うたわれるものSS「ある侍大将の一日」
トゥスクルの侍大将ベナウィの朝は早い。
日が昇る頃には間違いなく目を覚ましている。
彼ほど『春眠暁を覚えず』という言葉が当てはまらない者はいないだろう。
彼の日課は自分のウマで、相棒ともいえるシシェとの散歩から始まる。
「それではシシェ、行きますよ」
城をでて、平原を走らせてから戻る。
たったこれだけの事であるが、ベナウィもシシェもこの日課が大のお気に入りである。
忙しいベナウィにして見れば相棒をかまってやれる唯一の時間であるし、シシェにしてもベナウィに乗ってもらえる貴重な時間である。
「あ、ベナウィさんおはようございます」
「おはようございます、エルルゥ」
シシェをしばらく走らせてから城に戻ると、エルルゥが朝ご飯の用意をしていた。
トゥスクルでは食事は皆でとる事になっているが、食事を作るのはいつもエルルゥである。
理由はいくつもあるが、最大の理由はつまみ食いの阻止であろう。
とにかくここにはエルルゥの妹であるアルルゥを始めとして、つまみ食いの常習犯が多い。
しかも常習犯に限って戦闘能力が高く、普通の者では手も足も出ないのである。
しかし、エルルゥならばそれらの人物を止めるどころか、お仕置きすら可能である。
ただの拳骨から、薬師としての知識を利用したものまで、お仕置きは幅広い。
そんなことから食事はエルルゥの仕事となっている。
「もうすぐできますから、皆さんを起こしてもらってもよろしいでしょうか?」
「わかりました」
この会話から分かるように、皆を起こすのはベナウィの仕事である。
と言っても、起こす必要のある人物は限られてはいるのだが…
例えばウルトリィやユズハは寝起きがいいので起こす必要がない。
ハクオロの場合は政務の疲れで寝坊してしまう事もあるが、おおむね問題はない。
カルラやトウカも戦士としての習慣なのか、寝起きが悪いと言う事はない。
カミュは目覚めは悪いが、一緒の部屋にいるウルトリィが起こしてくれるので、あえてベナウィが起こす必要はない。
アルルゥも同様に、エルルゥかハクオロに起こされている。
問題はクロウとオボロである。
クロウを起こすのは一苦労で、体を揺すった所で起きる事はまず無い。
始めのうちは時間をかけて起こしていたのだが、最近は顔をグーで殴る様にしている。
もちろんクロウはあまりいい気分ではない。
初めてそういう起こされ方をした時に、クロウは勢いでベナウィを襲ってしまった事があった。
しかし悲しいかな、逆に返り討ちにあってしまった挙句、上官に逆らった罰で城中の掃除を言い渡されてしまったのだ。
「お、おはようございます大将」
「おはようございます」
「もう、この起こし方やめません」
「あなたが起きられるようになったらやめますよ」
「…善処します」
「それでは私はオボロを起こしてきますから、さきに行っていてください」
「ういっす」
オボロはクロウほど起こすのが大変と言う事は無い。
誰かが起こしてくれれば問題は無いはずだが…問題は起こす人物−ドリィとグラァ−にある。
彼らがいつもオボロの世話をしている。
そして朝起こすのも彼らの仕事の一つである……あるのだが、
『『若様の寝顔は、かわいらしくて萌え〜です』』
と言う事で、オボロの寝顔を十二分に堪能してから起こすのである。
しかし、その為にオボロが起きてくるのはとても遅くなってしまう。
それで仕方が無くベナウィが起こしに行っているのだ。
「おはようございます、ドリィ、グラァ」
「「おはようございます、ベナウィ様」」
「そろそろオボロを起こしますよ」
「「え〜〜、もう少しだけ堪能させてください」」
「駄目です」
「「うう………わかりました」」
ベナウィの監視の下、二人はオボロを起こし始めた。
「「若様、起きてください」」
「ん……よぅ、おはよう」
「「おはようございます、若様」」
「おはようございます、オボロ」
「よぅ、毎朝ご苦労だな」
「それでは私は先に行ってますから」
「分かった」
「「分かりました」」
三人にそう言うと、ベナウィは皆が集まっているであろう、食事をする場所に向かった。
皆が集まってから朝食が始まるのだが、食事中はまさに戦場である。
