昼過ぎ。大抵のアトラクションを終えてしまった俺と咏は、意気揚々と二週目に突入している。
 まあ実際、お化け屋敷などは二週目に格段と面白さが落ちるので、大概はのりもの系統になるのだが。
 んで、俺が今どこに居るのかと言うと。
 
 ――丸太のよーな車両で、高い高い位置から、滑り落ちるところです。

「いっけええええええええええええええええええええええええええ!」
「ッシャコルァあああああああああああああああああああああああ!」

 こ、これがエネルギー変換というものか。Gのかかり具合が半端じゃない。耳がひっくり返るような感覚にさいなまれつつ、落ちては上り落ちては上り。果ては長く真っ暗なトンネルを全速力で駆け抜ける――

「いつまで光が見えないんだああああ!」
「ひゃっはぁイケイケーーー!」

 ――我らが咏ちゃんは、心の底から楽しんでいるようです。

 というかやっぱりこの勢いは正直厳しいものがある。
 再び光の元に出ると、レール脇に備えられたストッパーのようなもので徐々に減速しつつプラットホームへと戻ってきた。
 丸太よ、貴様は毎日大変だな。

 プシュー、と気の抜けるような音。ついでアナウンスで労うような言葉が流れ……本当にお疲れだよ、と苦笑しつつ咏を見れば。

「あ゛〜、喉嗄れた〜……」

 向かい風というか、風の反動でステキなことになってしまった髪を整えつつ、喉仏を押さえてあ〜あ〜言っていた。

「ほら行くぞ。係員さんに迷惑だ」
「うあー。東南ぃ、だっこ」
「はぁ? バカ言ってないでさっさと立つ立つ」
「……むぅ」

 満面の笑みで両手を広げてくるのを無視し、手をとって無理やり立ち上がらせる。
 ホントコイツはいつまで経っても調子狂わせるな……。
 どうもそうやって腰を上げた咏は不満そうだったが、お前何歳だよ全く。

「さて、次はどこ行くか」
「ん〜、近くでまた空いてるのでいんじゃねーか?」

 パンフレット片手にした俺の問いかけに、咏はのんびりとそう言って。洋服には似合わない扇子を広げる。
 ま、それでも絵になるのが咏なんだけどさ。
 いい加減鬱陶しくなってきたサングラスを外し、シャツの胸元に差し込むと俺も軽く伸びをした。なんていうか、ジェットコースター乗ったあとってどうしても伸びをしたくなる。

 どこも人が多いな。ジェットコースターやらフリーフォールと言った絶叫系は、やっぱり人気が高いようで。
 千葉にあるくせに東京を名乗る某王国レベルとまでは言わないが、その三分の二くらいの人数は各所並んでいるように見えるんだよな。

「う〜ん、やっぱ少ないのは迫力の無いのとか、子供用だな」
「ソレ乗ったってつまんねーし。んじゃ適当に並ぼうぜ」
「ん、じゃああすこの大回転コースターでいっか」
「おー!」

 元気よく拳を突き上げる咏に笑い掛けながら、俺たちはけったいな列の最後尾へと歩みを進める。
 このジェットコースターは確か三回転くらいすることが売りで、荷物の類は相当気を使うらしい。まあ当然だよな。危ないし。

 列に並んだあと、隣から背伸びをして覗き込む咏にさりげなく見やすくして。パンフに記入してある注意書きに、俺が意識を没頭させていた時だった。

「あの、もしかして御堂プロですか!?」
「ん?」

 声がかかったのは目の前に並んでいた子たちからだった。見ればどうも数人で一緒に遊びに来てるらしく、それぞれが映えるような可愛らしい恰好に身を包み、なんともまあ微笑ましい集団だった。
 全員女の子だし、どっかから修学旅行でなければ、多分彼女らだけで遊びに来ているのだろう。これで男子が一緒に来ていたとしたら悲しすぎる。主に野郎どもが。

 と、俺が先ほどの問いに答えるより先に、後頭部を軽い衝撃が襲った。

「バカちん! なんでサングラス外すんだ! すぐばれるからやめろって言っただろ!」
「ばかちん……? まあいいとして、叩くことはなかろうに」
「……だって……ほっとかれるし」

 口元を尖らせて俯く咏。いちいち愛らしいんだが、今はそれを堪能するようなタイミングじゃない。少なくとも周りを歩いている人間の目線が集まり始めている。

(やっぱり御堂プロか? 一年前くらいまでプロで無双してた……)
(ちょ、写メ写メ! 友達に自慢しよ!)
(サイン貰い行くか? 間違いないよな?)

