「かーずとーー!」
「うにゃ?」

 部活が終わり、俺がカバンを肩から引っさげてえっちらおっちら帰っていると。
 後ろから呼びかける声が。

「ど〜ん!」
「ぎゃふ!?」

 った〜……背骨直撃だぞ頭が。誰も居ない一車線道路だからよかったものの、他の人が見てたら腹抱えて笑われるぞおぃ〜。

「んで? どしたん? 俺に告白か?」
「ばばばばかじゃないの!? ボ、ボクがそんなことするわけないでしょ!?」
「えぇ!? 放課後の下校時に男女が二人、最高のシチュじゃね!?」
「なんでそんなに驚くの!?」

 顔を真っ赤にするのは、黒髪の美少女国広一。可愛いヤツめ。その愛らしさのベクトルを俺の方に向けてくれ。透華ばっかじゃなくて。

「……でも……最高の……シチュエーションか……」
「あん?」
「な、なんでもないよ!?」

 慌てて目の前で手をパタパタと振る一。それにしてもコイツ、そういや今日透華はどうしたんだろ?

「一、今日透華の御付はいいのか?」
「え? あぁうん」

 俺からの問いかけが意外だったとでもいうのだろうか、まだ火照る顔で頷く一。そういや最近透華アレだよな。一と一緒に居ないこと多い……っつーか一が俺のところに来ることが多いのか。ケンカでもしたかね?

「んじゃ、帰りますか」
「……うん」

 とことこと俺の隣に早歩きで並ぶと、一はぐーっと伸びをして。……見えないか。

「……和人。今ボクの脇に視線を感じたんだけど」
「なんだ。気づいてたんなら見せてよ、一のおっぱい」
「セクハラだよ!? 何言ってるのこのおバカは!? ……てゆかボク……そんなにないし」
「何言ってんだ? そんなにじゃなくて全く、だろ?」
「うるさいな!! ボクだって気にしてる――じゃなくて和人! いつも言ってるけどセクハラだからね!?」

 顔が茹蛸のようになっている一の両肩に、俺はゆっくりと手をおき、目を見据える。
 なんか身構えられるが、傷ついてなんかない。ないんだからね!?

「一。真剣なことだ」
「……な、なにかな? 近すぎない? あ、嫌じゃないんだよ? で、でもボクとしてはまだ心の準備が――」
「貧乳はステータスだ!」
「準備できてなくてよかったよ!!!」
「あべし!?」

 おもっくそビンタ喰らった。

 あ〜、いって。一はそっぽ向いてスタスタ歩いていっちまうし。
 補足しておくと、彼女は週一で俺の家に泊まりに来ている。今が六月だから、もう一年近く前になるのか。
 ちょうど一と仲良くなったころと被るんだけど、その頃に透華から相談を受けて。

『一に週一で休暇を上げるのですけれど。和人。貴方の家で預かりなさい!』
『え? マジで? お触りおk?』
『バカですの!?』

 なんて会話があったりした。
 お触りは当然ダメだった。いや知ってたけど。
 まぁそんなことがあって、それからというもの週一で一はうちで預かっている。メイド業に支障が出ないように〜とかなんとか透華は言ってたけど、一は迷惑じゃないのかね?
 アイツ透華大好きだし。

 ……でもま。

「……」

 スタスタ行っちまった先で、すねたように俺を待ってるアイツを見る限りは、そこまでイヤそうじゃないけどな。
 しょうがない、少し駆けていくか。

「分かった分かった今行くから拗ねるなよ!」
「拗ねてない! ボクは仕方なく休暇を取ってるだけなんだからね!」
「知ってるよ?」
「……」

 なんか。選択肢を誤ったようだ。またさっさと行っちまった。コレ、正しい選択肢選ぶまで自宅ゴールでエンドレスか?

