「開放・聖……同時解放・魔……くっ!!」

結論を言えば、同時に聖と魔の力を発現させることは……できた。
刀身には蒼と紅の稲妻が迸り、祐一の目には刀身が見えていない。
しかし制御が全くといっていいほど出来ていない。
柄の宝玉の色は蒼、紅、蒼、紅、と目まぐるしく移り変わり、その度に剣が纏う力が跳ね上がっていく。
今のところ辛うじて抑えているが、この調子ではそう遠くなく暴発するだろう。

「……耐え切れ、ない……!!」

そして、その予想は違えられる事なかった。

「くううぅぅぅ!!」

溜まりに溜まった力が一気に解放され、凄まじい衝撃が発生した。
祐一も一瞬すら耐えることが出来ずに吹き飛ばされる。
しばし中空を舞い、受身すら取れずに背中から地面に叩きつけられ息が詰まる。

「はあっ……はあっ……一筋縄ではいかないか」

寝転がったまま、息を整え、体の状況を確認する。
まず、細かい裂傷が数えるのが馬鹿らしいほどできているが、これはあまり差し迫ってはいない。
まずいのは両手首から先、焼け爛れていてかなりの重症だ。
おまけに精根共に尽き果てていて、治癒魔法を使うどころかこのままではあと数分で気を失いそうである。
そうなれば、あまり面白くない結果になるのは目に見えている。

どうするかと考えあぐねていると、救いの手は意外なところからやって来た

「何事ですか!?」

「……月代?」

大声と共に駆け寄ってきたのは、誰あらん祐一とは最近因縁のある月代彩であった。
意外な登場にややあっけにとられて顔だけで見上げる。

「貴方ですか。相沢先生」

彩もまた。祐一をこちらは感情を読ませない仮面の顔で見下ろした。
そして、祐一はそれを見上げながら意識を失った。

「なっ……相沢先生! 相沢さん!?」

彩の慌てた声は、既に祐一に届いていなかった。

 

 

 

 


 永久の螺旋を断ち切る者 

 第12話 

 祐一の休日〜九月堂にて〜 


 

 

 

 

 

 

「う……」

薄暗い部屋の中で、ベッドに寝ていた人物が小さく声を上げた。
瞼を暫し動かし、目を見開いたその人物は、言うまでもなく祐一であった。

「ここは……?」

まだ少し朦朧とする意識の中で、祐一は状況把握に努めていた。
まずは自分の状態、気絶する前と比較して大きく変わっているのは 、重症だった両手に薬と包帯が巻かれていることである。
力を込めてみると、かなりの痛みが走りはしたが十分に動く、とりあえずは大丈夫だろう。
次いで自分が今居る場所の考察。
室内であるということは分かるが、見覚えはなく水瀬家に運び込まれたというわけではなさそうだ。
薬品のにおいがしないことから、病院やそういった類の施設でもないだろう。
ならばどこなのか?
そういえば、意識を失う寸前に誰かの声を聴いたような気がするが。

「気が付きましたか」

そこまで考えたところで、唐突に横から声を掛けられた。
手を伸ばせば触れ合うような至近距離である、普段の祐一なら絶対に気付くが、やはり本調子ではないらしい。

祐一は一瞬緊張したが、声の主が分かるとそれを解いた。

「月代? なんでお前が……」

「助けて差し上げたというのに、なんでとはごあいさつですね」

声の主、月代彩は祐一の言葉にやや憮然として答えた。
手には濡れたタオルがあり、祐一を助けたのが彼女であるということを静かに示している。

「……ああ、思い出してきた」

そんな状況の中、祐一の意識もだんだんとはっきりしてきた。
意識を失う寸前の情景もはっきりと浮かび上がってくる。

「そうか、あの後お前が運んでくれたのか」

そういって上体を起き上がらせようとするが。

「くっ」

走る痛みにその動作は中断せざるを得なかった。

「あまり無理はしないほうがいいですよ」

彩が静かに声をかける。
普段と変わらぬその声に、心配の意を感じ取ったのははたまた祐一の気のせいであったろうか。

「いや、とりあえずは大丈夫だ」

祐一は応え、再び上体を起こす。
やはり痛みが走るが、そこは気力で耐え切る。
そうして、普段とは比べようのない緩慢な動作ではあったが、どうにか上体を起こすことが出来た。