 ……うーあー、一年前に戻ったみたいだ。遊園地おそろしす。
 とはいえ、最初に処理すべきは目の前に居る少女たち。勇気をもって問いかけてきたであろうこの少女は、特に熱心らしく。目を輝かせて……おいおい完全に確信してるじゃんか。胸元の白い板はなんだ。

「……あ〜、どうも、御堂です」
「やっぱり!」
「あらあら、良かったわね文堂さん」
「はい! えぇと……サインください!」

 ガバッと頭を下げつつ色紙を差し出してくる文堂(?)さん。いやまぁ、やっぱり悪い気はしないか。なんだか母親のように微笑む、片目だけ開いた少女も我が子のことのように嬉しそうだし……。ってイダダ!?

「鼻の下伸びてる」
「のびてない!」

 隣の咏が脇腹をこれでもかと抓ってきたのはなんでだろうか。プロとして――いやもう辞めたわけだけど、それでもこれくらいのサービスはいいだろうに。まして相手は将来輝く高校生だぞ。
 と、俺が若干非難を込めて咏を見たのと同時だったろうか。さらに声を上げたのは、二人の少女の前に居た猫っぽい女の子。

「にゃ!? 三尋木プロ!? ちょ、あたしもサイン欲しいし!」

 と、ハンドバックをガサガサ漁り始める。なんだ、キミらは色紙をいつも持ち歩いているというのか。

「あら、華菜も? ごめんなさいお二方」
「いや、そんな謝られることじゃないけど……」

 こ、このリーダーっぽい片目の子、マジお母さんなんだけど。咏なんかよりよっぽど年上の気を感じるというかなんというか。
 ちらっと咏を見る。まだ何か不満そうだったが、自身もプロとしての矜持があるのだろうか。華菜と呼ばれた猫っぽい短髪の少女の色紙を受け取ると、慣れた手つきでさらさらと自身の名前を書いていく。

「んじゃ、貸して?」
「は、はい!」

 うわ、細い眼見開いてキラッキラさせてるよ。俺、字ぃうまくないんだが。

「御堂東南……と。名前は?」
「ぶ、文堂星夏です!」
「文堂星夏さんへ……はいオッケー」
「わぁ……」

 なんとも嬉しそうな彼女に続き、咏にサインをもらって上機嫌な子猫が俺の前に。

「あたしにもお願いします!」
「はいよ」

 色紙何枚持ち歩いてんだろうこの子たち、と思いつつもゆったりペンを走らせる。下の名前である東・南の名前の周りに、雀牌のような枠を描きこむのはちょっとした洒落だったり。

「キミは、華菜って言ったっけ」
「はい! 池田華菜です!」
「……よし、これでいいだろ」

 横を見れば、文堂さんが咏にサインをもらっていた。
 色紙を池田さんに返すと、猫じゃらしをもらった猫をほうふつとさせるような感じで喜んでいた……我ながら失礼な表現だな。

「やった! これでIH予選は勝てるし!」
「よかったわね、文堂さん、華菜」
「「はい!」」

 凄く嬉しそうだし、俺としても描いてよかったと思う。咏もまんざらでもない感じだし。
 ていうか華菜って子と咏の雰囲気が似てる。こう……構ってやりたい空気が。

「……東南、なんか失礼なこと考えてねー?」
「いやまったく。これっぽっちも。しかし、IHねぇ」
「ここらへんだと、長野予選か?」

 そうつぶやいて俺が彼女らを見ると、こちらのやり取りを聞いていたらしい。
 お母さんのような少女が、にこやかにほほ笑んで言った。

「私たちは風越女子の麻雀部なんです。IH予選に向けて、少し息抜きに来たのですけれど……想定外に幸せなことがあって、本当によかったです。お時間いただいて本当にありがとうございました」

