「じゃあ、またアカデミーでな。休むなよ、休んだら家庭訪問してやるからな」

まだいつもの調子に戻っていない彩を尻目に、祐一は包装された茶葉を玩びながら外に出た。
数歩進んで振り返ると、彩の家(店)の全容が見て取れた。
どことなく懐かしげな雰囲気をかもし出すたたずまい、名前は九月堂とあった。
それを暫く眺め、祐一は水瀬家へと帰っていった。

なお、その夜秋子に魔力のことを尋ねられたが、妖狐の里にいたが気付かなかったと誤魔化しておいた。
また件の茶葉については出自と共に秋子に伝えておいた。
次の朝食時に祐一に出されたが、結果は初めての味だが美味かったことを追記しておく。
そんなこんなで、祐一の休日は終了した。

 

 

 

 


 永久の螺旋を断ち切る者 

 第13話 

 集団戦闘演習


 

 

 

 

 

 

祐一にとっては全く骨休めにならなかった休日が終わり、今日からは再びアカデミーでの日々である。
名雪が大量の目覚ましでも起きず、結局祐一とあゆで止めることとなったり、同じく名雪が朝食を食べるのが遅かったため、 再び祐一だけ先に飛んで登校するはめになったりと、変わらない朝の時間が過ぎていった。

それでもなんとかそこそこの余裕を持って職員室へ入ると、秋子が話しかけてきた。

「相沢先生、もう慣れましたか?」

「水瀬先生。さすがにまだ戸惑いますね……で、本題は?」

社交辞令的な出だしをかわし、本題を促す。

「はい。今日の祐一さんの授業についてです。一応聞きますが、なにか質問はありますか?」

「とりあえず2、3人でやらせるんですよね」

秋子のいう『授業』とは、無論祐一の担当する実技総合演習のことだ。
本来なら祐一の担当する第一学年は基礎を中心に据え、複雑なことはまだまだ学ばない。
しかし、野外演習が近い今の時期だけはどの学年も最低一回は複数対複数のチーム戦をやることになっているのだ。
そして今日は祐一の担当するクラスがチーム戦をする日、ということだ。

着任早々大変なことだが、これは実は祐一に対する最終試験でもある。
当然ながら祐一は生徒達の演習の様子を見て、その評価を下さなければならない。
そして祐一の書いた評価表は、野外演習における班員組み合わせ決定の際の資料として、職員会議に提出される。
その際に、他の教師達は相沢祐一という人物が果たして教師たるに相応しいかを判断するのだ。
それを通過して始めて祐一は他の教師に認められるということになる。
つまり、今の祐一は仮免期間のようなものなのだ。
アカデミーは曲がりなりにも国王直轄の総合教育機関、縁故のみで採用されることなどありえない。

確かに、他の教師達は相沢祐一という人間の実力を知っている。
秋子から聞いているのもあるし、なにより特に隠してもいない相手の力量を読めないような二流はいない。
ゆえに、大半の教師が祐一のことを半ば認めつつあるのだ。
後は最後の一押しのみ、この難しい課題に答えたとき、祐一は彼らの『同僚』となるのだ。

「ええ。既に知らされている通り、その際の動きを見て、組み合わせの参考にします。 ですから、今日の考査表はできるだけ詳しく書いてください」

秋子はそのことを明言はしない。
祐一ならそれくらいは分かっていると信頼しているからだ。

「とはいっても、八百長になってるのもあるんですけどね」

祐一もその事に触れはしない。
触れてもどうにもならないことだからだ。
だから、表向きの会話を先に進める。

もっとも、その内容もなかなか重いものではなったが。

八百長になっているもの、それは表向きには皇太子一弥と侯爵令嬢みさおを同じ班にするというもの。
そして秋子と祐一にとってはその中に月代彩を含めるというものだ。
建前の上では班分けは能力を考慮して、その上で無作為に選ばれることになっている。
しかし、現実はといえば様々な思惑が絡んできて、なかなかそうはいかない。

祐一自身は、そういったことはむしろ嫌いな方なのではあるが、ことこの問題については祐一自信の思惑もあるので 共謀しなければならない。
それをかんがみて、祐一は思わず苦笑した。

