「先に言っておきます。恭也くん……行き着く先は異世界……何が起こるか解らないんです。それでも……後悔しませんね?」

 「はい……大丈夫ですよフィリス先生……フィアッセ連れてすぐ帰ってきますから」


 銀の髪の少女の問いに黒い髪の青年は笑顔で答えた。

 黒い青年の手には二振りの小太刀。

 首には彼の服装には明らかに不釣合いな金のネックレスがかけられてある。


 「そのネックレスにはHGSの力を抑制するピアスと同じ材質で出来ていて、ありったけのHGSの力が込められています。ですがそれでも帰還する為に使えるのは一度きり。それを無くしたり別の事に使ったりすれば、力が足りず一生こちらへ戻って来れないかもしれません。ですから……絶対に無くさないようにしてください。フィアッセにそれを渡してフィアッセの力でこっちに帰ってくる……それだけを考えてください」

 「はい。解ってます。必ずフィアッセを助けて……今度こそフィアッセを守り抜く」


 青年の持つ小太刀に力が入る。

 事の起こりは三週間前。

 フィアッセが忽然と姿を消したのだ。

 黒い青年やその家族達の目の前で。

 はじめはフィアッセの悪戯かと思ったが、半日経っても帰って来ないフィアッセ。

 青年とその家族は様々な方面を当たってみたが、皆目見当がつかない。

 事が大事となり、フィアッセと同じHGS……それもかなり力の強いリスティ、セルフィ、フィリスの三人に協力してもらい、フィアッセの居場所を探ってもらったのだが、この世に存在していないとわかる。

 青年と家族は最悪の事態を想定し、深く悲しみに沈んでいたのだが、フィリス達はその後もさらにフィアッセのHGS能力『ルシファー』の波動を探し続け……フィアッセ消失から二十日後……ついにフィアッセの『ルシファー』を発見する事に成功したのだ……異世界にて……

 異世界でフィアッセは生きている……あまりにも出鱈目な話。

 だがその話を聞いた黒き青年……高町恭也は大切な家族を……フィアッセを救うと決意する。


 「私達では向こうに一人しか送れません……だから、恭也くん……気をつけて」

 「お師匠……フィアッセさん連れてはよ帰ってきてくださいね」

 「俺たち、師匠とフィアッセさんの分の夕飯も用意して待ってますから」

 「恭ちゃん……恭ちゃん、強いから……きっとすぐフィアッセ連れて帰ってくるよね?」

 「お兄ちゃん……無理しちゃダメだからね?」

 「ああ、フィリス先生、レン、晶、美由希、なのは……待ってろ、すぐにフィアッセ連れて帰ってくる」


 恭也のその言葉と共に恭也の身体が光を帯び、その身体が少しずつ薄くなってゆく。

 もうすぐ消えようかという時に、最後に桃子が口を開いた。


 「恭也っ! フィアッセ、ちゃーんと守るのよっ! 貴方は士郎さんの息子なんだからっ!」

 「ああ……任せておけ、かーさん」


 その言葉を最後に……高町恭也はこの世界から旅立っていった。














 黒き翼の救世主   その1 黒き刃のストレンジャー











 「…………Zzz」

 「師匠? 師匠? 起きるでござるよ、師匠」


 ある午後の授業の一コマ。

 やはり現代人に魔法の授業は辛いものがあるのか、はたまた大河自身の素質なのか、授業が始まって2分で熟睡するという荒業を現在発動中の大河。

 健気にもカエデが起こそうとしているのだが、なにぶん授業中で声もあまり出せない状態である。

 当然、大河は起きず、逆にダウニーに察知されてしまう。


 ボコン!