 と、礼儀正しく頭を下げる、片目の少女。……もうお母さんでいいか。
 それにしても風越。長野代表の常連校とはね。咏も数年……五年前か? 全国の舞台で、確か先鋒でやりあっていたな。……結構咏が三校とも蹂躙していたけれど。

「風越か……懐かしいねー。あたし団体戦で戦ったなぁ」
「IH予選、頑張ってくれ」
「「「はい!」」」

 嬉しいね。こうやって、憧れを持たれるっていうのは。
 ん? そういえば。

「咏、もしかしたら、彼女たちの試合を解説する可能性も?」
「あると言えばある、ないと言えばない。元々解説の席は各都道府県に二つとかだからね〜。あたしはもう予選は根性バカと一緒に北大阪だし、東南とペア組むのは全国かな〜。東南が誰かと一緒に長野って可能性ならあるんじゃねーか〜?」
「そうなのか」
「知らんけど」
「をい」

 最終的に漫才のようになってしまったので、とりあえず裏手で突っ込んでおく。
 そんな寸劇にクスリと笑って、お母さんが俺を見つめてきた。

「えと、御堂プロ?」
「ん? えぇとキミは……」
「あ、福路美穂子と言います。覚えていただけると光栄ですわ」

 片目少女=お母さん=福路美穂子さん。よし、覚えた。危うくお母さんと呼んでしまうところだったが、なんとかしのいだ。
 何かと問いかけると、彼女は不思議そうに首を傾げて言う。なんだろう、ド天然なお母さんってこんな感じだろうか。

「IH予選の解説をされるのですか?」
「あぁ、まだ分からないが、咏……三尋木プロに誘われてな。詳しい話をする予定が、なんやかんやで遊園地に来ることになった」
「あらあらそれは……」

 口元に淑やかな笑みを浮かべ、片手で覆い隠す福路さん。
 と、すっと片目が細まり。

「長野の解説にいらしたら、是非応援お願いしますね。私たちは、リベンジに燃えていますから」
「応援よろしくお願いしまっす!」

 気合を入れたようににかっと笑う池田さん。苦笑しつつ頭を下げる文堂さん。ハハ、まぁ可能性は微妙なんだがな。

「まぁもしそうなったら心の中では応援させてもらうよ。もちろん、解説役がひいきするわけにもいかないからね」
「はい、ありがとうございます」

 あぁ、と笑って俺が手を指しのばすと、一瞬キョトンとする福路さん。すぐにその意図が分かったのか、俺の手を握る。なんというか、察しのいい子なんだろうな。

「よろしく」
「なんだかもったいないわ。御堂プロの握手なんて、帰ったら皆に自慢できそうです」
「え……? あ、あはは……」

 俺、どうも知らないところで祭りあげられている節があるからなぁ。
 そんな風に自嘲していると、福路さんの後ろで何やらごそごそやっていた二人が同時に何かを引っ張り出した。

「あった! ありました! 三尋木プロと御堂プロのスターカード! 星五つのスーパーレアですよ!」

 文堂さんが取り出したのは、どうやらあのせんべいのカードのようだ。
 ……そういや俺、自分のをちゃんと見た事ないんだよな。
 俺も見せて欲しいと言いかけたんだが、それより先に反応したのは咏だった。

「なぁ、それ見せてくれるか?」
「は、はい!」

 いつの間に文堂の横に行ったのか、センスでなぜか秘密の話でもするように彼女の耳元にセンスを当てて喋る咏。何がしたいんだ、全く。というか。

「なんか、良い感じに仲良くなったな、俺たち」
「ウフフ、そう言っていただけると光栄です」

 待ち時間が長いのがそうさせたのかもしれないが、なんか相性がいいと言いますか。
 いつの間にか打ち解けていたのだった。

「おぉ〜! 東南東南!」
「はいはい東南だよ〜」

 咏が俺のカードを掲げて騒ぐ。周りに聞こえるから自重しろ。……運よく人も増えてきて、俺たちも若干見えない位置には居るのだが。

「お前なんだよカッコいいなコレ!」
「ん……?」

 きらきらした目で俺に俺のカードを……ややこしいな。とりあえず見せてくる咏。
 そこには、東と南の暗槓をバックに、異様な青いオーラを出して片手を前に出すデフォルメされた俺が居た。
 これは、俺がツモりに行く場面だろうか? なんだか大変なことになってるんだが。右目が某ロックシューターバリに燃えているんだが。
 ……そして何やら称号が付いている。“Strong absolute”……絶対強者、ね。どれだけ買われてんだ俺。

