‐次の春まで、続く夢‐
第四話 『出逢い』
時刻は午後5時半過ぎ。
グラウンドでは運動部がまだ練習を続けているが、俺たち美術部員はさっさと活動と切り上げて家路に付くところだった。
「って、何でカバン俺の自転車のかごに乗せるんだよ?」
「別にいいじゃない。か弱き乙女に無理させるの? ……あっ、ひょっとしてやすくんってS?」
「違うわっ!!」
昨日と同様に歩く友恵の横を、俺もまた自転車を押しながら歩いていた。
「6時前でも、だいぶ明るくなってきたね」
「ちょっと前なら、この時間じゃもう真っ暗だったしな」
「うんうん。……あっ、そうだ!」
突然声をあげる友恵。
「ん、どうした?」
「昨日の約束、すっかり忘れてたよ〜」
そう言って、ニヤニヤしながらこちらを見てくる。
「何だよ約束って」
「水道管壊したの、だ〜れかな〜?」
「うっ」
くっ、こっちもすっかり忘れていたのに……
「……逃げていいか?」
「いいよ。後どうなっても知らないけどね」
「……」
笑顔が怖い……
「あー分かった分かった。で、何が望みだ?」
「うん、あのね、ついこの前国道沿いに新しいラーメン屋が出来たんだって」
「ラーメン屋?」
「そうそう、でね、食べた子が言ってたんだけど、とってもおいしいんだって」
「つまり、ラーメンおごれっつー事か?」
「飲み込みが早いねぇ、やすくん」
「い、いや……」
正直拍子抜けしていた。
てっきり前みたいに高級レストランのディナーバイキングとか要求されると思っていたんだが。
「フフフッ、今回はこのくらいで勘弁してあげる」
「何か言ったか?」
「別に〜。じゃ、行こっか」
「あ、あぁ……」
何故か上機嫌の友恵。
こうやって普通にはしゃいでくれる姿はかわいいんだけどなぁ……
「……っとその前に財布の中身を確認しとかないとな」
「ん?」
「いざお勘定のときに、『ゲッ、足りない』って事になったら恥ずかしいからな。しかもラーメン屋ごときで……、へ?」
ガサガサ
「……確かにポケットに入れたよな?」
自転車の前かごに積んであったカバンを開けて、中を見る。
「……えーっと、さっきジュース買ったから持ってきてるんだよなぁ」
「ひょっとして、財布、ないの?」
「……」
友恵の問いかけに、無言で頷く。
「どこかで落とした?」
「いや、そんなヘマはしないと思うんだが……」
「うーん……、そういや部活のときに財布出してなかったっけ?」
「ん?」
「何か自販機から『長野五輪の記念500円玉が出てきた〜』とか言って」
「あっ」
そういえばそうだ。皆に見せびらかしてやろうと思って、ポケットから財布ごと出したんだよな。
で、その後は……
「……机の中か」
何気なく机の中に財布を入れた覚えがある。
「悪い、ちょっと今から取りに帰ってくるわ」
「えっ、でももう鍵閉めちゃったよ?」
「また開ければいいだけだろ?」
「いや、鍵閉めちゃったら誰も取らないと思うけど。そんなに大金が入ってたの?」
「そうでもないけど、やっぱり心配だし」
「そ、そう。……じゃあラーメンはまた今度ね」
「悪いな」
寂しげに笑う友恵を置いて俺は今まで押していた自転車に乗り、さっき来た道を逆走していった。
職員室から取ってきた鍵でドアを開ける。
無人の美術室は西日で紅く染まっていた。
「……よかった〜」
思ったとおり、財布は俺がさっきまで座っていた机の中にあった。
「うん、別に何も取られてなさそうだ」
長野五輪の記念500円玉もしっかり入っている。
「ふぅ〜、これで一安心、と」
安心したら何か一服したくなってきた。
隣の美術準備室に山名先生自前のコーヒーメーカーがあるから、先生がまだいたら飲ませてもらおう。
そんなことを考えていると、ガラガラッと入り口の戸が開く音がした。
振り返るとそこには……
「あっ……」
見たことのある一人の少女の姿が。
「君は昨日の……」
そう、昨日の朝、突如俺に向かってお礼を言ってきたあの少女がいた。
向こうも俺の姿を見て、驚いているようだった。
「あっ……」
そしてゆっくり戸を閉めて去ろうとする。
「ちょ、ちょっと!何か用?」
慌てて引き止める。
「……君、今朝も美術室の前にいたよね。何か用事とか?」
「あ……、見られてましたか」
恥ずかしそうに俯く彼女。
「まぁ、とりあえず中入ったら?」
「……そうですね」
そう言って彼女はゆっくりと室内に足を踏み入れた。
部屋に入った彼女は、物珍しそうに部屋中を見回していた。
「……美術室に入るの初めて?」
「あっ、いや……、前に来た時と比べてずいぶん変わったなぁと思いまして」
「来たことあるんだ」
「い、一応……」
彼女は少し言葉を濁した。何か触れて欲しくない感じだな。
あんまり詮索するのはやめておいた方がよさそうだ。
「あのさ……」
俺は気になっていた事を聞いてみることにした。
「昨日、お礼言ってきたよね?あれ、何のこと?俺、何かした?」
「あれですか……」
彼女は口元に少し笑みを浮かべて、
「……あなたは、あなたが気付いてないうちに、私の夢のお手伝いをしてくれたんですよ」
と答えた。
「え?」
まったく分からない。
「……何かよく分からないけど」
「フフッ、気付いていないんですから、分かりませんよ」
「はぁ……」
彼女はただただ嬉しそうに微笑んでいた。
でも『彼女』って言う呼び方もなんか変だな……
「……名前聞いてもいい?」
「え?」
突然の質問に驚いたのだろうか?