 ダウニーの本の一撃が大河の無防備な後頭部に炸裂する。


 「いつつ……」

 「はぁ……当真君、私も教職に携わってそこそこ経ちますが……ここまで素早く眠られたのは初めてですよ」

 「…………あれ? 年上の金髪オネーサンは?」

 「し、師匠……」


 カエデが情けない顔で自分の師を見る。

 当の大河だが、未だ寝ぼけているのかボーっとしている。


 そんな姿を見て小声で嘲笑う赤毛の魔術師、リリィ・シアフィールド。

 はぁ……と溜め息をつく金髪の僧侶、ベリオ・トロープ。

 まぁまぁ、とダウニーを押さえる忍者、ヒイラギ・カエデ。

 少しムッとした表情で大河を見つめる召喚師、リコ・リス。

 兄が金髪オネーサンの夢を見ていたことにやきもちを焼く弓使い、当真未亜。

 そしてそんな5人の救世主候補に見つめられているアヴァター史上初の男性救世主候補、当真大河。


 そんな救世主候補6人のごくごく日常的な風景だが、リコの言葉でそれが一時止まる事となる。


 「……む、マスター。大変です」

 「ん? どうした、リコ?」

 「現在、破壊された召喚陣の跡を使って何者かがアヴァターに入り込もうとしているみたいです」

 「なんですって?」


 リコの言葉にダウニーが反応する。

 彼が驚くのも無理はなかった。

 何しろ召喚陣は破壊されているのだ。

 そんな召喚陣で召喚が行えるはずも無いし、事実、リコも救世主候補の召喚は止めている。


 「どうやら向こう側から無理矢理こちらへ来ようとしているみたいで、一応、ジャミングはしていますがさして効果ありません」

 「仕方ありません、授業は一時中断して召喚陣の間へ行きましょう。異界からの訪問者が救世主候補であれ、化け物であれ、対応しないといけませんから」


 そう言ってダウニーが教室を出て行き、大河たちもその後を追う。

 道中、また可愛い女の子だったら……としまりの無い顔で呟く大河に、未亜の制裁が行われた事以外は平和なものである。

 そして、召喚陣の間につく頃には学園長やダリアまでも到着していた。


 「しかしこの時期に異界からの来訪者とは……よもや破滅が?」

 「いえ、そういう感じじゃないです。どちらかと言うと救世主候補の感じに近いです」

 「でも、この前みたいな持病持ちの欠陥救世主候補みたいなのは御免よ」

 「確かに……ですが前回の救世主候補は召喚器は呼び出せませんでしたけど悪人じゃ無かったですし、今だって食堂で働いてくれているじゃないですか。今回だって……」

 「それに持病持ちって言うが俺はあの人のそんな素振り見たこと無いぞ。ついでに救世主候補じゃなくてもあの人見ると癒されるんだよなぁ……どこかの魔術師と違って」

 「こんなケダモノ候補生の癒しになるなんて……あの人に同情するわ……」


 いつもの如く大河とリリィが一触即発になろうとしたその瞬間。


 「……きます」


 リコの声と共に部屋が真っ白い光に覆われた。






















 一瞬、凄まじい光に覆われて目を閉じる。

 そして再び目を開けた先には……


 「クッ……」


 こちらを見つめる異世界の住人達の姿があった。

 反射的に小太刀を腰に差し、逆手で抜刀、間をとる。

 今の俺に余裕は無い。

 ただフィアッセを連れて元の世界へ帰る。

 それが俺の使命。


 「……とりあえず、そう構えないでくれませんか? こちらに貴方を攻撃する意思はありません」

 「…………」


 無言で武器を下ろす。

 とりあえず……敵意は今のところ無いようだ。


 「では、改めて……ようこそ根の世界、アヴァターへ。見たところ、男の子みたいだけど、救世主じゃないのかしらん?」

