‐次の春まで、続く夢‐
第十六話 『夢の想い』
優しい日差しの中、俺と山名先生は校庭にいた。
それも、俺と田中先輩が水道管を破壊した場所に。
「ここって……?」
「お前が水道管ぶち壊したところだな」
「うっ」
そうはっきり言われると、忘れかけていた罪の意識が蘇ってくる。
「……で、何でこんな所に来たんですか?」
「……」
黙ったまま、先生は腕時計をはずす。
例の、校庭で拾った腕時計だ。
「お前らが入学してくる前、ここには道路が走っていた」
「道路……ですか」
そういえば前にそんな話を、友恵から聞いた覚えがあったな。
「……9年前の秋、北山愛璃はこの場所で、トラックにはねられて死んだ」
「……」
新聞に書いてあったことと同じだ。ここがその現場か……
「……でも、何で山名先生はその事を知ってるんですか?」
「9年前、俺もここの生徒だったしな」
山名先生はここの卒業生だ。この話も確か友恵から聞いている。
「それが本当なら、今、俺たちの目の前にいた彼女は誰なんですか?」
「……北山愛璃だ」
……わけが分からない。
「どうなってるんですか?」
「……現夢体」
一言、先生がつぶやく。
「げんむ……たい?」
「前に一度話したことがあるだろう。夢で見たものが現実化することだ」
「夢……?」
「人の見る夢というのは、その人の想い・願いが頭の中で形になったものだ。その想いがあまりにも強いと、頭の中では収まりきらず、一種のエネルギーとして漏れると言われている。そうして漏れたエネルギーが、幽霊だの何だのといった、いわゆる超常現象の正体だという説もある」
「想い……」
「また、人は普段から想いを持っている。その願い・想いのエネルギーは、その人の持ち物に移ることがある。移った想いは、その人の身から離れても、想いの強さだけ残り続ける。例えその人が死んだとしても……」
「死んだ後も……」
『物っていうのは、使い込めば使い込むほど、その人の想いが宿っていくんです』
愛璃の言葉が思い出される。
「前に言った夢の想いと、物に残った想い。この二つの思いが一致したとき、夢は現実として現れる……」
そう言って先生は外した時計を裏向ける。
そこには、『A.K.』の文字が彫られてあった。
「北山愛璃は、現夢体だ」
『Airi.Kitayama』
「そ、そんな馬鹿な事があるわけないでしょ!?」
「……信じられん話だろうが、本当の事だ」
「……」
ああは言ったが、俺も一応ミステリーコンプリート部員。
この手の話に対する理解力は人並み以上だった。
でも……俄かに信じられない。
「なら……、何でそうだって先生は分かるんですか?」
「……」
「何か証拠でもあるんですか?」
「……さっき言ったように、現夢体は人の夢が現実として現れたものだ」
「……その話が本当だとして、だったら愛璃は誰の夢なんですか?」
「……」
黙り込む先生。
「誰の見た夢が現実化してるんですか?」
「……俺だ」
ボソッと言う。
「愛璃……北山愛璃は、俺、山名隆二の夢だ」
「なっ……」
愛璃は先生の夢!?
「何で?何で先生が愛璃の夢を?」
「……北山愛璃は、俺の妹だ」
「えっ!?」
愛璃が先生の妹!?