「あ、俺は安藤。安藤安志、一応美術部員。君は?」
「私ですか……」
ほんの少しの間をおいて、彼女は名乗った。
「北山愛璃です」
用があると言って入ったのに、彼女……いや、北山愛璃は特に何をするでもなく、ただ部屋を見回しているだけだった。
「あのー、何か用があるんじゃなかったの?」
「あっ、……ちょっと中の様子を見てみたいと思っただけですから」
「そう」
俺はそんな部屋を眺める彼女をボーっと眺めていた。
俺が部屋に残った最後の人間だから、鍵を閉めて返しに行かなければならない。
なので、彼女が帰らなければこっちも鍵が閉められないわけだ。
まぁ別段急いでいるわけでもないからいいけれど。
ボーっとしていても暇なので、話しかけてみることにした。
「あの、北山さん……だったっけ?」
「はい」
「北山さんって美術とかに興味あるんだ?」
「まぁ、割とありますね。安藤さんはどうですか?」
「……一応美術部員だし、人並みかなぁ」
口からのデマカセ。興味があれば最初っから正式に美術部に入ってるし。
美術好きだと言う娘の前で、堂々と興味ないとか言うのは気が引けるしな。
「……安藤さん?」
「あ、いや、どうしたの?」
「いえ、何か考え事をしてたみたいですけど……」
「ハハハ……別に大した事じゃないよ」
「ふーん。どんな事ですか?」
「え?」
き、聞いてくるよ、この娘……。
「い、いや、ぶ、部活で何描こうかな〜ていう事……だと思う」
「思う?」
……細かいよ彼女。
「う、うん。自分のことを客観的に見た表現って言うか……、北山さんもあるでしょ?」
「え、あ、まぁ……」
……何かスッゲー苦しい言い逃れ。北山さん困惑してるし。
「あと、愛璃でいいですよ」
「え?」
「はい、何か名字で呼ばれるのとかって慣れてないですから」
「そ、そう?」
「はい。だから北山じゃなくて愛璃でいいです」
「わ、分かった……」
……彼女、ずいぶん気さくな娘だなぁ。
いきなり下の名前で呼んでいいって、なかなか言えないし。
でも考えたら、俺が下の名前で呼んでる女性って友恵ぐらいなものだな。
……結構恥ずかしいかも。
「どうかしましたか?」
「あっ、いや、何も……」
目が合って、ついつい慌ててしまった。
変な人だと思われただろうか……
「……そういえば喉とか渇いてない?」
「えっ?」
「コーヒーなら用意できるけど、きた……愛璃さん、飲む?」
少しでも名誉挽回しておかねばな。
「え、でも悪いですよ」
「いやいや、どうせ俺も飲むから、一人分も二人分も一緒だから」
「そうですか。じゃあ」
少し考えるような仕草をしてから、愛璃は頷いた。
「じゃあちょっと待ってて。隣の準備室にメーカーがあるから。まだ先生いたら使えるんだけどなぁ……」
「準備室?」
「そう。どうだろ、山名先生もう帰ったかなぁ」
「えっ……」
愛璃が驚いたような声をあげた。
「ん?どうかした?」
「あっ、いや。……あの、美術部の顧問の先生って誰ですか?」
「あー、山名先生だよ、山名隆二。美術担当の男性教師。知ってる?」
「山名……さん?」
「どうかした?」
「えっ、あ、いや……」
何か慌てているように見えるが。
「まぁちょっと待ってて、コーヒー注いでくるから」
「あ、はい……」
俺は準備室の扉をノックして中へ入った。
「失礼しまーす」
山名先生は机に向かって、何かの作業していた。
「ん?安藤、もう帰ったんじゃなかったのか?」
「あー、まぁいろいろと。それより、ちょっとコーヒー貰っていいですか?」
「別に構わんが」
俺はカップを二つ用意してコーヒーを入れた。
「おっ、悪いねぇ。先生の分まで用意してもらって」
「あっ、違いますよ。もう一人いますから」
「ん?まだ他にも誰か残ってるのか」
「まぁそんなところです」
ふと先生の机に目が行く。
