‐次の春まで、続く夢‐
第二話 『ミステリーコンプリート部』
朝のHR。担任が、やはり水道管破裂の話をしていた。
「……というわけで、何者かによって水道管が破壊されたわけだ。先生は信じたくないが、内部の犯行の可能性が非常に高い。君らも何か情報を持っていたら、先生に教えてくれ」
……情報というか、目の前に犯人はいるんですけどね。ただ、絶対に分からないだろうけど。
俺、安藤安志は、一応品行方正な生徒として通っているからな。
ふと斜め後ろからの視線を感じ、俺は振り返った。
頬杖をついて、一人の女子が何か言いたげにこちらをジーッと見つめていた。
担任が出て行った後、その斜め後ろの女子が俺の席まで来てこう言った。
「水道管壊したの、やすくんでしょ〜?」
「な、何をいきなり!?」
「だってあんなことするの、やすくんと田中先輩くらいなものだよ」
「んな、田中先輩は分かるとしても、何でそこで俺の名前が出てくるんだよ?」
「やすくん先輩の下僕でしょ?」
「なっ……、んなわけねーだろ!単なる先輩後輩の間柄だって」
「傍から見たらそう見えるんだけどね」
「うっ……」
下僕……ね。
「それに長い付き合いなんだし、やすくんのやらかしそうなことくらい分かるよ」
今、俺の前でクスクスと笑っているこの女子は松前友恵。いわゆる幼馴染だ。
家が隣同士で小さい頃から一緒に遊んできた間柄で、通う学園、クラスも一緒。
ある意味腐れ縁みたいなものかもしれないな。
セミロングの髪をきれいに整え、クリクリッとした瞳で俺を見てる友恵。
俺の目から見てもかわいいと思える容姿のため、よく友人連中には
『畜生、そんな幼馴染持ててる貴様が羨まし過ぎるぞ』
などと言われてきたが、別段そんな色めいた感情を持った事は無い。
……まぁ、性格面にやや難が有るからな。
「やすくんが朝早くから学校に行ってる時点で何かおかしいって思ったけど、これまた派手にやっちゃったねぇ〜」
「なっ、お、俺が早く来たのは英語の予習するためだって。お前も教室入ったとき見てたろ?俺が勉学に励んでいる姿を」
「じゃあ、そのズボンの裾の泥汚れは何?」
「こっ、これは……登校のときに自転車で水溜りの上通ったから、そ、その時に……」
「ずいぶん派手に跳ねたんだね〜。Yシャツの襟元も汚れてるし」
「うっ……」
完全に見透かされてるな、こりゃ。
「大丈夫。そんな言いつけたりなんかしないよ?」
そう言って満面の笑みを見せ“つけ”る友恵。
……こういうときは決まって何かを要求してくるときだ。
「……何が望みだ?」
「飲み込み早いね、やすくん。さーて、何にしようかなぁ〜?」
友恵に弱みを握られると、ろくなことが無い。
一年の期末試験の時なんかも、赤点を取ったを親にバレすぞと脅迫され、普通学生が行くような所じゃない高級ホテルのディナーバイキングを奢らされ、財布の中身を氷の世界にさせられたし。
今回も、この水道管のことをネタに脅しをかけてきているわけだ。
「……卑怯だよなぁ、そういうの」
「ん、なんか言った?」
「……いやいや」
大きくため息をつく。
「まぁ部活のときまでに考えるから、楽しみにしててね」
「……鬱だな」
楽しそうに笑う友恵の姿は傍から見たらかわいいのだろうが、今の俺には子悪魔にしか見えないのだが……
テストの赤点とはわけが違うからなぁ。
財布の中身、絶対零度の世界になるのか……
昼休み。教室で男友達と昼食をとっていると、友恵が俺の席までやってきた。
「どうした?」
「ミクミク先輩が来てるよ」
「美久先輩が?」
廊下のほうを見ると、教室の入り口に一人の女性が立っている。
宮西美久。3年生の先輩だ。
長い黒髪に制服を着ていても分かるモデル並みのスタイル。
校内でも一二を争うこの美人の先輩を、友恵は恐れ多くも『ミクミク先輩』と呼んでいる。
「なんかやすくんの事呼んでるよ」
「俺?……なっ!?」
ジトォー……
一緒に飯を食ってる友人らが、恨み辛みのこもった眼差しで俺を見つめている。
