「ああ。俺も一緒に行っていいか?」

取り合えずみさおの呟きに頷いておいて、同行の可否を問う。

「いいぜ。というか来てくれ。戦力が増えるのはありがたい」

「戦力?」

祐一が不振そうに問い返した。
同行していいといわれたのはいいが、昼食に『戦力』とはこれ如何に?
よもや山に入って動物を狩りたてるわけでもあるまい。
祐一には浩平の言葉の意味がさっぱり理解できなかった。

「「あはははは」」

しかし、瑞佳とみさおには分かったらしく、二人揃って乾いた笑みを浮かべている。

「は?」

ますます祐一には分からない展開となった。
頭の中にいくつものクエスチョンマークが飛び交う。
いくら考えても答えは出なかった。

「ま、いいからいいから。こっち来いよ、中庭で食ってるんだ」

そんな祐一に苦笑しつつ浩平がベットから起き上がった。
取りあえずは回復したらしく、動きに支障は見られない。
最も、それは肉体的なものだけで、魔法を行使するとなれば話は別であろうが。

「ああ」

まあ、とにあく祐一は浩平たちについていくことにした。

 

 

 

 


永久の螺旋を断ち切る者

第8話

何処にでもある日常


 

 

 

 

 

 

「そういえばどこで食べるんだ?」

浩平たちに付いて歩いている途中、目的地を聞いていないことを思い出して問う。

「中庭だよ」

「ふ〜ん。名雪のほかには?」

瑞佳の答えに、特に意味はなく流れとして聞いてみる。
実際問題、祐一は自分の知らない相手だろうと萎縮するようなやわな性格はしていない。

「えっと、相沢先生の知ってる人は、栞ちゃんに、美汐ちゃんに、倉田君、あとはあゆさんと舞さんも知ってるんですよね?」

「ああ、幼馴染だからな」

今度はみさおが答えた。
出てきた名前は、祐一の知っている人物のものばかりであったため頷く。
しかしながら、名雪たちと直接的に接点があるものが少ないというのは、ある意味面白い。
それに若干一名想定外の名前が出てきた。
栞は名雪の親友である香里の妹、一弥の姉は舞の友人だというからそれもいい。
しかし、天野美汐が名雪たちと親しいとは、経緯が気になる祐一であった。

「じゃあ他には栞ちゃんのお姉さんで名雪さんの親友でもある香里さん、それと倉田君のお姉さんでもある佐祐理先輩です」

「香里も知ってる。にしても女所帯だな。男は俺以外では浩平と一弥だけかよ」

みさおが次に出した名前も、ほとんど祐一とは既知の人物のものであった。
唯一の収穫といえば、一弥の姉の名前が佐祐理であると分かったことくらいか。

にしても、祐一の言うとおり女所帯である。

「いえ、あとは時々ひなたちゃんと、ひなたちゃんのお兄ちゃんの真さん、それと二人の幼馴染の鳴風みなもさんと言う人がきます」

ここで再び想定外の名前が出てきた。
異国からの留学生であるはずの丘野兄弟とその幼馴染だというおそらくは同郷の少女。
これまた親しくなった経緯が不明である。
まあ、おそらくは物怖じしそうにないひなた経由であろうが。

しかし、平民あり、王族あり、留学生ありと規則性のないメンバーである。
そこに教師である祐一が加われば、総合的に鑑みてメンバー構成がメチャクチャ、というか闇鍋である。
その上。

「どっちにしても女所帯だな。男は肩身が狭そう、というか周りの野郎どもの視線が痛そうだ」

ため息と共に言葉を吐く。
いささか表情も憂鬱だ。
別に実害がないとはいえ、食事中に常に視線を感じていては飯がまずくなる。

「あはははは」

みさおが楽しそうに笑う。
なにがおかしいのか祐一には分からなかったが、その実みさおはこの変り種の新任教師の新しい側面に純粋に笑みがこぼれただけである。
あれだけ強いこの少年も、やはり自分達とそう変わらない人か、と。

