今回は咏ちゃんとのデートだと思っただろう?
残念だな、当たりだ。
……うん? 当たりか。
だが、遊園地の場所は長野だ。ただのデートだと思うと……ククク。
しかも前編だ。見たか。
……お願いだから石を投げないで……! イーピンも投げないで……!
なんだかんだ言って、東南は咏のことが大好きです。その好きのニュアンスは知りませんが。
今回若干本編の三尋木プロらしさが出たかな?
「……っ」
また一人、雀士がプロ界から姿を消した。
前回の対局で、俺がハコにした相手だ。
さすがにさ、俺が異常なのは分かってるんだよ。それこそ、よほどの実力がない限りは本気の俺に勝てる雀士なんか殆ど居ないって。
……たとえば、目の前で缶コーラ片手にベンチでごろ寝しているシルクハット野郎のように。
「Oh、お悩みのようですネ。ミスタータツミ。デスが、なぜワタシを睨むのでしょうカ?」
「いつもの如く鼻につく喋り方だな」
「ハニキヌキセヌ!?」
ガバっと起き上がった、長身のシルクハット男。さながら英国紳士を思わせる、金髪のウェーブ掛かったヘアスタイルに、丸メガネのようなサングラス。
ついこの前に世界ランキングで98位となった、若手最強と囁かれる雀士――アイク・今田である。
そのサングラスがちょいちょいキラリと光って鬱陶しい。
そうでなくとも今、俺やアイク、あとはあの熱血のせいで辞める雀士が多いってのに。
「で、なんデス? 深刻そうな顔してますガ」
「アイクのせいで辞める雀士が多い」
「ヤブカラボウニ!?」
問いかけるアイクの横で、俺は自販機に小銭を入れていく。コイツの、ポコポコでてくる慣用句ないし諺の群れはなんなんだいったい。四字熟語もちらほら出るし。
アイクがずれたサングラスのブリッジを抑えるのを横目に、点灯した緑茶のランプを押す。
「……まぁ、分からないでもないデスケド……それは弱い自分が悪い、とはならないのでしょうカ」
「……ならないだろうな。俺たちに才能ないし何かしらの感覚……能力と言ってもおかしくないようなソレが備わっているのは、アイクも薄々感付いているんだろう?」
「えぇ、一応は」
ボトルのキャップを開けながら、アイクの隣に腰をかける。この時間の会館は、ちょうど対局中ということもあり、かなり静かだ。朝番の時の俺たちはこうして、自販機コーナーでのんびりと駄弁り、話すネタがなくなると、自然に解散の流れになる。
ちなみに雨宮のヤツは昼番で対局中だ。
「なら、分かるだろ。自分の限界を感じて、辞めていったんだろうさ。根性論でどうにかできるのは学生まで。プロはそんなに甘くないってことだろうよ」
「ミスターセイジが聞いたら怒り狂いそうな台詞ですネ」
「だからアイクに言ったんだよ」
「……」
するとアイクは、何やら顎に手をあて、しばし考えるような動作をしてから、くるっと俺に背を向けて。ポツポツと、呟いた。
「ミスタータツミには、言っておいたほうがいいかも知れませんネ」
「何を?」
問いかけても、しばし返答がない。……アイクがこんな風に言葉をためることはあまり無かった分、辺りに緊張が走る。
といっても、俺しか居ないのだけれども。
ふぅ、と一息ついて。アイクは俺に向き直った。
「プロに、ワタシたちの未来はアリマセン」
「……ん?」
「以前から、感じていたことデス。女子プロはともかく、日本男子の麻雀レベルは、正直言って高くないデス。これからのルーキーは知りませんガ、現時点でワタシと対局できる相手は、ミスタータツミかミスターこんじょ……セイジだけ。そんな場所に、未来がありますカ?」
言われなくても分かってるっつのに。お茶を、口から離して流し込むように飲み干す。500ミリも大した量じゃないな。
空になったペットボトルを見て、少し虚しい感情に襲われた。
「……で?」
「ワタシは、世界に出るつもりデス」
「世界?」
「えぇ。世界の選手権は、国籍不問のランキングが存在シマス。そこで上位の選手ほど、ギャラも出れば、強い相手との対局も多く望める……日本に居ることは少なくなりますガ、麻雀は絶対に楽しくなるでショウ」