 「……俺は」


 と言いかけた所で、説明をしてくれた女性から目を逸らす。

 俺には目の前の女性の……胸は目に毒だ。


 「あらら、可愛い反応よね。大河君とは大違い。それでなんだけど……」


 …と、目の前の女性からこの世界についての話を一通り受ける。

 なんでもこの世界はアヴァターという世界らしく、まさしく世界の『根』にあたる世界らしく、幾つもある平行世界の根幹なのだそうだ。

 で、この世界の文明がある程度発達すると、破滅と呼ばれる集団が世界を破壊してまわるらしい。

 1000年毎に繰り返される破滅との争いを生き抜き、破滅を倒す為の人材が救世主と言われ、絶大な力を持つ召喚器を使えるのだという。


 「……と、いうわけでぇん、君にも救世主試験を受けてもらいたいの」

 「いや、しかし俺はこの世界には人を探しに来ただけなんですが」


 「……それではこうしましょう」


 と、その言葉と共にきつい視線をこちらへと送っている女性が前に出る。

 体捌きからして、戦士の類ではなさそうだが、威圧感がそれを否定している。

 おそらく、何かしらの達人なのだろう。


 「……申遅れました。ここフローリア学園の学園長を務めているミュリエル・シアフィールドと言います。……貴方の名前は?」

 「……高町恭也」

 「では高町恭也、貴方はこの世界で誰かを探している……ですが、この世界は貴方が思っている程に狭くはありません。この広大なアヴァターでどうやってその誰かを探すおつもりです?」

 「……それは」

 「見る限り、貴方にその誰かを探す手段があるようには思えない。……ですが、貴方が救世主候補だと言うのなら話は別です。もしも貴方が救世主候補であると言うのならば、私達は貴方の目的に協力しましょう」

 「……俺に救世主試験を受けろと?」

 「ええ、当真大河の例もあります、男性であろうとも召喚器を手にする可能性はゼロではありません。何にしろ手立てが無いのなら受けてみてはいかがですか?」


 俺はおそらく当真大河だと思われるブレザーを着た青年に目を向ける。

 彼は何かひそひそと隣の金髪の女性と話しており、時折、サギだ、とか、物は言いよう、とか微妙に聞き流せない単語が飛び交っている。

 だが、目の前の女性が言うように、他に何も方策の無い俺はその提案に承諾するしかなかった。




















 で、あれよあれよと言う間に俺は闘技場の真ん中に立たされていた。

 周りにはいつの間に集まったのか観客が集まっている。

 まるで見世物になった気分だが、フィアッセを見つける為だと割り切り精神を集中させる。

 小太刀は背中に十字に差している。

 ただ無手で瞳を閉じ、精神を研ぎ澄ます。

 ミュリエルから受けた説明はただ一つ。

 目の前に現れる敵を倒す事。

 相手はモンスターなので手加減はいらないらしい。

 それだけでいい。

 それだけでフィアッセが見つかるのなら……















 『おっ、おい、また男の救世主候補だぞ』

 『今度の人、ちょっと格好よくない?』

 『これからは男の時代だっ!』


 等々、色々な歓声がわきあがる中、救世主クラスの6人とミュリエルは特等席で恭也の様子を見ていた。


 「ダリア先生、彼にはワーウルフを相手にしてもらいましょう」

 「わ、ワーウルフですか!? いくらなんでもそれは……いくら救世主候補予定者と言っても彼はまだ召喚器を持っていません、そんな彼にワーウルフは……」

 「確かに、身体能力を増加させる召喚器無しにはワーウルフの相手は出来ないでしょう、ですが彼の腕はかなりのものだと見ました。故にこのレベルの相手で無いと彼に危機感を与える事は出来ないでしょう」