「んなこと気にするタマか、お前?」

ここで浩平がニヤニヤしながら茶々を入れた。
しかし、それに答えたのは言われた祐一ではなく、婚約者である瑞佳であった。

「浩平、みんながみんな浩平みたいに図太くないんだよ? 一弥君なんていつも恥ずかしそうだもん」

あまりといえばあまりない言い草だが、長い付き合いである、この程度ではへこたれない。
そもそも瑞佳の言うとおり、浩平の神経は常人よりかなり図太いのだから。
それは自他共に認めるところである。

「ふ、俺は普通とは違うのさ」

だがしかし。

「「「そうだな(だね)」」」

「お前らなあ、そこで三人同時に納得されると、さすがにちょっと傷つくぞ」

さすがに全員に、しかも声をそろえて自分が変わり者だといわれれば少しはへこむ。
まあ、厚さにしてせいぜい1ピコメートル程度ではあるが。

「はいはい、んなやわな神経してないだろ。多分ドラゴンに踏みつけられたってどうにもなりゃしないよ」

「そこまで言うか」

祐一の言葉に、浩平は力なく肩を落とした。

 

 

 

「あれ、祐一?」

祐一達がいつもの場所に着いたとき、既にその場には名雪とあゆ、香里がいた。
その中でも真っ先に祐一に気付いた名雪が声をかけてくる。

「うっす、俺も一緒に食っていいか?」

「うん、もちろんいいよ」

にこやかに笑って了承の意をしめす。

「祐一君、まじめに先生やってる?」

「あたりまえだ。あゆ、お前は俺をなんだと思ってるんだ?」

あゆの問いにいささか憮然とした表情で言い返す祐一。
言葉には出していないが、『変なことを言ったら小突く』と顔に書いてある。
それを察したのか。

「うーん、ノーコメントだよ」

あゆは何も口にしないことを選んだ。
賢明な判断である。
あゆの性格上、口を開けば余計なことをまず間違いなく言うだろう。

「なんだそりゃ、嘘だと思うなら、折原やこれから来るらしい天野や美坂に聞けばいいだろ」

「みさおちゃん、祐一ちゃんと先生やってた?」

「はい。本当凄かったですよ。私達のクラス、全員あっというまに倒しちゃいましたもん」

あゆの問いかけにみさおは笑顔で答えた。
本心である。
それに事実でもある。

「そっかあ、やっぱり祐一は強いね」

「まだまださ、俺の目標にはな」

感心したようなあゆの言葉に、祐一は苦笑して答えた。
実際に、祐一は今の自分に満足などしていない。
たしかに人から見れば十二分に一流といわれるだけの実力はついた、いや、つけられた。
しかし周りの評価と自分の評価は異なるものだ。
周りからすれば未熟なレベルで満足するものもいれば、逆に賞賛されようとも精進する者もいる。
そう、祐一のように。

「それってやっぱり神威さん?」

「ああ」

師を、神威を越えるまでは祐一は止まらない。
止まることを自分に許さない。
あの超越的な存在に勝てるかどうかはさておき、途中で挫くことだけは自分に許してはいない。

「祐一君って神威さんみたいになりたいんだ」

「うーん、どうなんだろうなあ。あいつに届きたいっていうのは確かだけど、あいつみたいになりたいのかって聞かれるとはっきりしないんだよな」

「ふーん」

複雑な表情で呟く祐一を、あゆはよく分からないといった表情で見た。
だが、こればかりは答えの出ない迷宮のようなもの。
祐一本人ですら、明確な答えなど持っていないのだから。

 

 

 

