‐次の春まで、続く夢‐
第五話 『壊れた腕時計』
校庭の桜もだいぶ散り、地面は花びらで薄紅色に染まっていた。
放課後のそんな校庭を、田中先輩が怪しげな機械を持って歩く。
「さてさて、この辺は大した反応がないなぁ」
「先輩、それ何ですか?」
「見て分からんか?金属探知機だ」
「金属探知機って……、また間違いなく水道管を見つけるでしょ」
「フフフ、案ずるなかれ」
そう言って先輩はポケットから一枚の紙を取り出した。
「これは?」
「緑乃宮学園校庭の水道管の分布図だ!壊した後にちゃーんと調べたのだ!」
「……すごい」
すごい馬鹿だ。
「どうでもいいが、もう下手に地面堀まくるなよ」
俺たち二人の後ろから、山名先生が声をかけてくる。
さすがに前回のこともあったので、今日は山名先生の監視の下、金塊探しが行われている。
「今度同じようなことをしたら、それこそやばいからな」
「分かってますよ、だからこうやって水道管マップも用意したんですから」
ピーピー
「ん、先輩、これ反応してませんか?」
「おぉ。ちょっと待て……、あぁ、この反応は水道管のものだな。掘っても意味なし。同じ過ちは繰り返さぬ!フフフ」
得意げに笑う先輩。
「でも先生、いいんですか?こんな馬鹿なことにつき合わせちゃって」
「別に大丈夫だ。一応顧問だからな、たまには活動を指導しなければな。それに金塊の話、言い出したのは俺だし」
「はぁ」
ふと友恵の話を思い出す。
「そういえば先生って、ここの卒業生なんですよね?」
「ん、あぁ。どうしてそれを?」
「友恵に聞いたんですよ」
「友恵……あぁ、松前さんか」
「で、その金塊の話って本当なんですか?」
「分からん」
「へ?」
「いや、何か第二次大戦中に日本軍がこの地域のどこかに金塊を埋めて隠したって話はあるんだけどな。まぁそれが校庭とは限らないが」
「え?先輩は徳川家の隠し財宝が眠ってるって言ってましたけど……」
「あぁ、そういう話もある」
「……金塊なんか無いでしょ」
金塊話、信憑性ゼロ。
「それにこの校庭って昔道路だったところを潰して作ったんでしょ?そんな所から金塊なんか出るんですかねぇ」
「道路……か」
一瞬、先生の表情が曇った気がした。
「先生?」
「ん、どした?」
「え、いや……何でもないです」
「?」
ピーピー
金属探知機が鳴る。
「お、また反応あり。フムフム……、水道管は無しと。でも妙に反応が近いなぁ」
「反応が近い?」
「おう。これは地上の金属に反応してるんだろうな。アンアン、何かその辺に落ちてないか?」
「何かですか?」
俺は辺りを見回してみた。
金属探知機に引っかかりそうなものは……
「ん?」
少し雑草が茂ったところに何かあるようだ。
近づいて、その物を確認してみる。
「先輩、こんなの落ちてましたよ」
俺が拾ったものは、泥まみれの壊れた腕時計。
「時計?」
「そうみたいですね」
形から腕時計だと分かるものの、文字盤のガラスはひび割れ、完全に壊れている。
長い間風雨にさらされていたのだろうか、かなり腐食が進んでいる。
「ん?」
泥を払って文字盤の所を見てみると、
「……金?」
長針と短針が金色に輝いていた。
「よっしょっと」
田中先輩がそれに金属探知機の先端を近づけると、ピーと強く反応した。
「反応源はこれか。でもなぁ、こんなもんじゃ一銭にもならねぇ」
「でも、針が金色ですよ」
「金メッキ金メッキ。純金なんか使ってる時計がこんな所に落ちてるわけねぇだろ」
「それもそうですね」
先輩の言う事は確かだ。そんな高価な物がこんな所に落ちてるわけがない。
……それ分かってんのなら金塊なんか無いって分かるだろ、普通。
「何を見つけたんだ?」
後ろから山名先生が声をかけてきた。
「あっ、ただの壊れた腕時計ですよ」
「腕時計?」
「はい、これです」
そう言って俺は、腕時計を先生に見せた。
「……なっ」
その時計を見て先生の表情が固まった。
「先生?」
「……安藤、ちょっとそれ貸せ」
先生に腕時計を奪い取られる。
「あっ、……どうしたんです?」
「……」
山名先生はじっと時計を見つめたまま黙り込んでしまった。
