其ノ弐「天よりの使い」



 いつもの海猫屋店内。

 食事テーブルでラーメンライスを食べている常連客のおやじが、

「みなもちゃん、いつも可愛いね〜。おじさんまいっちゃうよ」

 バイトで店に出ている鳴風みなもに声をかけた。

「あ、ありがとうございます」

 照れ笑い。格好は学園の制服にフリルつきのエプロンを着用しただけの魔改造だが、デザイン的にメイド服に見えるから不思議なものである。

「まあ、素面だけは均整とれてますからね」

 カウンターから店主の淡々とした一言。

「何か誉められてるのか皮肉なのか微妙だよ……」

「そんなときは自分に都合よく受け取るもんだ。ぴかりちゃんもババシャツばかりじゃなくて、たまにはメイド服でも着てみたらどうだい?」

「ババシャツ言わないでください。あと、彩です、ひかり」

 言いながらも、「ブリティッシュ・トラッド風のコスチュームが普段着に採用されてさえいれば……」と、恨めしそうに呟くあたり、ババくさい私服を気にはしているようだった。

「私も早く料理を上達させて、この店の食事メニューを出せるようになるよ」

 唐突にとんでもないことを切り出すみなも。固まる二人。

「結構です」

「みなもちゃん、女の子は欠点があるくらいがちょうどいいんだぞ」

「わ、あんまりだよ彩ちゃん、おじさんまで」

 速攻のダメ出しにメインヒロインのプライドは傷物でお嫁にいけたもんじゃない。

「みなもさん。料理下手というのは萌え属性の末席に身を連ねるものなんです。ドジっ娘という香主の秘書と位置付けされる事もありますが、やはり萌えポイントの一つを手放すのは勿体無いです」

「まあ、二十五過ぎた男にとっては死活問題として、恋人にする女の子は料理スキルが必須項目だけどな」

 おやじの言葉は、Wind本編でいかにもな説明をしていて実は結構論理が破綻している彩と違い、妙に生臭い説得力があった。

 が、この際それはどうでもいいことだ。

「機械仕掛けのマリアンちゃんだって、最後には人が飲める程度に紅茶を淹れられるようになったんだよ?」

 相変わらず、みなもの表現はどこかマニアックである。

「いえ、そんな一般誌の漫画家に移行してTVアニメ化まで果たした人が昔原画を担当した、個人的にメイドといえばそれが真っ先に浮かび上がってくるエロゲーのヒロインなんかを引き合いに出されても」

「でも、料理下手な女の子が一生懸命頑張って、少しずつ料理ができるようになっていくのも、萌えシチュエーションなんじゃないかな」

 食い下がるみなも。ちゃんと計算されてる。角度とか。

「確かに一理ありますが……そんなの本編で実践されてましたか?」

「されてた……はず……だよ。たぶん」

「そうはいっても、いつの間にか料理が出来るようになっていたような気が」

「料理実習の指チュパなら印象に残ってるんだけどなー」

「うう……っ。でも、でも、彩ちゃんは萌えヒロインをバイトに探してたんじゃないの!?」

「それが分からないようなら、貴女も本当の萌えヒロインではありません」

「そんな、ニュータイプと認められなかった僻みと逆恨みで戦争を起こして世界を滅ぼそうとした、ガ○ダムワールドの悪役の中では最も志の低い、外面だけは一丁前などうしようもない美形兄弟のような強引な理屈で攻め立てなくてもっ」

「成程。マクドゥーガル兄弟のほうがまだマシと」

「最近だとラウ・ル・クルーゼのほうが当て嵌まっているかもしれないけど」

「もう何が何だか分からんぞ」

 おやじならずとも論点の軌道が大きく外れまくりであった。

「もう、二人ともひどいよ」

「そうやって「うう〜っ」といった表情をしているほうが可愛いですよ、みなもさんは」

「何か誉められてるのか皮肉なのか微妙だよ……」

「そんなときは自分に都合よく受け取るもんだ。ぴかりちゃんもババシャツばかりじゃなくて、たまにはメイド服でも着てみたらどうだい?」

「ババシャツ言わないでください――って、メビウスの輪から抜け出せなくては昼休みの時間が終わってしまいますよ、おやじさん」

「おおっと、やばいやばい」

 すっかり冷め切ってしまったラーメンライスを慌ててがっつく常連客のおやじ。

 この様子だと、またフォルテの晩飯が浮きそうだと彩は思った。

 ジリリリリリリリリリリン! ジリリリリリリン!