オボロとクロウがおかずを取り合い、それをカルラが掻っ攫い、オボロとクロウがカルラを睨む。
他の者達はそんな争いの合間をぬって食事を取っている。
たまに、要領の悪いトウカがおかずを奪われたり、ムックルやガチャダラが乱入してメチャメチャになったりするが…
そんな中、ベナウィはしっかりと食事を取る。
これからの激務を耐える為には栄養摂取は不可欠である。
「最後に『おねえちゃんがお風呂でためいき。あわれ』……なにこれ。ア・ル・ルゥ〜!!」
「ムックル、ガチャタラ、逃げる」
「ムフッ」
「キュ〜」
「アルルゥ、待ちなさい!!」
「オボロ防壁」
「邪魔!!」
「グフッ…」
「「若様〜〜〜!!」」
朝の報告におけるいつもの様子である。
報告書にイタズラをしたアルルゥをエルルゥが追いかける。
それにオボロが巻き込まれる。
「いやぁ、今日もすごかったですな」
「今ではこれがないと一日が始まったという気がしないですよ」
そんな様子を文官や武官達も楽しんでいるようである。
「…ベナウィ、クロウ、止めに行って来てくれ」
「御意」
「ういっす」
この争いを止めるのはいつもベナウィとクロウの役割である。
他のものでは実力不足か、やりすぎてしまう恐れがある。
一度、カルラとトウカに任せた事があったのだが、あまりに周りへの被害が大きすぎて修復で一日がつぶれてしまったことがあった。
そんな訳でベナウィとクロウに白羽の矢が立ったわけだ。
「クロウはアルルゥを、私はエルルゥを止めます」
「ういっす」
クロウが先に逃げるアルルゥ、ムックル、ガチャタラを、ベナウィが追いかけるエルルゥを止める。
ムックルは『主』と呼ばれる存在であり、止めるにはかなりの力が必要である。
しかしクロウは持ち前の力と、知らないうちに培ってしまった経験によりうまくムックルを止める。
一方エルルゥは、ベナウィに足をかけられうつ伏せに倒れていた。
エルルゥは普段は穏やかな性格であり、戦場にでても治療に専念するような者である。
しかし、それでエルルゥが弱いと言うわけではない。
むしろさっきの『辺境の女』状態のエルルゥは最強に近いだろう。
以前エルルゥを止めようとしたトウカが拳の一撃で壁にめり込んでしまった事があった。
その時はカルラが死闘を演じ、何とか止める事ができた。
止める事に成功した後のカルラの
「あの男より強かったですわ…」
という言葉がエルルゥの強さを物語っている。
しかし、止めたのはいいが、被害は相当なものだった。
止める事が出来ても周りに被害が多いのは意味が無いと言うことで、ベナウィが止める事になったのだ。
毎朝、あの手この手で上手くエルルゥを止めるベナウィ。
アルルゥのイタズラのネタもだが、全く引き出しが多いものだ。
そして、止めた後は二人で引きずって連れて行き、朝一の説教コースへと行く事になる。
「いいですか、あなたたちは……………」
「はぅ〜〜〜ごめんなさい」
「う〜〜〜」
今日もトゥスクルは平和である。
「次はこれをお願いいたします」
「さぁ、聖上はこれを」
「ベナウィ、少し休ませてくれ」
「駄目です」
「ゲンジマル、余も休みたいのだが」
「駄目でございます」
「ハクオロ様もクーヤ様も頑張ってください」
エルルゥ・アルルゥの姉妹の説教を終えた後のベナウィの朝の仕事は、ハクオロの手伝いである。
ハクオロが無能だから手伝う訳ではない。
むしろハクオロは『賢皇』と呼ぶにふさわしい人物だ。
しかしあまりに優秀な為、トゥスクルという国はハクオロに頼りきってしまっている。
文官の育成は進んでいるのだが、まだまだハクオロの仕事が減る事は先の事であろう。
そういうことで文官としても優れたベナウィが手伝っているのである。
……あまりの仕事の量に逃げ出そうとする、ハクオロの監視が主な仕事かもしれないが……
「さぁ、ハクオロ殿と仕事をする事で良い所をどんどん吸収してくだされ」
「もう許してくれ」
「まだまだ大丈夫そうですな」
「鬼…」
これはクンネカムンの幼皇クーヤと大老のゲンジマルとの会話である。
クンネカムンとトゥスクルは一時的に戦争状態に陥った事があったが、最悪の事態になる前に停戦・協定となった。