「……?アンアン、先生どうかしちまったのか?」
「さぁ……」
「……」
まったく動かない先生。
「せ、先生?」
「……あっ、すまんな。ちょっと急用を思い出した。あとは二人で適当にやっといてくれ」
「えっ?」
そう言って山名先生は腕時計を持ったまま、美術室のほうへ帰っていった。
「……先生、どうしたんだろう?」
「分からんね。急用って事にしとこう」
「……適当ですね、先輩」
「まぁな。さて、適当にやっといてくれと言われたことだし……」
不敵な笑みを浮かべる田中先輩。
「……まだやるんすか?」
「当たり前だろうに。ささ、下校時間ギリギリまで徹底的に調べつくすぞぉ!!」
「ゲッ」
その後、日が暮れるまで俺は田中先輩につき合わされ、校庭の隅から隅までを探知して回らされたのだった。
それでも収穫はゼロ。
……絶対金塊なんて無いと思った。
夕方の渡り廊下を、俺は職員室に向かって歩いていた。
あの後美術室に戻ると山名先生を含め誰もいなくなっており、自分たちが部屋の施錠をしなければならなかった。
だが、田中先輩はいつものように逃げて帰ってしまい、結局俺が職員室へ鍵を持っていっている。
「あれ、やすくん?」
聞きなれた声したので振り返ってみると、友恵が立っていた。
「あれ、友恵?帰ったんじゃなかったのか?」
「部活は四時ごろに切り上げたんだけど、その後図書館で友達とずーっと喋ってて、気が付いたらこんな時間になってたの。やすくんは?」
「俺はアレだ、先輩に振り回されるというわけで」
「ふーん、ご苦労様です」
冗談めかして友恵が笑う。
「で、それ職員室に持っていってるの?」
「ああ」
「そう、じゃあ自転車置き場で待ってるから。今日こそはラーメンおごってもらわないとね」
「……覚えてたか」
「じゃあ早くしてね〜」
そう言って友恵は、嬉しそうに階段を降りていった。
「財布……、あるな」
ポケットを確認してみたが、残念ながら財布はあった。
……仕方ない、今日はおごるか。
「いい加減自転車直したらいいのに」
「だって、歩くのって健康にいいし」
昨日までのごとく、俺は自転車を押しながら、歩きの友恵にペースを合わせていた。
「そういう問題じゃない、こっちがしんどい」
「なら置いて帰ってくれていいんだよ?」
「……そうさせてもらおう」
「でも今日はラーメンおごってもらわなきゃいけないからダメ〜」
「……」
「クスクス……」
どことなく今日の友恵は楽しそうだ。
しかし、何かわざと自転車を修理していないような気がするんだが……
校門に近づくと、そこに見知った人の姿を確認した。
「あれは……」
向こうもこちらに気付いたようだ。
「あっ、どうも、安藤さん」
「あ、北山さん……だったっけ?」
「愛璃です」
「あ、うん。愛璃さん」
「はい」
愛璃はにっこり微笑んだ。
「……やすくん、誰?」
横から友恵が、いぶかしげな顔で尋ねてきた。
「ああ、昼間に話してた、北山愛璃さん」
「えっ?……あぁ、昨日美術室に来たっていう」
「で、こっちが松前友恵って言う、正真正銘の美術部員」
「そうですか。はじめまして、北山愛璃といいます」
「あっ、あぁどうもどうも……」
丁寧に頭を下げる愛璃に、ぎこちなく合わせている友恵。
傍から見てて面白い光景だ。
「ところで、昨日は何で急にいなくなったりしたの?」
「あっ、えーっと、ちょっと用事を思い出して……」
「用事?」
「はい……」
何かバツの悪そうな顔をしている。
あまり詮索しないほうがいいだろうか。
「それはそうと、今は何してんの?」
「今……ですか?」
「もう下校時間になってるけど、荷物も持たずにうろついてるから」
少し間をおいて、愛璃は答えた。
「探し物です」
「探し物?」
「はい。ちょっと腕時計を落としてしまって」
腕時計……、ふと昼間の出来事が思い出される。
「……それってどんなヤツ?」
「どんな……ですか?普通の腕時計だと思うんですが」
普通の腕時計といわれても、何が普通で何が普通でないかは分からないが。
「特長とか無い?」
「えーと、確か針が金色だったと思います」
「金?」
それって、ひょっとしてさっき見た時計……か?