「呆れた頑丈さですね。普通なら動くどころか目を覚ましてすらいませんよ」

「褒め言葉として受け取っておくよ。で、ここはどこなんだ? 病院とかじゃないみたいだが」

今度は完璧に呆れの入った声に、祐一は苦笑……しようとしたが痛みで引きつった中途半端な顔で応えた。
そして、感じていた疑問を問う。

「ここは私の家です」

「……へ、へぇ」

非常に珍しいことに、祐一が思わず声を詰まらせた。
彩を見ても、その視線は何も語らずただ祐一を見つめるのみ。
数秒を浪費してどうにか気を取り直す。

「俺はこれからどんな目に合うんだ?」

「何かして欲しいんですか?」

今出来る精一杯で返した冗談は、あっさりと返された。
もっとも、半分は本気であったが。

「まさか。ただ、お前が俺を助けたというのが意外だったんでな」

そう、相沢祐一に対して控えめに言っても好感は抱いていないであろう月代彩が、自分を助けたということは意外だったのだ。

「そうですか」

それっきり会話が途切れ沈黙が訪れる。

「ところで、一体何をしていたんですか?」

沈黙を破ったのは彩だった。
その内容も当然と言えば当然のもの。
あの時、まともな状態でなかった祐一が感じ取れた分だけでも、尋常でない量の魔力が放出されていた。
正常な知覚能力を有していたであろう彩が感じた力は想像を絶する。

「ん? ちょっとな」

「尋常でない魔力を感じました、たとえ高位の契約魔法とて、あれほどの魔力を生じはさせないでしょう」

祐一としては誤魔化したかったのだが、どうやらまともに答えるまでは許してくれそうになかった。
おまけにこの満身創痍ではろくな抵抗も出来ない。
内心、家に運んだ理由はこれか、と納得した。

「知りたいのか?」

確認を込めて、彩の目を見て問う。
まっすぐに見返された、その瞳に揺らぎはない。

「ふうっ、分かった。俺の剣を持ってきてくれ。ああ、別に手の届くところまでは持ってこなくてもいい」

その態度に何かを感じ取った彩が天魔剣を持ってきて数分後、祐一は静かに話し始めた。

 

 

 

「……一応確認しますが、それは本当に事実ですね?」

話を聞き終わっての第一声がそれだった。
おまけにジト目のオプション付きである。
疑われているのは明白だったが、内容が内容なので祐一も強く言うことはできない。
ただ、真剣に目を見据えて頷くのみ。

「……分かりました、信じましょう。しかし……」

言葉を切り、手にしている天魔剣を見やる。
その視線には、なんともいえぬ感情が込められているようにも見えたが、祐一にはそれが何か分からなかった。

「第三種神器最強たる、光と闇を融合させし剣……」

そう呟いた時の彩の表情は、やはりなにをか含んでいるようで、同じく祐一には理解できなかった。
ただ、声をかけずにはいられない、そう思った。

「月代?」

祐一の声に、彩は我に返ったかのようにいつもの表情に戻る。

「それで、いきなり使おうとして暴走させた、と……馬鹿ですか、あなたは」

「きついねえ」

もう既にいつもの口調に戻っているのは流石と言うべきか。
祐一は苦笑するしかない。

「ま、たしかにしょっぱなから出来ると思ったのは甘かった。次からもう少し考えないとな」

「まだ続ける気なんですか?」

驚きをあらわにした彩の問いかけに、祐一は平然と答えた。

「当然だ」

「懲りない人ですね。それもとなにか勝算があるとでも?」

そんな祐一に、彩は憮然とした表情で言う。
続けての問いは、半ば皮肉だ。
祐一はそれを察しつつ、苦笑して応じた。

「そんなものがあればいいんだけどな。正直言って手ごたえすらなかったさ」

「それでも諦めないのですね」

その声には、いろいろなものが篭っていた。
はっきりと分かるものは、呆れ。
そして、陰に隠れたよく分からない感情。
なんにしても、いつもの月代彩らしくないことは確かだった。