 まぁいいけどさ。美少女と帰れるだけで俺にとってはご褒美だ。中学時代は交友範囲狭かったし。
 地元の強豪だっただけあって、嫉妬ヤバかったからなぁ。でもさ。そんな連中より一たちのがずっと強いんだよな。衣を筆頭に。
 ま、それでも俺には自分が強いなんて自覚はないし。思えばそれが嫉妬の原因に一役買ってたんだろうけど、周りが周りだったから。

 ――なんて思考の海に入っちまったけど。現状報告。俺はのんびり歩いてるだけなのに、早歩きしてるはずの一との距離が縮まってるんだ。
 てゆうかアイツちょいちょい立ち止まってこっち見るんだけど。
 待ってんのかさっさと行くかどっちかにしろい。可愛いけど。

「はじめ〜?」
「……何さ」
「いやなんで怒ってるんだよ。俺のハートは一にイチコロだぜ?」
「キモイ」
「おぅふ」

 嫌われてるよな〜……。一応これで隣に並べたわけだし、はじめも早歩きを辞めたからよしとするか。

「今日、お父さんは?」

 二人で特に会話もなく、だからと言って気まずいわけでもなくのんびり歩いていると、ふに一が聞いてきた。

「お義父さん!? そうか、一はとうとう俺を受け入れて――」
「違うよ!? イントネーションおかしいよね!?」
「――冗談だから怒るな。親父は今日飲み会で居ない。美鈴姐さんのところ」

 美鈴姐さん超美人なんだよなぁ。東南さんは全く気にしてなかったけど、あの大和撫子はマジで芸術!
 出るとこ出てるくせに、着物がそれを下品に見せない。菊の模様も彼女の美しさに一役買って、そりゃあもう月下美人と言えばあの人の――

「……一? なんで、俺の脇腹をこれでもかってほど抓っているのかな?」
「自分の胸に聞いてみなよ」
「なぁオイ、どう思うよ俺の胸」
「ホントに聞くんだ……」

 むっすーとした一の表情も愛らしいっちゃ愛らしいけど、まぁMっ気は俺にはないわけで。
 とりあえず家に帰りたいので、歩みを進める。

「だから飯は俺だ。風呂は……沸かし方分かるだろ?」
「あ、うん。えと、和人?」
「どした?」

 頭一つ小さいはじめは、自然と上目遣いになって可愛い。純とかありえねえ。アイツ俺よかデカいんだぜ?
 まあ何が言いたいかと言うと、こういうちょっと照れた感じの一は猛烈に可愛いというわけで。……なんでそんな照れてんだ?

「じゃあ……今日……二人っきり?」
「あ! そういやそうだな! あんなこともこんなことも出来るな!」
「しないよ!? なんでそうやって空気壊すかな!? だから入学当初はイヤだったんだよ和人の相手!!」

 ……なんだ、しないのか。そして、やっぱ嫌われてたか。
 鬱だ、死のう。

「……一」
「な、なに!?」

 おそらく顔面蒼白だろう俺に驚いているのか、ただ単純に俺が嫌いでひいているのか……前者であって欲しいけど、後者だろうなぁ。

「鎖、貸して。首吊るわ」
「待って! なんでそうなるの!?」
「いや、やっぱ一に嫌われてたんだなぁと」
「嫌ってないから! えぇと、あの。その、むしろす、好きっていうか」

 傘の柄レベルにひん曲がった俺の背が、一瞬にしてぴんと張った。
 何故って!? あんな照れくさそうにもじもじする一が愛らしくてたまらないからだ!

「そこんとこ詳しく!!」
「ふぇ!? あぁもうなんでもなーいー!」

 そのままマンションの中へと駆けこんでいく一。ていうかもう家の前だったのか。
 既に暗証番号のロックを解いたのか、エントランスホールの扉は開いており。そのままのんびりと階段を上っていく。ま、別に焦って一を追う必要もないしな。
 何故って、ほら。

「……かずと、はやくあけて」
「はいはい」

 一、鍵もってねぇもん。
 何の変哲もない鍵を解け、ドアを開ける。なんか恥ずかしいのかスタコラと一が入っていってしまったので、そのあとから入って後ろ手で鍵を閉めると。
 顔を上げた俺の前に、なぜか一が戻ってきていた。