世界ランキング。アイクがこの前ランクインしたのは、何かの大会がきっかけだったな。
雨宮もこの前リオの大会で優勝掻っ攫ってきていたし……だが。
「是非、ミスタータツミも一緒に来てもらいたいデス。そうすれば、いつまでもセッサタクマするライバルで居られる。それは、とても楽しいコト」
「……」
「少し、考えて置いてくだサイ」
クルリと背を向けたアイクは、そのままコーナーを後にした。そしてなぜか、その離れていく姿が、そのまま俺との距離になるような気がした。
いや、そんな考えは……
「……やめよう」
「何がだ〜?」
突如コーナー入口から聞こえた、のんびりした声。ふと顔を上げると、半身だけ姿を覗かせた、可憐な少女がそこに居た。
「居たのか、咏」
お〜、と間延びした返事をしつつ、和服姿の彼女は舞でも舞うかのようにして、くるくる回りながら自販機コーナーへと入ってくる。
全く、自由だなコイツは。やっぱり少し、羨ましい。
「ん〜? 悩み事かい少年」
小悪魔のように笑みを浮かべながら、口元を開いたセンスで隠す咏。そのまま腰を折って俺に顔を近づけてくるから圧迫される。
それにしても……相変わらず敵わない。なんで見抜かれるんだろうな。
「アイクがさ……世界に行くって」
「お〜! アイツすっげーな〜!」
本当に素で喜んでいるのだろうか? 中々底を見せない彼女のことだから、裏では何か違う感情を隠していてもおかしくないんだけれど。
なんてくだらないことを考えていたら、咏の目がきゅっと細まった。
「でぇ? 世界に出るって意気込んでいるアイクに、なんて言われたんだ?」
「御見通しか」
苦笑しながら俺がそういうと、咏は楽しげにケラケラと笑って、センスを開く。
「モチだぜ。東南のことであたしが分からないことなんざ無いんだ!」
「……髪の毛の本数」
「七億五千三百十二万三千七百十」
「マジで!?」
「しらんけど」
「……おま」
タハっとため息を吐いた俺を、やり込めたのが楽しいんだろうな。機嫌をさらに上げたようで、彼女はステップも軽くクルクル回る。ホント、目が回って倒れてくれないかな。割とマジで。
「はらほろひれ〜」
「マジで!? っと!」
倒れた。支えた。
背を抱くような状態になってしまったけれど……咏、なんかいい香りがする。
しかしまぁ、相変わらず一人で歩かせるのが不安と言うか……ほっとけないよな、コイツのこと。
昔からそうだったように思う。ハメを外しやすいと言うか、なんというか。ま、手間のかかる妹のような、暖かい存在だと、そう感じる。
「……あの〜、た、東南?」
「ん? どうした」
「いや、どうしたじゃなくてこの状況。確かに助かったけどさ。このままって言うのは流石にどうかと思うんだ」
若干頬を赤らめて、顔を背ける咏。腕の中で体ごと動かれるとむずがゆいんだけど。
「めまいは治まったのか?」
「いや、それはまだちょっと残ってるけど。た、例えばここに藤田プロないしWEEKLYの記者が来たら、どうなると思う?」
「この前変則半荘の段位戦勝ったから、その取材じゃない?」
「いや、うんそうだろうけど。おめでとうだけど。じゃなくてこの状況を見て!? 色々とまずいだろ!?」
「何がさ」
「いや……その……抱きとめられちゃってっし」
「そもそも立とうとしてないけどな、咏」
「ふぇ!?」
足でバランス取ろうともしないから、ずっと支えてたんだけど。
そのことを指摘すると、咏は慌てて重心を戻して俺から離れた。
男に触れられたからだろうか、若干頬を上気させた咏は、何やらジト目で俺を睨む。
可愛いけど、怒られる理由がない。
「……すっ呆けた顔して……そんなに魅力ないかな……あんな顔近かったんだよ?」
何やらボソボソ言ってるので、「もう一回言って?」と問いかければ、プイっと背かれてしまった。
「で。話戻すけど。東南も世界に行こうとか考えてるわけ?」
完全に不機嫌になってしまった咏。そんなに触られたのが嫌だったのかと思うと、少し凹む。だからと言って支えないわけ行かないだろ。足で支えろって?
「それを、少し考え中」
「……ふ〜ん。でも、そうすると東南とはもう殆ど会えないのかな?」
……え?
