萬子 一二三四五六七八九
索子 123456789
筒子 @ABCDEFGH
字牌 東南西北 白発中

一応作中でも触れています。

あ〜、点数計算に関しては、間違っていたらご指摘くださってもスルーされても構いません。ご指摘いただいたほうが、助かったり。でも符の計算まではくどいので作中では書きません。

阿知賀編で三尋木プロが登場してから温めていた作品。ふてーきこうしん。




















 暗槓使い……意味が分からないかもしれないが、裏プロ――代打ちの人間に一人、そう呼ばれている男が居る。嫌な男だよ。暗槓と共鳴して、色々と相手が泣きたくなるような麻雀をする凶悪な打ち手。
元々表のプロだったんだが、彼のせいで他の雀士が次々に牌に触れられなくなっちまってね。それで、裏プロに移ったらしい。
 そういえば最近、四風会(スーフーかい)ってところの面倒を見てるって話だが……20歳過ぎたくらいでよくやるよ、ほんと。





 その日、深夜。黒塗りの高級車で御堂東南(みどうたつみ)が、四風会の札が下がった屋敷に到着すると、彼を兄貴と慕う二人の男が門前まで駆け寄ってきた。

「兄貴助かりましたぜ! もう南三も終わっちまいます! ささ、早くこちらへ!」
「よかった! 兄貴が居れば勝てる!」

 一人は顔に爪痕のような刺青をした、彫りの深い男。
 一人は強面の長身で、半そでから見える腕には生傷が至る所に見え隠れしている。
 どう見ても堅気の人間ではなかった。
 東南は眠そうに眼をこすりつつ、寝癖のついた黒髪をポリポリと掻く。

「っつか今何時っすか……? いきなり電話で『家の前に来てください!』なんて言われて、そのまま車で拉致られたんすけど。いつの間にか着流しに着替えさせられてるし……」

 足早に美しく整えられた日本庭園を先導する二人は、そんな東南の嘆きに顔を見合わせる。

「川端の野郎、もしかして兄貴に何の説明もなしですかい?」
「説明……?」

 眠そうにしながらも、年上である二人を待たせては悪いと思っているのか。東南は彼らに遅れないように歩く速度を上げながら、二人のうち、爪痕タトゥーの男――北川に小首を傾げて尋ねた。

「今回の兄貴への依頼は“ある男を徹底的に叩き潰すこと”でさぁ。榛原っつーいけすかねェヤツなんですが、雀力は本物で、橋口会の幹部ッス。半荘一回の約束で、負けた方が一つ取引を有利に進められるっつー約束を会長がしたらしく……負けられないんですわ」
「ここで負けたら四風会の名折れっす! だから兄貴をこんな非常識な時間にも拘わらず及びしちまって。すまねぇとは思いますが、でも、どうか! 受けてくだせぇ! おねっしゃす!」
「おねっしゃす!」

 北川に続いて生傷の男、西島も説明を続けた。玄関に辿りついた瞬間に、立ち止まって頭を東南に下げたのである。
 堪らないのは東南の方で。年上、しかもこんなスジの人間に頭を下げさせているという事実が恐ろしく、慌てて頭を上げるよう頼み込む。

「ちょ、やめてください! 俺は大丈夫ッスから!」

 不安そうに視線を地面から東南に移す二人に、東南は流石に眠気も醒めてきたようだ。
 彼は着流しの襟を正すと、笑った。

「わかりました。オーラス一局で、相手を絶望させ、トドメを刺せばいいんですね?」

 ニコリとした笑みにも拘わらず、二人の背筋は一瞬で凍りつく。それは彼らの雀士としての一面が、本能的に反応したのかもしれない。
 この男はマズイ。絶対に同じ卓には座るな、と。











 現在居間では、南三局の真っ最中であった。古風な平屋敷の中で一室だけ異彩を放つこの部屋は、フローリングの他にもさまざまな調度品、中央に座す自動雀卓と、完全に空間を外と隔てている。
 その雀卓を囲って、四人の男が戦っていた。
 東南が案内されたのは、白熱したその戦いが佳境に入った時だった。

「リーチ」

 器用に千点棒を指先で回転させ、中央に叩きつけた男が一人。未だ6順目という早い段階での聴牌は、彼の十八番とも言える。
 榛原成都(はいばらせいと)。早い順目での聴牌から、また早い段階での和了。そのくせ綺麗に役が付いているところが、彼の強みでもある。
 東南自身、それはこの場所に来るまでに再三西島と北川から聞かされていたこともあり、その点に関しては特に驚くこともなかった。

