキー」
「うるせー! これからは男の時代なんだよっ!」
何処にこれだけの人がいたのか? と大河達にも思わせるくらいの人、人、人。
場所は学園寮前。
学園寮を案内しようとした一行だったのだが、大河の時のようにベリオらにガードされる前に学生達が先手をうって恭也達を待ち伏せしていたのである。
「す……すごい人気だな、恭也のやつ。俺の時とはえらい違いだ」
「そりゃそうだろ、大河」
「うおっ、セル! いつの間に!?」
大河が振り返ると、一緒に恭也を見に来ていたセルが大河の後ろに立っていた。
だが、さすがにあの混雑の中を通ってまで恭也に会いに行く気はないらしい。
「で? なんでアイツがあんなに人気があるのよ?」
「そりゃ、大河みたいに召喚器出せる人間にはピンと来ないかもしれないけど、救世主ってのは俺たちにとって手の届かない存在なんだよ。召喚器があるのと無いのとで戦闘力が大きく変わるし。だけどあいつ、召喚器無しで敵の魔法の矢を全部弾き返してただろ? みんなその勇姿に見ほれたんだよ。俺たちと同じ条件下であそこまで戦えるあの黒い剣士に」
「つまりなに? 私たちは召喚器持ってるから出来て当然で、あいつは召喚器無しで戦った英雄ってわけ?」
「別に俺はそうは思っちゃいない。だけどやっぱり憧れるじゃないか。召喚器を手に出来なくても限界まで自分を高めたらいつかあの境地にいけるんじゃないかって」
黒き翼の救世主 その3 蒼銀色のリベンジャー
セルが言ったように、皆が恭也を取り囲んで尊敬の眼差しやら色目やらが飛び交っており、それはさながら休み時間の転校生のような状態である。
まぁ、事実として転校生なのである意味正しい姿なのかもしれないが。
そんな状態の恭也を遠目に眺めつつ、何だか釈然としない表情のフィアッセ。
それと……
「……ファイア」
突如として響く爆音。
吹き飛ぶ生徒達。
巻き起こる砂煙が風に流れ、その中から出てくる赤いスリットの入ったスカートを穿いた蒼がかった銀の髪の少女。
大河達の世界にいたものなら、そのスカートが所謂チャイナドレスと非常に酷似したものだと気付くだろう。
「うるさい……邪魔です」
改良型ゴーレム、個体名レム(ダリア命名)
大河がこの世界に来て最初に戦ったゴーレムの残骸をダリアが集め、改造して生まれた人工的な存在。
彼女には知性があるが経験は皆無、言われた事はこなすが、ただそれだけと言うわけでもなく、言われない事も興味から実行してしまう不安定な存在。
それがレムというゴーレムである。
故に子供のように純粋に、大人顔負けの狡猾さで成すべき事を成す。
そんなレムがやたら不機嫌な表情で吹き飛んで地に転がってる生徒達を歩き難そうに避けて恭也の元に近づいていく。
恭也は無手のままレムが来るのを待つ。
恭也を取り巻いていた生徒達は自分達が地に転がってる生徒達と同じ運命をたどらないように恭也から離れていく。
「……高町恭也…………先の勝負の続きです。構えなさい」
「……勝負と言われても……俺には戦う理由が無い」
「そちらに無くともこちらにはあるのです。構えないならそれで結構」
あまりの展開についていけない生徒達と救世主クラスを尻目にレムは魔力矢を展開する。
その量は先の倍近くある。
完全に魔力矢の檻に閉じ込められた恭也。
何とか行動を起こせるようになった救世主クラスだが、魔力矢の量が量ゆえに対処に困っている。
そんな中、すぐに行動を起こした者が一人。
「恭也っ!」
考えるよりも先に身体が動いていたフィアッセが既に黒い翼を展開しており、僅かに地面から浮いた状態でそこにいた。
その姿を見た恭也がフィアッセが行動を起こす前に先に言い放つ。
「フィアッセ使うな!」
「でも、恭也っ!」
恭也の制止の声に能力を押さえ込むフィアッセ。
フィアッセの通る声に何も応えず、無言で小太刀を引き抜く。
「……覚悟が出来たようですね」
「戦えば勝つ……それが御神流だ」
恭也が両方の小太刀を引き抜き、左逆手、右順手の持ち方で大きく両手を広げた構えを取る。
それはさながら黒き鳳。
右の八景が黒く、左の龍鱗が白く輝く。
それがレムに黒と白の双翼を思わせた。
その双翼がゆっくりと持ち上がってゆき、恭也の頭よりも高くなった時……
「御神流奥義之肆……」
「……なっ!?」
完全に間合いの外からの奥義。
それは完全にレムの予想範囲外。
「雷徹」
その声と共に恭也の小太刀が先の爆発で剥がれていた石畳の下の土を叩く。
まるで雷でも落ちたかのような音と共に土砂が舞い上がる。
(煙幕のつもり? いや砂埃ならともかく土砂ではすぐに落ちて煙幕にならない。一体何を……)
確かにレムの判断は正しい。
土砂では目くらましにならない。
正確には僅かしか目くらましにならない。
だが恭也にはその僅かな時間で事足りた。
「何が起ころうと関係ない! 魔力矢フルファ……っ!?」
レムの一瞬の躊躇いが全てだった。
その一瞬こそレムに残された時間だったのだ。
(なっ!? 身体が勝手に引っ張られっ!?)
