「な、なに、今の!?」
「フィアッセ殿!?」
「連続魔法……いえ違う……翼型の召喚器?」
「いえ、召喚器の力でもないです……今のは……」
「フィアッセ・クリステラ……召喚器を持ち得なかった救世主候補……やはり何か……」
救世主候補と学園長が予想外の展開に様々な思いを抱く中、当真大河と未亜は妙に納得いっていた。
「なるほど……そういうことだったのか」
「ちょっと! あんた! 何か知ってるのっ!?」
リリィが今にも噛み付きそうな表情で大河を睨む。
大河はリリィの知らない事を教えるという事に少しばかり優越感を持って語る。
「ほら、あの人、持病持ちって言ってただろ? あの力がその病なんだよ」
黒き翼の救世主 その2 黒き翼の呪い
「はぁ? どういうことよ?」
「……HGS……わたしも初めて見た」
「HGS? 何よそれ?」
「High Genome Sickness……高機能性遺伝子障害病……だったっけか? 先天的に超能力みたいなのを持つ病気だ」
「じゃあ、あの翼は?」
「確か、リアーフィン……って言ったっけな。あれが能力の制御とか行うらしい」
「何それ、病気じゃないじゃない」
「いや、これが立派な病気なんだよな。力使えば何か代償がいるし、遺伝子に障害があるせいか、幼児死亡率も高いし、何か色々と問題があるらしいぞ」
「ですが、あの力は使えます。詠唱を必要とせずにあれだけの事を一瞬で成しえるとは……レムの魔力矢を全て相殺し、尚且つ同時に……考えるのも恐ろしいですが、空間移動を行っていた。その力に召喚器の力が加われば……」
「ですがお母様! 使った本人が気絶するような力なんて当てにできません!」
HGSの力を評価したミュリエルにリリィが食って掛かる。
リリィからしたらあんな何の努力も必要無しに得た力なんて言語道断なのだ。
それも、平和な世界でのんびり暮らしているような連中の力などは……
「盛り上がっている所、申し訳ないのだが……フィアッセを休ませてやりたい……どこか休める場所はないですか?」
「きゃっ!? あ、あんたいつの間に……」
いつの間にか背後によって来ていた恭也に驚くリリィ。
彼からしたらごく普通に歩いてきただけなのだが、リリィは気付かなかったらしい。
「……まだ救世主候補試験が終ったと言った憶えはありませんよ、高町恭也」
「別に救世主候補にならずとも、目的は果たされましたから……俺はもう棄権します」
「…………そうですか、仕方ありませんね……とりあえずこちらへ……ベリオさん、治癒魔法を」
「はっ、はい!」
ベリオが召喚器ユーフォニアを持って二人の元へと向かう。
「いま回復させますね」
ベリオが杖を両手で握り締めて祈りを捧げる。
するとフィアッセの身体に光の粒子が降り注ぎ、フィアッセの意識が戻る。
「……う〜ん……」
「フィアッセ……大丈夫か?」
「……きょう…や……? ……恭也っ!? 大丈夫だった恭也!? 神速使っちゃった!? 膝は大丈夫なの!?」
少し寝ぼけていたのか反応が鈍かったが、覚醒するや否や、恭也の心配をするフィアッセ。
恭也からすればフィアッセの方が余程、重傷に見えたのだが。
「俺は大丈夫だ……それよりフィアッセこそ大丈夫なのか?」
「大丈夫♪ それより恭也はどうしてここに?」
「それは……」
「オホン、二人とも、再会できて嬉しい気持ちも解りますが、一度話を整理しましょう」
ミュリエルの一言で、一度学長室で双方共に話をすることとなった。
学長室に来た恭也、フィアッセ。
大河達は部屋の外で待機している。
今、室内にいるのはフィアッセ、恭也、ミュリエル、ダリア、ダウニーの5名である。
「さて……色々といいたい事もあるでしょうが、先にこちらから言うべき事を言わせていただきます……高町恭也……貴方は先の試験で召喚器を手にすることは出来ませんでした。ですが、その類稀なる剣才……見逃すにはあまりにも惜しい……」
「……何がいいたいのですか?」
「率直にいいます。高町恭也……この世界に留まってはもらえないでしょうか? 非常に勝手な言い分だという事はわかっています……ですが、この世界には少しでも戦力が必要なのです」
ミュリエルの真摯な視線が恭也を射抜く。
勝手な言い分だと解っている。
だが、それでも引けない何かがあるのだろう……そう思わせるのに十分な想いの籠もった視線。
その視線が恭也に美沙斗を思わせる。
かつて美沙斗もこんな目をしていた。
誰よりも理不尽な暴力が嫌いな癖に、そんな自分を殺して復讐を遂げようとした彼の叔母に……
間違っていたとしても、それでも何かを成し遂げたい者にしか許されぬ瞳。
そんな深い悲しさを奥に……優しさをさらに奥に隠した、冷たい瞳。
「……恭也?」
フィアッセが彼の目の前で手をぶるんぶるんと振っている。
その声と仕種で恭也は思考の海から帰ってきた。
「…………解りました」
