‐次の春まで、続く夢‐

第六話 『幽霊と油絵』








「しかしこうやって登校するのも久しぶりだなぁ」

「久しぶりって、そんな3日くらいしか経ってないよ?」

「そうだっけか?」

その日の朝、俺は友恵と並んで自転車を走らせていた。

「もっと早く修理したらよかっただろ」

「でも、歩いて帰るのも、あれはあれで楽しかったし」

「楽しかった?」

「ん、……こっちの話」

何故か友恵の顔が少し赤い。




「おっすアンアン」

どーん。

「のあぁ!?た、田中先輩!?」

並んで走る俺たちの間に、突然、田中先輩の自転車が割り込んできた。

「そんなに喜ばなくてもいいだろう。松前さんもおはようさん」

友恵も突然の乱入に驚いているようだった。それでも一応挨拶を交わしている。

「でな、アンアン、非常事態だ。昼休みに美術室へ来い」

「はい?非常事態ですと?」

「まぁ来たら話す」

とその時、後方から自転車のベルが鳴った。

「そこ、後ろ詰まってるんだから早く行きなさいよ」

「ちっ、やかましいのが来た」

振り返ると、そこには美久先輩の姿があった。

「美久先輩。おはようございます」

「おはよう、安藤君。それに友恵ちゃんも」

「おはようございます〜」

「昨日はありがとうね」

「あ、まぁもういいですよ」

ラーメンの事か。
……財布の中身思い出すので、正直触れて欲しくなかった。

「ん?昨日なんかあったのか?」

「安藤くんにラーメン奢ってもらったのよ」

「な、なにぃ!!?」

「ゲッ」

……嫌な予感。

「アンアン、何で俺だけ出し抜いて美味しい思いしとんじゃ〜!!」

「い、いや、先輩勝手に帰ったじゃないですか?」

「そんな引きとめろよ!!お前も俺がラーメニストだって知ってるだろ!!」

「ラ、ラーメニスト……」

「いいのよ安藤くん、このバカの言うことは気にしなくていいから」

「誰がバカじゃ!!」

田中先輩が怒鳴る。

「はいはい。とにかく急がないと、本当に後ろ詰まってきてるから」

「わーりましたって。……アンアン、今回はカレーパンで勘弁してやる」

「うっ……」

「じゃ、昼休みにな」

「それじゃ、二人ともまた放課後に」

そう言って、二人は先に行ってしまった。




「仲いいね、あの二人」

「……あんなバカだのアホだのって罵り合ってるのに?」

「仲良くないと罵り合えないよ」

「そんなものかねぇ」

ケンカするほど仲がよいって感じか。

「じゃあ、俺たちも罵り合うか?」

「はい?」

「より親睦を深めるためにお互いをバカだのアホだの言い合うとかさ」

「何バカなこと言ってるのよ。逆に仲悪くなりそうだよ」

「……さっきと言ってる事違うな」

「ま、まぁいいじゃない!!それより急がないと遅れるよ?」

「お、おう」

俺たちは自転車の速度を上げた。




「でも……仲がいい以上になれるんだったら、罵り合うのもアリかな」

「ん、何か言ったか?」

「えっ!?い、いや、何でもないよ」

「?」








昼休み、俺は購買部に寄ってから美術室へ向かった。
中に入ると、既に田中先輩が弁当を食べていた。

「遅かったな、アンアン」

「ちょっとパン買うのに手間取って」

「まぁその辺に座れよ」

俺は田中先輩の斜め前の席に座った。

「ほい」

そう言って俺の方に手を出す先輩。

「……弁当食べてるんじゃないんですか?」

「カレーパンは別腹だ」

「はぁ」

その手に買って来たカレーパンを乗せる。

「これで前のハンバーガー代帳消しですよ?」

「何言ってんだ、このカレーパンは昨日のラーメン食い損ねたお詫びの品だろ?」

「いや、あれは先輩が先に帰っちゃったからじゃないですか」

「そんなイベントがあるなんて知らなかったからしょうがないだろう」

「だったらこれはハンバーグ代の代わりと言うことで」

「うぅ……」

しぶしぶ頷く先輩。
これで、以前先輩に奢ってもらったハンバーガー代が帳消しとなったわけだ。
この人に借りを作ると後々辛いからなぁ……

「で、非常事態っていうのは?また金塊の在り処が分かったとかですか?」

「ふん、もう金塊探しなどという低俗なことはしないわ」

「低俗って……」

それを今までやってたアンタは何なんだという話だが。

「今度は、それこそもう我々ミステリーコンプリート部にぴったりな話だ」