「ああ。なせばなるなさねばならぬ何事も、だ。諦めたらその時点で何にも出来ないからな」

祐一は、それに気付いたが無視した。
なにやら、触れてはいけないような気がしたのだ。

「甘い考えですね。努力で全て解決するなら世の中もっと平和です」

「そりゃそうだ」

いつもの彩に戻ったようで、戻っていない声の調子、そんな声で自分の言葉を否定されても、祐一は動じなかった。
彩の言葉は。ある一面において事実だったからだ。
確かに、才無き者には到達できない領域と言うものは存在するのだ。
祐一も旅の間、自分には到底出来ないと思えることを成せる者たちにあったことは一度や二度ではない。
しかし、だからといって。

「ふざけているのですか」

「いや、そんなつもりはない。本当にそう思ってるさ。でも、だからといって努力を放棄して言い訳じゃないだろう」

そう、だからといって努力を放棄して良い訳ではない。
才能がなんだと言えるのは、自分に出来ることを最後までやり切ってからだ。
試す前に、余力があるうちに諦めたなら、それは自身の怠惰でしかない。
確かに出来ない『かも』しれない、しかし、そもそもやろうとしない者には『絶対に』出来ない。

「引き際をわきまえることも重要です」

しかし、彩はかたくなに否定する。
その表情は、再び何かを秘めるものへと戻っていた。

「一度の失敗で引き際を考えてるようじゃなにも出来ないな」

言って、祐一は彩の表情がいよいよ危うくなってきたことに気付いた。
このままではいけないと感じ、おどけることにする。

「しかし、今日は良く喋るな。おまけに俺の心配をしてくれるなんて」

明日は雨かな、などとのんきに言う祐一に、彩はやや慌てた声で反論する。

「だ、誰が心配をしましたか。私は無駄な努力をしているのが馬鹿らしく思えただけです」

その表情は、どうにか平静に戻っているように見えた。
やや赤くなっていようにも見えるが、それは祐一の言葉のせいだろう。
これも珍しいと言えば珍しいが、今は流していいことだ。

「俺は無駄とは思ってないよ」

それを確認して、祐一は話題を戻した。
確かに、この話題は彩にとってはあまりいいものではないのかもしれない。
しかし、この少女に踏み込めるかもしれないのだ。
見逃す手はなかった。

「どうしてそう言い切れるんですか」

「何度も言うが、やってみなければ分からないからさ。逆にお前はどうして無駄だと断言できるんだ」

そう、祐一はこれを聞いてみたかった。
これまでの彩の態度は、単なる思想によるものではないように思えたのだ。
まるで、そう、まるで努力ではどうしようもないことを知っているかのような。

「分かります。話を聞く限り、その剣を扱えた人はいないのでしょう?」

「白仙殿が言うにはそうらしいな」

真琴の祖母にしてものみの丘に住まう妖狐の長、白仙。
彼女が言うには、天魔剣を今まで完全に制御できたものはいないらしい。
それは祐一にとっては今更の事だったので、彩が何を言いたいのか分からなかった。

「そのようなものを扱えるわけがないではないですか」

「だから、どうしてそう言い切れるんだ。やってみなければ分からないだろう」

「……あなたは、どこまでお気楽なんですか」

「前向きと言ってくれ」

再び似たような会話が繰り返される。
祐一が天魔剣を制御しようとすることを、”無駄な努力”という彩。
そして、”やってみなければ分からない”という祐一。
どちらが正しいかと言えば、現状では祐一であろう。
彩の言葉が正しくなるのは、祐一が最終的に挫折したときである。