その顔を見て、秋子は祐一の心中を察し、同じく苦笑する。

「複雑なのは分かりますが、理解してください」

「そういえば、その話はもう通ってるんですか?」

「はい。といっても、一弥さんとみさおさんを同じ班にする、ということがですが」

その言葉を受けて、祐一は考え込んだ。
それは、

「それに月代を加えて3人。後のメンバーはどうします?」

そのメンバー以外に誰をその班に入れるかということだ。

「そうですね。少ない方がいいでしょうから後2人……祐一さんは誰がいいと思いますか?」

「う〜ん。多分俺が付きっ切りになるわけですから、むしろ仲のよさで選んだ方がいいんでしょうが、 それだと露骨に”予め決まってました”ってなっちまいますからねぇ」

「そうですね」

互いに顔を見合わせて苦笑する。
八百長は免れないとはいえ、それでも摩擦は少ない方がいいにきまっている。

「それでなくても。一弥、折原、月代と成績優秀者を固まらせるわけですし。まあ、今更ですが」

「いっそ栞でも入れますか? あいつなら一弥達とは別の意味で見てる必要がありますし」

冗談めかしながら、それでも悪くはないかもな、という感じで言う。

「確かにそれも手ですね。こういってはなんですが、バランスも取れますし」

前述したが、栞は治癒系統の魔法以外の成績がすこぶる悪い。
特に実技はダントツで最悪の一言であり、体質的な問題を考慮されてなんとか赤点すれすれに収まっている状況だ。
(つまり、普通に判断すれば余裕で赤点)


本当にこういってはなんだが、という話だが、確かに平均能力値を大幅に下げるのは間違いない。
それに栞ならば、問題がおきないように見張るという点でも理屈が通る。

「よし、決定っと。あと一人は……天野かひなたはどうでしょうか? 基準はもう知り合いの仲からですけど」

「それなら、留学生ということを考慮して丘野さんですね。先の二人ほど重くはないですが、 なにかあれば外交問題になる可能性もありますし」

「了解です。一弥、折原、月代、栞、ひなた、ですね。じゃあ俺の授業でもこの面子を少しは組ませてみます」

これでこの話は終わり、とばかりに両手を組んで頭上に延ばす。
ついで教室に向かうために立ち上がる。
もうすぐ朝のロングホームルームの時間だ。

「そうしてください」

「どうしますかね……いっそ月代と栞を組ませて、残り三人でやらせてみますかね」

「祐一さんにお任せしますよ」

秋子の声に、祐一は手を上げてこたえた。

 

 

 

そんなこんなで、場所はアカデミーの教室、時間は朝のLHRとなった。

「きり〜つ。れ〜い」

「「「おはようございます」」」

週番の号令で全員が挨拶をかわす、このあたりは一般の学校となんら変わりない。

「おはよう。さて、気にしている奴もいるとは思うが、もうじき野外演習がある」

教卓に立った祐一が言うと、教室中にざわめきが広がった。
ほぼ全ての生徒が、近くの者と「そっか、もうすぐだったね」「どこ行くんだろうね」などと言い合っていて、祐一の 話など既に誰も聞いていない。
例外は彩くらいなものだった。

祐一としても、彼らの気持ちは分からなくもないので、許されるならしばらく放置してもいいが、残念ながら 朝の時間に余裕はない。
騒がせるにしても、やることはやっておく必要があった。
パンパンッ、と手を叩きながら生徒達を見回す。

「気持ちは分かるが、静かにしろ。説明に入れない」

注意されたからというよりも、『説明』という言葉によって全員が黙る。
そして、その視線を祐一へと集中する。

「今回お前達が行くのは南の森林地帯だ。さして強い魔物はいないので危険は低いが、油断はしないように。 詳しいことは今から配る資料に書いてあるから、一回は絶対に眼を通すように」

祐一が資料を配り始めると、再び生徒達が騒ぎ出す。
祐一も、今回はやることはやったとで止める気はなかった。
耳を済ませてみると、隣の教室でも同様に生徒達が騒いでいるのが聞こえる。
何処でも同じ、ということらしい。

そんな中、唐突に栞が手を上げて立ち上がった。

「は〜い。祐一さん、質問いいですか?」

質問に答えるのは、祐一も吝かではなかった、吝かではなかった……が。

「いいけど、一応先生つけろ。俺は気にしないけど、他の先生に聞かれると俺が怒られる」

さすがに公衆の面前で『さん』付けは止めて欲しかった。
おかげで一部の生徒が二人のことを興味津々と見つめている。

だが、当然というべきか栞は祐一の言葉など聞いていなかった。

「今は誰もいないじゃないですか」

「ったく。で、なんだ?」

言っても無駄と悟り、肩をすくませながら先を促す。
栞は目を輝かせて答えた。

「演習の時のグループはどうなるんですか? 自由に決められるんですか?」

瞬間、教室中のざわめきが消え全員の視線が祐一に集中する。
興味津々と言った視線の集中砲火を浴びながら、祐一は答えた。

「いや、こっちで決める。そうだな……他の先生たちとも相談して2、3日中には発表できるだろう」

所々から不満の声が上がるが、祐一はそれを無視して言葉を続ける。

「ああ、そうそう。ついでだから言っとく。今日の総合戦闘の時間は複数での演習をする。それも組み合わせを決める際に 参考にするから、留意するよに」

(とはいっても、もう決まっちまってる班もあるんだけどな)

