‐次の春まで、続く夢‐

第七話 『二人っきりの美術室』








「んじゃお先に〜」

そう言って加藤たちが美術室を出て行く。

「……さてと」

俺は一人、部屋の戸締りを始めた。
今日は皆、顧問がいないのをいいことにさっさと活動を切り上げてしまっていた。
友恵もとっくの昔に返ってしまっている。
最後まで残ったのは、ひたすらポーカーをしていた男どもだった。
で、ポーカーで一番負けていた俺が、罰ゲームで戸締りをすることになっている。

全部の窓に鍵をかけ、美術室を出る。
戸に鍵を差し込んだとき、後ろから声をかけられた。

「安藤さん」

「ん?」

振り返ると、そこには愛璃がいた。

「あ、愛璃さん」

「別にさん付けしなくてもいいですよ」

「あ、でも何かこっちが恥ずかしいし」

「そうですか?」

「まぁ、ね」

鍵を閉める。

「もう部活終わったんですか?」

「皆やる気ないからなぁ〜。まぁ人の事言えた義理じゃないけど」

「そうなんですか?」

「うっ、まぁ」

苦笑する二人。

「で、愛璃さんは何してるの?」

「またさん付けしてる」

「あ、いや、ゴメン。何か慣れないから」

「さん付けでもいいですけど」

そりゃそうだよな。友恵は長い付き合いだから呼び捨てでいいけど、いきなり愛璃って呼び捨てるのもなぁ。
美久先輩も呼び捨てで美久って言う事はないし。

「で、話戻るけど、愛璃さんは何してるの?」

「探し物ですね」

「探し物って、昨日言ってた時計?」

「はい。まだ見つかってないんです」

「大事な時計なの?」

「えぇ、まぁ……」

「?」

変な言い方だな。まぁいいけど。

「確かあの後、図書館の落し物コーナーに行ったんだったっけ?」

「あ……」

「ん、どうかした?」

「落し物コーナーですか……、そのコーナー自体がなかったです」

「え?」

「単に私がよく探してないんだと思うんですが、落し物コーナーなんてなかったです」

「なかった……」

……友恵のやつ、嘘でもついたのか?

