‐次の春まで、続く夢‐

第十一話 『恋の自覚』








病院からの帰り道、学園の前を通りかかった。
つい昨日、一夜を明かすことになりかけたところだ。
……そういえば寝袋、置いていったままだったなぁ。
それにコンビニで買った弁当も。
早く食べないと傷んでしまうだろうな。
私服だけど、スポーツウェアだからサッカー部か何かだと言えば、特に文句も言われないだろう。
そう思って俺は校内に自転車を進ませた。


職員室でも特に何も言われずに部室の鍵を受け取ることができ、早速昼食を求めて準備室へ向かった。
と、中庭に見知った顔を見つける。

「あっ」

向こうも俺に気付いたらしく、ちょっと驚いた顔をしながらも微笑んできてくれた。

「愛璃さん。どーも」

「あ、どうもです。……どうしたんですか安藤さん、そんな格好で?」

「あぁ、これ?……まぁちょっとね」

「?」

不思議そうに首を傾げる愛璃。その仕草がたまらなく可愛かった。

「で、今日はちょっと美術準備室に忘れ物したから、取りに来たんだけど」

「美術室……」

愛璃の顔つきが、心なしか険しくなったように思えた。

「ん?どうかした?」

「えっ、……いや、なんでもないです」

そういえば昨晩、彼女らしき人影を見かけたっけ……。

「それより大丈夫ですか?背中……」

「ん?あぁ一昨日の」

そういえば石膏像を割ったんだったっけ。

「大丈夫。今は全然痛くないし」

「よかったぁ……」

安堵の表情を浮かべる愛璃。
でも、何で彼女が今ここに居るんだろう?

「で、なんで愛璃さんはここに?」

「私ですか?」

愛璃は少々考えるそぶりを見せた後、こう言った。

「ちょっと補習があって……」

「あぁ、……そりゃ大変だな」

「はい」

いらないことを聞いてしまったかも。
無神経な人と思われるのも嫌だから話題を変えよう。

「……お昼、もう食べた?」

「お昼ご飯ですか?……用意してませんけど」

「弁当とか、持ってきてる?」

「えっ?」

「あっ、いや、その準備室のほうに、コンビニで買った弁当が余ってるんだけど。……もしよかったら、食べてく?」

「えっ、そんな、ご迷惑ですよ」

「いやいや、ちょっとした事情で二人分あるし、それに一人で食べるのも、何か物悲しいものがあるかなぁ〜、なんて」

確か前にも、こうやって彼女にコーヒーを勧めた覚えがあるな。
あの時は先に帰られて……、まぁ断られたってことだよな。

「うーん」

どうせまた断られるだろう。
そう思っていたが、返ってきた答えは違っていた。

「……それじゃあ、いただきます」








弁当の賞味期限は、今日の午後五時になっていた。

「危ない危ない。取りに来てよかったぁ」

「?」

隣でさっきみたいに不思議そうに首をかしげる愛璃。
ふと俺の目線は、彼女の制服のネクタイに向いた。

「愛璃さん、ひょっとして一年生?」

「えっ、何でそれが?」

「いや、ネクタイの色」

緑乃宮学園の制服は、ブレザーのネクタイの色で学年が区別できるようになっている。
一年生は水色、二年生は緑、三年生は青色といった具合で。
愛璃のネクタイの色は水色だった。