「どした?」
「えと、違うから! 恋愛感情とかの好きじゃないから!」
「いやだから知ってるって」

 散々言われてるし。第一入学当時にあんな険悪だったのがここまで改善されただけでも奇跡だろ。

「っ〜〜! 知らない!」
「……助けて透華。一が分からない」

 だがまたしても選択肢をミスったらしい。怒って奥に行ってしまった。
 ま、いいや。良い時間だし、夕飯の準備でもするか。この前来た時は和食だったから今日は……パスタでも茹でようかね。




















 和人の家には、なぜかボクの部屋がある。……誰が作ったんだろう。

 まあそれはさておいて、なんであそこまでスルー出来るのかな和人は。あれだけお調子者でセクハラまがいのことまでするくせに鈍いとか……うぅ。透華ぁ……これじゃ和人、衣に取られちゃう……。

 せっかく透華に頼み込んでお休み貰ったのに。

「……貧乳はステータス……か。もしかして和人、ロリコン?」

 あらぬ空想に慌てて首を振る。
 美鈴って人が凄いスタイル抜群の和風美人って話は聞いてるから、ロリコンじゃないはず。ていうか美鈴さんってスジの人なんでしょ? 和人なんでそんな人と面識あるんだろ。
 あれ、そういえば今日、“兄ちゃん”たちの中でも一番凄い人が裏プロだとか……その人つながりかな。和人のお父さんは普通の人だし。飲み会っていうのもきっとその御堂さんが一緒なんだろうか。

 そんなっとは別にいいか。とりあえず目下の目的は。

「和人のか、彼女になる」

 ――だれいま乙女すぎるって言ったの。
 し、仕方ないでしょ!? ボク男の子と会話したことだってそんなにないんだよ!?

「まぁそれはそれとして」

 そっと、頬の星に手で触れる。
 うん、元気出た。

「とりあえず、お風呂入ろ」

 気合を入れてベッドから立ち上がった途端のことだった。
 突然扉が開き、それと同時に和人の声。

「一緒に風呂入ろうぜ!」
「死ね!!」

 とりあえず渾身の力で枕をぶつけることにした。
 ……ばか。



















 食卓を囲むは俺と一。いつもはそこに親父も居るんだが、今日はまあ、東南さんやら美鈴さんやらと飲み会だっつぅんで仕方ない。そういえば東南さん、プロの活動してねぇけど、本当に辞めたんだろうか。

「和人?」
「ん?」

 湯上りで頭にタオルを巻いた、寝間着姿の一。う〜ん、こう、クルものがあるよね。いっそのこと押し倒しカット。煩悩退散。上気した頬にむしゃぶりカット。煩悩退散。

「何か考え事?」
「あぁ、湯上り姿の一が中々にエロいなぁっとサーセン、自分調子乗ってました」
「……もぅ。でも、ボクでもそういう目で見れるってことだよね……?」

 なにやら俯いて自身の胸元を見つめだした一。何してんだ?
 っつーか話しかけてきたの一だろうに。

「何自分の無い胸と会話して嘘嘘! 待ったソレ東南さんからのもらい物!!」

 パスタの隣にあるサラダボウルを投げようとしてくる一を慌てて押しとどめる。ていうか東南さん、今更だけどサラダボウルが誕生日プレゼントなんて人、きっと俺の人生でアンタ一人だけだ。

「……これが?」
「なぜか誕生日プレゼント」
「……」

 じーっとソレを見つめ始める彼女は、なんだかいつもより幼く見えて可愛らしい。
 なんでサラダボウル? とか呟きながら壺の鑑定みたいに眺めてるけど……きっとただの思い付きだから何もないと思うよ一。あの人はそういう人だ。

「あ、そういえば今週のWEEKLY読んだ?」
「俺か? いや、まだってか知り合いが出てないと読まないし」
「……そんな頻度で知り合いが出るのはおかしいと思うよ?」