「いいえ、お気楽です。そもそも、なぜあなたがその剣を扱えるようにならなくてはならないのですか」

しかし、彩は引き下がらない。
その心の内にあるものが何かは分からないが、彼女はどうしても祐一を止めさせたいようである。

「別に絶対にならなきゃならないってわけじゃないが、なれればいろいろと知れそうなんでな」

「あなたの師の思惑が、ですか」

迷うことなく答えた祐一に、皮肉げな口調で言う。
言外に言っていた。
その思惑が何かもしれないのに、それに乗るのかと。

「そうだな。アイツのことを知れるのは俺にとっては大きいな」

「ですが、その人物があなたを育てたのは、結局その剣の担い手とするため、自分のためだったのでしょう。 そこまでこだわることですか」

その言葉は、本来ならば祐一の心を抉って然るべきものだった。
しかし、祐一は動じない。

「……ああ、そうなんだろうな。でも、それでも……」

遠い目をしていったん言葉を切る。
目をつぶり、深く息を吸い、吐く。

「……それでもこれは俺の意思だ」

目を見開き、静かに、だがはっきりと言い切った。

「手の平で踊らされているかもしれないとしても、あなたの意思だというのですか」

「そうだ。例え誘導されているとしても、例え選択の余地が残されていないとしても、最終的に選んだのが自分なら、 それは俺の意思だ」

再度の彩の言葉にも、祐一は動じない。

そう、例え如何なる経緯であれ、最終的に決断を下したのが己であるならば、迷ってなどいられない。
自分が選んだなら、例えそれがいなかる道でも、いかに理不尽なことでも成し遂げる。
それが、相沢祐一だった。

「あなたは……」

彩が大きく目を見開く。
その顔には驚嘆の表情が張り付き、いつもの冷静さを消し去っていた。

「この考えが馬鹿げている事なんて百も承知だ。だけど、これが俺なんでな」

だが、祐一はそんな様子を見ることなく、一人言葉を続ける。
苦笑しながらも、しかし、確かに。

「そうですね、本当に馬鹿げています。ですが……羨ましくもあります

彩の表情は、哀しげなものへと変わっていた。

 

 

 

妙な沈黙が辺りを支配していた。
彩の最後のつぶやき以降、祐一も、そして彩も一言も言葉を発していない。
沈黙は時間と共に重くなり、このままいえば物理的な重圧すら感じるようになるのではないかと思われた。
だが、その沈黙は唐突に破られた。

「ぐっ……」

祐一が、身を曲げて唸る。
唐突に痛みがぶり返してきたためだ。
その様子を見て、彩は立ち上がる。

「痛み止めの効果が切れたようですね。少し待っていてください、薬を持ってきます」

「いや、その前に魔法で直してくれるとありがたいんだが、使えないのか?」

部屋から出ようとする彩を制して祐一が言う。
薬草の類よりも魔法で癒す方が良いに決まっているからだ。
たしかに、癒しの術は攻勢の術よりも難しい。
特に高位のもの(失った部位の復元等)となれば長い専門の修練が必要である。
祐一も中の上と上の下の間程度の術まで(重傷クラスの外傷の応急治癒レベル、完治にあらず)しか使えない。
しかし、通常の外傷を治す程度の術ならばアカデミーでも習う。
そして、今の祐一の怪我は痛みこそ多いが程度としてはそれほどでもない。
ならば、魔法を使った方が余程にいいのだ。

「さすがに四肢を復元させるほどではありませんが、癒しの術は心得ています。ですが、無理です」

「無理?」

「はい。あなたが気を失ってすぐに魔法で応急処置を試みましたが、全く効果を発揮しませんでした」

だが、祐一の提案は却下されたばかりか、不可解なことを言われてしまった。
魔法が効かないなどと尋常ではない

「は?……魔法が打ち消されたってことか?」

「はい。ですから、家に運んで薬で治療したんです」

「理由は……考えるまでもないか」

その尋常でない事態の原因、考える必要すらなかった。
天魔剣以外にはありえない。
そして、祐一と彩にはその具体的な原因も分かっていた。

「ええ、その剣ですね。話を聞いて確信しました。魔法が打ち消された理由は」

「「極めて強力な属性反発作用」」

祐一と彩の声が揃う。

そう、祐一が試そうとしたのは光(神)と闇(魔)という対極の属性の同時制御、そしてその先の融合である。
そしてまったく制御できなかった、いや抑えることすら出来なかったとはいえ、光の闇の魔力は間違いなく生じたのだ。
念入りに張っておいた結界を一瞬で崩壊させ、それでもなお最上位の魔法を凌駕するほどに。
祐一の怪我はその魔力によってつけられたものだ。