内心苦笑しているが、それを表に出すことなく、生徒達を見回す。

「他になにか質問がある奴はいるか?」

「一班何人くらいなんですか?」

「だいたい5、6人だな。端で調整はするが」

「嫌いな人と一緒になった場合、変更とできるんですか?」

「基本的に却下。嫌いな奴がいたらこれをきっかけに仲良くなれ」

再び生じる不満の声。
祐一はそれを一言で切って捨てる。

「やかましい。お前ら卒業して仕事についても、そりの合わない奴とは行動しないつもりか? そんなの容れられないぞ。今から慣れとけ」

声の調子を落として言い聞かせる祐一に、生徒達は沈黙する。
表情から全員が納得しているわけではないことが見て取れたが、今はそれでもかまわない。

「もうないか? じゃ、今日も一日頑張れよ」

このまま続けると暗くなる、と判断した祐一が話を切り上げて廊下に出ると、彩が話しかけてきた。

「相沢先生」

「月代か。どうした?」

「もう調子はいいようですね」

「おかげさまでな。なんだ、それを確認するためにわざわざ来てくれたのか」

それは嬉しいねぇ、とやや驚いた顔(無論わざと)をする祐一に、彩は冷ややかな視線と声を投げかける。

「まさか。剣の修練はいつする気ですか?」

祐一の目が細まった。
辺りを見回し、気を巡らして気配を探る。
隣室で大勢の気配が動いていた、どうやら教室を移動するらしい。
なら、今ここでその話は出来ない。

「それか。今は時間が足りないな……そうだな、昼休みに屋上でいいか?」

「分かりました」

当然彩も気配は捉えているだろう。
特に反論することなく頷いた。

「じゃな」

祐一が声をかけたとき、既に彩は教室への扉に手を掛けていた。
それでも、僅かに視線を向けて応えた。

 

 

 

さらに数時間が流れ、祐一の授業である。
先日と同じ訓練場に、全員が揃っている。
彼らを見回して、祐一はまず座学から始めることにした。

「これから3対3でやってもらうわけだが、複数での戦闘は単体戦闘とは異なることも多い。 どんなことが違うのか、誰か分かる奴はいるか? それがいいにくければ、複数戦闘時に必要なものでもいい」

誰も応えなかった。
視線を巡らせると、祐一と目が合ったものは無視するか、あるいは露骨に視線を逸らせるかで、返答はありそうにない。
無論中には自身があるのか視線を逸らさない者もいたが、積極的に発現する気はないらしい。

「誰か答えてくれないと先に進めないんだけどなぁ……」

さらに視線を巡らせながら言うが、むしろさらに露骨に目を逸らされてしまった。

「じゃあ、指名させてもらおう……丘野ひなた」

生徒の中でもおもしろいくらいに目(あるいは通り越して顔)を逸らしていたひなたを指名する。

「うにゅっ!? え〜と……強さ、ですか?」

既にお約束となった感のある叫びの後、おずおずと答えるがそれは祐一の欲しかった答えではなかった
肩をすくめながら、次を指名する。

「ま、確かにある程度はそれがなければ論外だけど、違う。次……美坂栞」

祐一から視線を逸らさなかった少数派であった栞は、胸を張り堂々と叫んだ。

「はい! 勇気です!」

これまた祐一の望んだものとは違う答えを。
ある意味らしい回答に苦笑しつつ、次を指名する。
そろそろ正答を出してくれないと困るので、まず分かるであろう人物にした。

「それも確かにないと困るが、精神論だけでうまくいくなら苦労はないな。次……倉田一弥」

「はい。多対多の戦闘で重要なのは、自陣の戦力をどう使うかです」

さすがはというべきか、一弥はすらすらと自分の意見を述べた。
そしてそれは祐一の望んだ答えでもあった。

「正解だ。複数戦闘において一番重要なのは戦力の有効な運営、平たく言えば連携だ。 個々の力では劣っても、効果的に連携すればより強い者を倒すことも出来る。高位の魔獣退治なんかはその典型だな」

祐一は言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を続けた。
自身、集団戦闘での連携の重要性を実践でしっているためか、言葉には重みがあった。

「そのためにはある程度周りの状況を把握していなければならない。自分の近くにだけ意識を集中していると、 気がつけば味方が全員やられてました、なんてことにもなりかねないからな」

