「……………………はぁ」

 

 私は一つ、溜息をついた。
























 〜うらやましいこと〜























 「どうしたんだ天野?いきなり溜息なんかついたりして」



 箸を下ろし、唐突に溜息をついた私の顔を、やや心配そうな顔つきになって覗き込んでくる相沢さん。

 昼休みの昼食時、私たち二人以外にも人がちらほらと見える中庭で相沢さんとお昼をとっていた時のことだった。



 「…………いえ、別に何でもありません」

 「嘘つけ。他の奴ならいざ知らず、俺がお前の変化を見逃すはずがない」



 少しばかり自分の頬の温度が上がっていくのを感じる。

 私の言葉に対して間髪入れず否定をする相沢さん…………嬉しい言葉なのですがちょっと恥ずかしい言葉でもあります。



 「気にしないで下さい、大したことではありませんし」



 そう、大したことではないのだ…………私の溜息の理由は。

 

 「馬鹿、彼女が何かに悩んでる風なのに気にしない男がいるか。

  今更変な遠慮とかすんな、何か悩んでることがあるならぶっちゃけてくれ」



 再び臆面もなく恥ずかしい台詞を言う相沢さん。

 相沢さんの言う通り、私たちは世間一般で言う『彼氏彼女』の関係である。

 真琴がまるで何もなかったかのように帰ってきてから一月経った頃、私は相沢さんから交際を申し込まれた。

 相沢さんはてっきり、真琴のことが一番なんだと思っていた私にはその申し出は正に青天の霹靂だった。



 「もう…………そう言って心配して頂けるのは嬉しいですけど、あまり恥ずかしいことは言わないで下さい」

 「俺の本心だ」



 けれどこうして私が相沢さんが一緒にいることを選んだのは―――――何と言うことはない、私も単純に好きだったのだ。

 この目の前にいる、お節介で皮肉屋で…………そして誰よりも強くて優しい先輩のことが。















 『…………よかったのですか?』

 『何がだ?』

 『真琴のことです…………せっかく相沢さんのためにあの子は帰ってきたと言うのに、私なんかに…………その』

 『告白したことか?』

 『…………はい』

 『天野…………お前は二つほど勘違いしてることがある』

 『え?』

 『一つは俺と真琴のことだ。確かに俺は真琴のことを愛しているし、真琴も俺のことを同様に愛してくれている。

  でも、その愛は恋人とか夫婦のようなものじゃなくて家族のようなものなんだ』

 『……………………』

 『もう一つはお前自身だ』

 『…………それは一体どういうことですか?』

 『お前はさっき私なんかと言ったがな…………お前だって俺にとっては真琴と同じ、いや、それ以上に大切な人なんだ。

  だから勘違いしないで欲しい、俺がお前に、その…………告白したのはオンリーワンとしての意味でなんだからな』

 『…………はい…………』















 相沢さんの言葉が嬉しかった。

 けれど、一番嬉しかったのは私自身の心。

 あの子が消えてから私は人と深くかかわることを避けていた。

 だから二度と人に自分からかかわることなんて…………ましてや男性を好きになるなんてことはないと思っていた。

 でも、私は相沢さんを好きになることができた。 

 また…………大切だって思うことができる人ができた。

 それが、私には一番嬉しかった。















 「なぁ…………俺には言えないことなのか?」



 そんな大事なこの人に心配はさせたくなかった。

 だから…………私は観念して打ち上げることにする。



 「…………昨日のことです」















 それは最近では珍しくなってしまった私一人の下校でのことだった。

 今日は相沢さんはご友人の北河さん(この字で良いのでしたっけ?)と用事があるらしく一緒に帰ることはできない。

 いつも校門で待っている真琴はというと居候先の家主さんと買い物らしい…………よって、一人で帰るしかなかったのだ。 

 他に友人がいないわけではない。相沢さんいわく、『私に近づかないで下さいオーラ』がなくなったらしい私には少しずつだが

 ちょっとした話をする程度の友人が出来た。

 ただ、その友人たちは毎日昼休みと放課後に私を迎えにやってくる相沢さんのためか、その時間帯にはただの傍観者と化すのだ。

 今日は相沢さんがやって来なかったので怪訝に思っていたようだったが、今回は私が相沢さんを迎えに行く趣向だと

 勘違いしたのだろう、友人たちは羨望と冷やかしの入り混じった瞳と何故か応援の言葉で私を教室から送り出したのである。



 「ふぅ…………すっかり相沢さんとのことが公認化されてしまいました…………別に嫌ではありませんが、やっぱり

  何時まで経ってもなれませんね」