 何やらリビングの本棚を眺めながら、そうため息を吐く一。本棚はWEEKLY麻雀TODAY他、週刊誌や月刊誌の麻雀雑誌で埋め尽くされていた。
 つっても、東南さんに咏さん、雨宮さんにアイクさん……あとは照さんとかか。バンバン出るんだもん雑誌に。

「でもでも、今週って長野のインターハイ解説役のプロとかも載ってた気が」
「マジか。ちょっとコンビニへ……」
「? どうしたの和人」

 確かに、一からは見えないだろうな、真後ろだし。だが、俺からは良く見える。
 天然のシャワーで再度洗われる俺の衣服たちが。

「NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
「わ!? って雨!?」

 慌ててベランダに飛び出ると、びしょびしょの洗濯物を取り込んでいく。一瞬でずぶぬれになったが気にしない。

「和人! ボクも手伝う!」
「わりさんきゅ!」

 後から飛び出してきた一にバケツリレーの容量で服とかを渡していく。うっへ、ぐしょぐしょだあ。

 ったく、天気予報でそんなこと言ってたか?

「これで全部?」
「あ、ああ悪い。……ちょうどいいし、俺シャワー入るわ」
「あー、ボクもびしょびしょだ、あはは」

 せっかく風呂から出たばかりの一も、すっかり濡れていた。おかしいな、あまり濡れないところに居させたはずなんだが。吹き込んできたのかなぁ、結構強い雨だし。窓閉めた今でもボトボト言ってるし。
 ……そんなことより。

「はじめ先に風呂入ってこい」
「え? なんで?」

 全く気付いてない様子の一。うん、キョトンとした顔でも、眼福は眼福だ。

「びしょ濡れで、一枚しかきてない一は非常に眼福なんだが、さすがに風邪をひかれると……いや待てつきっきりで看病というのも中々エロい――」
「死んでものぞくな!!」

 俺の語り途中から見る見る羞恥に表情を染めていった一は、我慢の限界か行ってしまった。
 もうちょい薄い生地のパジャマにしてって頼むか。

 バタバタと音がして、しばらくしてシャワー独特のさわさわした音が聞こえ始める。
 ここでドバーンと侵入してもいいけど、流石に透華に殺されかねないし。
 とりあえずテレビを付けて、彼女が出るのを待ちましょうか。

















 一の後、俺が風呂から出ると。アイツ勝手に冷蔵庫から俺のアイス取って食べてた。
 いいけどさ。
 ソファに座ってテレビを見ているようだが、あまりバラエティに興味がない俺としてはそこまで熱心に見るものでもなく。

「はじめ〜、天気予報どうなってる?」
「え? あ、ちょっと待って」

 俺は一の真後ろにあたるソファの背もたれに寄りかかり、テレビに顔を向ける。ちょうど一のうなじが見えたりして中々に素晴らしいポジションなんだが、まあそれは今は黙っておいて。
 キョトンとした顔で、すぐさまチャンネルを変える一。なんだ、特に見たい番組でもなかったんか。

「……今日の夜は突発的なにわか雨に……落雷? おいおい聞いてねぇよ。――あれ? はじめ?」
「ひゃ!? な、なんでもない! そ、それよりさっさと洗い物すませちゃお?」

 ぴくん、と小さく跳ねた一。俺の吐息でも首筋にかかったか?
 それで反応したとしたらグヘヘヘヘ……げふんげふん。

「ん? あぁ漬け込んだままだったか」

 ふとキッチンの方を見れば、ミートソースの痕がくっきり着いた皿やらおかずの入っていた小鉢やらがシンクに沈んでいた。
 ……なんでかしらんけど、一ってこういうの一緒にやりたがるよな。苦手だから一緒にやるとか言ってるけど、メイドやってるだけあって手際とかすごくいいと思うんだが。

 テレビ消して、二人でキッチンへ。
 なんかもう暗黙の了解で作業分担決まっていて、カチャカチャと皿を洗う音だけが鳴り響く。基本俺が洗って、彼女が水気を取っていくだけなんだが。
 と、ぽろっと一が声を漏らす。

「なんか……新婚さんみたい」
「ぶふぉ!?」
「き、聞こえた!? 忘れて忘れて忘れてぇ!!」
「首! 首絞まってる!!」

 そんな状態でぐわんぐわんと揺すぶられたら堪ったもんじゃない。
 苦しい゛〜!!