全員が自分の言うことを理解したであろうことを確認し、祐一は頷いた。
そのまま視線を一弥に向ける。
やや得意そうにしているのを確認し、ほんの僅か口元を歪めた。

「と、まあ答えはそれでいいんだがなぁ、一弥」

「はい?」

意味ありげな口調と声で話しかける。
当の一弥は何故声をかけられたのか理解できずにきょとんとしている。
そんな一弥に、祐一は唐突に声の調子を下げた。

「分かってるなら最初に手を挙げろ。なんで黙ってた?」

冷めた調子で想定していなかったことを問われ、一弥は絶句した。
咄嗟に何かを言おうとするが、何をいえばいいのか分からず言葉にならない。

「そ、それは……」

その様子を冷ややかに見つめつつ、祐一は他の生徒を様子を確認する。
(一人を除き)同じく絶句しているのを確認し、密かに嘆息した。

「他の奴もに言っとくが、誰かが答えてくれる、やってくれるじゃなくて、自分がやるって気持ちを持て そうでないと伸びるものも伸びなくなるぞ」

ぐるりと、視線のみでなく顔も動かしながら言葉を続ける。

「他の先生は知らないが、分かってて答えないのと分からなくても答えようとするのなら、俺は後者を評価する」

言い切り、暫し沈黙した後、少し声の調子を上げて付け加える。

「お前らと一つしか違わないくせに偉そうな事を言っている自覚はあるが、俺個人への評価と俺の言ったことへの評価 は分けて欲しい。それが出来なくても、せめて頭の片隅くらいには留めて置いて欲しい」

いい終わり、数秒目を閉じた後再び全員を見回し、何人かが考え込んでいるのを確認すると、 祐一は完全に声の調子を元に戻した。

「少し脱線したな。では、組み合わせを決める。全員注目」

手を叩きながら、全員に雰囲気を変えるように暗に示すと、祐一は懐から何かを取り出した。
それは、

「組み合わせはこのダイスで決める。というわけで、どんな組み合わせになろうと恨みっこなしだ」

赤と白のダイスだった。
ただし、どちらも通常の六面ダイスではない、赤は三面、白は十面だ。

「赤の出目を十の位、白の出目を一の位として出席簿に対応させる……それ!」

祐一がダイスを放り投げると、生徒達の視線がそれに集中する。
ただ一人、月代彩が祐一を睨んだのを別として。

「まず一組目……倉田一弥、月代彩、美坂栞。相手は、丘野ひなた、折原みさお、天野美汐だ」

「二組目は……」

「いじょうだ。10分時間をやるから、基本的な役割を決めろ。一組目から演習をする」

数分後、全員の割り当てが決まると、各自が作戦を練るための相談へと入った。

 

 

 

そのうちの一つ、彩、一弥、栞組の相談は難航しきっていた。

「えっと、よろしくね、美坂さん、月代さん」

「よろしくお願いしますね、一弥さん、月代さん」

「…………よろしく」

まず最初の挨拶の段階から躓いている。
その理由は言うまでもなく月代彩、一弥と栞に見つめられて、ようやく、しぶしぶといった感じで『言っただけ』である。

「それで、どうしようか……こういっちゃなんだけど、美坂さんは……その……」

どうにか始まり、一弥がか細い声で言うと、栞はむっとしたようではあるが、 自分でも自覚のあることなので反論はしなかった。

「ううぅ〜、言いたいことは分かります……複雑ですけど……事実ですから……」

「というわけだから、実質僕と月代さんでやることになると思うんだけど」

一弥がさらにか細い、しかし会話をするには十分なはずの声で言っても、彩は何の反応も示さなかった。
眉一つ動かすことなく沈黙していて、傍目にはまるで彫像のようである。
整った顔立ちとあいまって遠めに見る分にはいいだろうが、対面している一弥にとっては圧力が増すだけである。

(ううぅ……)

一弥は内心、思い切り泣きたかった。

祐一はといえば、そんな様子を視界の片隅に留めながら、暢気に雲を眺めていた。
見回らなくてもいいのかというなかれ、今回は一度各自の思うままにやらせてみる方針なのだ。

(一弥はやっぱり苦労してるか。まあ、これも将来の施政者への試練だ。頑張れ)

一弥に心中でエールを送るが、魔法を使ったわけでもないし、能力も持っていないので当然聞こえるわけもななった。
何気なく視線を落とすと、一弥たちの対戦相手である美汐、ひなた、みさお組が見えた。

「やはり丘野さんはそのスピードを生かして……」

「そうだね、それに……」

「だったら……」

かねてより参謀に向いているとの評価を受けている美汐を中心に全員が積極的に発言している。
実際に『使える』かはまだ分からないが、会話がないよりは絶対にいい。

(こっちは流石だな。まあ、バランスがいいってのもあるけど……ん?)