「相沢先生?」

祐一達の次にやってきたのは天野だった。
祐一を見て少し驚いたような声を出す。

「おっす、天野」

「どうしてここに。いえ、愚問でしたね。先生は水瀬先輩の従兄弟なんですから」

「そういうことだ。あ、それと授業中以外は先生と言わなくてもいいぞ」

祐一の自己紹介を思い出し、彼がここにいる理由に得心が行った天野は一人頷いた。
一人で完結してしまっているが、一応祐一も頷いておく。

「分かりました。では相沢さんと呼ばせていただきます。しかし、本当に強かったですね。とても一つしか年が違わないとは思えません」

「それはこっちのセリフだと思うが? 天野こそ、その態度はけっこうおばさんくさいぞ」

天野の言葉に、少しの意地悪をこめて応じる。
もちろん本心ではなく冗談である。

「失礼な、物腰が丁寧といってください」

「はいはい」

しかし、天野にとっては禁句だったらしく存外に真剣に抗議してきた。
さすがにまずったと思ったが、ここで引きずられるのもなんだったので強引に会話を終わらせることにした。

「そういえば、なんで天野は名雪たちと仲がいいんだ?」

ついでに気になることもあったことだし。

「真琴経由です」

「真琴経由?」

答えは返ってきたが、まだ不明瞭だ。
真琴経由ということは真琴を通じて知り合ったということであろうか。
その場合きっかけはなんだったのであろうか。

「はい。実は私にもものみの丘の妖狐に友達がいまして、彼女と真琴は親友なんです。その縁で真琴や水瀬先輩達とも親しくさせてもらっています」

そんな祐一の疑問は次の言葉で完全に氷解した。
疑問の余地なく理解できた。
しかし、妖狐族は人間に害意を持ってこそいないが、さして友好的というわけでもない。
まあ、それは妖狐のみならず、エルフやドワーフなどの亜人種全般に言えることであるが。
ともかく、そんな妖狐族と友誼を結んでいる者同士がこんなに近くにいるとは珍しいことではある。

「なるほどね」

 

 

 

「おう、真か」

続いてやってきたのは真、ひなた、そして祐一にとっては見知らぬ少女の三人組。
おそらくは彼女が真達の幼馴染だという少女、鳴風みなもなのであろう。

「祐一か。聞いたぞ、授業は大成功だったらしいな」

「なにをもって成功としているのやら」

明らかにひなたから聞いた内容を笑いながら話す真に、苦笑で返す祐一。
なんだか今日は苦笑ばかりしている気がする祐一であった。

「え〜、大成功だったじゃないですか。ひなたなんてあっさり負けちゃったし」

「より向上するための方法は教えたぞ。もう真には言ったのか?」

「あ〜! あ〜! 言っちゃダメですってば!」

唇の端を歪めながら、いかにも『意地悪で言ってます』という感じで祐一が言うと、ひなたは慌てて声を荒げるが、口から出た言葉は取り消すことは出来ない。
サイは投げられた、あるいは覆水盆に還らずというヤツである。
なんにしても、ひなたの行動は祐一の期待通りであり、祐一は心の中で笑いを噛み殺している。
……この短時間でいささかからかい癖が付いてきたようである、いや、単に地が出ただけか。

「なんのことだ?」

「実はな……」

事情を知らない真が眉をひそめ、祐一が耳打ちする。
その時の表情は、控えめに言っても楽しそうであった。
後ろでひなたがまださわいでいるが、こちらは完全に無視である。

「へ〜、そりゃ面白そうだな。ひなた、今日から早速やるぞ」

「う〜」

「えっと、朝も会いましたよね」

真の言葉に唸るひなたをよそに、もう一人の少女が祐一に話しかけてきた。

「うん、あんたは?」

「私、鳴風みなも。まこちゃんとは幼馴染です。よろしくね、相沢君」

祐一に対して丁寧に自己紹介する少女、みなも。
祐一も『よろしく』と言おうと思ったが、みなものセリフの中に、あまり普段聞きなれない単語があったのでそっちに反応してしまった。