「あ、ご、ごめん」
「いや……」

 ぱっと手を離した一は、慌てたように自身の作業へと戻る。
 にしても、新婚さん、ねぇ。コイツと……。

 頬っていうか顔全体を真っ赤にして、もくもくと作業を続ける一の横顔。可愛くないと言ったら嘘になるし……。
 咏さんと東南さん見てると砂糖吐きたくなる以上に羨ましかったけど……コイツと一緒に居ると……そんな感情もなくなるってのはある。

 好き……なんかね?
 いや、もう少しちゃんと考えよう。それより目下の問題は。

「はじめ、洗剤切れちった〜、カビキラーでいい!?」
「……はい」

 カビキラー渡されました。

「はじめ! 喉渇いたからそのクレンザー取って!」
「……はい」

 渡されました。

 か、会話が続かねえってか一の心がここにあらず!
 いやまぁ俺なんかとそんな新婚まがいに思わせちまって嫌なのはまあ、分かるとしても。
 それでも、ねぇ。

「えと……はじめ?」
「……どしたの?」

 どうも熱っぽい表情をした一。エロい。
 首を傾げたまま、口元に小さく握った手を持ってきている感じがまた愛らしく。
 そんなんが目の前に居るんだ、男として抑えられないものもあるわけで。
 ま、とりあえず目を覚まさせるきっかけにでもしようかね。
 なんて軽い考えで言ってしまった。

「キスしていい?」







「キスしていい?」
「ふぇ!?」
 
 和人から飛び出した爆弾発言は、今まさに新婚さんの妄想を脳内で繰り広げていた一にとっては普段の何十倍もの威力を含んでいた。
 先ほどのくだらない和人のボケも、『醤油とって』だの『箸とって』だのと言った甘酸っぱい新婚生活のスパイスにしかなっていなかったことを、和人は知らない。
 そんなところにきての、この和人である。
 一がどれほど動揺するか、まあ分かったものではなく。

「ぁ……ぇ……」

 完全に茹った脳内では、普段の一のまともな思考回路が機能することもなく。
 彼女は若干ジャミングがかったほわほわした微睡状態で、和人のふざけた提案に乗ってしまった。

(和人とキスだもん……和人もその気、なんだよね……?)

「ん……」
「うぇ!?」

 堪らないのは和人である。ビンタでもなんでもばっちこーい、なんて思っていたところに、まさかまさかの一から甘い誘惑。
 目を瞑って愛らしい顔を和人に寄せている事実、和人が煩悩に逆らえるはずもなく。
 しかも、先ほど好きなのではと意識してしまった相手に、理性の外壁はいとも簡単に崩壊した。

「はじめ……」
「かじゅとぉ……」

 ゆっくりと二人は距離を狭め……。

 ――お電話です。

 プルルルルルと軽快な音に、はっとする二人。

「ああっと、ボ、ボクが出るよ! 洗い物してて!」
「お、おぉ」

 和人から逃げるように、リビングの受話器へと向かう一。残された和人はと言えば。

「……何やってんだよ、俺」

 嘆息して、洗い物に戻った。
























 東京某所、四風会と札が下がったお屋敷に、御堂東南と奄美島優斗の二人は居た。
 四風会幹部である北川、西島に加え、会長の四風美鈴。
 その五人でもって、獅子脅しの心地よい音が鳴る中ゆったりと杯を交わしていた。

「それにしても、まさか兄貴がプロに戻るとは」
「いやぁ、まあ咏に頼まれまして」
「あらあら、妬けちゃいますわ」
「ちょっと美鈴さん」

 東南が四風会の裏プロと合わせて表のプロに復帰するということ。
これについての話をしに来たはずが、いつの間にかこうして飲み会になってしまったのだ。飲み会といっても、涼やかな酒宴という形ではあるので、いくらか上品ではあるのだが。