 「た、確かにそうですけど……」

 「それにいざとなれば、すぐに弓と魔法で援護します。その為に我々がここにいるのです」

 「まぁ、学園長がそう仰るのなら……」


 あとは特に何も言わずにダリアがモンスターの飼われている門のオリを開けに行く。

 あと数分でワーウルフが恭也に襲い掛かる事になる。

 そんな無茶苦茶とも言える話の結末なんて決まっている。

 救世主だろうが何だろうが、召喚器も持たずにたった一人でワーウルフを倒せるはず無い。

 そう遠くない未来、自分達が恭也を助けに入るだろう事を皆、想定していた。

 そして彼らのその考えは根本からして覆る事となる。













 『――――――――ぉん』


 獣の咆哮が場内に響き渡り、歓声が止む。

 それから先は一瞬だった。

 門が開け放たれたと同時に、恭也を獲物だと認識したワーウルフが一直線に恭也に向かって走り出す。

 その速さは、まさしく矢の如き速さ。

 人間である恭也の運動能力を明らかに超えたスピードで恭也に肉薄する。

 そして一直線に恭也に向かっていったワーウルフは恭也とすれ違った。

 もしもワーウルフに知性があれば妙に思ったであろう。

 自分は目の前の獲物に一直線に飛び掛って行った筈で、獲物は動かず、動く暇すらも与えなかったはず。

 なのにどうしてすれ違っているのだろう? と。

 どうして獲物の方を振り向こうとしているのに、振り向けないのだろうと。

 どうして、狩人である自分が獲物を目の前にして崩れ落ちようとしているのだろうかと。


 そうして、元居た位置から半歩だけずれた場所で恭也が静かに立っていた……いつの間にか抜刀していた八景を逆手で振り抜いた状態で。

 隣に倒れ伏すワーウルフなぞ眼中に無いかのように。


 (……人狼には慣れているんでな……いくら速くても行動が単純すぎる。それにあの人に比べれば大したことは無い)














 某世界某所にて







 「くしゅん!」

 「あれ? さくら、風邪?」

 「お薬をお持ちしましょうか?」

 「いえ、きっと相川先輩あたりが噂でもしているのでしょう」











 「ダリア先生、今いるモンスターの中で一番強いのはどれです?」

 「ゴーレムです、ただ……ちょぉーっと趣味で改造しちゃってますけど。あ、でもスピードと耐久力は上がってますから丁度いいかも知れません」

 「……この際、今の改造の件は聞かなかったことにしておきます、それでもいいですから彼にゴーレムを」

 「はいっ」


 (それにしても召喚器も無しにワーウルフを鎧袖一触とは……高町恭也、かなりのポテンシャルを秘めているようですね。下手すれば現段階でも救世主候補生レベル……)


