「それロンだ。18000」
「げ!? 山越かコルァ!」

 アイクの切った三(参萬)を見逃し、山越で雨宮を直撃する。

「純チャン三色三暗刻……我ながら綺麗だと思うが、どうよ」
「かー、ダマで親満ったぁ、痛ぇなこの野郎」
「落ち着きナサイミスター根性。貴方の一人勝ち状態デスから当然のコト」
「んな!? アイクテメェわざと!? ていうか根性って呼ぶな!」

 とある雀荘にて。
 四人で麻雀をやっていた。俺たちの顔を伏せる、なんて所業が出来る場所などはあまりなく、仕方がないのでアイク行き付けの雀荘に来ていた。 
 マスターとは仲が良く、俺たちが来たと知った途端に貸切にしてくれたぐらいだ。
 そんなマスターは俺たちの後ろで対局を見ていたりするのだが……。

「いや……相変わらず君たちは強いけどね? 東南くんが連れてきたキミは……なんでこんな人外魔境で打てるんだい?」

 と、俺の対面に座る少年に目をやる。
 明るい店内によく似合う、バカみたいに明るい表情をした少年。
 意外と長い茶髪を掻きながら、照れくさそうに、しかしいつものように馴れ馴れしく笑う。

「いっやー、兄ちゃんたち強いけどな? 俺もその人外のカテゴリだし。それよか東南さんサイ振ってくださいよ〜早く続きやりたいっす〜」
「相変わらずテメェは生意気だなオイ」

 雨宮がプルプル拳を震わせるも、コイツはどこ吹く風とばかりにそっぽを向く。なんやかんやで仲良いんだけどな、コイツら。

「まぁ、続きと行きまショウ。マスター、彼は一応今年のインターミドルで男子優勝してる実力者……ワタシたちと対局するのも問題ないカト」
「そろそろ絶望の淵に叩き落としたいけどな」

 俺に親満喰らったストレスかは知らないが、それをアイツにぶつける雨宮。やめろっつーに。だが、それにさらに油を注ぐのがこの少年だったりするから手に負えない。

「無理無理〜、東南さんならともかく、誠司さんじゃぁ、ねぇ?」
「んだと!?」
「そこで俺に振るなよ。何ならその俺が潰そうか?」
「勘弁して〜!」

 はぁっとため息を一つ。俺のことを尊敬してるっていうのは嬉しいけど、この性格は直らない。ま、嫌いじゃないが。
 眼前で嫌よ嫌よと無邪気にはしゃいでいるのは妙に腹が立つけれど……ていうかマスターに自己紹介はしてないのか?
 と、俺が思ったのと同時。雨宮が訝しそうに奄美島を見る。

「おい奄美島テメェ、マスターに自己紹介したのか?」
「ふぇ? しましたよね?」

 何言ってんだ誠司さん、と言わんばかりにマスターを見る少年――奄美島。俺が唯一面倒を見たいと思ったほどの中学生雀士だが、高校は長野の方に行くそうだ。少し残念ではあるものの、機会があればこのメンツでまた打ちたい。
 と、マスターはと言えば。

「……いや……聞いてないが」

 やや気まずそうにそう言った。その瞬間、上家の雨宮、下家のアイクからげんこつを喰らったのは言うまでもない。

「いった〜……ってしてなかったっすか〜? すんません。俺、奄美島和人って言います。雀荘、今日はわざわざ開けてもらってありがとうございました」
「え? あ、あぁ」

 一転して礼儀正しい奄美島に、呆気にとられたマスターだったが。ま、コイツのいいところはそこなんだよな。きっちり良い悪いの判断が付く。……親しくなると、確信的に悪いことを始めるから性質はよろしくない。

「ていうか東南さん! 早くやりましょーって!」
「わぁったわぁった」

 目を輝かせる奄美島に苦笑しながら、俺はサイのボタンを押す。軽やかな回転音が止むと同時、対7で奄美島が嬉しそうに山を分け、俺たちは配牌を進めていく。
 さて。

御堂:一一三五BBE2889東西 北

 ……まぁ、北だよな。

 俺が最初の牌を切り、対局が開始された。
 さて、奄美島だが。アイツには、どうも二つほど俺たちと同じおかしい感覚があるという。
 まず一つ目だが、相手の配牌及びツモ牌を圧倒的に悪くさせる力だとか。そしてなぜか最終的に他家からの河底撈魚を掻っ攫う。これをアイツはなぜか「フィイイイイッシュ!!」と叫びながら行うらしい。
まあ、言いたいことは分かるが。ただウザイ。
 “らしい”というのは、俺たちがやられたことが無いからで。初対局の時なんか、
「なんだと……男プロの連中は化け物か……?」
 なんて言われて腹が立ったのでアイクと一緒に拳をプレゼントしてやったものだが、それは置いといて。なんでも、実力っつーか感覚の力が上位の相手には効かないらしい。
 そして、もう一つが……コレだ。