「暴走した光と闇の魔力が俺の体内に残留していて、それが魔法を打ち消しているということか」

はっきりと覚えていた。
剣より溢れ出た魔力、その全体では僅かな、しかしそれでもかなりの量の魔力が自分の体の内部を蹂躙していく感覚を。
持つ力の異なる二つの雷が、体の中を突き進む感覚を。
そのほとんどが肩より先、特に手首に集中していたのが幸いだった。
もし心臓にまでその衝撃が達していたら、よくて心停止、へたをすれば心臓が破裂していただろう。
そして剣の暴走が静まってもなお、その魔力は祐一の体に残留したのだ。
それが魔法を、正確には魔法を発動させるために込められた魔力のバランスを体内で崩壊させている。
ゆえに、癒しの魔法が効果を発揮しなかったのだろう。

理屈としては明らかだった。
しかし、それはあまりにも……

「ええ、あなたの話を信じたのはそれがあったからです。不完全な暴走、その残滓ですら魔法を完全に打ち消したのです。 もし完全に制御されれば、どれほどのものなのか想像もつきません」

それはあまりにも強力に過ぎる。
祐一は改めてこの剣の尋常でなさを再確認した。

「だな。回復魔法を受け付けなくするほど魔力のバランスを崩す。それ自体は、呪いとかでもやろうと思えばできるが」

「術式が複雑極まりない上に、高等な媒介などが必要となりますね。おまけにその剣にとってはおまけのようなものでしょう」

そこら辺の一般人ならともかく、相応に魔法を扱える者は、体内における魔力バランスの自己回復能力も高い。
特に祐一は、神威より暗示系統の魔法などに抗する為の訓練を受けていたので、外部からの異常には極めて強い。
その魔力バランスをここまで崩壊させるなど、非常識にもほどがあった。