 ミュリエル達の思惑を大きく上回った実力を披露した恭也。

 その実力を目の当たりにした救世主クラスの面々もわき上がっていた。


 「ねぇ、ベリオ、今の見えた?」

 「な、何とか……未亜さんは?」

 「全然見えなかった……」

 「俺も見えたことは見えたけど……すごい速さだな。カエデ、どう思う?」

 「うーん、動き自体は拙者達より遅かったでござるよ。だけどその太刀筋があまりに自然で見事ゆえに、いつ振りぬいたか気付けなかったのでござる」

 「確かに……武器は身体の延長線上という考え方がありますが、彼の太刀筋はまさにそれを極めた見本のような太刀筋だということですね」


 なるほど、と頷いていたリリィ、ベリオ、未亜、大河だがその言葉に隠された重大な事実にリリィが気付く。


 「……ちょっと待ってよ。っていうことはなに? 身体能力こそこちらが上だけど、技なら破滅と戦うために鍛えてきた私達よりも上だっていうの?」

 「そういうことになりますね」

 「ふん、馬鹿馬鹿しい、ありえないわそんなの。見た所、大河達と同郷の奴みたいだし、平和ボケしてる人間にそんなの出来るはず無いわ。マグレよ、マグレ」

 「ですがリリィ殿。何にせよワーウルフを倒したのは事実。これはもしかすると……」

 「ふん、まぁ、誰が来ようとも救世主になるのは私よ」


 赤毛の魔術師はそう言うと不機嫌そうに黒き剣士の姿をにらみ付けるようにして見ていた。













 未だ闘技場の中央に立つ恭也にさらなるモンスターがけしかけられる。


 「さーて、恭也君? 準備はい〜い? 今度はダリア先生特製のゴーレムがお相手するわよ」

 「…………」


 どこからともなく聞こえてきたダリアの声に応える様に、構えをとる恭也。

 それから間もなくして、門から何かが出てきた。

 その何かは恐るべきスピードで恭也へと肉薄した。


 「なっ!?」


 次の瞬間、恭也のいる場所から爆音が鳴り響く。

 巻き起こる砂煙。

 その中から姿を現す影が一つ。


 少し蒼がかった銀の髪。

 明らかにゴーレムの巨体とは違った標準の人間サイズの身体。

 黒い肩当と動きやすい様にスリットの入った赤く長いスカート。

 端整な顔立ちの少女が油断無く辺りを見回していた。






 「だ、ダリア先生……あの娘は一体……」

 「ですからぁ、あの娘が改造ゴーレムのレムちゃんです。ゴーレムの硬い装甲をさらに高めつつ、スピードも格段に上昇させて、さらに知能も加えてみました」

 「……で、そのレムちゃんが暴走でもして暴れだしたらどうするつもりだったのですか」

 「そりゃあ、数に物言わせて……」

 「装甲が強化されてると聞きましたが?」

 「だったらドカンと一発、威力のあるもので……」

 「スピードも格段に上昇しているとも聴いた覚えがありますが?」

 「ですから、それは罠にでもはめて動けない状況にして……」

 「確か知能もついているとのお話ですが?」

 「……私が浅はかでした」

 「まぁ、今はちゃんと動いているみたいですし、少し様子を見ましょう。高町恭也がどういった行動に出るかも気になりますし」


 彼女の言葉に呼応するように、もう一つの影が砂煙の中から飛び出す。

 八景を順手に構え直した恭也が砂煙をはさんでレムの反対側に距離をとる。

 恭也の額が少し切れて血が滲んでおり、恭也が何らかのダメージを受けたのは明白だった。


 (強い……あのスピードと素手で地面を叩いてあれだけの破壊力を生み出す腕力、それにあの硬い装甲……手加減して倒せる相手では無いか……)


 あの砂煙に包まれた一瞬に一度だけの攻防があった。

 凄まじいスピードで恭也を殴りに来たレムを恭也が回避。

 勢い余って地面を叩き砂煙を巻き起こす。

 無論、恭也はその腕力に驚きつつもその隙を逃す事無く、八景の峰で首筋を強打。

 しかしレムの装甲の硬さに意識を刈り取れず、逆にカウンターの裏拳を額に受けてしまう。

 何とか自分から吹き飛んで威力を殺したものの、一時的に意識が朦朧とし、回復するまで砂煙に紛れていたのだ。





 (目標捕捉……敵戦闘能力大幅修正……戦闘モード変更、対救世主候補生モードに移行完了。目標戦闘データを近接型と確認。遠距離型で対応……)