「な、何だよ?」
「松前さんだけならともかく、ミス緑乃宮まで知り合いだとは……、安藤、テメェ、ジゴロか?」
「い、いや別に部活が同じってだけで……」
「かぁ〜!俺も美術部入りゃよかった〜」
……絶叫するな、友よ。
「……先輩待たせちゃっていいの?」
「あ、あぁ」
何か喚いている友人を残し、俺は廊下に出た。
「美久先輩、どうもっ」
「おはよう安藤くん。食事中のところ悪いわね」
「いやいや、別に構いませんよ」
「そう」
そっけなく言う先輩。こうしたクールなところもミス緑乃宮と呼ばれる所以だろう。
「でさ、水道管のやつって安藤くんでしょ」
「なっ……」
クールに言い放つ先輩。
「んなわけ、友恵のやつに吹き込まれたんですか?俺がそんなバカするように見えます?」
「見える」
「……」
うわー、何か軽く見下されてるような気がする。
「で、平吾と一緒にやったんでしょ?」
「……そうですよ、田中先輩に言われてやったんですよ。主犯格はあの人なんですから」
美久先輩と田中先輩も何か幼馴染同士で、互いに下の名前で呼び合う仲らしい。
「そう。うーん……」
そう言って美久先輩は、何か考え込んでいる。
「ということは、平吾は今日学校に来てるのよね?」
「はい。朝、俺と一緒にいましたし」
「……変ね。彼いないのよ、学校に」
「へ?」
「そう。教室に来てないことは確かなのよ」
そういや田中先輩と美久先輩はクラスまで一緒だったな。
「朝はいたんでしょ?」
俺の脳裏に、一目散に逃げていく先輩の姿が思い出される。
「……ひょっとして、水道管壊して逃げるとき、そのまま帰っちゃったんじゃないですか?」
「……ありえるわね」
頷く美久先輩。
「でもどうしたんです美久先輩?わざわざ聞きに来る事もないでしょう」
「え、まぁちょっと平吾がいないのが気になってね」
「はぁ、やっぱり心配なんですか〜?」
「え、……ち、違うって!たまたま君のクラスの近く通りかかったから、ちょっと聞いてみようかなぁ〜って思っただけよ」
「そうですかぁ」
先輩の顔が、薄っすら紅くなっている。
「な、何よ、その変な目は」
「いえいえ、なんでもないですよ」
「……ふぅ、じゃあ安藤君、また放課後に」
美久先輩は少し足早に去って行った。
普段はクールな美久先輩も、田中先輩の事になると露骨に取り乱すからなぁ。
からかってて面白い人だ。
……でも田中先輩、本気で逃げたのか。
会ったら絶対文句言ってやる。
放課後、帰り支度をしていると友恵が声をかけてきた。
「やすくん、今日はどうするの、部活?」
「あぁ、一応出るけど」
「そう、じゃあ先に行ってるね」
そう言って、友恵は教室を出て行った。
では、俺も部活に行きますか。
――――――表向きの。
美術室には、友恵以外まだ誰も来ていなかった。
「見事に誰も来てないなぁ」
「まぁ自由参加だからしょうがないんじゃないかな?」
「俺も来る必要ないもんなぁ。田中先輩も帰ったみたいだし」
「たまにはまじめに絵でも描いてみたら?」
「だったら始めから美術部に入ってる」
「それもそうだね」
傍から聞いてたら妙な会話だろう。いや、俺の立場が妙なのか。
俺は、美術部員ではあるが、美術部員ではない。
俺の所属している『ミステリーコンプリート部』は、正式な部活としては存在しない、学校非公認団体なのだ。
「お、安藤、来たのか」
隣の美術準備室から、長身の若い男性が出てきた。
美術部顧問の山名隆二先生だ。先生はミスコン部顧問も兼ねている。
「お前ら、また無茶苦茶なことをしでかしたなぁ」
「水道管ですか?」
「お前らだろ、アレ」
「……ごもっともで。でも校庭に金塊が埋まってるって言い出したのって、山名先生じゃないですか」
この学園の校庭に時価ウン億円の金塊が眠っていると言い出したのはこの人だった。
そんな話をするもんだから、田中先輩がトレジャーハンターと化してしまったわけだ。