「あぁ、来てくれましたか。御堂さん」
「ご無沙汰しています、会長」

 四風会会長、四風(しかぜ)美鈴(みすず)。美しい大和撫子は今日も、黒く桔梗の華が描かれた和服に身を包み、嫋やかに微笑んでいた。
 雀卓から少し離れたところにあるソファに腰かけていた彼女は、案内されてきた東南に隣に座るよう言うと。東南は一瞬の逡巡の後、西島が頷いたのを見て小さく腰をかけた。
 この少女とて、堅気ではないからだ。
 武道の心得に関しては東南の知るところではないが、ここに集う人間たちを、何の力かは知らないが心服させるカリスマ。言い方は悪いが女の身でありながら、この荒くれ共をまとめ上げているのである。当然、東南は腰引け気味だ。

「それで、どういうことです?」
「えぇ、二人から聞いているでしょうけれども……とにもかくにも負けられません。オーラス一回などと言う厳しい場所ではありますが、貴方ならやってくれると信じていますわ」
「厳しいっすよ、この点差は」

 そう苦笑しながら雀卓に表示されている点数を確認しようとしたときだった。

「ツモ!」

 叩きつけるような音とともに、榛原の声が上がる。

「2000・4000」

 銀色の短髪を払いながら、不敵に笑みを浮かべる榛原。南三局が終わったということで、東南は立ち上がる。
 点数棒がケースを叩くカチャカチャした音に混じり雀卓の前まで来た東南に、四人の視線が集まった。

「キミは何かな?」
「御堂さん……!」

 訝しげな目を向けるのは、榛原ともう一人の打ち手。逆に、憔悴しきった様子で、涙ながらに救世主を見るような顔をするのは、四風会の打ち手であった。

「リーヅモタンピン一盃口ねぇ。綺麗っすね、榛原さん」
「御堂……君が有名な御堂東南くんか。会えて光栄だよ暗槓使い」
「あまり、好きじゃないんですけどね、その呼び名」

 苦笑しながら、寝癖のついた髪を梳く東南。
 それで、何の用かな? と問いかける榛原に、彼はあぁ、そうだ。と四風会の打ち手の一人の肩を叩いて言った。

「遅くなって申し訳ない。私が今回打つはずだった、四風会の代打ちの御堂です。ここまで代理に打たせておいて悪いとは思うのですが、このオーラス、入っても構わないでしょうか」

 彼自身に威圧感はない。だが、後ろの西島、北川、さらに四風会長にまで見られては、何も反論することは出来ない。榛原とは別の打ち手は何か言いたげだったが、後ろの大男二人に睨まれて何も言えない様子だった。
 榛原はと言えば。
 
「こちらとしては、わざわざリスクを負って戦うことにメリットがない。だが、キミを倒せば名は上がる。そこでどうだろう。キミの参入を許可する代わりに、キミが負けたら四風会はもう一つこちらの提示する条件をのむ、と」

 途中から榛原の視線は、東南から美鈴へと移っていた。そんな不躾な物言いに、とびかかり掛ける北川だが、それを美鈴が制する。
 東南と美鈴の目が合った。だが、東南にどうこうするつもりもなければ、権限もない。
 彼はただこう言ったスジの代打ちとして稼いでいるだけの所謂“裏プロ”であり、会の人間でもなんでもない。
 美鈴はそんな東南の意図を読み取ったのだろう。ため息を一つ吐いて、榛原に向かって微笑む。

「いいでしょう。ですが、こちらが勝っても文句はなし、ですよ?」
「えぇ」

 目だけは笑っていない美鈴に、榛原はシニカルな笑みを浮かべて返す。
 かくして、対局が再開されることとなった。

 東南は卓に座ると、サイコロのスイッチは自身のソレが点灯していることに気付いた。
 ラス親なのか、という確認も新たにした後、改めて点数を見回した。

自身:2300
下家(四風会):11300
上家(橋口会):20000
対面(榛原):66400

 ウマ、オカのないルールで、単純に計算しても。

(オイオイ、役満直撃しか勝ち目ねぇじゃんか……)

 なんでここのヤツと席変わったんだろう、と嘆息しつつも、別に諦めた様子はない東南。
 逆に、気合を入れなおした。

(ズルかも知れネェけど、ここは最初っから全力かな)

 内心点数差にあきれていた東南を、絶望したとでも思ったのだろうか。
 榛原は再度笑って挑発する。

「プレッシャーも凄いでしょう。四風会を背負っているも同義なのですから」

 しかし、東南は気にすることもなく――

「いえ。私は“榛原を徹底的に叩き潰せ”という依頼を受けているだけですので」
「……へぇ」

 ――さらりと爆弾を叩きオトした。

 後ろの二人が慌てるのも気づかず、のんびりと構える東南に、榛原は口角を吊り上げた。














 オーラス、7順目。 ドラ牌:中(つまりは発が晒されている)