「ぴったり?」

「そう……お前は幽霊とか、信じるよな」

「何かもう決め付けられてる様な気がするんですけど」

まぁ信じてなければ、こんな部になど入ってないだろうし。

「あのな、話せば長くなるんだが、ここ2,3日の間、校内で奇妙な現象が起こっているそうだ」

「奇妙な現象?」

「そうだ。しかも、その舞台がここ、美術室」

「えっ?」

そう言われて、思わず部屋中を見渡してみた。
……確かに石工の像とかが並んでいて、不気味な感じがしないでもない。

「それで、知り合いの警備員から聞いた話なんだが……」

「知り合いの警備員なんているんですか?」

「いらん突っ込みはいい。それでその人の話だと、深夜の校内を見回りしていると、何か『シャッシャッ』という妙な音がするそうだ」

「『シャッシャッ』?」

「あぁ。で、その音源を辿っていくと、どうもこの美術室から聞こえてくるらしい。誰かいるのか〜と部屋に入ってみるが、そこには誰もいない」

「……」

「でも部屋から出てしばらくすると、また『シャッシャッ』と音がしだす。そしてまた中に入ってみるが、誰もいない。それの繰り返しが、ここ2,3日続いてるそうだ」

「……気味の悪い話ですね」

「だろ?そこで我々、ミスコン部の出番なわけだ。次なる活動は……、その謎の音の正体を突き止めることだ!!」

「……はぁ」

やばい、またこの人の暴走が始まった。

「さっき言った知り合いの警備員に、既に調査の許可は取ってある。泊まり込みで、音の正体を突き止めにかかるぞ!!」

「と、泊まり込みっすか?」

「そうだ」

「す、すごい……」

すごい馬鹿だ。

「で、まさか今日やるんですか?」

「あ〜、今日は無理だ。用事があってな」

「用事……ですか」

デートですか。

「で、部にも行けないからこうやって昼休みに呼び出したってわけだ。まぁ詳しいことは明日以降にでも話そう」

そう言って先輩は弁当を包み、カバンの中にしまい込む。

「じゃあなアンアン、また明日」

「えっ、先輩?まさか今から帰るんすか?」

「そうだ」

……ここまで来ると馬鹿というより、漢(おとこ)ですな。
出席日数とか大丈夫なんだろうか。




「あ、そうだ」

「ん?」

先輩はカバンを開け、中から一本の油絵用の絵筆を取り出した。

「何ですか、その筆?」

「……まぁ彼女がな、俺が美術部員だって言うんで買ってくれた物なんだけどな。それなりに良い物らしい」

先輩の持ってる筆は、確かに画材置き場に放置されている類の筆よりよほど高級そうだった。

「でもなぁ……、絵なんか描かない俺にははっきり言って使い道ないし。まだアンアンのほうが使うだろうと思ってな」

そう言って筆を俺に手渡す。

「え、でも俺もそうそう絵なんか描かないんですけど……」

「まぁ何だったら、松前さんにでもあげればいいって。彼女なら絵とか描くだろ?」

「はぁ、だったら先輩から美久先輩にあげた方がいいのに」

「あ……それは無理」

「え?」

「まぁ、アイツには渡せない理由があるからな……」

「渡せない理由?」

「……というわけだ、さらばだ〜」

「あっ、ちょっと……」

先輩は逃げるように去っていった。

「……」

何だ?渡せない理由って?
いや、その前に……視線を手元の筆に向ける。

「……どうしろって言うんだよ」

俺だってそんなに絵描かないし、でも捨てるのも勿体無いし。

「……とりあえず持っておくか」

俺は画材置き場の自分のロッカーに、その筆を放り込んだ。








放課後、俺は美術室でいつものように男友達と談笑していた。

「……で、また田中先輩がわけの分かんない事言い出したんだよ」

「ご苦労なこったなぁ、安藤も」

「……お前も一応ミスコン部員だろ、加藤」

「ハハッ、俺は美術の方が性に合ってるみたいだしな」

俺の目の前にいる男は加藤といって、数少ないミスコン部の同期だ。
が、完全にミスコン部のほうは幽霊部員と化している。

「真面目に絵を描くってのも悪くないぞ?」

「てかお前の場合、女子部員目当てで美術部に傾倒してるんだろーが」

「ウグッ……」

そんなバカ話をしていると、後ろの画材置き場のほうが何だか騒がしくなってきた。
気になって行ってみると、女子部員たちが集まっていた。

「なぁ友恵、何かあったのか?」