誰スかアンタ。
そんな寂しそうな……捨てられた子犬みたいな顔する人じゃないでしょ咏サン。
しかも、俺と目が合った瞬間逸らされて、何もない足元をプラプラ蹴り始めるし。
「アイクの話だと、三年に一度は帰ってくるそうだが」
「…………いや」
「あ?」
咏の口が動いた気がした。
しかも、俺の拙い読唇が正しければ、“いや”って。……え? ひょっとしてひょっとする? 咏、意外とアレか? もしかして…………。
お兄ちゃんっ子なのか!?
俺が日本から居なくなると、構ってくれる人が居なくなるのかもしれない!
ソイツはダメだ。少なくとも、一年に一回は会ってやらないと。うん、そうだ。
お兄ちゃん離れできるようにはしてやらないといけないが、いきなり三年はイヤだろうな。うん、そういうことか。
中高一緒だった、俺みたいな頼もし〜いお兄ちゃんキャラが居なくなるのは辛いか。可愛いなぁ咏。
「……なんか、東南キモイ」
「いやいや、大丈夫大丈夫。ちょっと頬の筋肉が千切れてるだけ」
「緩んでるの間違いだよな!? 物凄くR指定喰らいそうなんだけど!?」
緩んでいるの間違いだった。
でもまぁ。
うん。
その時、俺は世界行を選択肢から外した。
@
昨日とおとといで、やれることはだいたい片付けた。
そんで今は、朝のシャワーを浴び終えたところ。服装は少し悩んだけれど、無難にスパッツタイプのジーンズと、初夏の季節に合わせた黒いV字のTシャツに、浅葱色の半袖パーカを羽織り。
四風会に貰った、やたらと高そうなチェーンネックレスを引っさげて、まぁこんなもんだろと鏡の前で一人頷く。
……咏だし、服装にとやかくは言わないだろ。
さて、そろそろ8:30だし、行くか。目指すは高校時代に待ち合わせていた最寄駅だ。
あまり履かないスニーカに足を突っ込み、かかとがまだ嵌っていないのも特に気にせず外へと出る。振り返って102と銘打たれた自室に鍵をかけると、そのまま駐輪場へと向かって行った。
チャリ鍵を振り回ながら路地を進み、あまり使っていないからか、奥のほうに突っ込まれていた自身の青い自転車を視認して。
10年は壊れない、と自転車屋のオッチャンが太鼓判を押した、ゴツイソレを引っ張り出すと。さすがと言うべきか、もうアレから7年経つのに、全く弱った様子もない。そういえばオッチャン元気かな。
内装三段のギアーをフルに設定した俺は、立ち漕ぎで自宅のマンションを後に、風に打たれながら駅へと向かう。
久々の自転車は心地よく、意外と足が痛くなることもなかった。
駐輪に百円払うのがもったいなく感じはしても、面倒な公務員がゾロゾロと撤去に来るため、不法駐輪なんて出来やしない。
仕方なく駐輪場の空いているスロットに自転車を突っ込むと、番号をチラ見して確認してから、駅へと歩いていくことにした。
ものの二三分もかからない。
ほら、駅前の噴水やら時計が見えてきた。
時刻は未だ8:50。噴水前が俺たちのいつもの待ち合わせ場所ではあったけれど、アレだな。景観が随分と変わった。
噴水に近づいていくうちに、やはりと言うべきか、俺と同年代、もしくはそれより若い年齢層の人間がちらほら。
駅前の噴水に9:00なんて、皆待ち合わせに使うよな、そりゃ。
近くのコンビニで何か買ってから噴水に向かおうかと思って、やめた。
俺の目線の先に、水精が居たから。
噴水の段に腰かけた、セミロングの髪をした、水精だった。
白いレースを襟にあしらった水色のパフスリーブカットソーに、カーキ色のミニスカートが彼女の愛らしさを惹き立てていて。そこから見える白い肌が、綺麗だった。美脚ってこーゆーのを言うのかな。
相変わらず胸はねーけど。
「……咏」
赤いヒールのつま先を眺めながら、足をナチュラルに揺らしていた彼女は。俺の声に気付くと、ふっと顔を上げた。
「……!」
