‐次の春まで、続く夢‐
第九話 『泊りがけ心霊調査』
午後9時。
教職員の大半が帰宅の途についた頃、俺と田中先輩は警備員室にいた。
「お湯沸いたぞ」
警備員の西田さんが、カセットコンロの火を止める。
「どうも。アンアン、ふた開けてるか?」
「はいはい」
俺が差し出したカップラーメンの容器に、先輩が順にお湯を入れていく。
「……三つしかないか。悪いけどもう一つ用意できるかな?」
西田さんが言う。
「あー、お湯が足りないですね。もう一回沸かさないと」
「なら別にいいや」
確かに、見た感じ体重三桁はあるだろう巨体には、カップラーメン一個では物足りないんだろう。
「日付が変わった頃にもう一回なんか食べるか。それにしても君ら、本気で泊まる気か?」
「もちろんですとも。それに怪奇音の話してきたの、西田さんじゃないですか」
和やかに話す先輩と西田さん。
西田さんは田中先輩の従兄の友達で、割と昔から付き合いがあるらしい。
「でも週末でよかったなぁ。平日だったら泊まってる暇ないぞ」
「そうですね」
三分たって、部屋にはラーメンをすする音が響く。
「食べ終わったら俺は見回りに出るけど、君らはどうすんだ?」
「俺らは美術準備室に行きます。とりあえず部屋の鍵だけ渡してもらったら、後はこいつと二人でゴーストバスターと洒落込みますよ」
「イタタタ、先輩、痛いって」
俺の肩を思いっきり叩く先輩。
「そうか、ならこれが鍵。先に渡しておくから」
西田さんは先輩に鍵を手渡した。
「あんまり騒がないでくれよ。教員に知れたら、こっちまで怒られるからな」
「はい、隠密行動に徹しますよ」
「隠密って先輩……」
先行きが不安なまま、俺たちは美術室に向かった。
午後10時。薄暗い美術準備室にトランプの擦れる音が響く。
「っつあ、勝ちぃ!!」
「な……先輩、強いっすよ」
俺たちはトランプゲームのスピードに興じていた。
「これで8勝3敗か。とりあえず二桁は勝たんとな」
「いや、ここから逆転させてもらいますよ」
「よし、来い!」
ガラガラガラ……
準備室の戸が突然開いた。
「おい、お前ら!」
「ひぃ!?」
扉のところに立っていたのは西田さんだった。
「……って何だ、西田さんじゃないですか。脅かさないでくださいよ」
「あのねぇ君ら、声でかい。たまたま見つけたのが俺だからいいけど、教員なんかに見つかったら大変だろ」
「……うるさかったですか?」
俺の問いに、こくりと頷いて答える西田さん。
「本当に騒がないでくれよ」
「はーい」
西田さんが出て行く。
「……さて、続きやるか」
「先輩、調査はいいんですか?」
「調査って、そんな怪奇音が聞こえてきたらすぐに分かるだろ」
「……で、聞こえてきたらどうするんです?」
「間髪入れずに突入、絵を描く謎の幽霊の捕獲!」
「それまでの間は?」
「非番」
「非番?」
「ささ、続きやりまっせ」
「……」
午後11時半。美術準備室では延々とブラックジャックが行われていた。
「……何も起こりませんねぇ」
「そんな怪奇現象なんぞポンポーンと起こるもんじゃないわ」
「そりゃそうですけど」
「ちょっとトイレ行って来るわ」
「あ、はい」
先輩はトランプを置いて出て行った。
やることもないので部屋の中を見渡す。
何も描いてない油絵のキャンパスや、デッサン人形なんかが目に付いた。
ふと先生の机に目をやると、何冊かの本が出しっぱなしになっている。
そのうちの一冊が気になった。
『現夢体現象の研究』
以前、山名先生が興味があって調べていると言ったやつだ。
俺は何気なくその本を手に取り、ページをめくってみた。
……が、
「……わかんねぇ」
字がものすごく細かいし、ものすごく長い。
しかも何やら専門用語ばっかりでわけが分からん。
……これを普通に読んでいた山名先生はすごいな、心底そう思った。
「ん?」
机の上には本の他にノートも置いてあった。
表紙に、『現夢体研究レポート』と書かれている。
おそらく山名先生がまとめた物だろう。
俺は少々悪い気もしながら、そのノートを開いてみた。
……現夢体。
人が夢で見たものが、現実に現れること。
夢の中の人物が、実際に現れたりする例が報告されている。
だが、なんでも夢が現実化するわけではない。
その夢に関しての想いが、現実世界に存在しなければならない。
「夢に関しての想い……?」
夢を見た人間の、その根拠となった想いが、現実に存在する想いとシンクロした際に夢は現実化する。
「……?」
ガラガラガラッ
「!?」
突然ドアが開き、俺は慌ててノートを閉じた。
「何やってんだ、アンアン?」
「せ、先輩ですか」
「何勝手に先生の物触ってんだ?」
「あ、ちょっと気になったもんで」
「あんまりいじんなよ。何か物無くなって、俺らのせいにされるの嫌だからな」
「そ、そうですね」
そう言われ、俺は机から離れた。
「さーて、続き続き」
「はぁ」
トランプを再び手に取る。
でも、先程のノートの一節が気にかかっていた。
『夢の根拠となった想いと現実の思いがシンクロする』
……どういうことだろう?