 そろそろ12順目となるんだが、アイツの捨て牌はと言えば。

 南 9 一 四 発 7 九 2 1 中 白 

 今、白を切ったんだが、そう。筒子が一切出てきていない。面子自体は場合によるんだが、染め手が異常に多いのだ。
 しかも、コイツの場合7順目くらいには聴牌できていると考えたほうがいい。
 それ以上に打ち方もうまかったりするんだが、こういう乱暴な打ち方をしているときに限って……

「ツモォ! 8000・16000一本場ァ!」

奄美島:@@@ABCDEFGHHH C

 こうふざけた上がりを見せたりするわけだ。もし九連宝燈の伝説が本当ならば、コイツはいつ死んでもおかしくない。
 内心ため息を吐きつつ、俺たちは点棒をアイツに渡す。
 ん? もちろん、五順目の時点で俺たちは誰も筒子は打っていない。

「へっへー、これで俺もプロになれば兄ちゃんたちと肩を並べて……」

 どうも、俺たちとプロでこうして打つのが夢らしい奄美島。まぁ、茶髪の童顔とも相まって野郎の癖に可愛らしかったりはするんだが、それ以上にムカつく。
 それは誠司も同じだったようで、黙ってサイを振り、9で自分の山から黙って牌を取っていく。

「ああ待って! 連続で役満だしますよ〜!」

 調子こいてんな〜。誠司キレ気味だし。まあ、俺はいつも通りにやるだけだ。こういう時の仕事は俺じゃない。

 と、誠司の一打から始まり、奄美島が牌を引く。そして、凄い良い笑顔を浮かべて言った。

「喰らえ! 兄ちゃんたち誰かが振り込む俺の最強ダァブルリーーーチ!」

 飛び出す西の牌。完全に横を向いている。だが……。

「あり? アイクさん?」

 下家のアイクがいつまで経ってもツモらず……

「ロン 人和デス。16000」
「ぎゃああああああああああ!」

 俺はツモることなく局を終えた。良い手だったんだが。
 と、これが俺たちの、二年前の日常だった。




















 長野のとある高校。そこの自称麻雀部が使っている、とある名家の一室にて。

「フィィイイイイイイッシュ! 残念だな衣よ! 満貫8000だ!」
「うぐ……やはり和人と打つと、満月も半分欠となるか……否、月が和人を抱護している」
「衣ぉ、言ってる意味わっかんねー。咏さん風に、全てがわっかんねー」

 へらへらと笑う茶髪の少年の横で、彼よりも身長の高いボーイッシュな女子部員がため息を吐く。

「いや、お前らとやる俺の精神が持たないよ。つか、しんどい」
「うぅぅ、もう一度ですわ! わたくしがラスを引くなど、あってはならないことですわ!」
「諦めたら透華? ラスどころか焼き鳥じゃない」
「……こくこく」

 下家の金髪お嬢様、透華を背後に居たメイドの一がなだめるものの、どうも納得のいかない彼女である。だが、そこでチェアーを背もたれのほうに倒しつつ、ぐでーっとしながら少年が呟いた。

「つか、お前ら強いよな〜」
「……それは嫌味かコラ? お?」
「怒らないでよ純君」

 鎖のメイド、一はどうも苦労人のようで、少年の呟きに怒り気味のボーイッシュ系女子、純を言葉で押さえていた。
 とは言ってもこの呟き、少年――奄美島和人には当然のことで。
 今まで高校生と言えば自分より弱くて当然、それに、麻雀を辞めていったものも多数居た。
 まともに打ち合えた相手は鉢巻根性シルクハット紳士着流しボケ……全て各上の存在。 ――あぁ咏さんが居た。でもあの人はあの人で、逆に一番勝ちにくい。

 などと思案に暮れていると。ポンと一が少年の頭にトレイを載せる。

「ん?」
「また、高校生じゃ相手にならない、とか?」
「まぁな〜。俺に勝てるのは“兄ちゃん”たちだけだし」
「その兄ちゃんという人たちが何方なのかは存じ上げませんが……和人に勝つとは、どれだけの実力者なのか。わたくしも気になりますわね?」
「うにゃー! 衣を無視するな! 和人もう一回やるぞ!」