祐一も、満足げに頷きながら空に視線を戻そうとすると、視線を、それも悪意の含まれた視線を感じた。
それを辿ってみると、

(うわ……月代思いっきりこっち睨んでるよ……どうすっかねぇ)

いつのまにやら彩が思い切り祐一を睨んでいた。
一弥が話しかけているのを完全に無視して、瞬き一つせずに睨んでいる。
その視線は語っていた、『どういうつもりです?』。

実は祐一はダイスを振る際にイカサマをした。
といっても、テクニックではない、流石の祐一も、ダイスロールのイカサマテクニックなどは習得していなし、 それなら彩に気付かれることもなかっただろう。
やったのは魔法である。
極小さな風を起こしてダイスを動かしたのだ。
その際に生じた魔力を感じ取られたのだ。
生徒には感じられないような極僅かな魔力だが、一定以上の力量を持つものなら感じ取れる程度の隠蔽しかしていなかった のだから彩が気付くのは当然であった。
お間抜けに聞こえるが、実はばれるのは覚悟の上である。
祐一は隠蔽はさして得手ではなく、彩を欺ける確信が持てなかったし、 もし本気で隠蔽しその上でばれたらさらにまずいことになりそうだからだ。

よって、睨まれるのも予想はしていたが、実際にあの視線にさらされると予想以上に気まずかった。
どうしようかと悩み、なんとなく笑いながら手を振ってみると、

思い切りため息をつかれ、呆れ顔で一瞥されて、そっぽ向かれてしまった。

(あらら)

素っ気無い対応に、思わず苦笑した。

一方祐一の幼稚といえば幼稚な反応に、思わずため息をついた彩だが、それを傍で見ていた栞にとっては なにかを刺激される動作であったらしい。

「どうかしたんですか、月代さん。祐一さんの方をじっと見たりして。おまけにため息なんかついて」

目を輝かせながら彩に詰め寄る。
どうやら彩が祐一を見ていたことにも気付いていたようで、なかなか鋭い。
が、彩にしてみれば鬱陶しいだけだった。

「いえ、別に」

「ま、まさか……教師と生徒の禁断の……そういえば祐一さんも……」

取り付く島もなく切って捨てられるが、栞はめげずに想像(妄想)を広げていく。
既にその瞳に彩は映っていない。

ちなみに、この時栞は百花屋で祐一が彩のことを気にしていたということは思い出しているが、 その理由、つまりは祐一の抱いた彩の実力への不審はきれいさっぱり忘却している。
これまたらしいといえばらしいが、覚えてさえいれば、そしてそれを言及していれば後の結果も変わったかもしれない。

「美坂さん、それはもういいから。真面目に考えようよ」

「……それで二人は……」

なんとか作戦を練ろうとする一弥が声をかけるが、もう何も耳に入っていない。
一方彩はそんな二人を完全に無視していた。

「ああぁ〜! 時間ないのに〜!!」

一弥の絶叫が虚しく響いた。

 

 

 

「よし、時間だな。一組目、出て来い」

宣言していた時間が過ぎ、全員を集合させ、その中から彩達とひなた達をリング上に散らばらせる。

「作戦は考えられたか?」

祐一の問いかけに、一弥達は沈痛な表情(彩以外)で返し、ひなた達は自身ありげな笑みで返した。

「どちらかの全員が戦闘不能になるまで続ける。その判断は俺がする。それと離脱した奴はそのまま寝転んで障害物に なってるように」

予想通りの反応を受け、祐一はルールを説明する。
そのまま寝転んで、の下りで周りの生徒達からブーイングが飛ぶが無視である。

「残ってる奴はそいつのことも考えて動けよ。躓いて転んだりしたら恥ずかしいぞ」

ルールを説明し終わり、祐一はいったん口を閉じた。
リングの上、外を問わずに全ての生徒達も沈黙し開始の合図を待つ。
祐一は片手を挙げ、数秒後にそれを振り下ろしながら叫んだ。

「仕合……開始!」

「ひなたさん! みさおさん!」

「「うん!」」

祐一の宣言と共に即座に動き出したのはひなた、みさお、美汐の三人だった。
まずひなたがその『能力』、敏捷性の強化を如何なく発揮し走り出す。
そのターゲットは倉田一弥。
先日祐一に指摘されたとおり、直線的な動きしか出来ないという欠点こそあるものの、 その速さだけは掛け値なしに一級品である。
アカデミーレベル、それも高等部の一年生では反応できるものは少ない。
それでも、現在の実技主席である一弥なら十二分に反応し、対処できるレベルであった。