「ふぅ〜。……腹減ったなぁ」
「……のんきですね」
「腹が減ったらどうしようもないだろう」
「確かに、ちょっとお腹空きましたね」
「よし、アンアン、金渡すから弁当でも買ってきてくれ」
「はい?」
先輩は財布から千円札を取り出して、俺に手渡した。
「すぐそこにコンビニあるだろ。頼んだぞ」
「はぁ……、勝手に外出して大丈夫です?」
「裏門から出りゃ大丈夫だ、多分。アンアンの分も買っていいから」
「まぁいいですけど」
金を受け取って、俺は準備室を後にした。
こそこそと裏門に向かう。しかし夜の校舎は薄気味悪いものだ。
別段怖がりというわけでもないが、ちょっとした物音でも過敏に反応してしまう。
自然に早足になっていた。
スッ
……今、前のほうを何かが通ったような気が……。
カタッ
「!?」
……う、何だ?西田さんか?
物音のした階段の前までやってきた。
恐る恐る階段の上を見上げると……
「……?」
今、一瞬だが、見たことのある姿が見えたような……
「……愛璃?」
でもまさかこんな時間に校内にいる訳がないだろう。
「……気のせいだな」
少し気になったものの、そのまま裏門へ急いだ。
学園から歩いて1分もかからない所にコンビニがある。
弁当のコーナーを物色していると、思わぬ人物に出くわした。
「あれ?やすくんじゃない?」
「友恵?何でここに?」
「いや、ちょっと近くの友達んちに遊びに来てて、夜食の買出しに行かされてるの」
「友達?」
「うん。あっ、もちろん男じゃないよ!!」
少し慌てたように友恵が言う。
「使いっぱしりさされてる訳か。似たようなもんだな」
「やすくんは何でここにいるの?しかも制服で」
そういやまだ制服着たままだったっけ。
「部活の時言ってたアレ。先輩と泊り込んでて、夜食の買出し」
「本当にやってたの?」
驚く友恵に頷いて答える。
あー、バカじゃないのって顔してるよ。
「で、幽霊出たの?」
「今の所なーんにも無し」
「本当によくやるね、やすくんも田中先輩も」
「……バカにしてるだろ」
「うん」
笑うなよ……
「でも、何かに熱中できるっていいことだと思うけどな〜」
「確かにな。まぁ俺の場合、そのベクトルが人とかなり違うんだが」
「フフッ、そうだね」
それぞれ会計を済まし、店の外に出る。
もうすぐ日付が変わろうという時刻だ。
「やすくんこれからまた学校に戻るの?」
「おう。来るか?」
「ハハハ、いいよ私は。友達待たせてるし」
苦笑する友恵。
「じゃああんまり夜更かしすんなよ」
「やすくんに言われたくないよ」
「まぁな」
「それじゃ、また学校でね」
「おう」
俺達は互いに手を振り、各々の目的地へと分かれた。
「センパーイ」
戻ってみると、準備室は無人だった。
「センパーイ、弁当買って来ましたよー」
返事はない。
隣の美術室のほうに入ってみた。
「センパー……って!?」
そこで、田中先輩が床に倒れていた。
「せ、先輩!!しっかりしてください!!」
「う、うぅーん……」
俺が身体を揺さぶると、先輩は意識を取り戻した。
「……ア、アンアンか?」
「そうですよ!先輩、大丈夫ですか?」
「ん……、俺、どうしたんだ?」
「コンビニから帰ってきたら、先輩準備室にいなくて、こっち覗いてみたら倒れてたんですよ」
「倒れてた……、あっ!!」
ばっと起き上がる先輩。
「アンアン、出た!出たぞ!!」
「で、出たって何が?」
「幽霊だ!!」
「幽霊?」
ピカッ
「おわっ!!?」
突如強烈な光が俺の顔面に当たり、思わず叫んでしまった。
「……って西田さん?」
見ると、入り口に西田さんが立っていた。