「もう一度聞きますが、あなたは本当にその剣を扱えるようになる気でいるんですか?」

「ああ、答えは変わらないよ。最後まで分からない」

何度目かの問いかけ。
しかし、対象となるものの不気味さが増した今、そのもつ力はこれまでで最高のものだった。
だが、祐一の答えは変わらない。

「はあっ……」

彩は重い、それは重いため息をついた。
しかし、それはすぐに引っ込むこととなる。

「そんなに気になるなら、練習するときには付き合ってくれないか?」

「……は?」

祐一がとんでもないことを言ったからだ。
もっとも、言った当人にしてみれば極めてマジだったが。

「いや、だから」

「言い直さなくてもかまいません、意味は分かります」

彩は頭痛に耐えるかのように額に手をやる。
本当に精神的なもので頭が痛くなりそうだった。
のほほんとしている祐一を冷たく一瞥する。

「私が言いたいのは、なぜそうなるのかということです」

「簡単だ。まず俺としてはこの剣を使いこなせるようになりたい、そのためには何度も試す必要がある。ここまではいいな?」

気を取り直しての彩の問に、なんでもないことのように答える。
内容はもっともなものだ。
あの様子では、一度や二度では無理だろう。

「そして、試すたびに俺は今回みたいなことになるかもしれない。なら、誰かがそばにいなくちゃ危険じゃないか」

これも当然だ。
毎回こんな状態になるなら、周りに誰か救助してくれる者がいなければ、十回もたずにあの世いきだろう。
だがしかし。

「その理由は理解できます。ですが、なぜ私なのかが理解できません」

彩からしてみれば、なんで自分が、である。

「だって、今この剣のことを知ってるのは、俺以外では月代と白仙殿だけだからな。 まさか白仙殿を引っ張り出すわけにはいかないだろう」

「水瀬先生にでも頼めばいいではないですか」

あっけらかんと言い放った祐一に、吐き捨てるように反論する。
しかし、その言葉は祐一にとっては予想範囲だった。

「秋子さんは家の仕事やらなんやらで忙しいからな、さらに時間を拘束するのは気が引ける。 かといって他に頼めそうな知り合いはいないしな」

一瞬の間もなく即答する。
これも嘘はついていない。
秋子に負担を掛けさせたくないと言うのは祐一の本心だ。
また、祐一が秋子と長時間行動するようになれば、名雪達にばれる可能性が高まる。
それは避けたかった。

「私がする理由もないでしょう」

「あるさ」

「なんですか?」

また、祐一個人の思惑としても、月代彩と行動する時間が増えるというのは、まあありがたかった。
秋子と共にその目的をいぶかしんでいる身としては、その動作などを観察できる時間が増えるのは都合がいい。
そしてなにより、個人的にこの少女に興味を抱くようになってきているのだ。
とはいっても色恋沙汰ではない、少なくとも現状は。
その実力や目的が知りたいだけである。

「俺が剣を扱えるようになるところを、まずお前に見せてやる。そして証明する、俺が正しかったとな」

だから、なんとしても彩を自分の修練に引っ張り出したかった。

「それとも……その光景が見たくないから嫌なのかな?」

思い切り挑発的に言い放つ。
その芝居じみた動作は見る者を凄まじく苛立たせるものであり、並の人物なら即座に乗ってくるだろう。
しかし、月代彩に通じるかは疑問であった。
事実祐一も次の動作を用意していたのだ。
だが。

「……いいでしょう。あなたが諦めるところを拝ませてもらいます」

彩はそれに乗ってきた。
祐一は内心それに驚いたが、表面には出さずに話を進める。

「うっし、契約成立だ。いつやるかは学校で教えるよ」

「分かりました。私がここにいる間に成果が出ると良いですね」

「見せてやろうじゃないか」

ニヤリと笑う。
その笑みは、見る者の大半をひきつける何かを持っていた。
彩も思わず見つめ返すほどには。
しかし、それはじきに苦笑へと変わる。

「……ところで、月代」

「まだ何か?」

唐突な表情の変化に、彩はややついていけていない。
ややアンバランスな顔で聞き返す。

「すまないが、いい加減マジで痛くなってきた。薬くれるとありがたい」

「…………」

今度は彩、完璧な呆れ顔となった。

 

 

 

結局、祐一の魔法無力化状態はそのあと数時間続いた。
それまでの間、祐一は薬の効果が切れるごとに彩の世話になることとなった。
本来ならそこまで効果時間は短くないはずなのだが、なぜか早めに切れてしまったのだ。
また、残留した魔力が消え去った瞬間ははっきりと分かった。
なにせ祐一の体が一瞬光ったのだ、分からないはずがない。
その後、祐一は彩に傷を癒してもらい彩の家から退出することとなった、のだが。

「……はい?」

ある扉を開けた瞬間、祐一は思わずまず間抜けな声を出してしまった。
その理由は目の前に広がる光景である。

「どうかしましたか?」

「いや……これなんだ?」

祐一の目の前には、多種多様な物が並んでいた。
それだけなら物置とも捉えられるのだが、問題はその配置だった。
混沌としているのではない、むしろその逆、整然と並んでいるのだ。
まるで店に陳列された商品のように。

「何と言われても、商品ですが」

「商品って、雑貨屋でもやってんのか?」

「そんなところです。一応アカデミーにも言っていますよ」

彩は祐一の疑問に明確に答えた。
やはりこれは店らしい。
また、彼女の言う『アカデミーにも言っている』だが、一応事実だ。
祐一が知らなかったのは、ただ単に貰った書類にそこまでの個人情報が記載されていなかっただけである。
実のところ秋子は知っているのだから。