 そう一人呟きながら校門に差し掛かる。

 するとそこには髪を三つ編みにした、一人の女生徒が誰かを待っているように立っていました。



 ……………………妙にこの人からは親近感を覚えます



 そんなことを思っていると



 「わりい茜…………待ったか?」 



 私の後ろからやってきた男子生徒がそう言って三つ編みの女性に話し掛けました。

 どうやら、待ち人はこの人のようですね。



 「…………十一分の遅刻です」

 「いや、ちょっと住井に捕まっちまって…………じゃなくて!

  そこは『いえ、私も今来たところですから』とか言って微笑むところだろ?」

 「私は事実を言ったまでです、だいたい同じクラスなのにも関わらず何故校門で下校の待ち合わせをしなければならないのですか」

 「恋人のお約束シチュエーションだろこれは。一度やってみたかったんだよ」

 「そう言われても、言ってもらわないと私にはそんなことはわかりません」

 「じゃあ言ったら今度やってくれるか?」

 「嫌です」

 「…………そ、即答かよ」



 私の眼前で痴話喧嘩(?)を繰り広げている二人。

 そういえば真琴から借りた少女漫画にそういった場面がありましたが…………確かに一度やってみたいとは思いますね。

 相手はもちろん……………………あ、相沢さんで(///)



 「練乳蜂蜜ワッフルを奢ってやるからっ」

 「わかりました」

 「…………さっきより返事が早いぞ茜」

 「そうと決まれば山葉堂に行きましょう」

 「お、おい引っ張るなって」



 男性の言葉に突然態度を百八十度変える三つ編みの女性…………現金ですね、まるで真琴のようです。



 「今日こそ浩平にも食べてもらいますから」

 「げっ、俺も食べるのか!?」

 「当然です」

 「や、やっぱりこの話はなかったことに…………」



 絶望の表情を浮かべながら懇願する男性…………そんなに食べたくないのでしょうか、その練乳蜂蜜ワッフルとやらは。



 「駄目です」

 「な、何で」

 「…………私も……………………そういうこと、ちょっとしてみたいと思いましたから」



 ちょっと頬を赤らめながらそう言う三つ編みの女性。

 男性は彼女のそんな顔を見て、嬉しいような苦しいような複雑な表情を作った後



 「わかったよ…………先に言いだしたのは俺だしな」



 と、観念したような表情になってそう言いました。 















 「ふーん…………それで?」

 「その後、その女性が『浩平のそう言うところ、好きですよ』と言うと、男性は真っ赤になりながら女性の手を引っ張って

  走り去っていきました」

 「…………それで話は終わりか?」

 「はい」



 私のした話を反すうするように黙り込む相沢さん。

 どうやらこの様子では私が何を言いたかったのか伝わっていないようですね……………………鈍感です。



 私が考えていたこと、それは昨日の二人が『うらやましかった』ということだった。

 阿吽の呼吸で会話を交わし、お互いのことを何でも分かり合っているような…………そんなあの二人が眩しかった。

 私と相沢さんは恋人同士になったとはいえ、それより前の関係の時とお互いのとる態度は変わらない。

 相沢さんが昼食時と放課後に迎えに来てくれるのも恋人同士になる前からのことだった。

 だから…………世間一般で言う恋人同士がやっているという行為に私は憧れた。
 
 自分がこんなに少女趣味的な発想をするなんて、少し前までは考えもしなかったので…………恋は偉大だと思ったりもした。

 けれど、この目の前にいる私の彼氏さんは鈍感な上にそういうことに興味がなさそうだった。

 でも、憧れは捨てきれなくて…………だから、思い切って昨日の話をしてみたのですが…………駄目だったようです。



 はぁ…………どうして私は相沢さんを好きになったのでしょうか?



 そんなことをしみじみと考えていると、相沢さんは微妙に真面目そうな顔になって



 「ふむ…………なんて言うかうらやましいな、その二人」



 と言いました。



 「…………は?」



 おそらく、その時の私の顔はとんでもなく間の抜けたものだったでしょう。

 まさか、相沢さんの口からそのような台詞が出てくるとは思っていませんでしたから。



 「その二人―――――多分恋人同士なんだろうけど、幸せそうだったんだろ?天野の目から見て」

 「…………どうしてそう思うんですか?」

 「天野の喋り方から何となく」

 「まぁ…………確かにそうでしたが」

 「俺も一応は男だからな…………そういう恋人同士っぽいやりとりは恥ずかしい気もするけど…………やってみたい、

  という気持ちも、もちろんないとは言い切れないところだしな」



 え、ええっ?