「まこちゃん?」

そう、『まこちゃん』という言葉である。

「なんだよ?」

祐一は呆れ半分からかい半分の視線で真を見て、真はそれに複雑な、というよりもやや疲れた表情で見返す。

「いや、仲がいいな、と思ってね」

「しょうがないだろう。昔の癖で、そうとしか呼ばないんだから」

祐一の言葉に、真は脱力したように肩を落とした。
どうやら祐一以外の者にも言われた事があるようである。

「はいはい。よろしく、鳴風さん」

あまりにも疲れきった様子になってしまったので、祐一はこの話題を切り上げてみなもに挨拶した。
いささか強引ではあったが、どちらもこの話題からは離れたかったので、その後はとりとめのない話をした。

(しかし、ちゃん付けねえ。そういえば、あいつらは元気してるかなあ)

真達と話しながら、祐一は他国にいる親友といっていい少年のことを思い出していた。
少し面倒くさがりでぶっきらぼうで、だけどまっすぐで優しい少年と、彼をちゃん付けでよぶ幼馴染の少女。
その二人と、彼らと親しい何人かのメンバーは、祐一にとって数少ない親しい知り合いであった。
彼らの構成も、下は平民、上は大貴族と身分差は激しく、挙句には人ならぬホムンクスルすらいた。
どうやら彼の周りには個性的なメンバーが揃うようである、祐一も人のことは言えないが。
彼らとはカノンに、といういよりもキー王国の向かっている道中で知り合い、ちょっとした珍事に巻き込まれた結果親しくなった。
そのおかげでカノンへの到着が遅くなったが、それでもいいと思わせるだけの大事な思い出である。
またいつか会いたい、と思える大事な友である。
まあ、アカデミーの関係者となった以上、とある行事で再会できる可能性がかなり高くなったのではあるが。

「ああ、そうそう。気になってた事があるんだが、ちょっといいか?」

「なんだ?」

「いや、真や鳴風さんも能力を持ってるのかな、ってことだ」

思考を切り替えて、祐一はすこし気になっていたことを聞いてみた。

以前述べたが、能力者はある一定の地域にまとまって生まれ、それ以外の地域では皆無といっていいほどいない。
そしてその地域で生まれた者は、実に七割以上が能力者である(潜在的な能力者以外なので、実際にはもっと多いと思われる)。
もう少し補足すると、両親共に能力者でも、その地域を離れてから生まれた子供は能力者ではないし、逆に両親が余所から移ってきた場合でも、生まれた子供はそこに住んでいた者と同様な確率で能力者となる。
この現象は過去にはいろいろと研究がされていたが、その多くが人体実験であったため、現在では能力者に対する研究は進んでいない。

「ああ。俺は持って無いが、みなもは風を操れる」

「その言い方だと、飛行とかカマイタチとかそういう決まった現象じゃなくて、風そのものか」

さらに補足すると、四大元素系の能力者の力はかなり限定的なものの場合が多い。
風の場合は祐一が言ったように飛行やカマイタチ、火の場合は爆発や固定化などである。
よって、風系統では風そのものを操れるというみなもの力はかなり珍しい部類であるといっていいだろう。
また能力の割合としては、身体能力強化と四大元素系で8割近くを占めており、それ以外の、例えば癒しや読心などはかなり稀少と言える。

「うん、そうだよ」

「へえっ、それは珍しいですね」

「といっても、大したことは出来ないんだけどね。能力は簡単には鍛えられないし」

感心したように言う祐一に、みなもは苦笑しながら答える。
事実能力者の力は完全なタレントであり、普通に修行しても効果は上がらない。
今それほどの事ができないというなら、将来強まる可能性は低いということだ。

「で、真の持ってないっていうのは、分からないってことか?」

「どうだろうな。いろいろ調べても分からなかったから、持ってても風変わりなのは間違いないだろうけどな」

「違いない」

能力者発生地域では、様々な方法で生まれてきた子供の能力を探す。
確かにその上で見つかっていないのならば、真に能力があるとするなら、それは希少な部類であろう。

 

 

 

「祐一も一緒?」

次にやってきたのは川澄舞と、倉田一弥、そして祐一の知らない少女。
かなりの美少女だが、隣にいる舞とは百八十度印象が異なっている。
舞が月とするならば、この少女は太陽といっていい。
そして、顔立ちは一弥に似ていた。
となれば。