 和人たちが話を進めるうち、一人取り残される形であった衣が急に立ち上がると和人に跳びかかる。
 危うく抱き留めることに成功するものの、和人は苦笑していた。

「はいはいちょお待って。お前はそんなに打ちたいか?」
「うん! 衣の渾身を持ってしても必勝を期せないのは和人だけだ! だから衣は和人と打つ!」

「全く、妬けますわ。和人がフラリと現れてからというもの、衣は和人からひと時も離れようとしませんし」
「それだけさびしかったんだよ透華。ボクたちも麻雀になると満月の衣には到底勝てないし」
「そこですわ!」

 いきなり大声を上げた透華に、全員の視線が注目する。特に和人に抱き着いていた衣などはそれが顕著で、若干涙目にすらなっていた。

「お〜い、衣が怯えてんぞ〜」
「お〜いじゃありませんわ和人! 貴方はどうしてそんなにお強いんですの!? ネットでも見た事ありませんわ!」
「え〜。純、俺怒られてる?」
「知らねーよ。ていうかやめろその子犬みてぇな目。キショイ」
「キショイ!?」

 うぅ、と気持ち悪い嘘泣きを開始する和人に、純がため息を吐く。しかし、その目は笑っていた。どことなく、微笑ましいような、そんな色が含まれていた。

「と、それよりなんで俺が強いか? ん〜、強い人たちと打ってたからじゃね? ネットは知らん。やったことないし」
「強い人たち、ねぇ。プロ、とか?」

 和人に対し、一が首を傾げる。と、和人は一瞬呆けたような顔になって。

「あれ言ってなかったっけ。“兄ちゃんたち”三人ともプロだぜ? あ〜、その内二人はもう違うけど」
「「「「え!?」」」」

 長身長髪の少女、智紀だけは全く動じる気配はないが、それ以外の四人は驚いていた。
 彼女らを代表して、純が、制御の上手くいかない口を開く。

「プロ!? お前そんなヤツと打ってたのか!?」
「……あれ? 言ってなかった?」
「「「「言ってない!」」」」
「にゃはは〜、悪い悪い。アレ? 俺たち一緒に麻雀やって一年経つよね? 聞かれなかったってこと?」
「ま、まぁ。そうなるよね……」

 照れたように苦笑し、頬の星近くを掻く一。その際鎖がジャラジャラなったりはするのだが、誰もうるさいなどとはとがめない。慣れているから。

「あ〜……まぁそれなら納得ですわ。貴方より格上なんて方々が一般人で堪りますか」

 と、一人頷く透華だった。
 衣はと言えば、未だに和人から離れることもなく、そのまま彼に問いかける。

「和人。その“兄ちゃん”っていうのはどのくらいの腕前技量なんだ?」
「う〜ん、俺を含めて一緒に雀荘で対局してるとな? 人外魔境って呼ばれてた」
「「「「うわ……」」」」
「ま、毎回俺がハコにされてたけどね〜」
「「「「えぇ〜……」」」」

 後頭部を掻きながら苦笑する和人に、何も言えない一同。と、そこでさっきまで何も言わなかった長身の少女、智紀が自前のノートパソコンを持ち出して和人に渡してきた。

「ん? 誰だか教えろって?」
「……(こくこく)」
「あ、そっか! プロなら調べれば出てくるわけか!」

 ポン、とひらめいたように頷く一と、それを聞いてハッとする、透華と純。衣はと言えば、未だに何が起きているのか分からず、和人の膝の上でキョトキョトしていた。

「何が起こっている? 天変地異の前触れか? 衣を四面楚歌に追い込むのか!?」
「いや、別に取り囲んでるわけじゃねえだろ」
「ちょっと待ってな衣」

 苦笑する純、衣越しにパソコンを開く和人。その周りに、皆が集まる。

「え〜っとまずは……プロ名鑑か」

 と、和人はネットにアクセス後に、日本のプロ雀士名鑑のサイトへと移る。
 男子プロのページを開き、そのままゆっくりとスクロールしていく和人。
 と、その索引順に若干周りのメンバーの顔が引きつっていく。何せ、レーティング順。有体に言えば、プロの中でも強い順の索引だからだ。
 一列に四人ずつの顔写真が載った名鑑を、ゆっくりゆっくりと探っていく。当然この辺りには殆どが老成した“雀聖”だの“九段”だのしか居ないわけで。