「なんかアレだな! 恥ずかしいな!」
「お前が言うなよ。心にぐっさりだわ俺」

 地味に落ち込む俺の頭に、なぜか安心するような、暖かいものが載せられた。……え?

「あ、あらやだ! すみません、つい慰めたくなって」
「やっぱり慰められるようなことなんだ!? ていうか福路さんお母さんだなさっきから思ってたけど!」
「そうです! キャプテンはお母さんのような人なんです!」

 失礼なことをしてしまったわ、とおろおろする福路さんと、なぜか轟然とそう言う文堂さん。……まぁ、それはいいんだが。

「まぁ、確かに暖かい包容力みたいなのを感じたけどね……それが麻雀に活かされているのなら、かなり強いんじゃないか? キミ」
「「!?」」

 俺がそう言うと、後ろの二人が驚いたように福路さんを見る。……池田さん。キミが持っているその機械はなんだい? さっき取り出したのはそれかい?

「さすがは御堂プロなのでしょうか? 打ってもいないのに、少し見抜かれた気がしますね」
「まあ東南はな〜。プロの中でも最強の部類だし」

 隣でのんびりとそうのたまう咏。俺を持ち上げてどうする気だよ。なんか池田さんが凄く輝いた目でこっちを見てるんだが?

「さ、最強!?」
「あぁ、東南は最強だ」
「だからなんで咏が胸を張るよ?」

 ため息交じりに俺が窘めても、一切動じることもなく。福路さんと目が合い、なんかアイコンタクトまがいのことまでできてしまった。

(お互い、保護対象が大変だね)
(私はお世話が好きですから)

 ……さすがお母さんというべきか。まあ、それはいいとして。

「御堂プロみたいな最強になりたいです! 予選見ててください!」
「いや、まだ決まってないって」

 あ〜、最強に憧れてんのか。……それに疲れてもっと強い世界に行った、アイツは今どうしているのだろうか。……アレ? シルクハットばっかで顔がぼやけてるんだけど。

 まあいいや。アイツだし。

「もしやることになったら長野を希望するようにはしておくさ」
「ありがとうございます!!」

 池田さん、可愛いなあ。あぁいう元気いっぱいの子、癒される。
 やっぱ彼女にするなら元気な子のほうがいいし、それに左足も踏み抜かれていることだしっていでででで!?

「何すんだ咏!?」
「フン。何さほんわかしちゃって」
「えぇ〜……何その理不尽」

 嘆息する俺。ツンと向こうを向く咏。そんな俺たちを見て、福路さんは訳の分からないことを言った。

「お二方はお付き合いされているのでしょうか?」
「はぁ?」
「んな!? なななななんな訳ねぇだろなんで東南なんかと!?」

 ……咏、どんだけ動揺してるんだ。クールに行こうぜ、ビークール。
 と、その質問をした福路さんは何やら得心がいったのか、若干不気味な笑みを浮かべ。
 文堂さんもなぜか微笑ましい顔で咏を見つめる。慈愛に満ちた聖母のような顔なんだが、今浮かべる表情じゃないような……?
 そして池田さん。

「三尋木プロはツンデレなんですか!?」
「つ、つつつ……ぁぅ……ムキャーーーー!」

 顔を真っ赤にしてなぜか頭から俺の腹に直撃してきた。

「ごぇふ!?」
「うぅぅ……池田がいじめる……」
「あ〜……」

 顔を隠したかったのね? だったらもうちょい穏便なやり方があるだろうに。
 中学から変わらず、いつものように頭を撫でる俺。そうしつつ、俺は高校生三人に顔だけ向ける。
 なんだか三人とも顔が赤いが、大丈夫か?
 今は咏のフォローだけ済ませるか。

「あ〜、まあこういう感じで、ただの昔馴染みだ。距離感はまぁ恋人とかとも変わらないかそれ以上かもだが……まあどっちかってーと兄だげふ!?」

 なぜか、いつの間にか顔を離した咏から腹パンを喰らった。
 さっきから攻撃ばっかされてないか俺?
 