「えっ? ええっ!? いいの、恭也くん?」
驚きのあまり思わず聞き返してしまうダリア。
ダウニーやミュリエルも声こそ出さないものの、恭也の返事に驚いていた。
何しろ彼の第一目的がフィアッセ・クリステラを元いた世界に連れ帰る事である。
彼にメリットの無い一方的な申し出でしかないのだ、今の話は……
「御神の剣は牙無き者を守る為の刃だから……ですがフィアッセは別です。フィアッセは元居た世界に帰してください」
「……その事なのだけど、彼女を向こうへ送り返す事が出来ないの。理由は解らないのだけど送り帰そうとすると失敗するみたいなの」
「……大丈夫です。俺たちにはコレがありますから……」
そう言って恭也が金のネックレスを取り外す。
そしてそれをフィアッセの首へとかけた。
「きょ、恭也っ!?」
この金のネックレス、後で留めるタイプの物でフィアッセの方を向いた恭也は正面からフィアッセの首にかけたのだ。
当然、正面から首の後ろに手を回す格好となり、恭也に恋する幼馴染兼姉的存在としては恭也を引き剥がすことも出来ず、またかと言って抱きしめるわけにもいかず、顔を真っ赤にする事しか出来なかった。
「恭也ぁ……」
「む……どうしたフィアッセ?」
かあぁっ、と顔を真っ赤にするフィアッセと、まったく何も解っていない恭也。
その様子を見たダリアは大河とは異質で同じ方向性のものを感じ取っていた。
(恭也くんも実は女ったらしかしらん? 大河くんと違って自覚が無い分、手の施しようがないわねぇ……)
「……それは何なのですか?」
「こちらにはHGSの概念はありますか?」
ダウニーの質問に恭也は逆に質問で応答する。
「……先程、当真君達から聞きました。何でも先天的な疾患だとか」
「このネックレスにはHGSのエネルギーが詰め込まれています。元々、そのエネルギーを使ってフィアッセに空間跳躍してもらって帰る予定でしたので」
「なるほど、自分達で帰る手段を確立していたのですね」
感心するダウニー以下他二名。
だが、フィアッセのばつの悪そうな声がそれを遮った。
「恭也……ごめんね……私、帰れない。恭也を送る事も出来ないの……」
「……フィアッセ?」
「……恭也も見たでしょ? ……私の翼……」
「あ……」
神速を使う直前の恭也を抱きとめたフィアッセ。
その時、彼女の背の翼は紛れもなく……
「ごめんね……ごめんね恭也……せっかく恭也が勇気をくれたのに……どうしてだか解らないけど……また呪われちゃった」
「フィアッセ……」
「だから異世界までテレポートするにはパワーが足りないの……」
フィアッセが泣きそうな顔で恭也にそう伝えた。
彼女にとって黒い翼とは呪いでしかない。
皆に不幸を振りまく呪いの翼。
今だって、私の翼が黒化したせいで、恭也を困らせている……フィアッセの心は申し訳のなさで一杯だった。
黒い翼と化したことで、フィアッセのHGS能力のエネルギー効率が落ちた為、最早大掛かりな事は不可能となってしまっている。
先の魔力矢の相殺とテレポートが出来た事すら奇跡に等しい。
「……わかった。だったら俺も帰るわけにはいかない。この世界が破滅するというのなら……俺はフィアッセを守るために破滅を屠る」
「恭也……」
フィアッセが感極まって蒼い瞳を潤ませる。
恭也が守ってくれる。
また恭也が守ってくれる。
また黒い翼に戻ってしまったこんな私を恭也が守ってくれる。
きっと恭也は傷付いてしまうだろう。
だけど、その傷すらもきっと愛しい。
「では、高町恭也……貴方はフローリア学園に入学ということになりますが……フィアッセ・クリステラ、貴女はどうしますか? こちらとしては貴女にも……」
「ん〜。ごめんなさい、私はそういったことは向いて無いから……」
「そうですか……解りました。さて……高町恭也、貴方のクラスですが……ダリア先生、ダウニー先生、どう思われますか?」
「そうですねぇ〜。実力的には救世主クラスだと思うんですけどぉ、さすがに召喚器無しに救世主クラスに入れるわけにもいきませんしねぇ」
「ですが、高町君の実力で一般科と言うのも些か惜しいでしょう」
「……やはりそういう意見ですか。高町恭也……貴方をどちらのクラスに入れるか見極める為、少しの間、両方の授業を受けてもらえますか?」
「解りました」
「ではダウニー先生、彼に学園を案内してあげてください」
「解りました。では高町君、私の後についてきてください。学園の内部を一通りお教えします」
そう言ってダウニーが部屋から出ようと扉を開ける。
すると、外から内部の様子を窺っていたのか、大河、リリィ、カエデの三名が体勢を崩してごろごろと部屋の中に転がってきた。
残りのベリオ、リコ、未亜の三名は、はぁ、と溜め息をついて三人を見ている。
「いやー、ほらやっぱり新しく仲間になりそうな奴だし、気になるのも仕方ないと言うか……」