それが一対一の戦闘であったならば。

「雷よ、牙となり、刃となりてその威を示せ、ライトニング・アロー!」

ひなたの動きを援助するように、美汐の呪文が発動する。
数本から十数本の雷を射出する雷属性の基本攻撃魔法である。
術者しだいによっては追尾・分散など様々な効果を付加できる術ではある(その際にいちいち名前を変える者もいる)が、 今回のは単なる放物線を描いた直線弾(変な表現だが)、かわす事は容易い。

それに意識を集中できるなら。

そう、各々単体であるならばかわすことは容易い攻撃も、同時にしかもそれぞれ死角をカバーするように動いていては やすやすとは防げない。
この場合も、美汐の放った雷は一弥に向かってジグザグに進むひなたの斜め上を通り過ぎ、ひなたより先に一弥に着弾した
その数は5本、スピードこそ早いが、術式構成魔力の過半をそれに費やしたため威力自体はかなり低い。
もとより訓練であり、重傷を負わせるような術は使用禁止だが(それにそもそも大半の面子はまだ使えない)、 その水準から見てもかなり下のレベル、はっきり言って、直撃してもせいぜい軽くしびれる位だ。
静電気が体に溜まった状態を思いうかべてもらえば、その威力を想像できるだろう、そのていどの威力しかない。
しかし、それでも無視は出来ない、下手に受けて手足が痺れてしまえば、直後に来るひなたに反応できない。
変なかわし方をしたときも同じだ。
それに、そもそも二つに意識を裂かなければいけない時点で目論見の幾つかは成功している。
美汐はその隙に新たな魔法の詠唱に入ってるのだから。

なおこの時みさおは彩に徐々に近づきながら牽制の任を負っていた。
実際のところ、彩はこの訓練への意欲はゼロどころかマイナスなのだが、当然そんなことは知らないので みさおは真剣である。

ちなみに、この割り当ての理由は、ひなた達の認識では彩たちのチームでの単体戦力最強が一弥だからである。
チーム戦のセオリーは弱いものから叩くことだが、この場合最弱は栞であり、はっきり言って無視できるレベルだ。
次いでは(実際には大違いだが)彩であり、セオリーなら彼女を狙うのが最良だが、 それでは一弥を足止めできるかが微妙になってしまう。
ゆえに、これまでの演習では彩と同程度の成績を出しているみさおに彩を足止めさせ、 その間に二人掛りで一弥を仕留める戦法にしたのだ。

結果から言えば、その作戦は大当たりだった。
元よりやる気のない彩はみさおと(表面上は)睨み合いを続け一歩も動いておらず、 一弥は二対一で戦うはめになったからだ。

どうなるかは明らかだった。

一弥は美汐の放った電撃をかわさずに防ぐことを選択したが、その隙を突いてひなたが攻撃を仕掛けた。
一弥がそれを迎撃するのとほぼ同時に美汐が新たな魔法を発動させる。
それと同時にひなたは高速で一弥の間合いから逃れ、一弥は再び美汐の魔法に意識を集中させる。
それを防ぐと、再びひなたが一弥に接近し、みさおは新たな魔法の詠唱に入る。
その繰り返しで、一弥は徐々に集中力と体力を削がれていき、最終的には美汐の魔法を防げずに直撃を被り、 そのせいで動きが止まったところをひなたにやられてしまった。

もはやこの先を詳しく語る必要はないだろう。
事実上唯一の戦力だった一弥が敗れてから僅か数分後、他の二人も敗れたのだった。

「そこまで! 勝者天野、丘野、折原チーム!」

祐一の宣言を、ひなたたちは嬉しそうに、一弥と栞は悔しそうに、彩は無感動に聞いていた。

 

 

 

「さて、今の対戦だが実に対照的な試合運びだったな。まあしょっぱなとしては これくれい明暗はっきりしてた方がありがたいが」

直後、再び全員を整列させると、祐一はにやり、とでも表現したくなるような顔で言った。
視線は仕合に参加した六人を順に見ており、各々の反応を楽しんでいる様子さえあった。
最後に彩を見た際、冷ややかに睨まれた時は思わず一瞬目を逸らしたが。

「お前達も見たとおり、天野達はきちんと役割を分担し、それに沿って動いたのに、倉田達はぜんぜん動けていなかった」

それを誤魔化すように咳払いを一つして、祐一は全員に言い聞かせるように言う。
今のように全員を集めるのは今回だけであり、次からは終了と同時に次の対戦を始めるため これが今時間での最後の座学となる。
よって、言っておくべきことは全て言っておかなければならない。
難しいことではなく、気構え、気勢のことだけでも。