「もういい東南なんか!」
「……どうしろと」

 再び機嫌の悪くなった咏。何故だ。俺のフォローのどこに問題があった。

(……御堂プロってあーゆー感じなんですね)
(三尋木プロが可哀そうだし)
(まぁまぁ。ここはひとつ、お手伝いしてあげましょう)
(キャプテン得意ですもんね!)
(キャプテンに掛かれば、どんな恋路も一発ツモだし!)

 ……気づかぬうちにひそひそと話を始めた三人娘。周りからも怪しがられているが、なんか近寄りがたいオーラが出ている。
 咏は不機嫌ピークだし、なんか一気に会話がなくなった俺の周り。
 どうしよ。

 と、少し列が進み始めた頃に福路さんが咏の近くに行ってしまった。そしてなぜか耳打ちを始める。つくづく思うんだが、凄く仲良くなっちゃったよな初対面で。
 そして俺のところには池田さんと文堂さん。
 何が起きてるんだ? 咏は福路さんの耳打ちでみるみる顔が赤くなってるし。

「御堂プロ」
「どうしたんだい?」
「えぇと……今日は三尋木プロとのデートでは?」
「……そう考えると、そうだな」

 文堂さんの指摘は、冷静に考えるとそうだな。俺は昔馴染みとの再会くらいにしか思ってなかったが。
 なぜか池田さんもノリノリで話を繋げる。……猫耳が生えているのは幻覚だろうか?

「なら、手とか繋いじゃったりは!?」
「……咏が嫌がるだろソレは」

 この子たちも色恋には敏感なんだろうか。というか何故俺がアイツに若干惹かれてんのがバレてんだよ。

「それを克服すべく、今キャプテンが良い感じに煽ってます!」
「いや、気持ちは嬉しいんだが……」
「御堂プロ! ここが男の見せどころです! さあジェットコースターが上るのと合わせて、手つなぎレッツゴーです!」

 と、池田さんが手を広げて指示した先には。もう既にコースターが待機状態だった。

 どうしてこうなった。














(御堂プロのことを慕っていらっしゃるんですか?)

――なんでバレた。お前ら今日会ったばっかりだろ!

(ジェットコースターは、怖いですか?)

――いきなりぶっ飛んだな。別に怖くもなんともない。さっきまで楽しんでたし。

(……では、こうしましょう。三尋木プロは、ほんのちょっぴりだけ高いところが怖い)

――……え? なんで?

(それが、私から三尋木プロに出来る魔法です。二人にサイン貰った感謝の気持ち、少しでも受け取ってください)

――よくわかんねーけど……あたしはちょっと高いところが怖い……でいいのか?

(はい。頑張ってください)

――怖いのに頑張れって何さ


 そんな会話を福路と交わした直後、咏は今まさに高々と上り始めるジェットコースターの中に居た。右隣には東南。どうにも落ち着かないようだ。珍しいこともあるもんだ、と思いつつ、咏は正面に向き直る。

(てゆか高いところがちょっと怖いって……それがなんだ?)

 と、そんな風に首を傾げる咏とは反対に。東南は後ろの車両――といっても一車両に前二人後ろ二人が座れるもので、咏と東南は前であるから車両的には同じなのだが――それに座る池田に突っつかれている。曰く、早く早く、と。

 そうこう言っている間に、地上からはぐんぐん離れていく。およそ二十メートルは高いだろうか。もうそろそろ、落下地点に到達する。
 そこで咏は、急に東南に話しかけられた。

「咏。実は高いところ怖いのか?」

 心臓が飛び出るかと思った。なんで今更になってそんなことを聞くのだろうと。
 実は先ほど、福路との会話に夢中だった咏は東南に話しかける二人に気付いていなかった。
 とは言ったものの。彼女としても、若干福路の魔法とやらには興味があり。
 咏を横目で見る東南に、小さく頷いた。
 ジェットコースターは、ゆったりと上っていく。