「ああ。えっと、隣の人が倉田佐祐理さん?」

一弥の姉であり、この国の王女である倉田佐祐理であることはほぼ間違いない。

「はい、そうですよ。貴方が祐一さんですね。始めまして、倉田佐祐理です。舞の幼馴染だそうで、よろしくお願いしますね」

「いえいえ、っと、敬語とかは……?」

人のいい笑顔につられてついつい地が出たが、彼女はこの国の王女である。
もし本人が望むならばそれ相応の態度を取らなければならない。
常にポーカーフェイスというか無感情な表情を保っているといっていい上に、どうも敬語の使い方を全くといっていいほど知らない舞と親しいこの王族が、そんなことを要求するとは思えないが、一度は聞いてみたほうが無難というものである。

「いいですよ。ここにいる時は単なる一生徒ですから」

やはりこの少女は気さく、というよりも温厚、いやいや、適切な言葉がなかなか見つからないが、ともかく硬い敬語よりも常の言葉で話されるほうが好きな様である。
王族としてはなかなか珍しいが、少なくとも親の七光りで威張り散らす様な『上流階級様』どもよりはよっぽと好感が持てる。

「分かりました。それと、舞」

「なに?」

「一弥になにを吹き込んだ?」

舞の表情が微妙に変わった。
といっても、それなりに付き合いがあるものでなければとうてい気付かない程度であるが、ともかく、珍しく舞が驚いた表情になった。

「なんで知ってる?」

「こいつらの実技担任になったんだよ。それで仕合したときに、舞から俺のことを聞いたって言ってたんでな。で、お前、俺のことをどんな風に話したんだ?」

「祐一さん、一弥の担任になったんですか。じゃあ、私の方が敬語使わなくちゃいけないかもしれませんね。一弥をよろしくお願いしますね、相沢先生」

祐一と舞の会話に佐祐理が割り込んできた。
この言葉と、先ほどの舞の反応を考えると、どうやら一弥は祐一に担当になったことを話していなかったようである。
横目でその姿を見てみると、『あちゃー』というような感じで額に手を当てている。
しかし、祐一にはそんな反応はこの際どうでも良かった。

「やめて下さい、お願いですから」

必死になって頼み込む。
年上に敬語で話しかけられるなんてむず痒いし、しかもその相手が王族である、礼儀にさほど気を使わない祐一といえども居心地が悪すぎる。
一弥はまあ担当する生徒だから許容できるが、佐祐理はちょっと遠慮して欲しかった。

「あはは〜」

「はあっ」

悪意のない、純粋な笑顔で笑われると、どうにも対処に困る祐一であった。
天然が入っている人種は、相沢祐一にとって天敵なのである。

 

 

 

「あれ、祐一さ、じゃなくて相沢先生」

最後にやってきたのは、美坂栞。
どうやら走ってきたらしく息が乱れている。

「別に授業中以外は敬語じゃなくていいぞ、美坂栞さん」

「分かりました。じゃあ私も栞でいいです」

息を整えながら人懐っこい笑みを浮かべる。
この辺りは姉である香里とはあまり似ていない。
クール然とした香里に対し、栞は甘えるのがうまいように思える。
やはり年の割には落ち着いている姉を持った影響だろうか。

「そうだな。苗字だと香里と紛らわしいからな。ああ、だけど授業中は美坂でいくからな」

「はい」

 

 

 

