‐次の春まで、続く夢‐

第十五話 『訃報記事』








翌朝、いつもなら玄関先で友恵が待っているのだが、その姿はない。

「……まぁ、顔会わせ辛いよなぁ」

俺は自転車に乗り、一人学校へと向かった。




教室に入るとき、偶然先に来ていた友恵と目が会った。

「あっ……」

そのままお互い俯いてしまう。
いつもならここで『おはよう』などと気軽に声を掛け合ったのだが、なかなかそういうわけにも行かない。
普段の俺たちを知っているクラスメートは、皆不思議な顔でこちらを見ていた。


……あの気の強い美久先輩ですら、怖くて言い出せなかったこと。
ただ一言。

『好きです』

それを言った友恵は、とても強かったと思う。
でも……その代償は大きかった。
お互いに。








休み時間。来週行われるクラスマッチのことが話題に上っていた。
選手名簿が出来上がっているらしく、友人に混じって俺もそれを見ていた。

「俺は……サッカーねぇ。安藤、お前は何だ?」

「俺もサッカー。ちょっと名簿貸して」

俺は友人から名簿を受け取ると、一年生のページを開いた。

「ん?何でお前一年のとこなんか見てんだ?」

「あ、あぁ。ちょっと今年入った後輩が何に出てるのか気になって……」

そう言って各クラスの女子の欄を目で追う。
探している名前は……北山愛璃。
あれだけ話をしていたのに、未だにどこのクラスかは知らなかった。

「……?」

一通り目を通したが、その名はない。
見落としたんだろうか?もう一度念入りに見る。

「……あれ?」

無い。

「どうした?安藤」

「あ、いや別に」

「見終わったんなら名簿貸してくれ」

友人に名簿を奪い取られる。しかし愛璃の名が無かったのが気になる。
もう欠席することでも決まっているのだろうか……?








昼食後の国語の授業は、図書室で調べ物をするものだった。
グループごとに分かれて調べるのだが、こういう時に限って友恵と一緒のグループになったりする。

「……」

気が重い。
俺は友恵から離れ、同じグループの男子たちと過去の新聞資料を調べることにした。
授業は、この地域出身のとある作家について調べるものだった。
9年前の新聞に、彼が亡くなったという記事を見つける。享年37歳。若すぎる死だな。




だが、もっと若すぎる死の記事があった。

ちょうど俺たちと同じ年代の学生が、交通事故で亡くなっている。
その記事の内容に、俺の思考は止まった。

『20日午後6時頃、私立緑乃宮学園前の道路で、同校の一年生、北山愛璃さんが大型トラックにはねられ、収容先の病院で死亡した。事故原因はトラックの前方不注意とみられ……』

……北山愛璃!?何で彼女の名が!?

「ま、まさかな……」

そんな馬鹿なことがあるわけない。同姓同名の人が……

だが、その記事には犠牲者の顔写真が載っていた。
そこには……

見慣れた彼女の笑顔があった。




「ん?安藤、どうかしたか?」

友人が俺の顔を覗き込んでくる。

「なぁ、顔、青いぞ?」

「……」

な、何で?何で愛璃が……?
俺の顔面からは自分でも分かるほど嫌な汗が出ていた。<

「……やす…くん?」

俺の様子に気がついたのか、距離を置いて作業をしていた友恵が近づいてきた。
そして、

「えっ……」

新聞を見て絶句した。

「何これ……?」

「……分からない」

分からない。何がなんだか分からない。
愛璃が、……死んでいる?
……でも、彼女は間違いなく生きている、いや、存在している。

「……悪い冗談だよね?」

「わけわかんねぇよ……」

そう。

「……わけわかんねぇよ。こんな馬鹿な話……」

「お、おい安藤、どこ行くんだよ?」

「……ちょっとトイレに」

席を立ち、一人トイレに向かう。
周りの人間がいろいろと俺に話しかけているみたいだが、それは言葉として俺の耳に届いていなかった。
頭の中では、先ほどの記事が何度も何度も浮かんできた。




そしてふと思い出された、愛璃の言葉。
『儚く消える、それが夢……』








放課後。
いつもなら一言俺に声をかけてから部活に行く友恵も、今日は何も言わずに行ってしまった。
昨日の事もあるだろうが、それ以上に先ほどの図書館での一件も関わっているのだろう。
だが今は、そんなことを気にしている場合ではなかった。

愛璃が死んでいる……?

