‐次の春まで、続く夢‐
第十七話 『夢でもいい』
あの後俺は、愛璃を探した。学園じゅう探した。
だが、彼女の姿は見つからなかった。
「……」
とりあえず愛璃と話がしたい。
本人に会って確認したい。
そして……自分の気持ちを伝えなければならない。
例えそれが醒める夢でも。
友恵の想いを断った俺に、自分だけ傷つかないでいるという選択肢は許されなかった。
「……屋上か」
気がつくと、俺は屋上へと続く階段の前に来ていた。屋上はまだ見ていない。
わずかな望みを抱き、俺は階段を上った。
ギィィィ……
重い音を立てて扉が開く。
そして……
「あっ……」
いた。
夕焼けで紅く染まった手すりの所に、彼女の姿はあった。
「あっ」
こちらに気付き驚いた表情を見せる愛璃。だがすぐに俯いてしまった。
俺はゆっくりと歩を進め、愛璃の隣に並ぶ。
愛璃の表情は変わらない。
「山名先生から話は聞いた」
「……」
「……でも、やっぱり本人に聞いてみないと信じられなくてね」
「……」
「……夢、なのか?」
「……はい」
「そうか……」
俺は彼女の視線の先にあるものを追った。
「……桜」
そこには花の散った桜の樹があった。
「……桜の花って、夢に似てますよね」
愛理がつぶやく。
「桜の花も、夢も、大きく咲き乱れて、儚く散っていくものですね」
「……桜ねぇ」
愛璃の足元には、カバンが置いてあった。
その口からは、筆の柄が出ている。
「……絵、描いてるんだ」
「……はい。それが、私の想いですから……」
あの絵……、準備室にある人物画はやはり愛璃が描いたものだ。
「あの絵を完成させることが私の目的ですから。まさか実現できるとは思いませんでしたよ」
くすっと笑顔を見せる愛璃。
「……ホント、安藤さんのおかげですね」
「い、いや、まぁそんなお礼言われても。偶然だったし」
「偶然でも何でもいいんですよ」
「それに、礼を言うなら、俺以上に田中先輩に言ってよ。あの人がそもそもの原因なんだから」
「田中……あの人ですか」
「ん?」
愛璃の表情が曇る。
「田中先輩の事知ってるの?」
「まぁ一応、……あの人には、悪いことをしました……」
「え?」
「安藤さんたち、先週学校に夜遅くまでいましたよね?」
「夜遅く……、あ」
泊り込み調査の時か。
「あの時、田中さんでしたっけ?あの人にも会ったんです。……美術室で」
「美術室で?」
「ちょうど私が絵を描いてるところが見つかったんです。でもあの人、急に飛び掛ってきて……」
「と、飛び掛ってきた?何で?」
「いや、分からないですけど……、何か『出たなぁ〜』とか言ってたと思うんですけど」
「はぁ」
そういえば泊り込んだ目的って、怪奇音の正体を突き止めることだったっけ。
……あの人の事だ、愛璃を見つけた瞬間、ゴーストバスター!!っていう感じで飛び掛ったんだろう。
「そのまま床に突っ伏してしまって……」
「……あの人はもともとあんな人だから、別に大丈夫だよ」
「そ、そうですか?」
「そう。気にすることないって」
愛璃に少し笑みが戻る。
やっぱり彼女は笑っていたほうがいい。
「それに本人もう覚えてないし。頭打ったショックで、うまい具合に金曜日の記憶だけ飛んでしまってるしな」
「えっ……」
愛璃の顔から再び笑みが消えた。
「ん?どうかした?」
「記憶に残ってない……?」
「そうだけど、……何か変なことでも言ったけ?」
「……醒めてきてるんです」
「えっ?」
「……儚く消える、それが夢……」
「っ!?」
ボソッと彼女が呟いた言葉。
「……夢ですから、醒めるんですよ、必ず……」
「それが、先輩の記憶と何か関係が……?」
「……あの人の中で、私という『夢』は醒めたんです」
「えっ?」
「……もうあの人の記憶には、私という存在はありません。醒めてしまったんです」
「……」
「私と接触した人間から、私という存在が醒めているんです。……もう、長くないです」
「長くないって……」
「他に私にあった人……松前友恵さん、でしたっけ。彼女の中からも、私という『夢』はじきに醒めてしまいます」
「……まさか」
考えたくなかった。
「……」
「……安藤さんも、同じです」
「……俺も、忘れてしまうのか?」
「忘れるというか……、夢と同じ。前に、昨日どんな夢を見たかって尋ねたことがありましたよね?」
「あったな、そんなことも」
「で、安藤さんは覚えてないと言った。……私もそう。綺麗に消えてしまうんです」
「……」
「……ごめんなさい、こんな話なんかして。でも……今この瞬間の記憶も、消えてしまうんですから」
「……」
記憶が消える……。
愛璃の記憶が綺麗に消える。
つまり……
「今こうして、俺が苦悩している記憶も消えるのか……」