「でも多分図書館で落としたんじゃないと思いますからいいんですけど」

「そ、そうか」

それより困ってるんだったら手伝った方がいいだろう。
どうせ帰っても暇だし。

「何だったら手伝うよ、探すの」

「えっ?」

驚いた表情を見せる愛璃。

「いや、どうせ今から帰っても暇だし」

「でも、そんな悪いですよ」

「いいっていいって」

「……」

黙り込まれてしまった。

「……もしかして、迷惑?」

「えっ!?いや、そんなことないですけど、そんなことないですって」

「?」

急に紅くなって慌てる愛璃。

「まぁこう見えても、物探すのは得意なほうなんだけどな」

「そうなんですか?」

「……そう言われたら、微妙かな」

「微妙ですか、クスクスクス……」

それなりに受けてくれた。

「だから、何か手伝えるなら手伝うし。まだ完全下校まで時間あるし」

「本当に……いいんですか?」

そう上目遣いで尋ねてくる。

「うっ、もちろん」

……その仕草は犯罪級だよ。
仮にやる気なくても、その目で見つめられたらNOと言えません、絶対。

「本当ですか?ありがとうございます!」

満面の笑みで喜んでくれている。
何か自分がすごくいい事した気分になる。……まだ何もしてないけど。








黒板にチョークで絵を描く愛璃。

「こんな形の腕時計です」

「……ありきたりのアナログ時計か」

俺は美術室の鍵を開け、愛璃を招き入れて話を聞いていた。

「で、どこで落としたかは分かんないの?」

「それが……覚えてないですね」

「うーん……」

やはり、昨日山名先生が持っていった腕時計が気になる。

「どうしたんですか?」

「あ、いや……、ちょっと気になることがあってね」

「はい?」

「昨日、俺と田中って言う先輩が腕時計を拾ったんだよ」

「そうなんですか?どこで?」

「校庭で。でも、その時計壊れてボロボロだったけど」

「壊れてた……」

「捨てよかなーって話してたんだけど、ちょうど一緒にいた先生がその時計持っていっちゃって」

「……先生?」

「うちの部の顧問の山名先生」

「えっ……」

愛璃が驚いた声をあげる。
前も確か先生の名前を聞いて驚いてたような……

「山名先生のこと、知ってるの?」

「え……、一応……」

俯いて話す愛璃。……あんまり触れて欲しくなさそうだが。

「んー、まぁ話は戻るけど、山名先生が時計持っていったわけ。で、もしかしたら準備室に何かあるかもって俺は思うんだけど」

「山名……先生が持っていったんですか」

「そう。何か妙に慌ててたみたいだったけども……」

「……」

俯き黙り込んでしまう愛璃。だが顔を上げると、

「……そうですか。なら、大丈夫ですね」

と笑顔で言った。

「え?」

「時計は……もういいです」

「え?どういうこと?」

「……まぁいいじゃないですか」

席を立つ愛璃。……どこか笑っているように見えるのだが。

「……そう?」

「はい」

「……ならいいけど」

よく分からないが、彼女がいいって言うのならいいのだろう。




「ん?」

愛璃が棚の上を見上げている。

「どうかした?」

「あ、石膏像を見てたんです」

「石膏像?」

愛璃は棚の上を指差した。

「……あぁ、矢野さんね」

「矢野さん?」

「うん。あの像の名前」

「……何で矢野さんなんですか?」

「知らない」

「え?」

「いやね、あの石膏の名前をつけたの、さっき言った田中先輩なんだ」

「あ、はい」

「で、俺も同じ質問をしたら、適当だって答えられたんだ」

「て、適当ですか……」

「まぁ、本人を見てもらえれば分かるんだけど、田中先輩ってそういう人だから」

「は、はぁ……」

何か困った顔してるな、彼女。

「ちなみに、この美術室にある石膏像全部に名前が付いてるんだ」

「えっ、そうなんですか?」

「うん。名付け親も田中先輩。あの窓際のやつから順番に……」

・片岡さん
・中村さん
・浅井さん
・野口さん
・藤本さん
・筒井さん
・杉山さん
・金沢さん
・松下さん
・イザベル

「イザベル!?」

「うん、イザベル。さっきも言ったように名前に意味は無いみたい」

「で、でも何でいきなりイザベルに……?」

「さっぱり」

部員である俺もさっぱり分からない。
見た目もみんな普通の石膏像だし、まぁ単に先輩の気分だろう。

「……何かその田中先輩って人に会ってみたくなりました」

「ハハッ、本当に言った通りの変な人だから。あっ、そうだ」

「どうかしましたか?」

「いや、ちょっと矢野さんには仕掛けがあってね……」

そう言って俺は石膏像を取るために机の上に登った。
実はこの矢野さん、裏面に電球が仕込んであり、スイッチを入れると目が怪しく光る様になっている。
もちろん田中先輩が無断で改造した物だが。


その時だった。


「危ない!!」

「キャッ!?」

俺は愛璃に身体をぶつけ、彼女を後ろに突き飛ばした。

「痛たたた……、安藤さん急に何するんです……か?」

「ううっ……」

「安藤さん!?」

俺の元に駆け寄ってくる愛璃。
俺の背中には、粉々に砕け散った石膏像(矢野さん)が乗っていた。

「……愛璃さん、大丈夫だった?」

「安藤さん!!」

彼女の手が背中の破片を払っていく。
さっき矢野さんを手にした時、うっかり滑らせてしまった。
矢野さんは愛璃目掛けて落下、このままだと彼女に直撃すると思った俺は、とっさに彼女を押しのけた。
が、そのため俺の背中に像が落ちてきてしまった。