「それ、何やってるんですか?」
机の上には、古文書みたいな本や、よく分からない図が載ってる洋書などが広げられていた。
「これか?まぁあれだ、こないだ話した、ちょっと気になることだ」
「こないだ……、あぁ。突き止めたい怪奇現象ですか」
「そうだ」
そう言って先生は一冊の本を取り上げた。
タイトルは……『現夢体現象の研究』
「現夢体?」
「そう」
「……って何ですか?」
「まぁ何と説明するかなぁ、うーん」
あごに手を当てて、考える仕草をする先生。
「まぁ簡単に言ったら、夢が現実化するって事かな」
「現実化……、正夢ですか?」
「正夢とは少々違うんだけどなぁ。何と言うか、想いの力なんかが絡んでくるな」
「想いの力?」
「って言っても分からんか」
机に本を戻す先生。
「それよりもコーヒー冷めるぞ」
「あっ、そうですね」
お盆にコーヒーと砂糖の入った瓶を乗せ、それを持って俺は美術室へ戻った。
「あれ?」
部屋は無人だった。
「おーい、コーヒー注いで来たよー」
返事はない。
とりあえず机の上にお盆を置き、部屋を見て回る。
部屋の奥にある画材置き場の方にも見受けられない。
……帰ったのか?
山名先生がやってきた。
「ん?誰もいないじゃないか」
「さっきまではいたんですけど……、帰ったんですかね」
「いや、こっちに聞かれても」
「帰ったんならしょうがないか。……コーヒー飲みます?」
「あぁ」
俺は2個、先生は3個角砂糖を入れて、立ったままコーヒーをすする。
「帰ったって、部員じゃないのか、いた奴は?」
「はい。何か用事があったとか何とかで」
「ふーん、で、何の用だ?」
「さぁ。部屋の中ぐるぐる見回していただけで」
「部室荒らしかも知れんな」
「あ、いやそれはないと思いますよ。女の子だったし、そんな怪しいって事もなかったですけど」
「女子供と言えども気をつけなならんからな。それより、あんまり部外者にコーヒーとか出すなよ。他の教員に知れたら、こっちが文句言われるんだから」
「あ、はい」
「じゃ、カップ洗っといてくれな。後、鍵もな」
そう言って先生は準備室に戻っていった。
「物取りじゃないとは思うんだけどなぁ……」
俺は二つのカップを水道で軽くすすいでから準備室へ戻し、美術室を後にした。
部屋の鍵を職員室に返しに行く間にどこかでまた彼女を見かけるかと思い、キョロキョロしながら歩いたが結局見かけずじまい。
「……まぁまたどこかで会えるだろうな」
そう呟き、俺は自転車置き場へ向かい帰路に着いた。
‐続く‐
あとがきと言うか、美術部思い出話
舞軌内です。
美術部といえば大体が女の園というイメージが世間一般にはあるようで。
まぁ私の学年の美術部もその例に漏れず、男3人に女10人と言う状況でした。
ただ、一つ上の学年は、男が3人で女が1人でしたので、一概に女の園とも言えません。
ちなみに美術部顧問はこの話同様に男性教諭。男子テニス部の顧問も兼任している方でした。
あと美術部のイメージとしては、大人しい・暗いというものがありますな。
自分も入部まではそんなイメージを抱いていたんですが、実際はまったく異なりまして。
とりあえず皆キャラが濃いんですね。男子は男子で無駄に行動派が揃ってたし。
女子はそれまで『美術部員=大人しいお嬢様』のイメージだったんですが、皆よくしゃべる。
あと、同人婦女子の割合が非常に高いのも美術部の特徴です。
ひとたび女子が集まればアニメ談義・声優談義。ある意味アニ研みたいな所でした。
今となってはヲタ街道邁進中の私ですが、当時はヲタ知識など無縁な純粋な青少年でした。
なので正直女子たちはある意味怖かったですね。自分の知らない世界の住人で。
あの時もっと彼女らに接近しておけば、今とはまた違った世界にいたんでしょうな、私。
あー、悔しいねぇ(ぉ
では今回はこの辺で〜