土砂の方に身体が勝手に引かれていくレム。
踏ん張ろうとした時には既に土砂の中に引きこまれており……
「しまっ……!?」
眼前には無手の左手を変な方に伸ばして、さらに無手の右手を深く引き今にも渾身の掌底を放とうとしている恭也の姿。
その拳がレムに迫る。
(馬鹿な! 素手!? そんなものでこの私が……)
「御神流……」
(ああ……でもこの高町恭也なら……)
「奥義之肆……」
レムの鳩尾に恭也の掌底が決まる。
素手でありながらその一撃でレムの身体に多大なダメージを与える。
だがレムが予想していたよりも若干ダメージが少なく、まだ行動不能状態になっていないことに刹那の間だけ安堵した。
「……雷徹」
恭也のその呟きと共にレムの身体にさらなる左手での打撃……それも先の一撃とは比べ物にならない位の浸透度をもった打撃がレムの身体を突き抜けた。
「…………っ」
最早呻き声を出す事すらままならない。
最早勝敗は決した。
魔力矢はレムの意識の消滅を以って消えうせる。
ならば勝敗は決した。
(…………よもや素手で私が撃破されるなんて…………)
どさどさどさっ、と土が地面に全て落ちきる。
その間、僅か二秒あるかないか。
その間に全ての魔力矢が消滅し……
「恭也っ!」
「大丈夫だ、フィアッセ」
ぐったりと気を失っているレムを抱えた恭也の姿がそこにあった。
御神流奥義之肆 雷徹
御神流の四番目の奥義……御神流の基本形の技の三種、徹、貫、斬、の内の『徹』をさらに昇華させた奥義。
『徹』とは相手の防御の上からでも威力を徹し、内部に直接打撃を与える技である。
それを重ねたのが『御神流奥義之肆 雷徹』で、普通は二本の小太刀を使って打つのだが、当然、素手でも使用可能である。
単純な威力と言う面なら数ある御神流の奥義の中でも最高位に属する。
レムの装甲が半端ではなかった為、恭也がレムに打撃を与える手段は、『徹』の籠もった斬撃か素手での『雷徹』しか無かったのである。
ちなみに、小太刀で『雷徹』を放った場合、先の土砂を巻き上げる位の威力の為、さすがのレムでも破壊の可能性があったのだ。
「大丈夫でしたか?」
「ええ、服が汚れたくらいです。それよりもこちらの方が……」
そう言ってダウニーにレムの方が深刻なダメージを負っていることを伝える。
素手とはいえ、御神流の最高位の威力の奥義を喰らったのだ、只ではすまないだろう。
「……困りましたね……ゴーレムに回復魔法は効くのでしょうか?」
「あ、一度試してみますね」
そういってベリオがレムに回復魔法をかけていく。
その間、ダウニーは気になっている事があったので恭也に聞いてみることにした。
「ところで高町君、レムさんの意識が落ちれば魔力矢が消えるという読みは素晴しい読みだとは思いますが……もし消えなかったらどうするつもりだったのです?」
「そうですね……きっと全部叩き落としていたと思います」
それはごく平然と。
本当に何でもない事の様に恭也は語った。
(召喚器を持っていないので障害にはならないと思っていましたが…………これはある意味救世主候補達より厄介な存在ですね)
召喚器という不確定な力に縛られない強者。
赤や白の力とは無縁の無色の力を持つ者。
その力……全くの未知数。
平和な世界に住みながら平和を享受するだけに留まらなかった存在。
(無色の異界者、高町恭也……貴方は何色に染まるのでしょうか……白ならば善し、赤ならば……)
マントの下で拳を握る破滅の軍勢の主幹ダウニー・リード。
しかし今は彼の正体を知るものは、まだいなかった。
あとがき
レム再登場。
そして決着w
ちなみにレムが引っ張られた理由はもちろん鋼糸です。
で、素手にならざるをえなかった恭也は雷徹を打ったわけですね。
これで魔力矢を消せなかったら神速……というのが恭也のプランでしたw