「まぁ、金塊が眠ってるって話は本当にあるんだから。かと言って水道管を破壊することはないだろ」
「いや、不慮の事故ですって。それに主犯は田中先輩なんですから」
「で、その田中はどこに居るんだ?」
「帰りましたよ」
いつの間にか入り口に立っていた美久先輩が言う。
ちなみに美久先輩は、美術部の部長を務めている。
「事が起きたら逃げたってか。無茶苦茶だな」
「田中先輩らしいですね」
友恵が笑う。
「まぁ別にこの件でとやかく言うつもりはないけれど、あまりでかい問題起こさないでくれよ。そうでないと、ミスコン部の正体がバレかねんからな」
山名先生が個人的な趣味で怪奇現象などを調べていたところ、当時美術部員だった田中先輩が興味を示して賛同し一昨年スタートしたのが、このミステリーコンプリート部だ。
最初は美術部内のサブカル好きが集まってやっていた(実際は田中先輩だけだった)が、去年から本格的に同志を募るようになり、現在部員は4名。
皆一応美術部に籍を置いてあり、美術部内でのミステリー愛好会みたいな形になっている。
ただ、俺と同時に入部した友人の加藤と市倉は、表向きの美術部の活動をしているうちにミステリーではなく美術に目覚めてしまい、正真正銘の美術部員と化してしまっている。
(実際のところ女っ気の多い美術部のほうが楽しいと、ミスコン部などほったらかしなだけだが)
ちなみに今年の新入部員は、今のところ0人だ。
「こんなオカルトサークルが、学校に承認されるわけないからなぁ」
「……創設者がそんなこと言わないでくださいよ。だったらその一員の俺なんか、この学園にとったら異分子じゃないですか」
「それもそうだな」
苦笑する部員と顧問。
「しかし安藤も、よくこんな妙なこと好き好んでやるよな?」
「……先生、本当にミスコン部の顧問ですか?」
「いやいや、田中はもう存在自体がミステリーって感じな奴だけど、安藤は見かけそんな風じゃないからなぁ」
見かけ、ねぇ。
まぁ俺なんか一見どこにでもいそうな、普通の学生なんだけどな。
「でも見かけなら先生だって似たようなもんでしょ」
「まぁ、な」
「……でも自分でも時々思いますよ。何でこんなとこに入っちゃったんだろうって」
「ん?ミステリーとか嫌いか?」
「いやいや、もちろん好きだからやってるんですけど、でもちょっとやりすぎだなぁ〜とか思うんですよ。特に田中先輩と一緒にいると」
「無理もないな」
またも苦笑。まぁ、笑って済ませられるうちはいいんだろうけど。
「ところで、何で先生はこんな部の顧問なんかしてるんですか?」
「ん、まぁ何と言うのかな……、どうしても気になることがあってな」
「気になること?」
「あぁ。突き止めてみたい怪奇現象があって」
「何ですか、それは?」
「ええとな……」
ピンポンパンポーン
『山名先生、山名先生、お電話が入っています。事務室にご連絡ください』
校内放送で会話は中断された。
「事務室……、あぁ、例の本か」
「例の本?」
「まぁいろいろと。じゃ、安藤、さっきの話はまた今度な」
「あ、はい」
そう言って先生は部屋から出て行った。
「んじゃ、私は絵でも描こうかな」
「ミクミク先輩、ご指南お願いしますっ!」
「何もそんな仰々しくしなくても……」
女性陣もそれぞれ自分の活動に入っていった。
「……ま、俺も何かするか」
でも、先生の突き止めたいものって何だろう?
‐続く‐
あとがき
どうも、筆者の舞軌内です。
あとがきなんですが……、まぁ何を書いたらいいものやら。
この話ですが、舞台となってる緑乃宮学園のモデルになってるのは私の母校なんですね。
で、主人公が美術部って言う設定も、私自身の美術部の経験をもとに書いているんです。
なのでこのあとがきの部分では、私の美術部時代の思い出話でもいたしましょうかと思っていたり。
それならなんぼでも書くことありますからねぇ。
もはやあとがきではないと言う突っ込みは無しの方向で(ぉ
次回あたりから本格的に思い出話もさせていただきます。
では今回はこの辺で〜