「ん?」
穴が開くくらい、凝視してくる咏。俺が若干耐え切れなくなって首を傾げると、小さく口を開けて、
「た――」
そのまま勢いよくぴょんと段を蹴っ飛ばして俺に飛びついてきた。
てゆうかハンドバックが俺の背中にあたった。硬い、痛い。何が入ってんだよオイ。
「東南だー!!」
「っと……東南だけど」
「一年ぶりだバカ! あたしがどんだけ寂しかったか……!」
衆目に晒されていることに気付け。お前の声存外でかかったんだぞ今。
そしてそこ。『お前彼女一年もほったらかして、殺すぞ』みたいな目やめろ。彼女じゃないしそもそもお前の隣の女の子にかまってやれ。
まぁ、ソレはともかくとしても、だ。
「寂しかったってお前……一年程度じゃん」
「一年も、だ! 連絡もねーし心配したんだ!」
ガバッと胸元で俺を睨んできた咏の目尻には雫が見えて。
ちょっと、息が詰まった。
「何か、言うことはねーのか?」
「ごめんなさいでした」
「ん」
目元をそっと指で触れた咏は、そのまま立ち直って、言った。
「じゃ。行こっか」
「ん……一応遊園地と、それに向かうためのなんか……なんつったっけ。あずさ? アレのチケットは買っておいた」
そう言うと、咏は目を丸くして。ついで、凄く嬉しそうな顔をして。んで結局複雑そうな顔になって。
「ありがと、ごめんね」
「俺がそうしたかったんだ。野郎の最後の意地ってヤツ」
そう言って笑うと、もう一度嬉しそうな顔に戻って。
「さっそく行くかー!」
「おう」
俺は咏に手を引っ張られて、駅に引き込まれた。
@
いつもそうだ。突然あたしが言ったことでも、なんでも。かんでも。さっと主導権を握るんだ。
路線図調べて、メモしてあったのに、なんか特急券買ってくれてるし。どうせ、いつもの如く払わせる気なんてないんだろうな。いや、食い下がるけど。
天然ボケのクセに、何かと頑固なところあるから、どうせ今回も頑なに受け取らないし。いっそのことポケットにねじ込んで……いや、いつの間にかハンドバックの中に放り込まれる可能性のほうが高いか。
それと……。
「さて、着いたな富士ハイ」
「……うん」
特急の中で、あたし寝ちゃったし!!
東南の隣に座って、安心しちゃったのかもだけど……東南の肩完全に枕にしちゃってたっぽいし! 東南曰く車内販売の人に『あらあら』って笑われもしたらしいし!
……うぅ。
「ん? なんかテンション低いな。まだ眠いか?」
「うるせー!」
優しさが傷口に塩を塗りこんでるって気付けよ東南〜! 触れないでくれるのが一番ありがたいんだよ!!
「ま、いいさ。とりあえず、行くぞ」
「よ、よし!」
「お、元気出たな」
無理やり出したんだぃ!
もういい、楽しみまくってやる! 東南とせっかくのデートだし!!
……しっかし人多いな〜。土曜日って遊園地こんな人多いのかぁ。
なんか東南が買ってくれちゃってたチケットで、似非改札を通り抜ける。
ちらほらとなんかあたしを見てる視線があるんだけど……気にしたら負けだよ負け。
「ほらアレ、三尋木プロじゃないか!?」
「嘘!? どこどこ!? ……あ、マジだ!!」
「ちょ、誰かサイン貰いいかないのかよ!」
……なんであたしだけ?
と、東南の方を見れば。
「っていつの間にサングラスなんかかけてた!?」
「ん? アイクと同じやつ。意外と似合うだろ?」
「いやそーじゃねーだろ! あたしにもなんかくれって! チョー見られてる!!」
メインストリートでギャーギャー騒げば、否応にも衆目に晒される。そうじゃなくても人がやたらと多く、幅が10メートル以上もあるこの道では、視線の量が凄い。
って東南おま、手ぶらかよ!!
「あーもうじゃあそれよーこーせー!」
「あ、おいそれちょっ!?」
爪先立ちして東南のサングラスを引っ掴む。よっしゃ、これであたしが変装できるぜ!