「時計か……」
「それ、落としたの?」
友恵が質問する。
「多分。でもどこで落としたかは分からなくて……」
「そういえば図書館の隣に落し物を置いてあるコーナーがあるんだけど、さっきそこで何個か腕時計は見たけど」
「そうですか?そこはまだ確認してませんね」
「そこ見てきたほうが早いよ」
「そうですね、ありがとうございます」
そう言って愛璃は俺たちに軽く頭を下げて、校舎の中へ消えていった。
「落し物コーナー?」
「ん?」
「いや、図書館にそんなとこあったっけ?」
「えっ、……いや、あるって。やすくんが気付いてないだけで」
「そうか?」
「う、うん!」
やけに強く答える友恵。
「……まぁいいけど」
それも気になったが、俺はさっき見た時計のほうが気になっていた。
「時計ねぇ……」
「どうしたの?」
「いや、ちょっと気になることがあって」
何となく、山名先生の持っていった時計が気になるのだが。
「……明日あたりに聞いてみるか」
「ん?」
「あ、いやなんでもない、独り言だよ、独り言」
「そう。まぁとにかく急がないと、ラーメン屋の席埋まっちゃうよ」
「っておいおい、そんなに急ぐなって」
小走りで校門から出て行く友恵を追って、俺も自転車を押しながら走った。
「う〜ん、美味しい!!」
「評判通りだな」
国道沿いのラーメン屋で、とんこつラーメンの味に感動する俺たち。
「このこってり感がたまんないよね〜」
「細麺といい感じに絡み合ってるしな。うまい」
割とラーメン通の俺も素直にうまいと感じる出来だった。
「やっぱりうちの学生でいっぱいだねぇ」
「ん?」
そう言われて店内を見渡すと、確かに部活帰りの学生やらでいっぱいだった。
「でも、見事に野郎どもばっかだな」
「あ、ホントだ」
「まぁ、ラーメン屋なんて女の子が一人で来るような場所じゃないし」
「うん。だからやすくんに頼んだんだよ」
「そっか」
しかし……見事に店内の女子は友恵だけなので、俺に対しての視線が痛い。
「……とりあえず早く食べような?」
「え?いいじゃんゆっくりで。早食いは身体に良くないんだよ?」
「……」
なぁ友恵、お前がそうやって俺に笑いながら話しかけてくるたびに、俺に殺気立った視線が浴びせられるのは気のせいか?
「いらっしゃい」
店長の威勢のいい声で新たな客が来た事が分かった。
「早く来ててよかったね。席埋まっちゃうもん」
「だな」
と、何気なく入り口の方を振り返ると……
「えっ?」
「あれっ、安藤くん?なんでここに?」
新しく入ってきた客は、美久先輩だった。
「ミクミク先輩!?」
「友恵ちゃんも一緒?あれ〜、奇遇だね」
「ま、まぁ奇遇ですけど……」
キョロキョロ
「安藤くん、何キョロキョロしてるの?」
「えっ、いや連れの方は……?」
「そんなのいないわよ。一人で来たんだし」
「ひ、一人で……」
さっき『女の子一人じゃなかなかラーメン屋なんて入れないよな』と言っていただけに、ビックリだ。
「大将、デラックスとんこつラーメン大盛りね」
「あいよ」
何つーか美久先輩、豪快だなぁ……
「でも、何で二人がここにいるの?」
「たまたま食べに来ただけですよ」
「ふーん、……友恵ちゃん、デート?」
「んぐっ!?」
喉に麺を詰まらせる友恵。
「ケホッケホッ……、な、何言ってんですかミクミク先輩!?」
「フフフ、安藤くん、どうなの?」
「いや、ただ食べに来ただけですけど……、それにデートでラーメン屋ってのは無いでしょう」
「それもそうだけどね」
そう言って笑う美久先輩。
「でも、女の子は好きな人と一緒だったらどこでも嬉しいんだけどね?」
「んんっ!?」
また喉を詰まらせてる友恵。
「ななな、何バカな事言ってるんですか〜!!」
「フフフ、まぁ、女二人でいろいろ話しましょ?」
「……」
何か先輩と友恵が盛り上がってるのは、この際どうでもいい。
……今この俺に注がれている殺気立った視線が痛い。
ミス緑乃宮効果、恐るべし……
正直、さっさと出たい。
「あ〜美味しかった」
「ホント、久しぶりにお腹いっぱい食べたわね」
「……」
何で俺、先輩のラーメンも奢っているんだろう。
そりゃ、会計済ます時に先輩の目の前で友恵の分も払っちまったからな。
それにあの状況で先輩だけに払わせちゃ、その後ろに並んでたサッカー部の奴に殴られてたし、多分。
「ふぅ……」
俺って弱いなぁ……
‐続く‐
あとがきと言うか美術部思い出話
舞軌内です。
自分と同期の男子美術部員は私を含めて3人でした。
一人は前にも話した中学校からの友人で、もう一人はまた別の人でした。
彼、仮にW君としますが、彼が美術部に入部した動機は『マンガ甲子園』に出るためでした。
『マンガ甲子園』とは知ってる人は知ってると思いますが、高校生のマンガの祭典みたいなもんですね。
うちの美術室にもその募集要項の紙が置いてあって、W君それ見てマンガ描くために、夏休み前に途中入部してきました。
けど結局のところマンガを描く事は無かったですね。
なぜなら、そのW君が美術部に入った動機はまた別なところにあったからです。
その動機とは極めて単純、好きな娘が美術部にいるからというものでした。
夏秋と、まぁ言わば女の尻を追っかけてたW君。
そして2月のある寒い日の放課後に意を決して告白しました。
結果、玉砕。
その後失意にくれるW君を暖房の利いた図書館まで連れて行き、男同士長々と語り合った思い出がありますなぁ。
ちなみにW君、2年生になったところで美術部を退部。さすがに居心地はよくないですし。
その後生徒会副会長に立候補、見事当選を果たしています。
では今回はこの辺で〜