‐次の春まで、続く夢‐

第三話 『美術部の日常』








夕日に紅く染められた学園の横の歩道。
俺は友恵の隣を自転車を押しながら歩いていた。

「何で昨日のうちに修理しなかったんだよ」

「帰ってからだと自転車屋も閉まってたし、自分で修理もできなかったからしょうがないよ」

普段は自転車通学の友恵だが、今日は徒歩。
昨日自転車がパンクしたらしく、今朝は親に車で乗せて来てもらったそうだ。

「別にやすくんは先に帰ってくれていいよ?」

「ん?まぁ早く帰ったところで特にやる事もないからいいよ」

「宿題とかは?」

「そんなもの、学校でやるに決まってる」

「はぁ〜」

あきれた顔で友恵がため息をつく。

「でも、そこで『女の子の一人歩きは危ないから、俺が守ってやるよ』てな事くらい言えないかなぁ〜」

「プッ、何をそんなアホみたいなセリフを……」

「アホじゃないよ。結構こんな事でも女の子は喜んだりするんだから」

「ふーん」

「やすくん、ちゃんと聞いてないでしょ?」

「そんなことないぞ?ただ、女って単純な生き物だなぁと考えていただけ……」

「何か言った?」

「い、いや別に……」

友恵に思いっきり睨まれる。
あー、なんか違う話題にした方が無難だな。

「でもあんなので大丈夫なのか?うちの部活」

「ん、部活?」

「あぁ。今日みたいに遊んでていいのか?」

「大丈夫大丈夫。9月までにとりあえず一個作品作ればいいんだから」

あの後、俺も含め美術部員は創作活動などせず、みんなでわいわいトランプなどをして遊んでいた。
一応部員同士の親睦を深めるという名目の下行われているので、山名先生も容認している。
……正直、部の活動内容のほとんどがトランプだったりするのが現状だが。

「人の心配もいいけど、やすくんも何か作らないと。また去年みたいな事になるよ」

「う……、思い出さすなよ」

美術部員は毎年9月の文化祭の期間に開かれる学内展に、一人最低ひとつは作品を出さなければならない。
皆それを目標に創作活動に勤しむわけだが、美術部よりミスコン部の活動を優先している俺と田中先輩は、当然作品など作っているわけがない。
去年は文化祭前日に先輩の家に泊まりこみ、共同制作として美術の教科書から丸写しの絵を『模写』と言う事で描いた。
しかし、絵心まるでなしの俺と、一応元は美術部員だが同じく絵心ゼロの先輩との悪夢のコラボレーションは、ただの模写すらまともに出来ず、ある意味芸術的に完成度の低い作品を生み出した。
当日展示されて肩身の狭い思いをしたのはもちろん言うまでもない。

「今年はちゃんと作るつもりだ」

「へぇー、何か当てにならないけどなぁ〜」

「やかましい。……ん?」

「どうしたの?急に立ち止まって」

「いや、あれ」

俺が指差した先の道に『工事中につき通行止め』の立て札が立っていた。

「朝は通れたよな? この道」

「うん。確か何もしてなかったと思う」

「何で急に工事なんか……」

「壊れた水道管の工事で通行止め」

「あ」

何か今、すごく罪の意識を感じた。

「……とりあえずこの場から離れよう」

「フゥ、小心者なら最初からあんなことしなきゃいいのに」




俺たちは学園の裏側の道を歩いていた。

「そう言えばやすくんの壊した水道管のあったところ、あそこって私たちが入学してくる前は道路だったんだって」

「ほう?」

「今はそうでもないけど、昔はうちの学園、校庭がとっても狭かったらしいよ」

「今でもそう大きくないけどな」

俺たちが通う私立緑乃宮学園は、県内では割と歴史のある伝統校だ。
駅前にあり、繁華街に近くて便利な反面、市内中心部にあるのでなかなか広い敷地面積をとることが出来ず、校庭はたいして大きくない。

「無理矢理道路つぶして校庭広げたってわけか。よくそんな金があるな」

「私立校だしね。授業料高いし」

「別に校庭なんざ狭くたっていいじゃねーか。そんな全国狙える運動部があるわけでも無いし」

「でも、校庭を広げたのは別の理由もあるんだって」

「別の理由?」

「うん。昔この学園周辺の道は交通事故とかが多くて、学生にも何人も犠牲者が出たんだって」

「んで、道路を潰したってわけか」

交通安全を考えると、その方がよかったのだろうな。

「でも何でそんな事知ってるんだ?」

「山名先生に聞いたの」

「山名先生に?」

「うん。先生って、この学園の卒業生なんだって知ってた?」

「そうなのか?」

「うん。さっきの話、全部先生に聞いたの」

「なるほど。先生がここの卒業生ねぇ……」

まったくもって初耳だった。
先生、あんまりそういう昔の話してくれないからなぁ。

「でも、道路の上なんかじゃ金塊なんか無いよね?」

「……言うなよ」

「クスクスッ」

俺たちはその場を後にした。








翌朝、いつものように遅刻ギリギリに登校して自転車を所定の場所に停める。

「5分前……、今日は余裕だな」

いつもは一緒に登校してくる友恵だが、まだ自転車が直ってないと言う事で先に車で行ってしまっていた。
……まぁ、一緒に登校といっても三日にいっぺんくらいなもの。
後の二日は俺が寝過ごして置いていかれるパターンなのだが。