「キャー! ちょっとあっち見てよ! 御堂プロよ御堂プロ!!」
「ホントだ! 私サイン貰ってこよっかな!?」
「あ、私も行こうかな……?」
「あたし御堂プロ大好き!!」
「あ、分かるソレ。向かうところ敵なしって感じだもんね!!」
……。
「ん? どうした咏」
「返す。掛けてろ一生」
「一生!?」
なんでお前そんな一瞬でばれるんだ。なんか周りの反応もムカつくし。
東南はなんか納得いかない様子で掛けなおしてるけど。うん、それでいいお前は。
てゆか一年も前に辞めてんのにばれるってどーゆーことだよ。
「あたしはまだテレビとか出てるからともかくさ、なんで東南が一瞬でばれるんだよ」
「ん〜? 俺ばれてたのか?」
「きづけよ!」
「……だとしたら、そだな。アレじゃね? プロ麻雀せんべいのスターカード」
ふと気づいた様子で呟きながら、いつの間にか手にしていたパンフレットで近場のアトラクションを探す東南。……プロ麻雀せんべいってアレか。事務所になんか来てたなそういうのに名前載せる許可申請みたいなの。適当にサインしたけど。
「それって、買えば貰えるのか?」
「ん〜? 知らないけど、聞いた話じゃ俺とか咏のカードは相当レアらしいからな。オークションでも万円単位で動いてるっぽい」
「はぃ!?」
初耳だったし、なんだよ万円単位って。コレクター達の執念が怖ぇ。
他のプロはどんな感じなんだろ。
「じゃあアレは? 小鍛冶プロ」
「俺らと一緒レベルのレアらしい」
「じゃあ根性」
「俺らと同じ」
「藤田プロ」
「ミディアムレア」
「焼肉!?」
「むしろ焼き鳥じゃね?」
「ごめん笑えない……ぷくく」
笑ってんじゃねェか、と苦笑する東南。でも藤田プロが不憫すぎて……。
「でもまぁ、仕方ないだろ。あの人この前高校生に負けたらしいし」
「へ?」
「なんか、俺がまだ現役だった頃の話なんだけど。藤田プロのところになんか招待状来たらしくて、プロとアマの交流会? 的なので打ったらしいんだ。直接戦ったわけじゃないけど、点数差で高校生に負けたって言ってた」
「……おい〜、プロとして大丈夫なのか〜?」
「お前のところには来なかったのか?」
「ん〜? ……もしかすっと、ホントに強いヤツのところには来なかったのかもな。藤田プロ中堅レベルだし。あたしその頃ちょうどバカみたいに強かったし、アマにも希望を見せるのが目的だったんじゃん?」
「なるほど……そういうことか」
「しらんけど」
「……をい」
ま、実際そうだろーけどねー。東南なんかが来たら全員麻雀辞めかねないし。
根性とか小鍛冶プロもきっと呼ばれなかっただろうな〜。
「っと。んじゃ、せっかく遊園地だ。ここから行こう」
「おぉー!」
いつの間にか目の前にあったのは、日本最大級のジェットコースター。
あたしは思わずセンスを広げて万歳してた。
@
「そろそろ昼にしようか」
「そーしよー」
さ、さすがは日本最大級のジェットコースターに、最大級のお化け屋敷……咏のヤツ怖がらないくせにお化け挑発してはしゃぎ回るから……つ、疲れた。
と言っても、疲れたなんて咏に悟られてもアレだしな。ん? アレって何って? 男の矜持だよ。
さって。どっかの店に入って……。
「咏〜、何食う?」
「そだね〜……あっちの方においしそうなのあると思う」
「ん? まあいいや、行こうか」
「うん!」
咏が指差した先には店なんかなかった気もするが……あれ、パンフレットどこ行った?
ま、いいか。咏がなんか上機嫌なのを見ると、アイツの好物の和食系かね?
ズンズンと先導する咏に手を引かれるようにして、俺たちは咏の指差した方角へと進んでいく。
人の合間を縫うこともあれば、意外と人が少ないところもあったり。やっぱり人気によって違うのかもとは思うけど、しっかし……咏が完全に衆目の的になってるな。
アレ三尋木プロじゃね? 的な会話がしょっちゅうだし、しかも野郎連中から俺に刺さる視線のキツサがおかしい。いや、彼氏でもなんでもねぇって。
と、なんか原っぱに突っ込んだ。ここ渡っていくの正直嫌なんですけど咏さん。
すげえ人多いし、ファミリーORカップルで皆弁当食ってるし、超見られてるし!