 さて、東南の隣に座る奄美島優斗。身長は東南より低く、なんだかあっけらかんとした空気を醸し出す優男、と言った風体だが。その実、日本麻雀協会の重鎮だったりする。

 この酒宴のきっかけになったのも、美鈴とこの男の顔合わせというのが主な理由であり、東南が今後裏と表どちらを優先していくか、それを話合う必要があったのだ。

 とは言ってもその話は既に終わり。東南は四風会代打ちの活動に支障がない程度にプロとしての試合数をこなす、ということで話はついている。
元々彼はタイトルなどに興味はなく、そういうのは専ら雨宮の担当だと割り切っている節があるので話の進みは早かった。

 担当、というのはそもそも。
仲のいい三人組で決めたことで、アイクが世界担当、雨宮が表担当、東南が裏担当と言う形。
舐めているとしか思えないこの形が、彼ら本来の力を出し切るに一番適した形だというからもはや笑えてくる。

「とは言っても、俺たちとしては四人目の準備があるんですけどね」

 酒で口が軽くなった東南は、適度に酔いを自制しながら、優斗に向き直る。
 そんな様子に、美鈴が苦笑して言った。

「四人目はどこの担当なんです?」
「学生担当。主にインターミドルやインターハイを総なめしてもらう予定です」
「えぇ!? そ、そんな化け物が居るんですかい今の学生麻雀には!?」

 東南の言った全ての意味を知る優斗はと言えば、苦笑するしかなく。

「うちの息子に、そんな技量があるかどうか……」
「あらあら、もしよろしければウチの代打ちになって頂いても構いませんわ」
「冗談きついですよ四風会長」

 早くも目を付け始めている美鈴に、優斗は笑って牽制する。というのも、無理はなく。

 当然ながら優斗としては和人を裏に入れる気などさらさらなく、日本のプロ麻雀業界を引っ張っていって欲しかったのだ。

「そういえば、奄美島……和人はどこの高校なんです? 俺一年間学生の方は何も見てなかったから知らないんすけど」
「一応龍門渕高校というところで、男子個人は優勝しているね。女子も全国大会そこそこまで行ったそうだ」
「龍門渕ってことは、長野ですか」

 杯を一口、東南はのんびりと問いかける。頷いた優斗に対して満足そうに笑った。
 と、何を思い立ったか、優斗に向かって手を合わせる東南。

「……どうした?」
「いやぁ、俺アイツの番号知らなくて。おめでとうってのと、あのこと(・・・・)について言っておきたくて」
「あぁ、そうだったか。分かった」

 美鈴に一つ礼をして、東南は一旦席を外す。ちょうど、東南抜きで話したい案件もあったということで、キリが良かった。

 四風邸の縁側にて、着流しでのんびりと通話ボタンを押す東南。
 しばらくして、愛らしい女の子の声が聞こえてきた。

『もしもし……奄美島です……』

 ……アレ? 妹さんか何か居たっけか、と考えつつ、まずは取次を依頼する東南。

「あぁ、御堂東南と言って和人の知り合いなんだが、取り次いでもらえないか?」
『み、御堂東南!? え!? わっわわ! ちょっと和人〜〜〜!』

 いきなり呼び捨ては酷いのではないだろうか。それにしても自分の名前はいつの間にここまで売れたのだろう、と内心嘆息しつつ、御堂は綺麗な夜の日本庭園に心を馳せながらしばし待つ。

『もしもし東南さん!?』
「お〜、今の子お前の妹さん?」
『え!? あぁいや、その……と、友達です』
「あぁなんだ友達か」
『スルーしてくれんの!? ……まぁいいや。とりあえずなんです?』

 何をスルーしたのか、と若干思案に暮れながら、東南は和人への最初の要件を思い出した。

「あぁ、そういえば今日お前の親父とかと飲んでんだけど」
『知ってます。おかげで夕飯、俺が作ってますし』
「あそ? んで、聞いた。去年のインターハイ優勝おめ」
『あ、ありがとうございます』

 少々嬉しかったのか、和人の声が若干上ずったものになるが、東南は特に気づくこともなかった。
 と、そこで一旦切れた会話は、東南の爆弾発言によって再度、硬直することとなる。

「今年のインターハイ予選、長野の解説俺だから」
『は!?』























『今年のインターハイ予選、長野の解説俺だから』
「は!?」

 え!? ちょ、じゃあWEEKLYでもそういう風に発表されてるってこと!?