 「俺もさ…………天野のことを迎えに行ったりするじゃないか、この昼休みとか放課後とか。

  でもそれは前からやってたことだし…………」



 う、嘘でしょう?



 「だからさ…………その二人の話がなんかうらやましいなーってちょっと思ったわけだよ、俺は」



 私が考えていたことと同じことを言う相沢さん。

 私は呆然となってしまった。まさか相沢さんがそんな風に考えていたなんて…………



 「で、だ」

 「は…………はい」

 「突然なんだが天野に頼みがある」



 頼み?……………………何でしょうか。



 「美汐って……………………これから呼んでいいか」



 美汐…………?確かに私の名前は美汐ですが…………って、ええっ!

 な、名前で呼び捨てですか。ちょ、ちょっと心の準備が……………………でも、うなずいてはおきますが



 「な、何故ですか?」

 「いや…………俺さ、真琴が買ってくる漫画でありそうな恋人同士のシチュエーションは流石にまだ恥ずかしいし…………

  かと言ってここまで暴露した以上は後には引けないっていうか…………」

 「は、はあ」

 「だから、せめて基本ぐらいはマスターしておこうかと思って」



 き、基本ですか。

 基本と言えば基本ですが…………こ、困りました。これは思いもよらぬ展開です。

 確かに私はそういうのに憧れていて、それで悩んでいたのですが…………まさか相沢さんから切り出してくるなんて。



 「よ、よし、言うぞ」



 ちょっぴり声を緊張させてそう宣言する相沢さん…………ちょっと可愛いですね。

 かくいう私も最高級に緊張していますが…………















 「――――――――――美汐」















 ―――――瞬間、私の周りから全ての音が消えたかのような錯覚を受け、聞こえるのは自分の心臓の音だけでした。

 そして同時に自覚してしまいました…………私は、もうすっかり相沢さんに恋する乙女なのだと。 



 「お、おい!美汐!?」



 微かに耳に聞こえる相沢さんの声を最後に……………………私は意識を失いました。















 あの後、目が覚めたら…………私は保健室にいました。

 どうやら過度の緊張と興奮(と言っても相沢さんに名前で呼ばれただけなんですが)で気絶してしまったらしいです。

 私を運んでくださった相沢さんは私を看護してくださった後、結局私の悩みはなんだったのかと再三尋ねてきたのですが…………

 私はそれを相沢さんに教えることはありませんでした。



 何故なら……………………もう、あの二人がうらやましいなんて思いませんから…………(///)



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 あとがき 

 さて問題です、何故taiはこの話を書いたのでしょう?

 @ネタを唐突に思いついたから(または電波が来たともいう)
 A長編が行き詰まったから
 BかのんLINKSにおける美汐のSS数を増やすため
 Cそろそろ一人称の地文や人物表記なしに挑戦したかったから
 Dあふれる美汐への愛を文字にしてつづる為

 正解と思われる回答を感想とともにお書きください、正解者には素敵なプレゼントが!(大嘘)
 ジャンルはほのラブ…………でしょう。
 これを書いててわかったことがあるんですが、どうやらtaiは美汐をギャグ調に壊すことができないらしいです。
 せいぜいこのように祐一君ラブな感じにするのが関の山で…………まあ、それでいいんだと言う人の方が多そうですが。
 ちなみに美汐の話に出てきた二人はONEの主人公こと折原浩平君とワッフル大好き里村茜嬢です。
 ONEでは茜が一番好きなんです、どことなく美汐と似てますし(爆)
 あと最後に断っておきますがこの話は真琴エンド後で真琴は帰ってきています、ただし祐一君とは結ばれていないという設定です。
 今後taiの書く美汐SSはそういう設定で通す予定なのでご了承願います。
 taiからすれば真琴シナリオは美汐がヒロインですから…………真琴は家族っていう位置が一番似合ってると思いますし。

 (追伸)真琴×祐一ファンの方ごめんなさい。別に真琴が嫌いってわけじゃないんですよ?ただ、美汐が一番なだけで(笑)
     あと、反響があったらこの話の続編書くかも知れません。