 唐突に店の電話が鳴った。昔懐かしいダイヤル式の黒電話である。

「はい、海猫屋です」

「オレオレ。オレだよオレ」

「治す方法は俺が知っている、俺に任せろ。ありがとうジブリール。そして、さようならだ」

「わーっ、まって彩ちゃん、ひなただよーーーっ! 切らないで! うっかりブラひなになっちゃっただけなんだよっ!」

 黒光りする受話器から、今にも泣きそうな宇宙人ボイス。丘野ひなただ。間違いない。

「そんなに慌ててどうしました? ひなたさん」

「うにゅっ! 急いで○○の××まで来て……このままじゃ……」

 次の大声は受話口を通り抜けて、みなもの耳にも明瞭に響いた。

「このままじゃ、ひなたが無実の罪で逮捕されちゃうよっっ!!」




 喫茶店「one day」

「さあ、わかば。今日のメニューは?」

「マドカの手作りクッキーですわ、望ちゃん」

「なにそれ、エスカレイヤーのサポートアンドロイド?」

「違いますわ。喫茶店「ファンタジアン」の看板娘マドカさんの作ったクッキーですのよ。さあ、召し上がれ♪」

「それじゃあ……ひょいぱく、もぐもぐ」

「ちなみに、味の保証は致しかねませんわ」

「わ、わかばぁぁぁぁぁぁぁ……………………ガクリ」




 ドナルド・マジック邸。

 警察のパトカーが二台ほど止まっており、人だかりも出来ている。

 彩とみなもが室内に入ると、客間でそわそわしていたひなたが一目散に駆け寄ってきた。

「遅いよぉ……せっかくのひなた初登場の回なのに、もうBパートだよ!?」

 ここに真がいればチョップが炸裂するところだが、今回も出番はない。

「おや、月代君にみなもじゃないか」

 中肉中背に線目の中年男が、煙草片手にやってきた。

 鳴風秋人。「煙らせ屋」の異名で知られる風音市の刑事で、みなもの父親だ。

「お父さん!」

「これは秋人警部、何か事件でもあったようですね」

 ちなみに彩は警察にも顔が利くため、事件現場にもフリーパスなのだ。

 事のあらましは次のとおりだった。

 丘野ひなたと友達が、友達の父親の、知人の親戚であるドナルド・マジック氏の家に招待される事になり、今日の昼過ぎに訪れた。会食を交わしていたところ、飲み物が切れたらしく、気を利かせた友達が外へ買いに出掛けた。それならその間にと、ドナルド氏は一人で書斎に入っていった。それから十数分後、書斎からものすごい悲鳴が聞こえてきて、ひなたが部屋に飛び込んでみると、そこには無残なドナルド氏の死体があったということである。

「何か、突っ込みどころ満載ですね」

「僕に言わないでくれ。全部ひなた君の証言だ」

「うにゅっ! ひなた、嘘なんかついてないよっ!?」

 ちなみに友達は近くのコンビニでついつい雑誌の立ち読みにふけっていたことが確認され、アリバイは完璧。つまるところ、ひなたしか疑わしき人物がいないのだ。

「それで死因は何なんですか」

「後頭部を強く殴打されたことによる頭蓋骨骨折が直接の死因だと思われる。どうも素手による格闘技か何かを受けたみたいだね。詳しい事は検死の結果待ちかな。とりあえず、殺害現場へ案内しよう」

 ●ばしょいどう → しょさい

「犯人はヤスの殺人事件じゃないんですから」

 いつ白河さやかさんが出現してもおかしくはない。

「そういえば、みなもお姉ちゃんの姿が見えないんだけど……」

「……私の前では煙草は吸わないでって、客間に残ってしまったよ」

 秋人警部の背中は哀愁が漂っていた。



 書斎は検視が行われている最中で、死体は既に検死課へ運ばれている。

 死体位置の近くには、ドナルド氏が死の間際に書き残したのだろう、黒ペンで「Swift is Heaven's vengeance」と床に殴り書きされていた。

「天罰覿面? 随分とまた意味深な」

 書斎を見回してみるが、どこにでもある普通の参考書ばかりで、別段目立ったところも荒らされた形跡もない。

 そのとき、検視の一人から声が上がった。

「警部! 本棚を調べていたら、隠し部屋を発見しました!」

「なんだと!?」



 隠し部屋は、いわば裏の書斎と呼べるようなものだった。窓が一つもなく、陳列されているのも、魔術関係の書物や古書が殆どである。奥の床には魔方陣が敷かれていた。

「ひなたと友達ちゃん、もしかして怪しい儀式の生贄にされちゃうところだったのかな……?」

 ガクブルひなた。

「それはないでしょう。悪魔崇拝者というよりは、ただの似非オカルティストですね。金持ちの道楽というべきか、本の並びから何まで素人臭さが感じられます」

「でも、その魔方陣は?」

「これは悪魔召喚のものとは違います。多少――いえ、相当にいい加減ですが、エノク魔術の体系に沿った…………ああ、それで、あのダイイング・メッセージですか」

「月代君、どういうことだい」

 首をかしげる秋人警部。彩は魔法円の中心に立つと、微笑して人差し指を立てた。

「つまりは「天罰」ということですよ」

 その瞬間、突然に魔方陣から淡い青光が発せられた。驚く面々。

 彩は「しまった。どうやらまだ魔方陣が機能していたようですね」と口走った。

 そして――


「天罰!!」


 どこからともなく響き渡る凛々しい一声。

 みなもには客間の窓から見えた。電柱の上に立つ、魔法少女のような格好をした、紅の髪を揺らして魔法のステッキらしきものを振り下ろす、赤眼の少女の姿が。

 軌道ステーション「エンジェル・チェンバー」から「泰山府君発動承認!」の音声。

 次の瞬間、まさしく神の雷とも呼べる凄まじい一撃が、ドナルド邸を直撃した。




 瓦礫の山から、秋人警部と丘野ひなたが、黒焦げ状態で起き上がって、茫然と佇む。口からゴホッと煙を吐き出すのはお約束だ。そばには、瓦礫の下敷きになって埋もれ出ている、青いツインテールがゆらゆらと風に揺れていた。

「成程。天使の召喚には成功したものの、契約に失敗したわけですか――ドナルド氏は」

 ちゃっかり魔方陣のバリアに守られて無事だった彩が、淡々と締めたのだった。

 天罰! 天罰! 天罰! 天罰! という謎のフレーズが流れ、フェードアウト。



 その後、この事件が迷宮入りになったかどうかは、定かではない――

 (了)



 其ノ弐「天よりの使い」ゲスト

 エンジェルラビィ(ラスティ・ファースン)

 出典:天罰! エンジェルラビィ