 榛原の二副露は発と中。役牌ドラ三で満貫は確定か。そんであんなにニヤニヤしてるってことは……うん、白とA(2筒)のシャボ待ちだね。見える見える。
 上家がB(3筒)を切った。さて。

「ほら、貴方の番ですよ暗槓使いさん」
「必死ですね」

 挑発に笑顔で応対すると、榛原は黙りこくった。俺の背後では、美鈴さんと北川さん、西島さんが不安そうに対局を見ているけれど。まぁ問題ない。
 ツモってきた牌は東。さて、どうすっかな。

御堂:三三三三六九九5557東東 東

 とりあえず六(六萬)を河に打つ。
 するとどうやら俺の一見平凡な川と、捨牌速度も変わらないことから推測したのだろうか、榛原が鼻で笑うように、言った。

「おやおや、暗槓使いさんもあまり動かないですねぇ」
 無視。何か後ろで悔しそうなオーラを放つ北川さんが、今にも何かしでかしそうだが……正直自重して欲しい。下家はそのままツモ切り。三枚目の西が川に出た。
 そして榛原の順。

「む……?」

彼はツモと同時に、訝しげな表情で川を睨んだ。盲牌したものが、生牌だったのだろう。それ、捨てたら俺が上がるけど。リンシャン牌は何がどうなっているのか全て把握できてるしな。問題はない。
 そして、榛原はその牌を切った。ま、生牌とはいえ、今まだ8順目の段階ではそこまで警戒もしていなかったのだろうが。

「カン」

 俺が東を三枚倒して宣言すると、ツモろうとしていた上家が嫌そうに手を引っ込める。そのままリンシャン牌を引っ張ってくると、ツモ牌は九(九萬)。中間の東を一つ横に倒し、対面からの大明槓だと宣告するようにして右端に叩きつける。そして。

「カン」

 今度は暗槓。三を四枚押し倒すと、榛原の表情が変わる。ギャラリーも声には出していないが、少し動揺しているようだ。サイドを裏に返し、東の横に付けるようにして勢いよく打ち付ける。
 リンシャンツモ、5(5索)
 笑みが、こぼれた。

「カン」
「何!?」

 榛原が今度こそ目を見開いて怒鳴る。有名な俺がどうのこうのなんて言うんだったら、過去の牌譜の一つでも見たらどうだよ。
 5も同じように暗槓表示で三の横へ。
 さらにリンシャンツモ、九。

「……カン。四槓子確定」
「んなっ!?」

 ツモってきた九を卓に打ち、手元の九の暗刻を晒す。四槓子が確定した。
 さて、残されたリンシャンをツモりに行く。

 盲牌の感触でなくとも分かる、感覚で。
 俺は、その7(7索)を、渾身の力で卓に叩きつけた。

「嘘だ!」

 瞬間、榛原が口角泡を飛ばして怒鳴りつつ立ち上がる。てゆうかそんなキャラだったんだ、キミ。もっと冷静なクール気取ってなかったか?

「ツモ」
「いよっしゃあああああ!」
「さっすが兄貴ぃ!」

 宣言と同時、俺は手元の7を晒し、四つの槓子を手元に手繰り寄せる。
 対局者は皆驚いたようで俺の手牌を食い入るように見つめるが、まずは俺の勝ちが確定だ。

御堂:7 九九九九(暗) 5555(暗) 三三三三(暗) 東東東東(大明) 7

「四槓子、責任払い。榛原さん、48000」

 正直、周りの空気がおかしいのも分かる。だって目の前の榛原、震えてるもん。おそらく、怒りで。

「認めるかァ!」

 ダン、とテーブルを叩く榛原。やっぱりな。まぁ、分からないでもない。自動卓でこんな真似されればなぁ。昔はよく言われたよ。

「あり得ない! なんだこれは! 何が暗槓使いだ! 何が四槓子だ! いかさまじゃないのか!? オーラスでふらりと入って役満だ!? ふざけてんのか!」
「ふざけてないだろう! 兄貴はアンタとの賭けに勝ったんだ、今更ぐちぐち言うんじゃねぇ!」
「ぐ……だがオーラス一局で役満など、いかさまとしか思えないだろうが!」

 いや、その可能性のみに賭けて対局させたアンタの言う台詞じゃないと思う。
 北川さんがフォローしてくれたけど、このままってのもなぁ。依頼はコイツを潰すことだし、意外と役満ぼられてもコイツ平然だし。あり得ないって連呼してるあたり、末期ではあるけど。