「そっか……」
「え?」

 それだけ? と思った瞬間だった。急に右手が、東南の手に包まれた。

「ふぇ!?」
「落ちるぞ」
「え? ちょキャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 暗示、だろうか。咏は本当に少々怖くなってしまったのか心の底から悲鳴を上げる。グッと握りかえした東南の手は、その決して弱くはない力も、緩やかに流して。

(ちょ、何!? え、手!? 手握られてっていうか怖い怖い怖いいいい!!)

「はは、意外とホントだったんだな。アイツらすげぇ……」

 風圧もなんのその。なんだか上る前とは違い、つきものが取れたような屈託のない笑顔をする東南。咏はそれを見る余裕などなかったが、高速で動くコースターの中、東南の暖かさだけは感じていた。




 そしてホームに帰ってきたコースター。
 東南は安全バーが上がったのを確認すると、ゆっくりとホームに足を延ばそうとし……

「咏?」
「え? あ、ごめん」

 頬を赤らめて、握られた手をひっこめようとする咏。終わってすぐ後ろに立っている三人に気付くこともなく、東南はその咏とつながった手を離そうとはしなかった。

「……え?」
「あ〜その……離すか?」
「……」

 頬を掻きながら、もう大丈夫か? と暗に問いかける東南に、咏はうつむき、頬を上気させたまま首を横に振った。
 その瞬間、後ろでハイタッチが起きたのに気付いた二人が、彼女らの策略に苦笑しつつも、年上の威厳を持って注意したのは別の話。
 もっとも。手を離さないままだったので、威厳も何もあったもんではなかったが。
















 彼女らとは、さっき別れた。なんでも、今から二軍の練習を見に行くんだと。
 池田さん……と、呼び捨てでいいと言われたんだった。
 池田が持っていたカメラで、五人の写真を撮り、今日の記念ができたと大喜びして帰っていったのには少々心温まったものの。完全にしてやられたなぁ。

 いいんだけどさ。

 にしても、こんな手つなぎ状態でいいのかね咏のほうは。なんか協力させちゃったみたいで悪いんだけどさ。妹みたいにしか思ってない……なんて言っといて、手を繋ぎたいと思ってしまった俺はいったいなんなんだろうか。クズだろうか。
 ……結局のところ、この妹みたいな昔馴染みに、若干惹かれているんだろうな。
 妹に欲情するとか、と落ち込みたいところだけど……いやまあ血縁関係もなければ俺の勝手な認識だし。
 まあ、俺が惹かれているくらい、いいだろ?


 んで今どこに居るかと言えば。夕暮の中、日本でも有数のドデカい観覧車に乗っています。
 高いところが苦手という言い訳を付けて、未だに俺が手を離さないのもあるけれど、なんかマジで恋人みたいな雰囲気。
 お昼も俺が告白まがいのことをやってのけて、咏を混乱させてしまったにもかかわらず。
 今度もこんなシチュエーションとか。バカか。俺はバカか。

 そして何よりもね? 気まずいんですわ。

 手を離さないから隣同士。若干ゴンドラも俺らの方が沈んでいる状態なんだが、それは置いといて。何が気まずいってそりゃ。会話が一つもないからだよ。

 あ〜、夕焼けが綺麗だな〜。高いところ苦手っつってたけど、咏意外とビビらないのな。観覧車。
 つか、今日の俺本当に何やってんだろ。一年ぶりにあった昔馴染み……それだけだろ? なのに、ポロっと咏が言った遊園地ってのに舞い上がっちゃってさ。
 デートってのも分かってたし、弁当も嬉しかったけど。
 ……なんだかなぁ。
 だっさいなぁ、俺。

「……東南」
「ん〜?」

 彼女の方を向けば、咏は俺ではなく反対側の景色を見ながらつぶやいていた。

「あたし、さ。覚えてるんだよ? お昼のこと」
「うぇ!?」
「東南が、お嫁さんに欲しいくらいだ、って言ったのも。あと、なんか恥ずかしいこと並べて自爆したのも。あたしがオーバーしてフラッとしちゃったけど」
「あ、あ〜……恥ず」