 対するレムも恭也のデータを修正していく。

 反応速度こそ遅いものの、一般を大きく上回る身体能力、即座に首を狙いにきた行動力、カウンターの一撃で倒れなかったタフネスそれらを総合した結果だった。

 基本スペックで目標……高町恭也を上回っているが、それでも油断できない相手だと認識し、同時に彼の小太刀にも注意を払う。

 いくら首を狙ったとは言え、この装甲の前では普通の武器では武器の方が折れていた。

 だが、あの小太刀は折れなかった。

 召喚器ほどでは無いにしろ、かなりの強度を持っているのは明白。

 故に近接されると不測の事態が発生する可能性がある。

 だからレムは遠距離型で対応する事にした。


 「ターゲット・ロック……魔道矢……ファイア……」


 レムが右手を恭也の方に向けると、手首の部分が折れ曲がり手首の先の砲門から無数の閃光が飛び出した。













 「ふぅ、今日のお仕事はこれでおしまい?」

 「おうよっ! 明日の仕込みは俺がやっとくから、おめえさんはもう休んでてもいいぜ」

 「ん〜、Thanks♪ でもいいの?」

 「ああ、あの救世主様の胃袋を参ったと言わせるのは俺一人でしなきゃいけねえんだよ」


 フローリア学園の学食のおじさんは握り拳を作り、熱く語った。

 学生の中で彼とリコ・リスの関係を知らない者はいない。

 必死に料理を作る彼とそれを意にも介さず食べ続けるリコ・リス。

 今のところ、リコの全勝で勝負は終っている。


 「んー、暇になっちゃう。歌の練習でもしていようかな?」

 「ん? 暇なら闘技場に行ってみたらどうだい? 何でも新しい救世主候補様が来ているらしいぜ?」

 「ふぅ〜ん、またあんな怖い目に遭ってるのかな?」

 「どうだろうなぁ……ズバズバーって敵を倒しているかもなぁ」

 「まぁ、特にすることも無いし、行ってみるね♪」

 「おう、行って来い行って来い」


 そう言うとウエイトレスは歌を歌いながら闘技場の方に歩いていった。

 その後姿を見て、彼は今更のように思い出した。


 「そういや、あの嬢ちゃんも確か異世界から呼び出されたんだよなぁ……まぁ、得手不得手があるってことか」


 そう呟くと、彼は次の日の仕込みに取り掛かるのであった。








 恭也はその腕が向けられた瞬間、その場から飛びのいていた。

 次の瞬間、彼のいた場所に無数の矢が通り過ぎていた。


 「くっ……」


 飛びのいた先で恭也は右手の八景を背中で振るう。

 ガキンと言う音と共に背後に迫っていた矢を払い断ち切る。


 「今のを察知しますか……いい勘をしています」

 「御神流に死角は無い」


 今のレムの放った矢は魔力で編み上げた追尾矢。

 相手に当たるまで相手を追い続ける魔法の矢。






 一方、特等席


 「……なぁ、今、あいつ後ろ見てたか?」

 「み、見えていませんでしたよねぇ……」

 「っていうか、見えてても振り返りもせずに背中に迫る矢なんて払えないよ」

 「どうやら、気配で察知していたみたいでござるな」

 「……どうやら相当場数を踏んだ戦士のようですね」

 「ぐ、偶然よ、偶然!」

 「……ダリア先生、お話があります。あとで学長室まで来てください」

 「ああ〜ん、さっき改造の事はお咎め無しって言ったじゃないですかぁ〜」






 (原理は不明だが、あの矢は危険だ。何とか封じて接近しないと……)


 恭也は沈思黙考する。

 恭也に手が無いわけではない。

 要は相手が撃つ前に接近して手加減無しの一撃を叩き込めばいいのだ。

 ただ、それを可能にする技を使うと膝に負担がかかり、動きが鈍くなる。

 目の前の敵を倒すだけなら問題ないが、恭也の目的はあくまでフィアッセである。

 この未だ訳のわからない世界で切り札をそうそう簡単に切ることはできない。


 (……これしか無いか……)


 恭也は動きを止め、右手の八景を順手に持ち替え、余った左手でこいこいと挑発する。








 「おい、あいつ、あの矢を撃って来いと挑発してるぞ!?」

 「そんな……彼の腕なら2,3撃はいなせそうですけど、あの矢は魔力が尽きるまで途絶える事はないんですよ!?」

 「……でも、あの人、私達と同じ世界から来た人だから、それがわかって無いんじゃないかなぁ」

 「ふん、馬鹿ね、あいつ。わざわざ自分からやられるなんて」

 「確かに、恭也殿はかなりの腕を持っているでござるが……いくらなんでもそれは無謀でござるよ」

 「……どうでしょう? 何か切り札でも持っている可能性もあります」







 「目標捕捉……フルファイア!」


 レムの腕から無数の魔力矢が放たれ、全てが恭也に向かって飛んでゆく。

 対する恭也、ここで左手でもう一刀の小太刀……龍鱗を抜き放つ。







 「に、二刀流でござるっ!?」

 「……これで単純に手数が二倍……ですがスタミナの消費も激しくなるはず……」







 「はああぁぁぁぁぁぁぁっっ!」


 雄叫びと共にその矢の群れに向かって突っ込んでいく恭也。

 その行動に見ている者全てが彼の行動に正気を疑った。





 「なるほど……考えましたね、高町恭也」

 「お母様……?」

 「学園長、どういうことなんです?」

 「あの矢の一番厄介なところはどの方向からも自動で追尾してくるその特性。たとえどの様な達人でも前後左右、さらに上まで固められてしまっては為す術もないでしょう。ですが自分から突っ込んで矢が展開する前に前面の矢を全て叩き落すとしたら全神経を前面に集中でき、背後を気にする必要も無い」

 「そんな……その代わり前面の矢の密度は……」

 「……単純な計算の問題です。仮に千本の矢が放たれたとして、その千本は決して外れる事は無い。どの道千本叩き落さなければならないのです。ならば前面に集中して千本叩き落すのと、全方位に注意を払いながら千本叩き落すのとでは、難易度の差は明らかです」