 48000点が俺の席に振り込まれる。点数棒は渡されていないが。
 それよりも榛原だ。あり得ないと連呼し、橋口会の男に止められている。西島さんや北川さん、それに美鈴さんが何も言わないのは、おそらく俺の異常性を理解しているからだろう。
 俺が振り返れば、美鈴さんは俺の気持ちを見越してか、ゆったりと頷いた。
 ……恩に着ます。いずれにしても、負けませんし。

 恨みのような憎悪が籠った瞳でこちらを見据える榛原に、俺は一言呟いた。

「……いいですよ?」
「……何?」

 俺の言葉に、橋口会の男もこちらを見やる。榛原も怒鳴り散らすのをやめ、ぎらついた目を向けてきた。
 そんな榛原に、手に持った黒棒をチラつかせる。

「私の受けた依頼は、貴方を徹底的に潰すこと。私がトップである今、終了宣告権限は当然私にあります。どうです? リベンジだと息巻くのなら、今やってもいいですよ……この続きを」
「「兄貴!?」」
「ふざけやがってェ……」

 北川さんと西島さんが慌てて俺の方を見るが、美鈴さんが笑っているのを見て織り込み済みだと理解したらしい。しっかしコイツ本当に榛原か? さっきまでの余裕が全然ないんだが。
 榛原はそのままドカっと卓に踏ん反りかえり、耳障りな声で叫ぶ。

「早くサイを振れ! テメェだけは絶対潰す!」
「あ……兄貴、本当に大丈夫なんですよね?」
「大丈夫ッスよ。次は、本気で潰します」
「本気……分かりやした」

 俺が本気、と言うと、何やら安心したような、困惑したような表情で、近づいてきていた北川さんは引き下がった。
 さて、本気ってのは俺の……なんだろうな。一番近いのは……感覚? なのかな。それを使うことなんだけど。
 ま、いいや。絶望の淵に叩き落とすオーラス、スタートだ。

「あ、少し待ってもらえるかしら。面白そうだから、二人の手牌をカメラで観戦させていただきましょう」

 ……えぇ〜。














 兄貴の本気。あれは本当によく分からないんだが……本人曰く、三つの感覚のことらしい。
 まず一つ目は、自分に対して。その感覚に対して鋭敏になっていると、それだけで他の人間は関係なく四槓子を確定できる。これは、さっきも使っていたようだ。
 二つ目に、相手の牌の阻害をするカン材を意図的に集めることが出来るらしい。それは一局に一つか二つが限度らしいが、自分の手元に対子が出来ている、のを条件にいつでも発動可能だとか。
 三つ目。これは、本人もよく分かっていないらしいが。聴牌した人間の、当たり牌が分かるらしい。いや、そんなチャチなもんじゃない。聴牌した人間の当たり牌がどこにいくつあるか、他家の手牌やら山牌やら問答無用で理解できる、とのこと。


 何このチート。

 と、そんなことを考えている間に、オーラスが始まっちまった。
 俺と北川、そして会長は、別室に移りカメラ観戦となっている。

 オーラス(一本場だが、表記はしない) ドラ牌:5(5索)

 8順目、榛原がツモと同時にニヤリと口元を歪めた。……まずいな、こういう時のアイツは必ずドデカい手を作っている。にしても相変わらずいいところで聴牌するよな。羨ましいったらありゃしない。
 雀卓の周りに、さっき会長がカメラを仕掛けたと言っていたので、それを見ることにする。と言っても、兄貴と榛原の手牌だけだが。

「リーチ!」

 榛原が@(1筒)を切り、千点棒を毎度のように綺麗に操りながら場に投げすてた。
 さて、どんな待ちをしてやがる……?

榛原:AAAGG45555四四四

「リーチタンヤオ三暗刻ドラ四……なんだよこれ」

 思わず呟いてしまった俺は悪くない。会長も無表情で画面を見据えている。そういえば会長はどんな約束を取り付けたんだ?

 と、北家(東南の上家である橋口会の男)が、安全牌である@を切った。
 そして、兄貴のツモ。
 そこで兄貴の声が聞こえてきた。

「3、6(索子)待ちっすか」

 カメラからちらりと見える兄貴の表情は、確信したように笑っている。だからなんで分かるんだよ!
 対する榛原は、酷く動揺したようだった。とはいえ、顔には出すまいとしているのだろう、兄貴を睨み据えている。しっかしやっぱりさっき感情爆発させたのが悪かったのかね……多分、読み取られたよ。で、兄貴は何をやってるのかなぁっと――

御堂:22233366688発発 6

 ハーイー!?
 何このふつくしい、びゅーちふるな手は!!
 しかもなんか榛原の待ち牌オンパレードだし!
 ねぇどうなってんの!? どうなっちゃってんの兄貴の手牌ぃ!