 思わず頬杖の手を額に移す。つか目元まで隠す。
 何ソレ不意打ち。すげえ恥ずかしいんですけど。

「東南」
「ん?」

 片目だけ手の間から覗かせると、未だに彼女は向こうを見ているようだった。
 この密室で羞恥プレイとかやめてくれ。
 すっげえ恥ずかしい。

「卒業前に二人で話してた時、覚えてる?」
「多すぎ。どれのこと?」

 恥ずかしさで少し口数も減っている。俺に落ち込む時間をくれ。
 ここ最近で一番恥ずいわ、今。

「……東南が、ベランダに落ちた時」
「……あ〜」

 あったな、そういえば。咏の顔ドアップにビビって。
 思えばあの時から、咏のことばーっか考えてたんだな。色恋とかどーでもよかった……いや、この状況でなけりゃ今もどうでもいいんだけど。
 俺と打てる相手ってことで、咏のことしか考えてなかった。恋、だったのかは知らんけど。

「その時、さ」

 若干、歯切れの悪い咏。珍しいなと思いつつ、自分の左手を見て内心舌打ち。
 アイツを意識させちゃってんの、俺じゃないか。ただの昔馴染みなのに。

「……東南が、伸ばしたほうが可愛いって言ったんだよね」
「言った……な」

 窓の外を眺めながら、空いている手で自身の長髪を愛おしげに弄る咏。
 絵になるなぁ、コイツは何をしても。

「だから伸ばしてんだよ?」
「っ!」

 ちらっとこちらを向いた咏は、どうしようもないくらい儚くて、愛しげで。泣きそうで、切なくて。
 ……なんだよ、コレ。

「ねぇ、東南」
「……」
「昔、中学時代。恋愛とか興味ないって、言ってたよな?」
「言ったな」

 中学高校は麻雀にかけた青春だった。特に高1の時は楽しかったなあ。二個上の雨宮、一個上のアイク、そして俺で、インターハイは大荒れだった。最後に俺たちと同じ卓に座ったヤツ、麻雀辞めたけど。
まず俺たち全員で“邪魔だ”と言わんばかりにぴったり0点までこき降ろし、後は直撃縛りで怒涛の戦いを演じたからなぁ。
決勝の後、きっちり謝ったけど……茫然自失としていた彼に届いたかはしらない。

「だから、さ」
「ん?」

 俺が顔を上げると、きっちりと咏が向き直っていて。俺の目を見据えて、チークどころではないくらい赤い頬を気にもせず。
 可愛らしく、はにかんで。

「あたしが――」

 まるで……。

「興味――」

 そう……。

「持たせてあげる」

 告白みたいに。
 つないだ手をぐっと引き寄せるようにした彼女は、そのまま言葉を紡いでいく。

「んで」

 咏はあの時みたいに俺の目の前に顔を寄せて。

「絶対告らせてやる」

 呆けた俺の渇いた口を。

「あたしに……ん」

 ゆっくりと塞いだ。

「……ね?」

 一瞬の感触に唖然とする俺を余所に、満足したような咏は自信に満ちた彼女らしい顔でそう言った。
 その時の彼女の表情は、どうしようもなく……愛しかった。

















ど う し て こ う な っ た ! ?

まさかまさかのこの展開。ぶっちゃけ作者も予想してなかった。
せめて甘い展開が好きな人に喜んでもらえたらと思いますが……うん。大多数のみなさんには、きっと砂糖を吐かせてしまったかと。

さて、ここまでラブコメった展開にするつもりはなかったのですが、いつも感想を頂ける方の中でも精鋭な方が凄まじい咏ちゃん愛だったので、もうこの際咏ちゃんの“萌え”を追求しまくってしまおうと、そういうコンセプトです。

遣りすぎたかとは思いますが、まあ、はい。反省はしております。

さて、次回からは原作への準備となります。とは言っても主人公がプロなだけに原作崩壊のほうはそこまでしないつもりですが。

皆様、これからもよろしくお願いいたします。