「えっ?」
驚いた表情を見せる愛璃。
「苦悩……、何で安藤さんが苦悩するんですか……?」
「何でって……」
「忘れられるのは私だけなんですから。安藤さんが苦悩することなんて……」
「……辛いよ、愛璃さんのことを全て忘れてしまうこと。……忘れてしまったことすら忘れてしまうことが」
「えっ……、何で、何で安藤さんが……」
「……俺が、君のことが好きだから」
「!?」
「……俺、愛璃のことが好きだから。好きな人の記憶が消えてしまうなんて、辛すぎるから」
「……でも、私は夢ですよ!?」
愛璃の目元には涙が浮かんでいた。
「……夢でもいい」
「えっ……?」
「夢でも何でもいい。とにかく俺は、愛理が好きなだけだ」
「でも、でも……」
俺の隣で大粒の涙を流す愛璃。
「消えてしまうんですよ!?」
「それでもいい、好きになってしまったんだから」
「……安藤さん……」
愛璃は俺にしがみついてきた。
「愛璃……」
俺はその小さな肩を抱き寄せた。
本当に、すぐにでも消えてしまいそうな小さな身体。
「安藤さん……、私も……安藤さんが……」
「……」
次の瞬間、俺は愛璃の口唇に自分の口唇を重ねていた。
「!?」
「……」
愛璃は抵抗もせずに口唇を重ねたまま停まった。
「……」
俺もただ、この停まっている時間を一身に感じていた。
どれだけの時間そうしていたのだろう。
どちらからともなく口唇が離れる。
「安藤さん……」
「……少々かっこつけすぎかな?」
「……そんなこと、ないですよ」
微笑む愛璃。そしてしっかりと俺に抱きついてくる。
「安藤さん……、好きです」
「俺もだ、愛璃」
そしてまた、二人は口付けを交わした。
空が紅く染まる。
俺たちは屋上の手すりの所に並んで、夕焼けを眺めていた。
「……安藤さん」
「どうした?」
「……手伝ってもらえますか?」
「手伝う?何を?」
「……絵を描くのをです」
「絵……か」
絵。
山名先生の絵。
それを描き上げる事が彼女の夢。
「今までずっと、一人で描いてましたから」
「そう。俺に出来ることなら何でも手伝うよ」
「ありがとうございます……」
俯く愛璃。
「ん、どうした?」
「……でも、あの絵を描き上げたら私は……」
「……」
……消えてしまうのか。
「……でもいい。それで愛璃が消えてしまっても、愛璃のやりたかった事なんだから、その手伝いが出来ただけで俺は嬉しいよ」
「でも……、その記憶も消えてしまうんですよ?」
「……」
全て消えてしまう、初めから何も無かったことになるのか……。
「……まぁその時の事はその時に考えたらいいって。今はとりあえず、やりたい事をやろう」
「安藤さん……」
そうだ。今はそんな事なんか考えなくたっていい。
自分がやりたい事。彼女が望む事をやればいいんだ。
「でも、今日はちょっと疲れました」
てへっと舌を出す愛璃。
「そうだな、いろいろあったもんな」
「絵の方は……、また明日からということで」
「そうするか」
「……そういえば安藤さん、やっと私の事を名前で呼んでくれてますね」
「あっ……」
「クスクス」
微笑む愛璃。
「ごめん、つい呼び捨てになって」
「いいんですよ。わたしもその……嬉しいですから」
「そう……」
「……じゃあ私はこの辺で」
「そういえば愛璃ってどこに住んでるんだ?」
「学校です」
「えっ?ここ?」
「はい。で、夜に絵を描いてます」
「そうなんだ……」
「でも今日はお休みです。ゆっくり休んで明日からに備えないと」
「夢でもやっぱり疲れるんだ?」
「そうですね」
クスクス笑う友恵。どこか吹っ切れた感じだった。
「じゃあ安藤さん、明日の放課後、美術室で待っててください」
「分かった」
「それじゃ、また明日」
「……うん。明日な」
俺は手を振って、屋上を後にした。
また明日……
ちゃんと、覚えていられるだろうか……
愛璃のことを……
‐続く‐
あとがきっぽいの
はいどもども、舞軌内でございます〜
『次の春まで、続く夢』第17話。何つーかこう、赤っ恥な話ですよ
今回の話の舞台は学校の屋上ですが、うちの学校の屋上は基本的には立ち入り禁止でしたね。
防犯上の都合とかいろいろあるんでしょうかねぇ。
それでも一学期に一度の大掃除の日とかに、上った事はあります。
やっぱり何か、直に風を受けたりして気持ちいいですね、屋上。
普段から生徒に一般開放してもいいと思うのに。その辺の融通ききませんからねぇ。
さてさて話も佳境に入ってきました。
軽く次回予告をば。
『再会する兄妹、再開される油絵。その時安藤はっ!?』
ちょっと火サス風に言ってみました。
まぁ全然サスペンスなんて要素は無いんですけどね。
それではこの辺で〜