「カン」

 兄貴はそのまま6(6索)を暗カンする。その光景に、酷く驚いた表情の榛原。そりゃそうだ、本来八枚待てるはずの上がり牌を、一瞬で半分消されたんだから。
 そのまま右端に6を四つ叩きつけた兄貴の、次のリンシャンは……3。
 は、榛原終了のお知らせ。

「カン」
「な……!」

 3、6待ちっすか? なんて人懐っこい笑顔で言っといて……悪魔だよやっぱこの人。
 榛原の口からも、少しだけ声が漏れた。いや、まぁそうだよね。さすがに同情するよ、ソレは。
 兄貴はその次のリンシャンである西を素直に川に捨て、下家に順番を回した。

御堂:22288発発 3333(暗) 6666(暗)

 榛原はと言えば、くやしさのにじみでた表情を隠そうともせずに、ロクな盲牌もせずツモ牌を川へと捨てていく。
他の二人は兄貴の言ったことを信じていないのだろう(信じる方がおかしい気も……いや、俺は兄貴だから信じるかも)、ベタオリの方向だ。ムリもない。
いくら兄貴が強いとはいえ、榛原にさっきまで散々捲られていたヤツと、榛原を信じてここに乗り込んできたヤツ。その二人が、点数が高い時のクセを出していた榛原相手にどうして張り合えようか。

 さて、そのまま次々と流れていく川。残りの山牌も少なくなっていくなか、変化が強いのは榛原の表情だった。何やらじりじりと精神が削られているように見える。
 まぁ仕方ないだろうとは思うけれど。自分は絶対に上がれないにも関わらず、危険牌だろうと問答無用で切り捨てていかなければならないサダメ。
 そして、おそらくわざとやっているのだろう。兄貴はこれみよがしにツモ牌に対して軽く残念そうな顔をしたり、盲牌だけですぐさまツモ切りしたり。あからさまに「聴牌してますよアピール」を行っているのだ。
 先ほど役満直撃をされただけに、榛原も気が気ではないのだろう。

 さて、俺の目からも山牌が数えられるようになってきた。このままいけば、兄貴は海底ツモでもないし……兄貴の能力が本当ならば、もう上がってもおかしくないはずなのに。
 ……上がる気はないのか?
 もしそうならば、確かに兄貴は榛原の精神を削っているし、流局を重ねて同じようなことを繰り返せば、確かに榛原は麻雀に対する自信をなくすだろう。

「なるほど、そういうことか」
「何がだ?」
「流局の連続で、相手の精神を削っていくってやり方」
「……なるほど」

 北川が、俺の出した結論に頷く。確かにな、と。さぁ、そうこう言っているうちに榛原のツモ。「クソ!」と牌を叩きつけ、次の北家に順番が移る。
 七を切った上家に続いて、兄貴の最後のツモ。

「あらら。違うか〜」

 なんてのんきな声を出しながら、兄貴は牌を切る。あと二枚。このまま榛原が海底を切って流局だ。

 ……海底?

 なんだか、とてもいやな予感がする。もしかして、もっと麻雀やめたくなるような潰し方があるのではないかと……。
 南家がベタに北を切ると、最後の海底を榛原がツモる。俺はそこで、兄貴の真意に気付いた。

「えげつねぇ!!」

 そう怒鳴ってしまった俺は悪くないはず。だって、榛原が掴まされたのは、生牌の発。

 そしてそれは、兄貴の地獄の当たり牌。

 画面を見ているだけでも分かる。血の気の引いていく榛原の顔。
 バッと兄貴を見る。榛原の視線なぞなんのその。だが、手は手牌の両サイドに触れていた。オッ倒す気満々だこの人……。

「貴様……まさか……狙って……?」
「ん? 何がです?」

 人好きのする笑みを絶やさない兄貴。なんつーお人だよ……。胆力が尋常じゃねぇ。

「くっそぉおおおおお!」

 榛原はその発を叩きつけた。そして。

「河底撈魚、役満は緑一色」

 たった二局で、兄貴は榛原の66400点をブッ飛ばした。



















「結局、榛原は麻雀を辞め、橋口会も追放っと」
「そういうことです」

 美鈴さんの話では、これはどうも橋口会と四風会の共謀だったらしい。
 その力で会を牛耳りそうだった榛原をどうにか止めるために思いついた策だったとか。
 もっと言えば榛原は美鈴さんにご執心だったようで、今回の条件というのは、橋口会が勝ったら美鈴さんを榛原に嫁入りさせるとのこと。こちらからは橋口会になんでも一つ言うことを聞かせる、と。
 そして結果、勝った四風会は負けた橋口会に榛原の追放を命令。それを、負けたから仕方がない、と向こうさんは飲んだ形になる、と。まぁ、おかしいとは思ったよ。橋口会との大事な戦いって言うわりに、榛原ともう一人しか来てなかったし。
 一件落着っちゃ落着なんだろうけど、俺は。