戦争状態になったのは、クンネカムンが隣国に攻め入った事が原因である。
しかしそれも自分達を守る為。
クンネカムンはシャクコポル族による単一国家である。
このシャクコポル族というのは、信仰する神の違いと弱者であることで迫害を受けた歴史を持つ。
そして、隣国に攻め入る前には侵略を受けたのだ。
そのため国の上層部は隣国の侵攻を決定した。
その後、停戦となったのはハクオロを始めとするトゥスクルの活躍である。
ハクオロはクーヤと深夜の密会をした折に、クーヤが争いで人が傷つくのを悲しんでいる事を知った。
そこでハクオロはある一計を案じた。
まずは、隣国に攻め入ったアヴ・カムゥを徹底的に叩いた。
確かにアヴ・カムゥは強いが、ハクオロ達にとっては倒せない敵ではない。
その後、クンネカムンに停戦を申し込んだが、その時にシャクコポル族の保護をうち出した。
切り札とも言えるアヴ・カムゥを打ち破られ、浮き足立っていたときにこの申し出である。
自分達を守る為に始めた戦争なので、クンネカムンは喜んで停戦の申し出を受け入れた。
……赤いアヴ・カムゥに乗る大臣は反対したが、よってたかって袋叩きにされたのは別の話である……
その後、他の国でもシャクコポル族は保護されるようになった。
しかしそれも、ハクオロの狙い通りの展開だった。
もしシャクコポル族が虐待にあったら、次はクンネカムンだけではなくトゥスクルも敵に回る可能性がある。
この二国に敵対して助かる国は存在しない。
そういう訳で、どの国でもシャクコポル族は虐待を受ける事は無くなった。
軍師としても為政者としても優秀なハクオロならではの解決法である。
戦争が終わってからは、クーヤはゲンジマルとサクヤをつれてトゥスクルを訪れるようになった。
ハクオロの手腕に惚れ込んだゲンジマルが、クーヤにもそういう所を学ばせようという狙いである。
初め、クーヤもハクオロに会えると言う事で喜んでいたのだが…結果は見ての通りである。
書類の山と格闘しているハクオロの隣で、クーヤは自国から持ってきた仕事をこなしている。
クーヤも皇としての才があり、またハクオロという素晴らしい手本を見ることで成長していった。
……まあ、いつまでたっても愚痴はでてしまうようだが……
「ゲンジマル様」
「どうなされたかな、カルラ殿」
「私と手合わせしていただいてよろしいかしら」
「よかろう」
書斎に入ってきたカルラの申し出を受けてゲンジマルは立ち上がった。
『これで開放される』
期待に胸を膨らませたクーヤであったが、
「ベナウィ殿、申し訳ないがクーヤ様のこともよろしくお願いいたす」
「わかりました」
その期待も一瞬で絶望と変わった。
話は変わるが、ベナウィとゲンジマルは何かと気が合う。
同じ武人と言う事もあるが、考え方も近いものがある。
一度、『理想の皇とは』という議論で一晩中語り明かした事もあった。
因みに次の議題は『刀と槍、どちらが有利』というものらしい。
そんな訳で、お互いに用事を頼みあう事も多々ある。
これもその一端だ。
「それでは某は失礼するが、しっかりと政務に励んでくだされ。サクヤも頼んだぞ」
「わかりました、おじいちゃん」
「わかった……」
ゲンジマルはそう言って書斎を出て行った。
「それではクーヤ様、頑張りましょう。聖上もこれを隙と思って逃げないように」
「はい……」
「ううっ……助けてくれ……」
ハクオロだけではなくクーヤもベナウィが苦手なようだ。
こうしてベナウィの監視と言う仕事は昼まで続いた。
「訓練開始!!」
「「「「「「はい!!」」」」」」
何時もの如く戦場そのものの昼食を終えた後、ベナウィは騎兵隊の訓練をしていた。
確かにベナウィは有能な秘書となりうる。
しかし彼は侍大将であり、彼自身自分の事を一武官とみなしている。
「クロウ、騎兵隊のほうは任せました。私は歩兵隊のほうも見てきます」
「でも、若大将に決闘を申し込まれるんじゃないですか?」
「それも訓練になります」
「全く、大将にはかないませんな」
「それでは頼みましたよ」
「ういっす」
そう言って、ベナウィは歩兵隊が訓練している場所へと向かった。
「よう」
「どうですか、調子は」
「ボチボチだな」