「もちろん面子の問題もある。それでも、倉田達がそれを考慮した作戦を練っていれば、 結果はともかく内容は違っていてはずだ」

再び全員を見回し、真剣な表情をしているのを確認し祐一は頷き、次へと進む。

「以後対戦する者達は、そのことを念頭において置くように。では次の……」

こうして初の複数戦闘演習は過ぎていった。

 

 

 

「やってくれましたね」

昼休み、その直前の時間に授業がなく、なおかつ仕事という名目で名雪達の誘いを断っていたため 先に来ていた祐一を認識すると、彩は思い切り険のある声を出しながら祐一に詰め寄った。
見れば、普段の鉄面皮がやや崩れ、傍目にも不機嫌さが分かるようになっていた。
それを見て、祐一は内心苦笑した。
最初とは印象が随分と変わったからだ。
今の彩は、やや感情表現が苦手なだけの普通の女の子に見えた。
いや、あるいはそうなのだろう。
おそらく背負っているであろう『何か』がなければ、月代彩という存在はどこにでもいる少女なのだ。

そう思うと、もう少しこの表情を見ていくなって、祐一はあえてとぼけてみせた。
やや大仰に肩をすくませながら、いかにもわざとです、という風に問いかける。

「いきなりだな。俺何かしたか?」

「分かっていていっているのでしょう。時間の無駄ですのでやめてくれませんか」

彩は祐一の望みどおりの態度をとった。
舌打ちしかねないほどに苛ついた様子を隠そうともせずに吐き捨てる。
その様子は新鮮ではあるが、しかし反応が過敏すぎるようにも思えた。

「会話を楽しむのも大事なことだぞ」

「なぜこのような会話を楽しまなければならないのです」

再びの祐一の軽口に、彩はついに怒鳴る寸前にまで達したように見えた。
祐一もこれいじょうやると危ないと判断し、慌てて両手を前に出す。

「分かった分かった、冗談だからそう睨むな。軽い冗談だ」

彩は、どうにかして平静を取り戻そうとしているのか、深呼吸を繰り返している。
祐一はそれを見ながら、月代彩という人物に対する評価、その中の精神面での評価を修正していた。
正確には、『極めて成熟している』としていた評価を『やや不安定』に下方修正していた。
これまでの会話からもその兆候はあったが、今確信した。

それは、実は正しい。
彩の精神は確かに成熟し、完成しているかのように『見える』。
しかし実際はとても危ういものなのだ。
仮面を被ることによってそれを取り繕っているに過ぎない。
これまではそれを取り払おうとするものなどいなかったから、それが露見することはなかった。
これまで、彩に対して何かを企もうとする者など皆無だった。
だからこそ、月代彩は自分に深く関わろうとする人間への対処が未成熟なのだ。

今回の反応もだからこそだ。
先ほどの演習の際、祐一は故意に彩を一弥達と組ませた。
それ自体は、まあそれほどのことではないが、祐一が彩を自分の思うように動かそうとしたことに変わりはない。
だから、彩はこれまでにないほど乱れていた。

そこまでは祐一の知るところではない。
しかし、その危うさを感じることは出来た。

「で、どういうつもりです」

ようやく常の態度に戻った彩が問う。
祐一は決断した。

「どうせ組むことになるんだ、早いうちから組んでみた方がいいだろう?」

全てばらすことにした。
どうせバレバレなのだ、言ってしまっても支障などない。

「どういうことですか?」

「だから、野外演習でお前は一弥、みさお、栞、ひなたと組むことになってるんだ。 だからわざわざその面子でやらせたんじゃないか。あ、天野はこういっちゃなんだが数合わせな」

思わず両目を見開いた彩に、

「お、珍しいな。お前でもそんな顔するんだな」

祐一はにやりと笑いかけた。

「どういう……」

呆然と呟く彩に、祐一はなんでもないかのように答える。

「うん。平たく言うと監視だな。俺が付きっ切りになる予定だ」

だから変なことは出来ないぞ、とまるで世間話でもするかのような軽い調子の祐一に、彩は絶句した。
変わり者だとは思っていたが、ここまでとは思っていなかった。

「なんのつもりです、そんなこと、言っていいわけが……」

「ああ、俺も言うつもりはなかったさ。けどな」

言葉を詰まらせた彩の後を、祐一が続ける。
この部分で一旦言葉を切り、視線を宙に逸らしながら、

「黙ってやったらお前がまたさっきみたいになりそうだからな」

はっきりと言い放った。
彩は、もうなにも言うことが出来なかった。

「で、いいかげん本題を始めていいか?」

その表情を楽しみながらも、祐一は彩を促した。
本題、つまりは天魔剣の修練の話をすることを。
当面あるいはもっと先へと続くかもしれない課題だ、このまま時間切れには出来ない。
それは彩も分かっているのだろう、いろいろ言いたそうな顔ではあったが頷いた。