そのまま原っぱを突っ切ろうかというところで、少しスペースが開いていた。
そして、咏はそこで立ち止まると、バックから出したレジャーシートを敷き始める。
「え、と……咏?」
「やっぱりまだ気づいてなかったんだ……?」
敷き終わった、小さくも可愛らしい、如何にも咏の趣味のようなシートの上に、バックを置いた咏は座り込む。そしてポンポンと自身の前を叩くと、笑って言った。
「ま、その方が東南らしいし、そう考えて、あたしも考えたんだけどね――」
それってどういう、と聞こうとして、気づいた。咏はお弁当箱を取り出し、座り込んだ俺に箸を手渡して、愛らしい笑みで続けた。
「――ようこそ三尋木屋へ」
「ハハ、お邪魔するとしましょうか」
苦笑とも失笑とも、または喜色満面とも。如何様にでもとれるような、俺はそんな笑みを浮かべていたと思う。
ぱかっと開いた弁当は、多彩な具材で溢れていた。小さく可愛らしいおにぎりが所狭しと立ち並び、御煮しめにほうれん草の御浸し、小さく切ったらしい焼き鮭の切り身と、どう見ても自作の糠漬け。おにぎりがあるのに、なんかちゃんと日の丸のお弁当も別口で作ってあり、水筒だと思っていたソレは味噌汁だった。
なんともまぁ……久々にやたらと美味そうな弁当だよ。しかも咏の手作り。
今朝背中にあたったのはこれか。気づかないたぁ、俺も色々恥ずかしいな。
「さすが三尋木屋、和食のオンパレードだな」
「えへへ」
照れくさそうに頬を掻く咏は、さて、と仕切り直して、朗らかに笑う。
「召し上がれ」
「いただきます」
まずは日本の心だろう。どうみても自作の糠漬けを、ごはんと共にいただく。
……咏。その期待の籠った視線はいったいなんだ。俺にグルメリポーターばりのトークは無理だぞ。
……ふぅ。美味い。
「漬かり具合が最高です。ごはんもなんか知らんけど俺好みの噛み心地だし、どうなってんだこの弁当箱。ごはんの保温性が尋常じゃないんだけど」
「そのお弁当箱、ゾウさんブランドの最高傑作だよ。保温性最強なのです! それから、なんか知らんけどじゃないよ。いつか言ったろ? 東南のことならなんでも分かるって」
「……これじゃ他の飯が食えないな」
「へへーん」
驚きを通り越して呆れる俺に、咏は無い胸を張って、どっから出したか知らないセンスをおっぴろげ、満足げにふんぞり返る。……腹立つななんか。いや可愛いけど。よし。
「美味いなオイ。これも美味いし、咏お嫁に欲しいくらいだもぐもぐ……」
「ふぇ!?」
とりあえず正直な感想を述べながら、大量にお弁当を消費していく。
咏が食べるモノなくて慌てるぜ作戦だ。
「え、と……それ、ほんと?」
「ホントホント超美味い」
「じゃ、じゃあ……その……えと……」
「ウマ! お浸しウマー!」
「もりゃ……あぅ……もらって、くれる?」
「おぉ貰う貰う、おにぎりうまああああ!」
「! 東南!」
「……ん?」
……気づくと、なんか咏の様子がおかしかった。
顔真っ赤やし。まず、目を合わせようとしないし。しかも、口元に小さく愛らしく握った手を添えて、……本音を話そう。お前誰?
「ふ、ふちゅちゅかものですが……よろしくおねがいしましゅ」
「……ひゃ?」
なんつー声出してんだ俺!? てゆかお前もなんつーこと言ってんだ! 何コレどういう状況!?
うぇ!? 何がどうなってこうなった!?
俺なんか咏を嫁に貰い受けるような話になって……ん?
俺『嫁に欲しいぐらいだ(うまうま』
咏『ふぇ!? じゃあ、もらってくれる?』
俺『(おにぎりもっと)貰う貰う(キリッ』
咏『ふちゅちゅか(ry』
俺『ぎゃーす』
うわああああああああああああああああああああ!!!
てか最後の俺誰だよ。俺だよ。でも言ってねえよ。
「ちょ、あの、う、咏!!」
「ひゃい!! たつ……じゃなくて、あ、あなた?」
「うわあああああああ!!」
完全にそーゆー流れになっとるうううう!!!
ちょ、うぇ!? な、俺がプロポーズした感じになってんの!? おにぎりと間違えて!? 嘘ォ!?
そしてこの女子、あいっ変わらず俺と目を合わせない。火照ってるし。アガってるし。
……さぁ、考えろ。ここで考えろ御堂東南。テメエが招いた事態なんだ。テメエで解決しやがれよ……?