「これで全員か?」

全員を見渡しながら祐一が浩平に聞く。
確かに、事前に浩平から聞いた面子が全員揃っている。

「ああ。いつも大体この面子だ」

「じゃあ、お弁当出しますね」

栞がニコニコしながら纏ったストールの中に手を突っ込み。
そしてそれは現われた。
そう、何段もの大きな弁当箱が。
それも複数。

「え?」

それを始めて目にする祐一が戸惑いの声をあげる。

「はい、どうぞ」

しかし、栞はそんな祐一に気付いた様子はなく、他の面子も特に何も言うことなく渡される割り箸を手に取っている。

「えっと、浩平?」

「みなまで言うな、何が言いたいかはよく分かってる」

問いかける祐一に沈痛な表情で答える浩平。
明らかに芝居である、証拠に目が完全に笑っている。

「名雪?」

「気にしない方がいいよ」

今度は名雪に問う。
しかし答えは得られない。
彼女にしては珍しく、目を逸らしながら呟いた。

「香里?」

「言葉どおりよ」

最後の頼みと、栞の姉である香里に問う。
しかし香里は祐一の方を見ようともしないで言い放った。
内容も意味不明である。

「祐一さんどうかしたんですか?」

「あのな、栞」

大本の栞には祐一が何故困惑しているのかが分からないらしく、目を瞬かせながら聞いてくる。
それに対して、祐一は沈痛な、控えめに言ってもやや疲れている様に見える声と表情で言った。

「はい?」

「その異様な量の弁当、何処から出したんだ?」

「え? ストールの中ですけど、それがなにか?」

しかし、祐一の疑問に栞はさらなる疑問で応えた。
自分のしていることに何の疑問も抱いていないであろうことは、その顔としぐさを見れば明らかである。

「……異次元ストール? それとも、まさか空間制御の魔法がかかってるのか?」

異次元云々はさておき、空間制御の魔法が掛かっているとなれば大事である。
なにせその魔法は現代では完全には解明されておらず、時折発掘される神器を解析して研究している段階なのだ。

「何言ってるんですか、普通のストールですよ」

栞は苦笑しながら祐一の呟きを否定した。

「う〜ん」

「あ〜、祐一、気にするな。俺達も最初は戸惑ったけど、今はもう無視してるから」

腕を組んで唸りだした祐一に、浩平が見かねて声をかけた。
実は彼もこの減少には納得がいっていないのだが、追求しても答えが得られそうにないので考えないことにしているのだ。

そして浩平の言葉に祐一と栞を除いた全員が一斉に頷いた。

「そうするか。じゃあ、食べるとしますか」

 

 

 

「……なるほど」

弁当を全て食べ終わった後、祐一はうんざりとしたように唸った。

「あん?」

「浩平が戦力といった意味がよ〜く分かった」

「「「あはははははは」」」

その時の会話を知っている3人が一斉に乾いた笑みを浮かべた。

「折原先輩、戦力なんてひどいです」

「だけどなあ、お前の弁当を片付けるのは、ある意味でヘタなモンスターを片付けるのより厄介なんだぜ」

「そんなこという人嫌いです!」

彼にしては珍しく疲れたように言う浩平に、栞が盛大に抗議する。
周りはそんな彼らを見て笑っており、平和な日常の風景がそこにあった。
祐一も、久しぶりに感じるその雰囲気に身を任せ、心のそこから笑っていた。

「はははっ。ん?」

「どうした?」

ふと、祐一が笑うのを急にやめて辺りを見回した。
それを不思議そうに浩平が問う。

「いや、誰かに見られていたような気がしたんだが」

「いつものことですよ。このグループ、女の子ばっかりですから」

「そうなの、一弥?」

力なく、というよりは疲れた表情で言う一弥。
対してその姉は笑顔だ。
まあ、この少女が笑顔でなくなることなど滅多になく、笑顔が曇ったら曇ったらで厄介な状況であることが多いのだが。
ともかく、姉の言葉を受けて、一弥は力説した。

「そうなんです。そりゃ姉さん達はいいですよ。でも、僕は最初すっごく恥ずかしかったんですからね。今は多少は慣れましたけど、それでもやっぱり少しは周りが気になります」

それはもう、必死な様子で、顔も少し赤くなっている。

「それはあるな、俺も正直少し恥ずかしい」

一弥の言に真が同意した。
彼は故郷にいた頃からひなたやみなもと同席することが多かったため、若干の耐性が付いてはいるが、それでもこの状況に順応できるほどではないらしい。
姉以外の女性とあまり向き合ったことのない一弥の心情は押して知るべし、である。