「ボチボチでは困ります。私達の目標は…」
「言わなくても分かっている。兄者を戦場に出さないですむほどにはしてみせる」
そう言いながらオボロはベナウィを睨んだ。
ベナウィ、クロウ、オボロ、隊を預かる三人が目指すもの…それはハクオロを前線に出さなくてすむ事である。
今までの戦いでは勝利を収めてはいたが、それはハクオロの活躍が大きい。
軍師としても戦士としても優秀であるが故、最前線に立つハクオロ。
前まではそれで良かったかもしれないが、今ではそういうわけにも行かない。
今、全ての国は微妙なバランスで成り立っている。
その中心は言うまでもなくハクオロである。
もしハクオロの身に何かあればどうなるか、それは明白である。
その為、三人は少なくとも戦場にハクオロが出なければならない状況を作り出さないよう、隊を指導している。
それが戦う事でしか国に貢献できない三人の誓いである。
「どうですか、手合わせしますか」
「珍しいな、お前から言うなんて…だが、今日はやめておこう」
「そちらこそ珍しいですね」
「いや、お前にボチボチと言わないで済むようにしようと思ってな」
「手伝いましょうか」
「そうだな、頼む」
その日の歩兵隊の訓練は想像を絶するものだった。
その訓練を受けた一人の
「地獄?何それ。今日ほどの地獄は存在しない」
という言葉は全員の総意であろう。
やはり戦場になってしまった夕食を終えてから、ベナウィは再びハクオロのいる書斎で手伝いをしていた。
「今日はこれで最後です」
「ありがとう」
そう言って今日最後の仕事に取り掛かるハクオロ。
朝から晩まで、普通の者なら絶対に出来ない事である。
しかし、彼はそれを可能にしてしまう。
だからこそ皆が頼り切ってしまう状況が出来上がってしまう。
「よし、終わった……」
「お疲れ様でした」
「ベナウィこそ」
「いえ、私は…」
ベナウィが続きを言おうとしたが、それをハクオロは遮った。
「お前には感謝している」
「聖上…」
「私が行なっている事は、全て国内外の民の生活に関ってくるものだ。
だから手を抜く事は決して許されない。
しかし、私も人だ。
手を抜きたいと思ってしまう事、投げ出したいと思ってしまう事もある。
でも、お前がそばにいてくれるお陰で自分に厳しく出来る。
お前だけじゃない、エルルゥ、アルルゥ、オボロ、ドリィ、グラァ、ユズハ、クロウ、ウルトリィ、カミュ、カルラ、トウカ、皆がそばにいてくれるから頑張る事が出来る。
こんな私だが、これからもよろしく頼む」
「もったいない……お言葉です」
ベナウィはそう返答するのが精一杯だった。
前に仕えていた『皇』は愚皇そのものだった。
民には全く目を向けず、自分の欲望の赴くままに行動する。
仕える事が苦痛以外の何ものでもなかった。
しかし今は違う。
民の生活を第一に考え、部下も思いやれる人物が自分の主である。
武官としてこれ以上の幸せは無い。
「明日も早いから、そろそろ休もう」
「そうですね」
「それではおやすみ、ベナウィ」
「おやすみなさいませ、聖上」
その後、ハクオロは自分の寝室へと向かった。
最後残ったベナウィは簡単に書斎の整頓をした。
明日も沢山の仕事が来るだろう。
だから少しでも働きやすいようにしたい。
自分に出来る事は限られているのだから。
そして、整頓を終えたベナウィは灯りを消して書斎を後にする。
これがトゥスクルの侍大将ベナウィの一日の仕事の様子である。
朝早くから夜遅くまで働きっぱなしではあるが、本人はそれでもいいと思っている。
自分が仕事をする事で民や主の役に立っていると思えるから。
そして…
こんな日がずっと続く事を祈っている。
はじめまして(の方が多いと思います)、駄目人間まっしぐらのおもちというものです。
今回は「萌のみの丘」と相互リンクをはっていただきましたので、そのお礼のSSを送らせていただきました。
あまり面白くなかったかもしれませんが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。
また、taiさんも相互リンクをしていただきありがとうございました。
これからもよろしくお願いいたします。
それでは。