「……どうぞ」

「うん。剣の修練だが、ものみの丘……妖狐族の領域の手前あたりでやろうと思ってる」

昨晩考え付いたことを伝えると、彩は首をかしげた。
どうやら理由が分からないようだ。
普段なら気付いてもよさそうなものだが、やはりまだ本調子ではないらしい。
祐一は説明した。

「結界を張って中を遮断しても、結界そのものの魔力は隠せない。例え隠蔽に隠蔽を重ねても、絶対に微かな魔力が漏れる。 小さな町ならともかく、警備の厳しいここでは致命的、剣の開放時はなお更だ。これはいいな?」

彩は頷いた。
そこに疑問は確かにない。

「だが、妖狐族の領域周辺ならもとから魔力が普通じゃないから、隠蔽後の僅かな乱れくらいなら隠し通せる。 それに妖狐族と関係が悪化することを嫌って、もともと人の目もないからな」

祐一の説明を聞き、彩がなるほどというように頷いた。
しかし数秒後には再び眉をひそめた。

「なんか変なとこあったか?」

「いえ、それならいっそ妖狐族の里の中でやればいいのではないですか? 事情を話せば里の長も許可するでしょう」

一理あった。
異界である妖狐族の里の中に入ってしまえば、外から中の様子を探ることはほぼ不可能。
それこそ戦略級の大魔法を使っても隠蔽することが出来る。
それを踏まえれば、確かに彩の提案は理に適っていた。
里の長、白仙も先日の反応から天魔剣の修練のためなら許可を出すであろうことも想像に難くない。
が、祐一は首を横に振った。

「確かに白仙殿なら許してくれそうだが、他の妖狐族はいい顔をしないだろう。暴発する危険もあるしな。 怪我人を出す可能性はできるだけ排除したい」

それでは妖狐族に怪我人を出す可能性が高いからだ。
なにせ祐一が使いこなそうとしているものは第三種神器最強の一振りである、全開の威力など想像がつかない。
おまけに現状では暴走がほぼ確実、里の中でやって妖狐族を巻き込みでもしたら目も当てられない。

冷戦状態が多い人と亜人種の関係で、カノンの住人とものみの丘の妖狐族の関係は良好だ。
この関係を壊すようなことはしたくない。
祐一としては、領域手前というのがぎりぎりの線なのだ。
無論、修練中に気ままな妖狐族に散歩にでもこられたら困るので、一度断りをいれようと思っている。

彩も今度は完全に納得したようだった。
それを確認し、祐一は話を先に進めた。

「というわけで、そうだなぁ……よし、基本的に平日はアカデミー終了の一時間後から、休日は昼過ぎからってとこでいいか? 駄目なら遠慮なく言ってくれ。俺としてはいつでもいいからな」

「いえ、それでかまいません。私としても結果を早く見てみたいですから」

彩は意味ありげな表情で祐一を見た。
内心を想像するなら、『あなたがどれくらいの時間で諦めるか』を見てみたい、といったところか。
祐一はそれに対して、できるだけの不遜な笑みで答えた。

二人の視線がぶつかり合い、見えない火花が散る。

先に視線を逸らしたのは彩だった。
そのまま祐一に瀬を向け、下へと向かう。
祐一はそれを無言で見送り、

「さて、飯にするか。名雪達のところは……大量に食わされそうだから止めとこう。修練中に吐きたくないし。食堂だな」

しばらくした後自身も下へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後書き
ヒロ:むぅ……
神威:いきなり何を唸っている。
ヒロ:いや、内容は大して濃くないのに時間がかかったなぁ、と。
神威:単純にお前が執筆に時間を裂いていないだけだろう。
ヒロ:そうなんですよねえ。最近忙しくて、ネトゲもほとんどしてないし……
神威:それはどうでもいいが、更新が遅くなりすぎるのはいただけんな。
ヒロ:分かってます。次はもっとはやく……できたらいいなぁ。
神威:まあ、気力で頑張れ。
ヒロ:……はい。
ヒロ:ええ、次は出来るだけ早くしますので、どうか皆様第14話も
ヒロ・神威:よろしくお願いします(頼む)