「……でも名前が……」
「名字は両親が離婚したから別なだけだ」
「……」
つまり……
「……兄の想いと妹の想いが重なり、愛璃は現れたと……」
先生は黙って頷いた。
「……本当なんですか?」
「この腕時計は、俺が愛璃に誕生日プレゼントで買ってやったものだ」
「そう……なんですか?」
「事故当時、この時計だけどこに行ったか分からなくなっていたんだ」
そう話す先生の横顔を見る限り、とても嘘をついているようには思えない。
「……妹に甦ってほしい。そう想ったんですか?」
「……いや」
「えっ?」
「……仮に俺がそう想ったとしても、愛璃が甦りたいとは想うわけないしな」
「何でそう言い切れるんですか?」
先生は時計に視線を落とす。
「この時計に残っている愛璃の想いは、愛璃が生きていた時の想いだからだ」
「……いや、よく分からないんですが」
「生きている人間が、わざわざ甦りたいなんていう願いを抱くか?」
「あっ……」
確かに、自分が死ぬ事なんて想定してないだろうし……
「俺の想い……愛璃の想いはそんなことじゃなく、単純なことだった」
「……それは?」
「絵だ」
「絵?」
「……美術室の画材置き場にある、古いキャンパスを知ってるか?」
「古いキャンパス?」
「そう。鉛筆でラフスケッチされた人物画だ」
「人物画……あっ!」
例のうまい人物画が思い出された。
確かあの人物画、美久先輩が入部当時に見た時はラフスケッチだけだったって言ってたな。
それにそのモデル……、あれは山名先生だ。
「あの人物画は、愛璃が俺を描いてくれたものだ」
「先生を描いた……」
「9年前、美術部長だった俺に、アイツは絵を描きたいと言ってきた。当時の美術部は今とは全然違って、本気で美大とか狙っている人間の集まりで、何の絵の知識もない素人が入れる部じゃなかった。俺は自分の部活が終わった後に愛璃を美術室へ呼んで、いろいろと絵を教えていた。そんな中、あの絵を描いていたな」
感慨深げに話す山名先生。
「アイツ、あの絵を完成させるのを楽しみにしてたな。『うまく描いて、兄さんにプレゼントするんだ〜』って。でも……、ラフスケッチしただけで愛璃は逝ってしまった」
「……」
「アイツの想いは、俺の絵を完成させたいということ。……俺の願いは、アイツの完成した絵を見たいということ」
「……相応する二つの想いが重なり、現夢体は現れた……と」
無言で頷く先生。
そして手にした腕時計を見つめる。
「……この時計、事故現場で見つからないままになっていたんだ。その後、道路が埋められて校庭になった。その時一緒にこの時計も埋められた。前にお前らここで水道管ぶち壊しただろ。あの時、偶然出て来たんだろうな、この時計が」
「……」
そういえば、初めて愛璃に出逢ったのは、水道管を壊した日……
『ありがとうございます』
『あなたのおかげで、もう一度チャンスが出来ました』
あの言葉は、時計を掘り出したことに対してだったのか……
「……安藤」
真剣な顔つきで先生が俺の方を見る。
「お前、愛璃のことが好きだろ?」
「えっ……」
「これでもあいつの兄だ。そのくらいすぐに分かるさ。それにさっきから愛璃って呼び捨てだしな」
「あっ、……すいません」
「まぁ、何と呼ぼうが別にいいけど」
苦笑する山名先生。
だが、すぐに険しい顔つきに戻る。
「……でもな、愛璃はもうこの世にはいない……」
「……」
「今いるのは、愛璃の現夢体。……はっきり言えば、俺の見た夢だ」
「……」
「決して愛璃が甦ったわけではないんだ」
まるで自分自身にも言い聞かすように、ゆっくりと話す先生。
「……好きになるのは勝手だ。でも……」
「……」
「……夢はいつか醒める」
風が吹いた。
まだ木の枝に少し残っていた桜の花びらが舞う。
『儚く消える、それが夢……』
「……愛璃は自分が現夢体であることを分かっている。何せ、ミスコン部創設者の俺の夢だしな」
「……」
先生は再び腕時計を手に着ける。
「……辛いな、お互い」
そう言い残し、先生は美術室の方へ歩いていった。
「……愛璃」
やはり俄かに信じられる話ではない。
でも、先生が嘘を言っているとも思えない。
それに、俺もミスコン部員。頭の中ではどういう事か、一応理解はしていた。
でも……信じたくなかった。
……儚い夢だとは。
‐続く‐
あとがき
どもども、舞軌内ですー
『次の春まで、続く夢』、16話でございます。
現夢体とか人の想いがどうのこうのだとか、だんだん話がアレゲな方向に走り出してますが……
つか、この説明だけで理解していただけたか若干不安な所もありますが。
まぁ、この辺の事はのちの話で補足説明していくつもりですー。
夢ねェー、いい夢ってなんで起きたら忘れちゃうんでしょ?
悪夢とかは脳裏に鮮明に焼きついてるのに。
起きて5分ぐらいは夢の余韻に浸れるんですけど、しばらくしたら夢の内容なんてきれいさっぱり頭から抜け落ちるわけで。
まぁそれだけ我々が慌しい現実社会を過ごしてるって事ですかね。
んじゃまぁこの辺で。