「わ、私はこの馬鹿を止めようとしただけ……悪いのは全部こいつです!」
「あ、てめっ、汚いぞリリィ!」
「せ、拙者も師匠を止めようとしただけでござるよ!」
「なっ、カエデまでも!? 二人して俺を陥れようとしやがって……」
「……」
折り重なる様にして倒れもつれ合いながらも言い争っている三人の前に恭也がしゃがみ込み、視線を三人と同じ高さに合わせる。
そして簡潔に言い放った。
「小太刀二刀御神流師範代、高町恭也だ。よろしく」
「あ、ああ、当真大河だ。よろしくな……なんて呼べばいい?」
「恭也でいい」
「じゃあ、よろしくな、恭也」
「拙者はヒイラギ・カエデでござる。よろしくでござるよ恭也殿」
「……リリィ・シアフィールドよ。せいぜい頑張ることね。高町恭也」
三人は立ち上がって各々の挨拶をする。
「私たちも道すがら自己紹介しますね。高町君」
「自己紹介もいいですが、早く学園内を見てまわらないと日が暮れますよ」
「そうですね……行こうか、フィアッセ」
「うん」
そう言って恭也達が室内から出て行き姿を消す。
部屋に残ったダリアとミュリエル。
しばらく無言であったが、やがてダリアが口を開く。
「学園長、機嫌がいいですわね」
「そうかしら?」
普段は昼行灯を装ってはいるがダリアは腕利きの諜報員である。
人の心の機微には非常に敏感である。
故に、いつもと変わらないミュリエルの機嫌がいい事を見抜いていた。
「恭也君、召喚器を手に入れれませんでしたけど」
「ですが腕利きの剣士です。この世界に慣れていたなら先生として雇いたい位の逸材です。きっと大きな戦力となるでしょう」
「そう言えば、ミカミ流の師範代と言ってましたわねぇ。教える事にも慣れてるのかしらん?」
「そうですね……しかも彼は師範代……まだ上に師範が居るという事になります。そちらもこちらの世界に来てくれればいいのですけど」
だが、ミュリエルのその願いは叶わない。
何せその師範こそ今は亡き恭也の父親である高町士郎なのだから。
だが、それをおいてもミュリエルは上機嫌である。
まさしく求めて止まない絶好の人材であったのだから、高町恭也は。
(救世主となる心配も無く救世主候補と互角の能力を持つ者……否、戦い方さえ誤らなければ現段階でおそらく救世主クラスを上回る)
彼女は彼の能力を救世主候補達より上回ると判断していた。
確かに身体能力こそ召喚器を持つ大河達には敵わないだろう。
だが、彼らを大きく上回る技が彼にはあった。
これで五分。
そこに来て戦闘経験の違いである。
かつて救世主候補で様々な戦いをしてきたミュリエルには、高町恭也が相当の場数を踏んでいる事は一目瞭然であった。
先のレム戦がいい例である。
五分五分の戦いなら、より戦闘経験がある方が勝つのは自明の理。
あの齢にしてそこまでの境地に辿り着くのにどれ程までの苦難があったろうか?
少なくとも大河達のような軟な人生では無かっただろう。
別に大河達が軟というわけではない。
彼らとて召喚された以上、何らかの苦難があったはずなのだ。肉体的にか精神的にかは解らないが。
だが、彼は違う。
彼のいた場所はきっととんでもなく平和だったのだろう。
だが彼はそんな平和の中にありながらも修練を重ねたに違いない。
目の前に平和な世界があるのに、何らかの理由で修練を重ねた。
だから、あれほどの腕を持ちながら彼は歪まなかった。
だが、目の前の平和をただ見続けて、修練を怠れなかったことはどれ程の苦痛だったであろう。
目の前の平和が尊ければ尊いほどに彼はその平和な光景を守ろうとした。
その尽きる事の無い向上心とそれに応えるだけの才能が彼をあそこまでの腕にしたのだ。
彼は秀才であり天才だった。
(彼をこちらへ引き込めたのは僥倖でした。あちらの世界では既に完成された剣士でしょうが、こちらの技術もものにすれば更なる向上も望めそうです)
だがミュリエルをはじめとしてこの世界にいる者は誰も知らないことがある。
その高町恭也が壊れかけの剣士だということを……
誰が信じられるだろうか、あれ程の動きをした剣士の膝が壊れかけだということを……
「それでは学園長、私もそろそろ用事があるので……」
思案していたミュリエルを置いてさっさと退室しようとするダリアにミュリエルが反応し、一言。
「ダリア先生、退室するのは先程のゴーレムの件のお話の後でお願いします」
「あ〜ん、やっぱりぃ〜」
ダリアの気の抜けつつも悲痛な叫びが室内に響き渡った。
あとがき
なんだか先にこちらが仕上がってしまった黒翼2話。
とりあえず、恭也君、召喚器得られずw
おまけにフィアッセ共々、アヴァター在住決定w
さて、一応5話くらいまでは恭也、フィアッセ中心に話が展開する模様。
そっから先はDSサイド中心でたまにとらハ側でしょうかw
や、まぁ、クロス的な話が多いんですが(当たり前
では、次話でw