「安藤さん!大丈夫ですか!?」

「ん、……まぁちょっと痛いけど大丈夫」

手を床について立ち上がろうとする。が、

「うっ……」

痛みのせいか、自力では立てなかった。

「だ、大丈夫ですか!?」

「……大丈夫大丈夫。痛いのは今だけだから」

「……安藤さん」

愛璃が俺の手を握る。

「ごめんなさい……安藤さんがこんな目にあって……」

「いいって、落としたの俺だし。それに下手したら愛璃さんの頭の上に落ちてきてたんだから」

「……本当にごめんなさい!!」

涙目で愛璃は、俺の手を強く握る。

「いや、大丈夫だから本当に」

「でも……」

だいぶ痛みが引いてきた。そろそろ立てるだろうか。
でも、彼女は俺の手を離さなかった。

「愛璃さん……、もう立てると思うから」

「あ……」

手が離れる。俺はゆっくりと立ち上がった。

「ってててて」

身体を伸ばす。
高さがあったからダメージは大きかったが、石膏自体は大して大きい物ではなかった。
幸い骨には異常ないっぽい。

「本当にごめんなさい、安藤さん……」

何度も何度も頭を下げてくる愛璃。

「いやいいって、謝らなきゃならないのは俺のほうだし。それに俺としては愛璃さんに何もなくてよかったよ」

「安藤さん……」

そしてまた頭を下げた。

「だからもういいって」

「……これはお詫びじゃないです」

「え?」

頭を下げたまま、愛璃はこう言った。

「……ありがとうございます」








「……まだちょっと痛いな」

渡り廊下を職員室に向かって歩きながら呟く。
あの後、愛璃に石膏像の破片を掃除してもらい、美術室を出た。
散々愛璃に保健室に行くよう言われたが、本当に大した事ないので行かなかった。

「……」

手を見る。
床にへばってる時、ずっと愛璃が握っていた手だ。
部屋を出た後も、彼女は繰り返し『大丈夫ですか』って聞いてきてくれた。
その度に『大丈夫』と答えていたから、それで大分マシになったのかもしれないな。

「……」

今思えばあの時彼女を突き飛ばさずに、石膏像を空中でキャッチしようとすればよかったな。
そうすればこんな痛い目に遭わなくてすんだのに。
でも……実際それは出来なかったと思う。
可能性云々よりも、その時はただ、何とかしないとと思ったから。
自分が犠牲になっても、彼女を守ろうと思ったから。

「……」

何考えてたんだろ、俺。
そんなことをぼんやりと考えながら、俺は部屋の鍵を持って職員室へ向かった。








‐続く‐







あとがきと言うか美術部思い出話

いえいはー、舞軌内です。

今回は先輩の話でも。
自分らより一つ上の先輩は全部で4人。男3人に女子1人でした。
女子の方はあまり話す機会無かったのでここでは割愛。とりあえず根っからの美術好きって方でした。

3人の男の先輩がいたんですが、実質部活にちゃんと出て来てたのは2人。
そのうちの一人は美術部の部長さんで、女子の先輩同様、美術が好きって言う人でした。
油絵なんかをよく描いてて、結構うまかった記憶があります。
ちなみにどうも私、この方と同じ大学みたいです(知らんのか

もう一人の先輩はどちらかと言えば遊んでいるタイプ。
気さくに私ら後輩にも話しかけてきてくれて、画材置き場で大富豪とか教えてもらいましたなぁ。
あとこの方には彼女さんがいて、部活終了間際にはわざわざ彼女さんが彼を美術室まで迎えに来てました。
うん、本当にうらやましかったです。マヂで(これ、先輩の口癖

で、普段は顔を見せないもう一人の先輩ですが、この方も面白い人でしたね。
この人は文化祭の一週間ぐらい前から急に顔を見せ始めました。
基本的に上述した方と同じく遊んでいるタイプの人なんですが、素敵な芸術センスを持ってましたな。
木の板を床に置いて、それに絵の具を叩きつけるように乗せる。
また、釘やら何やらを打ち込み、最後にそれをハンマーでぶち壊す。
そんなクラッシャーな手法で出来る作品に私、多大なる衝撃を受けました。
翌年の文化祭で私、彼をまねた手法で作品出してますから。いやぁ凄かった。

まぁ先輩に恵まれた分、後輩には恵まれませんでしたね。
全員女子っていうのもありますが、皆グループ化してて先輩が入っていく隙がない。
もったいなかったなぁ〜、後輩属性に目覚める前だったしなぁ(ぉ

ではこの辺で〜