だが現に愛璃はいる。……俺の好きな人だ。
そんな彼女が死んでいるわけがない。
きっと悪い冗談だ。

「……」

ここで考えて込んでいても仕方がないな。
俺はとりあえず、美術室へ向かうことにした。




「……あ」

美術室に向かう途中の渡り廊下。あの後ろ姿……

「愛璃!!」

突然の呼びかけに驚いた顔で振り返る愛璃。
間違いない、彼女は生きている。俺の目の前にいる。

「あ、安藤さん?……どうしたんですか、そんな大声を出して」

彼女の傍に駆け寄る。そして……
思いっきり彼女を抱きしめた。

「あ……安藤さん……?」

「愛璃っ!」

……今、こうして感じることの出来る温もりは、紛れもなく愛璃のものだ。

「……よかった」

「え、えっと……」

目の前にある愛璃の顔は、明らかに戸惑いの色を見せている。

「あっ……」

……そういえば俺、何やってんだ?
正気に戻り、自分が愛璃を抱きしめていることを自覚する。

「ゴ、ゴメン!!」

あわてて身体を離す。

「ゴ、ゴメン急に!……ちょっと俺、今さっきおかしかったから……」

「え、いやそんな……」

言い訳にもならない言い訳に、愛璃が真っ赤な顔をしている。

「……安藤さん、どうしたんですか?」

「あ、いやちょっと……、愛璃さんが心配だったんで」

「私が心配?」

「うん……。でも俺の勘違いだったよ」

「勘違い……?何かあったんですか?」

「いや、大した事じゃないよ。新聞に愛璃さんの名前があって、ちょっと気になって」

「えっ……」

今、一瞬だが彼女の表情が曇ったように見えたが。

「……新聞に、私の名前が載ってたんですか?」

「まぁ、同姓同名の人だけどね。昔の新聞に、愛璃さんと同じ名前の人が事故で死んだっていう記事があったんで……」

「……」

黙り込む愛璃。

「それみてちょっとビックリしてな……、愛璃さん?」

「……」

「どうかした?」

「……いえ」

そう言って愛璃は俺に背を向け、この場から去ろうとする。

「ちょ、ちょっとどこ行くの?」

慌てて呼び止めようとするが、

「……ごめんなさい!!」

そう言い残し、愛璃は小走りで校舎の中へ消えていった。

「愛璃さん……?」

俺はただ彼女の走り去った後を眺めていた。








背後から視線を感じる。
振り返るとそこには……

「……山名先生?」

「……」

先生も同じく愛璃の走り去った後を眺めていた。

「……安藤、今の、北山愛璃だな」

「そうですけど……」

「……本物だよな?」

「先生?」

何故か先生の目が潤んでいた。

「……愛璃……」

「……先生、何か知ってるんですね、愛璃のこと」

「ん……」

黙っている先生。

「教えてください!何がどうなってるのか!!」

「……」

「先生!!」

時計の事といい、本屋の事といい、そして今の様子……

「どういう事なんですか!?」

「……知らないほうがいい」

「そんなわけないです!!」

先生のスーツの胸倉を掴んで訴える。

「教えてください、何がどうなっているのか……」

「……」

「山名先生!!」

「……とりあえず、この手を離してくれないか」

「あっ……」

山名先生の落ち着き払った言葉で正気を取り戻す。

「……すいません」

「フゥ……」

先生はため息を一つついた後、こう言った。

「……なら、着いて来てくれ」








‐続く‐







あとがきやすみ

スンマセン、ちょっといろいろとしんどいもので……
まぁあとがきなんぞ期待されてないでしょうけど。