1月20日〜3月27日


 19日の夜から、あゆさんは祐一さんの家にお邪魔したらしい。
 そこではおもしろおかしい生活が繰り広げられたようだ。
 あゆさんと祐一さんが一緒にいたのだから当然だ。
 私をこの世に留めたのはあの二人なのだから。
 秋子さん経由で伝わってくる二人の話を月宮さんから聞くのはとても楽しかった。
 二人の話を聞いていたら、病院の外に出ないことなど苦痛ではなかった。
 しかし、27日からそんな世界が壊れていった。
 秋子さんから祐一さんの様子を聞いて語ってくれる月宮さんの顔には疲労の色が見えた。
 あゆさんと祐一さんの間で何かがあったらしい。
 祐一さんの様子が変なのだという。
 だが、それ以上は何もわからず、月宮さんはあゆさんがどうしているのかしきりに心配していた。
 そして1月30日……
 あゆさんは秋子さんに別れを告げて消えた。
 1月31日には祐一さんがひどく疲れた状態で秋子さんの家に戻ってきたらしい。
 あゆさんは祐一さんの前からも消えたのだった。
 所詮は束の間の奇跡だったのだろうか?


 あゆさんは目を覚まさなかった。
 あゆさんが消えたという話を聞いた月宮さんは寡黙になった。
 私もやっぱり奇跡は起きないから奇跡というのだと、また絶望に飲まれかけた時、月宮さんがあるものを見つけた。
 それはこの街をあゆさんが走り回っていた時につけていたあの赤いカチューシャと……小さな天使の人形。
 カチューシャはあゆさんが街に現れたころあゆさんの病室から消えたもので、人形の方は今まであゆさんの病室にはなかったものだということだった。
 それが何を意味するのかはわからない。
 だが、月宮さんはそれと、あゆさんが去り際に呟いたという『お…父さ…ん……?』という言葉を最後の希望として信じていた。
 あゆさんは必ず目を覚ますと……
 もちろん私もそう信じたかった。
 私たちはあゆさんの病室で、何も言わずに座っていることが多くなった。
 月宮さんは無言であゆさんの顔をみつめ……
 私はそんな月宮さんやあゆさんをスケッチブックに描いていたりしていた。
 不安ではあったが、ある意味平和な時間だったかもしれない。
 だが、そんな時も長くは続かなかった。
 3月の中頃から私は眠っている時間が多くなり始めた。
 どうやら私の時間切れが近づいてきたようだ。
 そのうちまったく目を覚ますことがなくなるのだろう。
 薬で苦痛を鎮めているので、苦しくはない。
 だけど、結果を見ずにこの世から消えるのだけは悔しかった。


 ……結果?
 何を言っているのだろう?
 私が望んでいるのはそんなものではない。
 私が望むことはたった一つ。
 せめて月宮さんには奇跡が舞い降りて欲しい……
 ……違う、そうじゃない。
 そうだ……
 もう一度あのあゆさんの笑顔が見たい。
 私に勇気をくれたあの太陽のような笑顔をもう一度……


























     3月28日(日曜日)


 ……ドタドタ。
 ……バタバタ。


 なんだか騒がしい。
 喋り声と、廊下を走っていく音が聞こえる。
 ここは病院のはずなのに……


 気だるさをこらえて目をあける。
 そして、カーテンを開けて驚いた。
 病院の入り口に人が殺到している。
 何事だろうか。
 喋り声や廊下を走る音も気になる。
 私は自分の病室を出た。
 すると……
 この2ヶ月通い続けた病室に小さな人だかりが出来ていた。
 医師や看護婦、それとテレビ局の人らしい姿もある。
 彼らの顔を見ていると、何が起きたのかすぐに察しがついた。
「起きたんだ……奇跡」


 月宮さんの姿を探したが、見当たらないので私は自分の病室に戻る。
 そしてテレビをつけると……
 『眠り姫、奇跡の意識回復!』
 という報道がされていた。
 そして報道陣にインタビューを受ける月宮さんの姿が映る。
 だけど…私はあまりに唐突過ぎて実感がわかなかった。

「あ……」

 眠気が襲ってきた。
 もう発作のようなものだ。
 まあいいか。
 月宮さんと今すぐ会えるわけでもないし……
 あれだけの報道陣に囲まれていたらしばらくは会えないだろう。
 私はおとなしくベッドに入った。








 コンコン

 病室をノックされる音で目が覚めた。
 時間は……
 夜の9時。
 今日一日ほとんど寝ていたことになる。
 私は一瞬恐ろしい気分になった。
 次に眠ったら……目を覚まさないんじゃないだろうか?

 コンコン

 扉がもう一度ノックされる。
「はい、どなたでしょう」
 私は扉に近づいてそう訊いた。
「僕、月宮だよ」
 私から扉を開けて電気をつける。
「よかった。寝ていると思ったよ」
「さっきまで寝ていました」
「起きてくれてよかった」
 月宮さんは私が危ない状態にあることを知っていた。
 だから起こしたことを謝ったりしない。
 私は病室の中に月宮さんを案内し、そして向かい合って座った。
「よかったですね」
 月宮さんに向かって、開口一番にお祝いの気持ちを伝える。
「何だ知っていたのかい?」
「普通こういうときは喜びながら駆け込んでくるものじゃないですか?」
 私はドラマの一シーンを思い浮かべながら言った。
「ははは、朝から色々あってそんな元気はもうないよ」
 と月宮さんは笑いながら言った。
 確かに少し疲れているように見える。
「あゆさんはどうしているんです」
「さっき寝たよ。今日一日検査尽くしだったからね」
「そうですか」
 まだしばらくは、あゆさんには会えそうもないようだ。
「賭けは僕の勝ちだね」
「そうですね」
「奇跡は起こることもあるんだよ」
 どうしてだろう?
 なんだか月宮さんが遠い世界の人のように思える。
 昨日まではあんなに親近感を感じていたのに……
「じゃあ、私も奇跡を信じてみます」
 とりあえずあたり障りのないような返答をした。
「うん。僕も今日は疲れたしこれで帰るよ。お邪魔したね」
 月宮さんはそう言って出て行った。




 月宮さんが出て行ってから私は悩んでいた。
 どうして月宮さんを遠い世界の人のように感じたのだろう?
 ……そうか。
 月宮さんは幸せを取り戻したんだ。
 もう私とは違う世界の人になってしまったんだ。
 奇跡か……
 起きないものではないということは証明された。
 だけど……冷静に考えると今の私にとって奇跡がどれほどの価値があるのだろう?
 たとえ奇跡が起きて、病気が治ったとしても……
 私に幸せなんてない。
 もうすぐ4月……
 お姉ちゃんは3年生になる。
 たとえどんなに早く病気が治っても、一緒に登校する事はかなわないだろう。
 それ以前に、ただ病気が治っただけでお姉ちゃんが私に振り向いてくれるとは思えない。
 この数ヶ月の間に私とお姉ちゃんには大きな溝が出来ている気がする。
 病気が治ってもすぐに元通りというわけにはいかないだろう。
 私が奇跡を求める理由はほとんどなかった。
 わざわざつらい思いをするよりも……
 このまま眠って何も分からなくなるほうが幸せじゃないだろうか?
 そんなことを思っているうちに私は眠りにおちた。






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