 屋敷のとある和の一室。この前はここでテレビ観戦をしたらしい。全く、何をしているんだか。
 北川さんは上機嫌で俺にお茶を淹れてくれ、今は美鈴さんと向き合う形でお茶を啜っていた。
 あれから数日。事後報告を受けているというわけでして。

「それで、御堂くんは何を落ち込んでいるのです?」
「あ、わかります? やっぱ」

 俺が苦笑して肩を竦めると同時に、獅子脅しが鳴り響いた。この純和の屋敷が羨ましい。

「わかりますよ。私はそうやって人の心を癒し、繋いで四風会を作っているのです」

 ふわりと、微笑む美鈴さん。この人には、本当にかなわないな、と自嘲しつつ。俺は、本心を告げることにした。どうしたってこの人には見抜かれる。

「また一人、俺が麻雀を辞めさせてしまったな、と。そう思っただけですよ」
「……そうですか」

 ココンっと獅子脅しの音が再度、周囲に染みわたる。
 しばしの間の無言は、決して気まずいわけでもなく……すっと美鈴さんがこちらを見据えた。

「代打ちでも、やはり貴方とまともに打ち合える方など、殆ど居ないことは分かっていたことです。それを承知で四風会の代打ちになったのでしょう?」
「えぇ。そうです。ですから、別にそこまで落ち込んでいるというよりは、またやっちまったなぁ程度のことで――」
「嘘おっしゃい」
「……言い切りますね」

 ジト目で俺が言うと、当然と言わんばかりに美鈴さんは頷いた。
 ちらちらと縁側から入る木漏れ日が、彼女をやさしく包み込む。

「貴方は、貴方と対等に戦える相手を求めている。そうでないと、対局者を絶望させてしまうから。麻雀が好きなあなただからこその、しがらみもあるとは思います」
「いや、別に俺はそういうんじゃ……」
「でも」

 俺が始めようとした言い訳を、美鈴さんは断ち切った。
 人差し指を立て、講義を垂れる彼女の姿は、俺と大して変わらない年齢だと知っていても可愛らしい節がある。

「貴方より強い人も、居ると思います」
「……」

 そりゃそうだろ、と言おうとして、言えなかった。だって、俺最近負けてないもん。どんな高名な裏プロも、ことごとく負かしてきた。確かに、ハコにしたわけではないけれど。それでも一位を逃したことは、ここ最近皆無である。俺を負かした相手といえば

――そういえば、アイツは元気でやっているだろうか。

「ねぇ御堂くん。表のプロは、裏プロよりも弱い?」
「……いえ」

 唐突になんだとは思ったが、問いには正直に答えた。裏プロのほうが強いと言われている世の中でも、表にだって強いヤツはいっぱいいる。高校時代に俺を負かしたアイツも……。

「女の人は、男の人よりも弱い?」
「いえ」

 アイツは、女だ。

「貴方より年下は、絶対貴方より弱い?」
「いえ」

 アイツには勝てなかったけど、俺はもう一人のあの人には勝った。

「ほぉら、道は広がった」
「あ……」

 可愛らしく微笑み、人差し指を軽く頬の近くで振る美鈴さん。
 すっと、雲が切れて日がさしたような、そんな気がした。

「裏プロとしての仕事は、続けて欲しいと思ってます。けれど、今の貴方の表情を見るとね……何かをしたい、どこかへ行きたい、そんな空気が感じられます」

 違いますか? と言って、袖で手を隠してクスクス笑う仕草をする美鈴さん。それが、どうしようもなくアイツに被っていて。

「……」
「あら? どうかしました?」
「あ、いえ」

 つい、ボーっとしてしまった。
 それを見た美鈴さんは、あまり見た事のない、いたずらっ子のような表情を浮かべた。凄く、嫌な予感がする。
 そう、俺がここに来たての時のような……。

「今、昔の恋人でも思い出したかなぁ〜?」
「ち、ちが! 俺とアイツはそんな関係じゃ……あ」
「ほほぅ」
「ちがあああう!!」

 あれは恋じゃねぇ。闘争心だ。何も分からないふりして全てを見ぬき、俺をうまく誘導して勝利したアイツへの。
 とはいえ、結局俺にアイツが勝ったのは、その一回こっきりだけどな。悔しさ倍増の俺なめんな。
 ……そういえば、最近は連絡とってないな。