「え〜っと……和人? この辺、プロでも相当レートの高い人たちなんだけど……」

 不安そう、というよりは、時間がかかりそうだと踏んだ一はそう和人に助言するが、それは一瞬で不要となった。

「いた居た、はい」
「「「「雨宮プロ!?」」」」

 そこに写っていたのは、鉢巻を締め、凛とした表情を崩さない、THE漢と言った表情の男が一人。和人の憧れの一人、雨宮誠司だった。

「ちょ……この人プロでレーティング1800オーバー!? つい最近東風戦優勝してるし!」
「こ、この人俺大ファンなんだが」
「同じ男として憧れ?」
「俺は女だ!」

 横で一と純が漫才を始める。和人は、まあ確かに純の好きそうな人だな、と苦笑しつつも、逆隣に居る透華を見る。

「この方は確か……わたくしの家が主催したパーティーにも来ていた方ですわね。存じておりますわ。根性根性うるさくて」
「熱い男なのか! 打ち方も熱いが、性格も熱い! 和人! 会わせてくれ頼む!」
「ちょ、純くんうるさい」
「落ち着けよ純」

「この男は……和人と同じ……いや、より暴虐な力を感じる……」
「衣?」

 食い入るようにして画面を見つめる衣に、和人は首を傾げるが。彼女はすぐさま振り向くと。
 鼻と鼻が付き合わさるような距離で、嗤った。

「和人! 衣もこの男と打ちたい!」
「ま、そういうと思ったけどさ。じゃ、もう一人に行こうか。多分、兄ちゃんたちの中では誠司さん一番弱ぇし」
「「「「これで!?」」」」

 驚く四人を置いて、再度ネットに目を向ける和人。今度向かった先が日本プロ協会のサイトではなかったためか、透華や一は首を傾げるも、純が冷や汗を流しながら呟いた一言で空気が変わった。

「おいおい……それ世界ランキングのサイトじゃねえか」
「んな!? ちょ、和人のお兄ちゃんたちってどうなってるわけ!?」
「お兄ちゃんたちって……別に血が繋がってるわけでもねぇけど」
「桃の園で誓ったのか?」
「三国志演義か!?」

 可愛らしく首を傾げる衣に和人がツッコむ。と、そんなくだらないことをしている間に世界ランキングが上から順に並んでいる、おごそかなページへと進んできた。

「な、なんか……威圧を感じるね」
「……わたくしもゆくゆくはここまで進んで見せますわ」

 一位から下は千位までのランキングを載せているこのサイトは、当然プロ雀士全てがターゲット。
 しかしながらそのランキングに関わる大会というのはいささか少なく、それだけに激戦と化していた。
 そんなランキングを、またもゆったりと下へとスクロールする和人。

「ね、ねぇ和人? さすがに世界ランキングは下から探したほうが早いんじゃ――」
「いた」
「「「「うそぉ!? 十二位!?」」」」
「あ、アイク・今田!? なんでそんな大物と知り合いですの!?」
「うわ〜、和人の交友範囲絶対おかしい」

 苦笑しているメンバーを後目に、和人は身内の昇進に穏やかな笑みを浮かべている。

「いつの間にそんなランク上げてたんだろ。あの人俺が知ってる最後の時は69位だったんだが……」
「じゅ、十分凄いと思うよ和人?」
「そ? まあそうだよな」
「和人和人! この男もか!? この男も和人より研鑽を積んだ強者なのか!?」
「あぁ、そうだよ。アイク・今田。この人は本当に強かった。さて最後なんだが……」
「ん? どうしたんだよ和人」

 若干、言葉を濁らせる和人に、純が訝しげに問いかける。
 すると、彼は悩んだ末にキーボードをたたいた。

「いや、どうやって検索するか悩んでさ」
「どうって、今見たいにやらないの?」
「あの人今裏プロだし」
「「「「裏!?」」」」

 驚く彼女らに、和人は頷く。キーボードをたたきつつ、言った。

「あぁ、あの人は俺の憧れで、最強の男」
「ちょ……今の二人より強いの?」

 一の引き攣った声を気にすることもなく、打った文字は“全日本覇者”

「多分、名前は皆知ってるんじゃね?」
「全日本覇者て。数人思い浮かぶけど」
「まあそうだろうけどさ」

 純の言葉に共感して笑うもそのままスペースを空けて名前を打ちこむ。

「御堂東南。暗槓使い。……知ってる?」
「いや流石に。だけど、お前この人と知り合いって」
「和人くんが強い理由は分かったよ」

 純、一が諦めたような表情で和人を見る中、彼はそのまま顔写真を見せる。

「衣、この人が俺の憧れ。最強の雀士だ」

 膝の上に座る衣に、その写真を見せる和人。反応がない衣の表情を見れば。
 恐ろしく嬉しそうな顔だった。