 「ですがっ!」

 「……確かに理屈はそうですが、普通、こんな無茶な方法は取れません。……余程腕に自信があるのか、常にこの様な場所に身を置いているのか……何にせよ彼は現段階での最善手を恐れる事無く打った。それだけです」










 (目標戦闘能力の誤認を確認。遠距離型での戦闘続行した場合の勝率、5%未満……近距離型に移行した場合の勝率……1%未満……魔力枯渇まであと84秒)


 観衆の目が……

 救世主クラスの目が……

 当事者でもあるレムの目すら唖然とさせる光景。

 恭也はその二本の小太刀だけでその矢を防ぎきっていた。

 その流れる太刀捌きに一点の無駄も無い。

 少しでも誤ればその瞬間、矢は恭也の防御を突破するだろう。

 だが、彼は間違う事無くこの矢を防ぎきるだろう。

 途絶える事無く放たれる矢を目の前にしても、心一つ乱さず冷静に対処できるその精神力、それこそ彼が培ってきた力の一つ。


 (今、矢の弾幕を失えば彼は私を破壊する。この装甲も彼の前では通じない可能性が高い…………否、通じないだろう。残り28秒が私の寿命ですか……)


 もはやこれまでか、とレムが覚悟した時、皮肉にも場が動く事になる。







 静まり返っていた闘技場に良く通る声が聞こえてきた。


 「恭也ぁっ!」



















 「恭也ぁっ!」

 「フィアッセ!?」


 (勝機!)


 最早、レムにはこの手しか残されてはいなかった。

 一瞬、ほんの一瞬、恭也の意識が戦闘から外れる。

 その瞬間、レムが大きく後ろに飛び、上下左右に魔力矢をありったけ発射する。


 (これで私の魔力は枯渇しました……この包囲網が最後の砦)






 (不覚……油断した)


 九分九厘、勝利を手中に収めていたがフィアッセの声に一瞬、意識を外してしまった。

 その隙にレムが全方位の魔力矢の包囲網を完成させてしまった。


 (まずい……最早、選択肢は無いか……)


 恭也は最後の選択肢、神速の発動を心に決める。



 「ふふふ……高町恭也……私の魔力は尽きました。この全方位魔力矢を捌けば貴方の勝ちです。捌けなければ……貴方の負けです」

 「……レム……いい試合だった……だが、勝つのは俺だ」

 「勝ち名乗りにはまだ早いですっ! 魔力矢、フルファイ……」

 「御神流……奥義之歩法……神……」


 恭也の周囲を囲むように飛びまわっていた魔力矢が恭也に牙を剥こうとし……

 恭也がそれよりなお速くレムを打ち砕こうとする刹那の前に……


 「ダメーーーーーーーーーーっ!」


 フィアッセの叫び共にその背に黒い翼が現れる。

 叫びが場内に木霊し、一瞬の閃光と共に恭也を囲っていた魔力矢が全て消え失せる。


 「なっ!?」

 「フィアッセ!?」


 そして神速を発動しようとしていた恭也をテレポートしたフィアッセが抱きとめていた。

 背中に黒い翼を生やしたまま……


 「ダメだよ、恭也……膝、壊しちゃうよ?」

 「フィアッセこそ……無茶はよくない……それにどうして翼がまた黒く……」 

 「ごめんね……ちょっと疲れちゃった……」


 そう言って、フィアッセの翼が消え、フィアッセが意識を失った。
















 あとがき


 連載溜め込んでなにやってんだか……と反省しつつも後悔はしていない秋明さんですw

 DS……一度は書いてみたかったけど、まさか本当に書くことになろうとはっ!?

 まぁ、Secret medicineと同時進行っぽく書いていく予定です。

 ダレたら汐姉書きます(何

 まぁ、そんな感じでぐでぐでに書き始める秋明さんw

 ちなみに、DSの時間軸はカエデ召喚→フィアッセ召喚→召喚陣破壊→恭也召喚、となっております。

 とらハの方は、まぁ、何だか色んなルートをしっちゃかめっちゃか通った感じですw

 それでは次話でw