「確かに一年生だけど……」

「何か今まで同世代か先輩みたいだな〜って思ってたけど、新入生かぁ」

「……そうでもないんだけどね」

「ん?」

「あっ、いいの。気にしないで」

何だろう?気になる。

「いや、でもちょっと気になったり……」

「この玉子焼き、美味しいです」

「んっ、そう?」

うまい具合に話をはぐらかされたか。

「ん?それってひょっとして……」

俺は彼女が持っていた袋に目が留まった。

「絵筆?」

学校規定のバックの口から、収まりきらなかった筆の柄が出ていた。

「愛璃さん、絵とか描くんだ」

「まぁ、……単なる趣味のレベルですけど」

「でもそうやって絵筆とか持ち歩いてるところを見ると、結構描けるんじゃないの?」

「そ、そんなことないですよ」

少し照れて紅くなる愛璃。そこがまた可愛かった。

「その絵筆って自前?」

「これですか?」

カバンから筆を取り出す。
絵の具の跡が多く付いており、かなり使い込まれている筆のようだ。

「そうですね、絵を描き始めた頃からずっと使ってますね」

「年季の入った筆だなぁ……」

それにしても少々年季が入りすぎている感じがする。
金具の部分は腐食しているし、柄もよく見ると朽ちている。

「……でもその筆ちょっとボロボロ過ぎない?絵とか描きづらいとかいう事はない?」

「まぁちょっと扱いづらかったりしますけど」

クスッと笑う彼女。

「新しい筆とか買ったらいいのに」

「……いいんですよ。物っていうのは、使い込めば使い込むほど、その人の想いが宿っていくんです」

「想いが宿る?」

「そう。この筆にも私の想いが宿っているんです」

物に想いが宿る、ねぇ。

「愛璃さんって、結構物を大事にするほうなんだ?」

「えっ?」

「いや、最近はなかなかそういう事言わないし。使い捨て全盛の世の中だしさ」

「確かにそうですね」

「想いが宿るとか、大事にしてるのがよく分かる」

「……変、ですか?」

「いやいや、全然そんなことないって。むしろいい事だと思う。その、何だ、想いが宿るって言うことも、何となく分からないでもないし」

「フフッ、そうですか」

なにやら嬉しそうに微笑んでくれる愛璃。
……なんか俺、喜ばせることでも言ったっけ?




食後、コーヒーをいれる。

「さて、昼も食べたことだし、そろそろ帰るかぁ〜。愛璃さんはどうするの、この後?」

「私ですか?……ちょっとまだ補習終わってないんで」

「あ、……大変だね。何か俺だけ浮かれてて悪いね」

そう言った俺に、彼女はクスクスと微笑む。

「いいですよ、浮かれてても。でも安藤さんって、優しい人ですよね」

「えっ?」

「こうやっていろいろと気遣いしてくれるし」

「え……?いや、そんな大した事はしてないけど」

「いやいや、そんなことないですよ」

そう言って顔を近づけてくる愛璃。
ちょっ、……そんなに近づかれたら、照れてしまいますがな……

「ん?顔、紅いですよ?体調悪いんですか?」

「いやいやいや、大丈夫。……ちょっと部屋が暑かっただけだから。愛璃さんは大丈夫?」

「暑くはないですよ。でも、本当に優しいですよ。そういう気遣いが」

「そっ、そうか……?」

「はい。よかったらまた誘ってくださいね、お食事」

「あ、あぁ。分かった」

「楽しみにしてます」

にこっと笑って見せる愛璃。
……何かほわ〜んって気分になってきた。

「安藤さん、ごちそうさまでした。それじゃ!」

「あっ、じゃあ……」

こちらを振り返りながら、手を振っていく愛璃。
俺はその後ろ姿が、校舎の影に隠れるまで見送っていた。


「……くぅぅ」

さっきの彼女の笑顔が脳裏に焼きついて離れない。

「……いかん、ニヤけてきた」

その後、家に帰ってからもしばらくニヤけっ放しだったことは、決して人には言えやしない。








「ん?」

誰かの視線を感じ、後ろを振り返る。

「……気のせいか」

周りを見渡すが、誰かがいる気配はない。

「……帰るか」








‐続く‐







あとがきと言うか美術部思い出語り

はいはい、舞軌内です。
需要は果たしてあるんだろうかと少々不安なところもある美術部思い出話、今回はマジメに作品の話でもしてみましょうかねぇ。

美術部といえば油絵と言うイメージがあるかも知れませんが、私、油絵は一切やっておりません。
やろうと思えば普通に道具借りて出来たんですが、めんどくさがりでしたので(ぉ
なのでもっぱら絵の方は水彩とかデッサンとかばっかりやってました。
元々マンガ描こうと思って入りましたしね。

立体モノも手は出してみました。
それこそ小学校の図画工作の時間みたいな駄作を、一日一個のペースで作ってた時期もありましたし。
陶芸専門の先生もいたんで、やろうと思えば陶芸も出来たんですが、油絵同様めんどくさがりなモノで(ぉ

……で結局、美術部にいた3年間で、まともに作った作品はいくつあるんだろうか……
卒業式のとき、ある程度のものは持って帰りましたけど、美術室にいくつか残してきましたからね。
それを後輩が見て多大なる影響を受けてくれたら発狂するくらいに嬉しいんですが。
おそらくゴミで捨てられてそう(ぉ

ま、こんなところで。