「はぁ〜。ちなみにコレなんだ? 鏡みたいだけど、なんも映んないぞ」

祐一も最初は驚いたが、いまさこの程度で驚いてはいられないと思い直すことにした。
手近にあった商品、鏡のように見える、だが真っ黒で何も映っていない、を手に取りたずねた。

「それは死期が近い人物を映し出す鏡です。映らなくてよかったですね」

思わずまじまじと鏡(?)を睨み付けた。
幸いと言うべきか、祐一の顔が映る様子はない。

「……アレは? 花瓶にしては少しでかいけど」

気を取り直して、奥のほうに並んでいる陶器の中から一つを選ぶ。

「それは腕をいれると抜けなくなる壺です」

さきほどとはまったく別の意味でげんなりした表情になった。

「…………その隣は?」

隣の、また壺をさして言う。
こちらは大きさ形共に一般的なものだ。
だがしかし、答えはある意味さらに奇天烈だった。

「それは絶対に割れない壺です」

「………………随分と個性的なものを売ってるんだな」

疲れたように言う。
この時、天魔剣を扱えるようになったら割れない壺とやらを実験台にしてやろうと思ったことは内緒だ。
ともかく、視線をさらに横に動かすと、一転してなんというか普通のものが置いてあった。
その中から、瓶詰めにされた葉を手にとる。
見たことのない種だった。
この店なら魔法薬の材料が売っていても不思議ではないが、それならこんな保管法はすまい。
となると。

「茶葉か?」

「ええ」

「なんの葉なんだ?」

かなり前に述べたが、祐一は紅茶が好きだ。
なので、一般に流通しているものなら種類を当てるのは苦しいが、それが流通しているものかを判断するくらいは出来る。
が、これは見たことがないものだった。

「秘密です」

「ふ〜ん……いくらだ?」

どんな味や香りなのか興味が出たので買うことにした。
自分では手に負えないかもしれないが、秋子さんならどうにかできるだろうという打算が働いている。
もっとも、この状況でそんな行動が取れるのはいろいろな意味で流石である。

「はい?」

「だから、この茶葉はいくらだ?」

「買うんですか?」

案の定彩は驚いたようだ。
まあ、こういってはなんだが祐一と彩のどちらが定石どおりに行動するかといえば、彩である。
彼女の方が振り回されるのは仕方のないことだろう。

「売り物なんだろ?」

「え、ええ。それは……」

困惑しながら告げられた値段は、茶葉の相場から見れば妥当なところであった。
後は実際に飲んでみてである。

「じゃあ、またアカデミーでな。休むなよ、休んだら家庭訪問してやるからな」

まだいつもの調子に戻っていない彩を尻目に、祐一は包装された茶葉を玩びながら外に出た。
数歩進んで振り返ると、彩の家(店)の全容が見て取れた。
どことなく懐かしげな雰囲気をかもし出すたたずまい、名前は九月堂とあった。
それを暫く眺め、祐一は水瀬家へと帰っていった。

なお、その夜秋子に魔力のことを尋ねられたが、妖狐の里にいたが気付かなかったと誤魔化しておいた。
また件の茶葉については出自と共に秋子に伝えておいた。
次の朝食時に祐一に出されたが、結果は初めての味だが美味かったことを追記しておく。
そんなこんなで、祐一の休日は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


後書き
ヒロ:というわけで、祐一君と彩さん、一歩前進の第12話でした。
神威:一歩……前進ねぇ? まあ、接点は増えるんだろうがな。
ヒロ:おや? なにやら不機嫌ですね。気に入らないことでも。
神威:天魔剣の修練に月代彩を伴うことだ。ほいほいと余人に見せていいものではないというのに。
ヒロ:一人でやって、毎回危険な状態に陥るよりはいいでしょうに。
神威:分かっている、効率で言うなら是非はない。俺の気分の問題だ。
ヒロ:……珍しい。
神威:ふん。
ヒロ:まあ、なにはともあれ、皆さん、第13話も、
ヒロ・神威:よろしくお願いします(頼む)。