まず、おにぎりとの誤解で始まった話だ。まずこの時点でバカバカしいが、まずはここから紐解く必要がある。そうだよ。はっきりと、言えばいいんだ。
『いやあ美味かった、お嫁さんに欲しいぐらいだが、俺にはもったいないなHAHAHA!』
よし、これで行こう。あとくされもない、綺麗な結末になるはずだ。最悪、二三発殴られるのは覚悟しよう。
ちらっと咏を見る。はぅ、と呟いて目を背けられた。
……もうお嫁でいいんじゃね?
誰だ今のは!? 悪魔の囁きか!?
落ち着け、もちつけ御堂東南。冷静に、そう冷静になるんだ。こっちは四暗刻ドラ三単騎を聴牌したが、対面は明らかに萬子の清一色の親リーチ。そこで感覚を使わずに、四萬単騎待ちで六萬を切らなければならない。下手すりゃどっちも当たり牌。
おやっぱねが確定しているそれに振り込むか、次にアイツが掴む四萬で俺が上がるか……二択!
俺は……逃げない!
六萬を切る!!
「咏!」
「ひゃ、ひゃい!!」
「いやあお嫁さん美味かった、もっと欲しいぐらいだが、それじゃもったいないなHAHAHA」
「は、はぅぅぅう〜……」
うっぎゃああああああああああ! 何を言ってるんだ俺はあああ!!
何がお嫁さん美味かっただこのバカ! 変態じゃねぇか! もっと欲しいとかテメエの辞書には自重って言葉がねぇのかこのナポエロン!!
六萬切ったら通ったよっしゃあ! でも相手の掴んだ四萬そのままツモ、はいそのツモ入って三倍満確定さよーならー、その可能性考慮してなかった俺バカー!!
トドメにHAHAHAがごまかしから変態の常套句に成り下がってやがるし!
ああもうだめだおしまいだ……咏からあらぬ誤解をされ、変態扱いされて俺の人生終幕だ……あん?
「き、ぜ、つ。だと?」
「すー、すー」
目を回して俺の方へもたれかかってきたのは分かっていたが……コイツそのまま意識吹っ飛ばしてる。
これはきっと、天啓だ。そう。
“夢オチにしろ”というな!!
よろしい、いいだろう。ならば問題ない。問題なんざ皆無に等しい。
咏ならごり押しすれば分かってくれる。うん、きっとだ。
……覚悟は決まったか? ああ、俺を誰だと思ってる。
ならば、大丈夫か? 問題ない。
よろしい、彼女を起こすんだ。
……分かった。
散々わめき散らしても、遊園地に入った時から感じる視線以上のものは感じないというのは、正直有難い話だ。
なぜかって? 自分たちが乳繰り合ったり、子供の面倒やらをみたりするので意外といっぱいいっぱいだからさ。
なんとか、これで凌げそうだ。
「おい、咏。大丈夫か?」
「……ん?」
軽く額をノックするようにして、起こす。揺らすのはあまりよくない。
うっすらと目を開けた瞬間、俺はとりあえず刷り込みを開始する。
「お前俺が糠漬け食べ始めて美味いっつったら急に寝ちまいやがって。そんな自分の料理に自信なかったか?」
「……え? あ、あれ? でも……あぅ……」
案の定、さっきの状況を思いだしたのだろう。頬を真っ赤に染めて俺から目を逸らすが……それは織り込み済みだ。
「ん? 熱でもあんのか? っつーかお前特急ん中でも寝てたしな。寝不足か? こんなうまそうな弁当作るの、大変だったろうし……」
「え? 寝不足じゃないと……あれ……?」
「いやな夢でも見たのか? お前、寝言ではぅだのあぅだの……ああ、面白いのがあってな、ふちゅちゅかいでででええ!?」
顔どころか首のあたりまで真っ赤にした咏が、俺の耳を思いっきり引っ張った。
「いったぁ……なんだよもぅ」
「なんでもねーよっ! 忘れろ!」
「ん〜、まあ別にお前の寝言わざわざ暗記しても、からかうくらいにしか使えないしいいけどさ……大丈夫なのか?」
「うん……多分」
……ふぅ。なんとかなったか。
「さて、んじゃあ咏。お前まだ食べてなさそうだけど、食欲は?」
「あんまない」
「んじゃ、美味そうだからもらっちゃうな」
そう言ってむしゃむしゃと頬張っているときに、咏の視線に気づけばよかったと……少しあとに、知ることになるのである。