「急に懐中電灯当てないでくださいよ〜」
「すまんすまん。安藤君、だったっけ?」
西田さんは頭を掻いた。
「西田さんもいいとこに来た。出ましたよ、幽霊が!!」
先輩が興奮して言う。
「ゆ、幽霊?」
「そう!今さっき、ここで油絵描いてる謎の少女!!」
「えっ?」
先輩は興奮したままで、俺と西田さんに当時の状況を説明しだした。
簡単に言うと、俺がコンビニに行っている間に美術室から変な物音がして、先輩がそれをこっそり覗くと、そこには本校の制服を着た少女が問題の油絵を描いていたという。
「……で、何で先輩は倒れてたんです?」
「俺か?いや、幽霊捕まえてやろうと飛び掛ったのはいいんだが、さっとかわされてな」
「で、床にぶっ倒れて気絶したと」
西田さんの補足に頷く先輩。
「……先輩、その少女ってどんな娘でした?」
「んとなぁ、暗くてよくわからなかったけど、背はそんなに高くなかったと思う」
「他に何か特徴とかは?」
「特徴ねぇ……。何せ暗くてな」
「そうですか……」
「どうしたアンアン?」
「いや、別に……」
先輩の見た謎の少女。
俺がさっき階段のところで見た愛璃らしき人影。
関係あるのだろうか……?
「いたたた」
「先輩?」
急に先輩が頭を押さえる。
「あー、さっき変な所打ったかも知れんな」
「大丈夫ですか?」
「あぁ……っつ」
そういう割にはすごく痛そうにしている。
「なぁ、もうこの辺で止めといたらどうだ?」
西田さんが言う。
「……そうですかね」
「な、何を!?俺はまだまだいける…いたっ」
「無理すなよ」
「そうですよ先輩。とりあえず今日のところはここまでにしといたほうが……」
「ぬぅ……」
さすがに先輩も身体の痛みには耐えれなかったようだ。
「じゃあ後は見ておくから。その少女の幽霊とやらも見つけたら報告するから」
そう言って西田さんは見回りに戻っていった。
「じゃ、先輩、帰りましょうか」
「……仕方ないな」
こうして俺たちの怪奇音調査は幕を閉じた。
謎の少女などの情報は得られたが、正直無駄に疲れたというのが主な感想だった。
‐続く‐
あとがきと言うか美術部思ひでぽろぽろ
はいはいどうも、舞軌内でございます。
次の春まで続く夢、略して『次春続夢』(ぇ
その本編とは全く関係ない美術部思いで日記、本日は文化祭のお話です。
運動部と違い大会とかが特にない美術部。
まぁ大会と言うか県レベルの展覧会はあるんですが、それは全員が参加できるものじゃないんで。
部員全員が参加する行事と言うのは、秋に行われる文化祭での展示でした。
美術部員はそれに一人最低一作品を出さなければいけないですよ。
私みたいな普段遊んでた部員は文化祭前にはいろいろと苦労しましたねぇー。
1年目はマジメに部活に取り組んでましたし、2作品ほど出品したんですよ。
で、3年目は受験勉強の息抜きと言う感じで結構本腰入れて作品作ったんですね。
前に先輩から影響受けて作ったと言うのがこの3年目の作品。
で、一番末期的だったのが、中だるみしてた2年目の時ですね。
それこそ文化祭前日までなーんにも作ってない状態。
ヤバイヤバイと思っていると余計描けなくなるんですよねぇ、絵とか。
しょうがないので前夜に動物図鑑見ながら鳥の絵を描きました。
で、文化祭当日の朝早くに美術室に展示。
なんと言うか、他の作品と比べてたら泣きたくなるくらい駄作。
本来なら作品には名札を付けなきゃいけないんですけど、こっぱずかしくて名札付けずにおきましたし。
ホント、あの時はがんばっときゃ良かったなぁと思う次第です、ハイ。
では今回はこの辺でー