「あ、やすくん。いや、ちょっとすごくうまい絵があって」

「うまい絵?」

友恵は部屋の奥を指差した。
そこには一枚の油絵が置いてあった。

「人物画?」

「そうみたい。まだ色も少ししか塗られてないけど、すごくレベル高いよ」

「ふーん」

正直絵心の無い俺から見たら、ただの塗りかけの絵にしか見えないのだが、その場にいた女子美術部員さんたちは皆、その絵を絶賛していた。

「で、誰の絵?」

「それが分からないの」

「分からない?」

「うん。ここにいるみんなは違うし、加藤くん、知ってる?」

「いんや」

俺と一緒に様子を見に来た加藤も、首を横に振るばかり。

「うーん、もちろんやすくんなわけは無いし」

「おい」

「今日は全員来てるしね、部活」

「……無視ですかい」

「ん?やすくん、油絵なんか描けたっけ?」

「……俺だって油絵用の筆の一本や二本持ってるし」

「そう?」

「信じてないだろ。ならこれでも見なさいな」

俺は自分のロッカーをあけ、中から昼間田中先輩にもらったばかりの絵筆を取り出した。

「どうだ、これでも美術部員の端くれよ」

「でも全然使った形跡がないんだけど」

「そりゃそうだ。さっきもらったばっかりなんだから……って、あ」

友恵が苦笑している。

「やっぱり絵なんか描かないんじゃない」

「……ほっとけ」

「それより、誰の絵かが気になるわね」

奥にいる美久先輩が言う。

「そんなに気になります?」

「まぁこれだけうまいとね」

「はぁ」

県展にも作品を出すレベルの美久先輩が言うくらいだから、相当うまいのだろう、この絵は。

「……田中先輩ってことはないですか?」

「ないわね」

即答。

「……でもあの人元々は美術部員ですよね?」

「あれでもね。安藤くん、文化祭のときの絵、見たでしょ。あれが彼の画力の全て」

「あぁ……」

ならこの絵は間違いなく誰か別の人間のものだ。

「この絵……、私が入部した時からあったんだけど」

「そうなんですか?」

驚いた顔で友恵が反応する。

「ええ、画材置き場に無造作に置かれてて。まだ色は塗られてなかったんだけど、それでもかなりのレベルだったわね」

「昔からある……?」

「私もてっきり卒業生が描きかけで置いていったものだと思ってたんだけど。描き進められてるし……」

「ひょっとして、山名先生じゃないですか?」

「あ、それは考えられるかも」

俺の意見に美久先輩が頷く。

「でしょ?先生って結構この学校、長いみたいだし」

「私ちょっと聞いてきますね」

そう言って、友恵が美術準備室に向かっていった。

「……でも本当うまいわね、この絵」

「これ、人物画ですよね。誰がモデルなんですかね?」

「ん、そのくらいは分かるんだ、安藤君でも」

「……先輩、俺を何だと思ってるんですか」

「でも男の人だよね、しかもここの制服着いてる」

「……無視ですかい」

友恵が戻ってきた。

「先生、今日出張みたいですね」

「そう。まぁ明日にでも聞いてみよっか」

「そうですね」

そして部員らは各々の活動を始めた。
俺はというと……、トランプです。








‐続く‐






あとがきと言うか美術部思い出話

どふも、舞軌内です。

今回も出てきてますが、話の方で何度か部活もやらずにトランプをやると言うくだりがあります。
これ、実際に私がいたときの美術部での恒例行事でした。暇さえあれば皆集まってトランプですよ。
顧問も注意こそすれど禁止したりはしませんでしたし。
女子部員の皆さんに混じって大富豪をやるのは至福の時だったなぁ〜(遠い目

この大富豪、一つ上の先輩に教えてもらったんですよ。それ以来はまってしまいました。
その先輩の話はまた別の機会に。
で、2年生にもなると美術部以外の人間も呼んできて大富豪してました。
前回話した同級生のW君、彼の伝手で生徒会長とかとも遊ぶ機会を持ちましたしなぁ。
まぁ、次第にただのゲームから賭け事に発展していくんですがその辺は自主規制ということで(ぉ

あと美術室内で行った部活以外の遊びと言えば……、夏休みに美術室にて卓球大会とか。
他にもデッサン用に置いてあったサッカーボールで即席リフティング大会とか。
……これはちょっと室内にあった石膏像を割る羽目になり、禁止令が下されたのですが。


まぁとりあえず今回はこの辺で〜