「遠距離恋愛中の恋人の顔思い出してるような顔になってますよ?」
「どんな顔だよ!」

 思わず素で突っ込んでしまったのも悪くはないと思う。
 それにしても、このやり取りは中学時代にアイツとよくやってたな……。

「ぶーぶー、御堂くんが私を前にして他の女性のことを考えてますぅ」
「アンタそんなキャラじゃなかったよな!?」

 うん、絶対に俺は、悪くない。

 ため息交じりに、湯呑みの中の温くなったお茶を一気飲みしたのだった。




















「んむー」

 ある日の夜、プロの対局が終了し、家に帰ってきたあと。
 東京都にある自室、そのベッドに転がって、彼女は一人悩んでいた。

「どうするかだよなー。まぁ興味はあるけど……」

 それは、一枚の紙きれが原因だった。今日ポストに投函されていた、彼女宛の手紙。

「インターハイの解説って……あたし感覚で全部掻っ捌いてっからなー」

 ゴロゴロとベッドを転がりつつ、頭を悩ませる。セミロングの茶髪が、ぐしゃぐしゃだ。
 それが和服の襟に入って背中がもどかしい。

「あーもう……長いの好きだって言うから伸ばしてんのに……アイツ今どこに居んのか検討もつかねぇ」

 思い出すのは、中高一緒だった旧友。プロになってからしばらくして、彼は辞めた。今は、どこに居るかすら聞いていない。
 自分から聞けばいいのにとも思うが、そこはそう、察して欲しい。

 と、その瞬間ピリリリリとケータイが鳴り響いた。

「誰だ〜? この時間に……」

 ベッド近くのスタンド台に置いてあったケータイを、センスで手繰り寄せて着信先を見れば。

「おいい! なんで!? なんで今お前!? え、ちょ……んん! スーハ―スーハ―……」

 よくやる電話前のしぐさをまとめてみた、とでも名付ければ某動画サイトで数字が取れるほどの良く分からない行動をとったあと、彼女は通話ボタンを押す。
 電話越しとはいえ、一年ちょっと会ってなかった相手だ。少しは緊張もする。

「……もしもし」
『あ、出た出た。よーっす久しぶり』

 緊張していたのは彼女だけだった。
 なんだか無性に腹が立ってきた。何故この男はこんなにも軽いのだろう。あたし一度告白したよね!? 気づかれなかったっけ!? 少しは感付いて“もしかしてコイツ、俺のこと……”とかなるだろ!

 などと彼女が心の叫びを新たにするも、まぁそんなものが電話の向こうに届くはずもなく。

『ん? あれ? 出たよね?』
「あー出たよ! 出ましたよ! お前なんで全然連絡も無いんだ! 一年だぞ一年! 待ってたのに!」
『お、おい急に怒るなって。俺も色々あったんだよ、プロやめてから』
「ふーん……話せ。聞くだけ聞いてやろう」
『相変わらずだな、そーゆーとこ』

 電話の相手は、昔と何も変わってないようだった。自分よりみんなが弱いから、もっとヤバそうでも強いところへ行っただの、みんな俺とやると自信なくすだの……そういう経緯で裏プロに行って、結局続かなかっただの。

「何も変わってねーなー」
『まぁ、そうだな。でも』
「ん?」

 ふと、声色が変わる。そこで、彼女もちょっと気が付いた。

『ある人に、ついさっき言われたんだ。“表のプロは裏プロより弱い? 女は男より弱い? 年下は年上より弱い?”ってさ』
「……それで?」

 その言葉、ニュアンスは違ってもあたしが言ったことならあるはずだ。それを今になって……と、少々彼女は不機嫌になる。
 でもそれでも、電話の相手が考えを変えたのだとしたら、それは嬉しいことではあった。

『これ、お前にも言われたことあるよな。けど、俺はお前に言われたからこそ、気にも留めなかった』
「あ?」

 明らかに失礼なことを言っている電話相手に、不機嫌のパラメータが一気に振れる。
 でも、それは一瞬で覆された。

「なんでだよ」
『お前だったから』
「……?」
『俺が負けた表のプロも、俺が負けた女も。年齢は一緒だけど、誕生日は俺のほうが早いだろ? ……そんなお前に言われても、しっくりこなかった。けど……他の人に言われて気づいたんだ。お前が居るじゃんって』

 ちょっと、ドキっと胸が高鳴った。彼女はそんな自身の胸を押さえながら、彼の言葉の続きに耳を傾ける。

『だから久々に電話してみたんだ。俺を負かしたアイツは、今頃どうしてるだろうって』
「……結局一回しか勝ててねぇけど?」
『まぁ、それでもだよ。それで、少し何か別のことをしてみようと思ったんだ。麻雀に携わる、別の何かを。バスケみたいに、ストリート麻雀とかねぇかな? 猛者共がゴロゴロ居そうじゃねぇ?』
「なんで道端で麻雀するんだ」

 一気にくだらない話に移ったことに嘆息しつつも、ふと彼の言ったワンフレーズを想いだす。

“麻雀に携わる何か”

