1月19日(火曜日)
昨日は月宮さんにほとんど会っていない。
と言うのも、祐一さんの家主さんである秋子さんが来ていたからだ。
下手に会って、私のことを知られると迷惑がかかるから、私は先に席を外しておいた。
秋子さん……月宮さんの話だと『凄い人』だそうだが、どういう意味かはわからない。
でも、あゆさんの事情を知りながら、何も言わず御馳走をしたりしてあげている人だというから、優しい人には違いないだろう。
17日の日曜日、私は月宮さんと約束をした。
あゆさんが目覚めたら奇跡を信じると……
でも、正直私は怖かった。
私の病気は治らないわけではないらしい。
だが……
それは恐ろしい苦痛を伴う方法で、それでいて成功するかは、奇跡でも起こらないと、というものなのだそうだ。
「ましてや……あんな小さな女の子がその治療に耐えた前例はない」
「このまま延命治療をする方が本人のためだろうな」
「ああ」
私が起きているのも知らず、医師達はそう話していた。
奇跡のそのまた奇跡、大奇跡でも起きないと私は助かりようがない。
私が望めばその治療を受けられるだろう。
だけど、失敗すれば私は苦痛の中で死んでいくのだ。
全てを失ってしまう。
怖い。
今の私にはそんな治療を望む勇気はとてもない。
あゆさんが目覚めたところで、そんな勇気が湧くのだろうか?
だけど、約束をした。
私はああいうドラマみたいな展開に弱い。
やっぱりどこかでドラマみたいな結末を期待しているからだろう。
そんな自分に襲いかかる不安を消すように私はスケッチブックに向かう。
この前メモに描いた自分の姿がとても気に入ったので、スケッチブックに描き直していたのだ。
私はもう外を出歩かない。
それも約束だった。
『何があっても結果を見るまでは生き続ける』
外にいればますます命を削ることになるのは間違いない。
たとえそうでなくても、不測の事態が起きたときそのままということもありえる。
だから私はもう病院から外には出ない。
絶対に春までは生きてみせる。
私はお姉ちゃんやあゆさん、月宮さんに感謝している。
あの日公園で死んでいたら、本当に幸せだったのだろうか?
結局は祐一さんと別れた寂しさから自殺したようなものだ。
祐一さんが知ったら、とても後悔することだろう。
冷静になって考えると、私はとんでもないことをするところだった。
祐一さんとあゆさんに会った日に死んでいたほうがまだましだった。
お姉ちゃん、私を見ていてくれてありがとう。
2日前月宮さんとデート(?)している最中、誰かが私たちのあとをついてきているのを知っていた。
お姉ちゃんだろう。
また私になにかあったら助けてくれるつもりだったのだ。
そして、月宮さんとあゆさん。
一度は生きる気力を失った私にまた生きる気力を与えてくれた。
春までの命はあの親子にもらったようなものだ。
まだ私のことを想ってくれている人がこんなにもいる。
たとえどんな結末が待っていたとしても……最後まで笑っていよう。
それが私に出来るせめてものことだ。
私はその思いをこめて、笑顔の自分を描いていた。
「どうですかあゆさん」
8割がた完成した絵をあゆさんに見せる。
『うわあ、かわいいね。ね、次はボクを描いてよ』
『いいですよ』
『うぐぅ、うれしいよ』
『じゃあ、そこのベンチに座ってください』
『うんっ』
『あの……それは何ですか?』
『たい焼きっ』
『見ればわかります』
『題名はたい焼きとボクでお願いするよ』
ベッドで眠るあゆさんは当然何も言わない。
けれど私には、笑顔で応えるあゆさんの姿がありありと浮かんだ。
「かわいいじゃないか。これ本当に君か?」
「どういう意味ですか?」
「『フスの火刑』じゃないけど、悪魔の角と尻尾をつけないとわからないぞ」
「そんなこと言う人嫌いです!」
「君は自分の性格の悪さを自覚していないのか?」
「意地悪は美少女の特権です」
「そうか……だったら仕方ないな」
いつのまにか月宮さんが帰ってきていた。
そして私の自画像を見て、あごをしゃくっている。
「今日は遅いんですね」
「ああ、平日はいつ帰るかわからないんだ」
「別にいいですよ。お仕事は大切です。それにここにはあゆさんもいますから」
「そう言ってくれると気が楽だ」
月宮さんはそこで一度話を切って、上着や鞄を下ろした。
そして、椅子を取って私の向かいに座る。
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