「え、いやちょっとマジですか!?」
『ああ、うん。咏に頼まれた』
「頼まれたくらいでこういうことやってのけんのは貴方だけっすよ」

 軽く溜め息をつく俺。その後ろで、若干不安そうに、残るパーセンテージは好奇心に振り切った一が聞き耳を立てているが、この際気にしない方がいいんだろうな。

『いや、俺も驚いてんだけどさ、お前の親父が二つ返事でオッケーくれて』
「親父権力ぱねぇ!?」
『まあそんなことだ。会場であえるといいな』
「はい!」

 通話が切れると同時、一が飛びついてきた。
 何の話だったのか、なんていうよくある感じだったのだが、今回に限っては次元が違う。まさか今日話した人から連絡が来るとはな……。
 俄然楽しみになってきたインターハイ予選。少しばかり、本気を出すとしようか。

「さて、明日も早いし、一ももう寝ろよ〜」
「あ、うん……」

 くるりと反転して部屋に向かおうとするも、どうも背後からの視線が消える気配がなく。

 振り向いてみれば、いつの間にか一が枕を抱きかかえていた。
 彼女の目線の先は……窓の外。あ〜、コイツ雷とか嫌いだっけ。いや、雷+一人が無理なのか。……しょうがない。

「ちょうど抱き枕が欲しいんだ。一くれ」
「誰に頼んでるの?!」

 ナチュラルなセクハラ発言が俺のジャスティス!

「いやあ、ちょっと雷ってのもいい思い出が無くてな。んで、今日はいつも一緒に居るぬいぐるみのベルゼブブがイネェんだ。多分、一が可愛すぎて逃げたんだな」
「どんなネーミング!? ていうかボクそんなぬいぐるみ知らないよ!?」

 なぜ、俺の部屋にそのぬいぐるみがないこと知ってんだ……? まさかエロ本回収とかされてねえだろうな。
 ま、それよりも一のことだ。

「んで、どう? 俺の部屋、こねぇ?」
「……うん」

 コクリと頷いた彼女に、俺は見えないように苦笑しつつも、部屋へと招く。ベッドは生憎シングルなので、俺はコイツが寝静まったらソファにでも行くか。

「……で、何故一はそんな端に寄ってんの?」
「だ、抱き枕……なんでしょ?」
「え? いいの?」

 え? マジで? 何この役得。
 問いかければ、彼女は恥じらいもそこそこに小さく頷いた。
 フゥハハァァアアアアア!

「じゃ、お邪魔しまーす!」
「……ぁぅ」

 一の横へと寝そべる俺。シングルだから狭いが、抱き枕なので安心安心!
 しっかし、こんな可愛い一を抱き枕同然だなんて――あ。

「え、と。和人」
「は、はい!」

 なんでノリノリだったんだよ俺のバカ! さっき色々まずかったばかりじゃねえか!

「できればその……優しく、ね?」
「あ、あぁ」

 しばらくして、雷の音もそこまで聞こえなくなり、耳元では一の気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。
 俺もソファに移ろうと思ったんだが、腰に回した俺の手を、ギュッと一が握りしめていてちょっと無理。




 俺、今日寝れませんでした。





















 オリキャラ 奄美島和人……第二の主人公化してきてる。

 そ、し、て!

 はじめ可愛いよはじめ!!!

 東南サイドがあまりないこの時間帯は、はじめちゃんprprでよろしくッス!

 咏ちゃんを早く出したい。