「今日の一時間目はと……」

カバンを開いて確かめる。

「……生物か」

ということは移動教室だから、直接生物室に行かねば遅刻だな。
俺は特別教棟の方に足を向けた。




生物室は、特別教棟一階の一番東側にある。
ちなみにその一番西側には美術室がある。
俺は何気なく美術室の方に視線を向けた。
すると、美術準備室の前に一人の女の子が立っている。


よく見ると、昨日俺にお礼を言ってきたあの謎の少女だった。


彼女は、どうも中に入るか入らないか躊躇しているようだった。
しばらく眺めていると、隣の普通教棟から人の集団がやってきた。
おのおのが教科書を持っており、一時間目の美術の授業を受けに来た生徒のようだ。
皆が美術室に入っていくが、彼女は一向に入ろうとしない。誰かを待っているんだろうか?
だがしばらくすると、彼女は美術室に背を向け、普通教棟の方へと歩いていった。

……何だったんだろう?


キーンコーンカーンコーン

「うわっ、やべぇ」

予鈴を聞き、慌てて生物室に戻る。
彼女も普通に授業にでも戻ったんだろうか……








退屈な授業が終わり、放課後になった。

「先に行ってるね」

と、教室を出て行く友恵。
誰に頼まれたわけでもなく自分から美術室の窓明けの役目を買って出ているので、こうやって真っ先に部活に向かう。
まぁ、ご苦労なことですよ。




クラスメイトと軽く談笑してから美術室に行くと、昨日の朝以来会っていなかった田中先輩の姿があった。

「よう、アンアン」

「田中先輩!昨日、あの後帰ったでしょ!」

「あ〜、いやいや、すまんねぇ。おじいちゃんの病状が悪化してさ」

「何の病気ですか?この前は腸閉塞でしたっけ」

「う、……まぁ気にしないでくれ」

先輩は、何かとおじいちゃんを言い訳に使ってくる。
話によれば、おじいちゃんは今までに、ヘルニア・胃潰瘍・ムチウチ・くも膜下出血など、さまざまな病で倒れてきている。
……絶対死んでるよ、それ。

「まぁ今日はそれで謝りにきたわけだ」

そう言って田中先輩は軽く頭を下げた。

「んで、別にバレてないんだろ?俺らがやったって」

「ここの関係者以外には」

美術部の人間には周知の事実だ。

「そうか、それならいいんだが。本当はそれを確かめに来ただけなんだけどな」

カバンを手に取る先輩。

「え、帰るんですか?」

「あぁ、用事があってな」

「用事?」

「……分かってるだろ、恥ずかしいから言わすなよ」

そう言って田中先輩は小指を突き出した。

「あ、はいはい」

そしてさっさと部屋から出て行ってしまった。




「あれ?先輩帰っちゃったの?」

奥で、他の美術部員と喋っていた友恵が聞いてくる。

「デートだよ」

「あぁ、なるほど」

実は田中先輩は彼女持ちで、こうやってしょっちゅう部活をサボってデートに行ってしまうのだ。
ただのミステリー馬鹿に見えて、実はそれなりにもてる先輩。
いつもの馬鹿っぷりを知っている俺としては、何故あの人がもてるのかが分からない。
考えていたら何かため息が出てきた。

「どうしたの?ため息なんかついて」

「……世の中は不平等だなぁと思って」

「?」

「まぁ、気にしなさんな」

「ん?そう。じゃ、今日は絵でも描こうかなぁ」

そう言って画材を取りに行く友恵。




……でも結局は、今日もわいわい遊ぶだけの活動でした。
駄目じゃん、うちの部。








‐続く‐







あとがきというか、美術部思い出話

早速始まりました美術部思い出話。
第一回目としてはまず、私が美術部に入る事になった訳とかを語らせていただきましょう。

簡単に言いますと、中学時代からの友人に誘われて美術部に入部しました。
まぁ元々マンガ描くことが好きだったって言うのも動機の一つではあるのですが、その友人に誘われるということが無かったらおそらく、美術部には入っていなかったでしょう。
で、その友人が美術部に入ろうと思った動機ですが、本人曰く『自由かつ楽そうだったから』
まぁそれは表向きの理由。本当の理由はもう一つあるんですな、これが。

その友人、実は中学時代からずっと片思いしている娘がいまして、うまい具合に高校も一緒になったんです。
でその娘中学時代に美術部でして、高校も引き続き美術部に入るとふんだ彼は、その娘目当てで美術部入部を決意したわけです。
しかし現実とは無情な物で、美術部にその娘はおらず、実は吹奏楽部に入っていたというオチ。
その事実を知った時の友人の無念そうな表情は忘れられませんよ(ぉ

……まぁ、そんな友人に付き合わされて美術部に入部してしまった自分の方が実は情けないのかもしれんが。

それでは今回はこの辺で〜