「……お前、裏プロはどうするんだ?」
『ん? 続けるよ? でも、かなり減るな。正直仕事は欲しいかも』

 だったら、チャンスだ。また、一緒に麻雀がしたい。やれなくてもいい。一緒に麻雀に携わりたい。

「なぁ、あたしのところに面白い話が来てるんだけど」
『なんぞ?』
「お前と一緒に出た、インターハイ。その、解説」
『……マジで? 凄いじゃん』
「一応今年度の女流プロでいい戦績出してんだぜ? あたし。だから選ばれたんだけど……やる気はあるかい? 元全日本チャンピオン」
『おいおいおいおい……本気で言ってんのか?』
「あたしは本気だぜ? お前が出るならあたしも出る」
『……表のプロに戻れってか?』
「それはどうだろうな。元男子全日本チャンピオンってだけで、結構な箔だと思うぜ?」
『まぁ確かに。……? 俺ひょっとして今言いくるめられて「早く決めろよ、あたしはお前が居るから出たいんだ」ん? それってどういう――』
「ああああなんでもない! 違う! いいから! 早く決めろ!」
『いやまぁ電話越しだしさ。久々にお前に会いたいっていうのもあるんだけど……急ぎじゃなきゃダメか?』

 ピシリと。彼女はベッドの上で、不自然な体制で固まった。

(今コイツ、なんて言った?)

 ――久々にお前に会いたい――

「……」
『ん? どうした? おーい』
「……はひゅぅ…………」
『ま、マジでどうした!?』
「は! い、いやあなんでもない! 別にそんな急ぎじゃないんだ! そう! でもお前暇だろ!? いつ、いつ空いてるんだ!?」
『ん? ん〜……一番早くて明後日の土曜日かな』
「おおおお偶然あたしも空いてるよそこ! じゃあどっか行こ! 遊園地でいいか!?」
『いや、なんでだよ。解説の話すんじゃねぇの?』
「あ、あぁ、そっか……」

 若干期待したあたしがバカみたいだ……。なんて思いつつ、茶髪の前髪をくるくると弄りながら、少し落胆する彼女。

『そもそもお前遊園地好きだったっけ?』
「……うん。好き。でも、解説の話しなきゃだな」
『別に、いいぞ』
「……へ?」

(コイツ今なんだって? 別に、いいぞ? 何が? 解説? 遊園地? え!? 遊園地!?)

「ちょ、え!? は!?」
『いや、何を驚いてんのかしらんけど、明後日空いてるんだろ? だったら別に一日中缶詰で話すこともないだろうし、あれだ。せっかくその……会うんだし』
「……ふぇ?」
『……ああもういいんだよ! そう! 久々に会うんだからパーッと! パーッとだよ! いやあ存外女子プロも暇なんだな!?』
「あ、ああ、うん! ラッキーだっただけだけど!」

(いえない! 入ってる研究会キャンセルする気満々だなんて言えない!)

 なんとも、不憫な少女である。
 おたがいさまでは、あるのだが。

「じゃ、じゃあ別に家も遠いわけじゃないし! うん! 昔一緒に高校行ってたあの駅で待ち合わせってことでいい!?」
『お、おう。時間はどうする?』
「九時で! うん九時で!」
『……ん、分かった。俺もやんなきゃいけないことは明日中に終わらせることにすっから、またな。今日は徹夜かなぁ〜』
「え? あ、うん……」
『……ん? どうした?』
「な、なんでもない! じゃあね……東南!!」
『変な奴? んじゃな……咏』

 ツー、ツー、と、プツキレた電話の音だけが鳴り響く部屋の中。
 彼女……三尋木 咏は。

「東南に会える…たす…遊園地…たす…あたしのために徹夜…わ…でーと?」

 良く分からない方程式を生み出したあと。
 プルプルと小刻みに震えだし。やがて。

「わっきゃああああああああああ!」

 さっきまでのぐうたらはどこに行ったのか、髪の毛振り乱してベッドの上で数十分間跳ねまわっていた。

 差し当たっては。

「小鍛冶プロに……あたしデートなんで研究会休みまーすってメールしないと」

 あのアラフォー(笑)が何て言うか楽しみだ、とニヤニヤしながら、一つ一つことを潰していくことにした。













次は咏ちゃんとのデートかな? 咏ちゃん可愛いよ咏ちゃん!
うちの咏ちゃんはツンデレではありません。むしろデレデレで攻めてみようかと考え中(笑)
キャラ崩壊はタグについているし、それ(キャラが違うこと)を指摘する方が居ないことを祈る。皆様、寛大な心でスルーをお願いします。

最後の方の描写がひどい。申し訳ないと思ってます。