「そうなのか?」

「折原、お前は気にならないのか?」

「全然。一弥も真先輩もそんなこと気にするなんて気が弱いなあ。祐一もそんなこと言ってたし。そもそも一弥、お前そんなんじゃあ社交場に出れないぜ。俺なんて、婚約者がいるってのに取り入ろうって奴が絶えないんだからな」

前半部分はさておき、後半部分は尤もである。
何と言っても一弥は時期国王筆頭候補、よほどのことがない限り後十数年、早ければ数年後には国王となる身である。。
取り入り、甘い蜜を吸おうとする者は数多いだろう。
そして、古今東西において、そういった場合の女の武器はその肢体である。
確かに女性に耐性をつけておかなければ、とんでもないことを引き起こしかねない。
権力のある家柄において、最も悲惨な結果をもたらすのはお家騒動による骨肉の争いなのだから。

「それに関係があるのは一弥だけだな。でも、確かにそれは問題かもな。免疫を付けておかないと将来大失態を晒すかもしれないぞ」

「そうそう、気付いたら腹違いの子供がたくさん出来てて王位継承戦争勃発、とかになったら一大事だぞ

「あうううぅ」

先ほどまで見方だったはずの真から発せられた容赦のない(一弥主観)と、再び発せられた浩平のなかなか洒落にならない言葉に、一弥は目の端に涙を浮かべながら唸るのであった。

「ふむ」

「祐一、さっきからどうしたの?」

一弥の訴えから再び談笑が始まっても、祐一は不振そうに辺りを見回し続けていた。
さすがに、むしろその祐一の様子が不審に思えて名雪が言う。

「いや、なんでもない。それより、そろそろ午後の授業が始まるぞ」

祐一首を振り、明らかに誤魔化しと分かる言葉で場を濁した。
しかし、時間があまりないのも事実である。
後5分ほどで予鈴がなってしまう。

「あ、本当だ」

「じゃあ、解散ですね」

「そうしろ。俺は次は暇だから、少し校内をぶらついてみる」

少し慌てて立ち上がる学生組に、ニヤリと笑う。

「いいなあ」

「はいはい。いったいった、俺と一緒にいた奴が遅刻すると俺が秋子さんに怒られちまう」

早足で校舎に戻っていく友人達を祐一は静かに見守った。
その姿が見えなくあった辺りで、自身も歩き出す。

「さて、この気配はあの子で間違いないだろうが……なにが起こるかな……」

不敵な笑みを浮かべながら。

目的地は決まっていた。

 

 

 

「やっぱりお前か」

祐一は校内をぶらつくのではなく、まっすぐに屋上を目指した。
先ほど視線を感じた場所である。
皆には気のせいということで納得したように見せたが、祐一は気のせいとは思っていなかった。
だからここに来た。

「相沢先生」

そして見つけた。
銀の髪と真紅の瞳を持つ少女を。

「何か御用ですか?」

「御用はそっちじゃないのか? さっき、こっちを見ていただろう」

「別に見てませんよ」

感情の起伏のない声で、祐一の疑問を否定する。
しかし、祐一には確信があった。

「嘘だな。俺はこれでも気配察知は得意なんだ。確かに視線を感じた。それも偶然のものではなく、意図したものをな」

「ほんとうに、変わった人ですね」

ニュアンスには笑いがこめられているが、実際には声も顔も笑っていない。
相変わらずの無表情、いや、むしろそう繕った仮面の表情。
祐一にはそう感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 


後書き
ヒロ:第8話でした。
神威:『何処にでも』ある、日常ねえ、これが……
ヒロ:少なくとも、祐一君にとってはそうなります
神威:……難儀なやつ。しかし、どーでもいいが、祐一の他国の知り合いというのは殆ど答えだな。
ヒロ:ええ、もうじき2が出るヤツの一作目です。
神威:……また時期ネタにはしるか、貴様は
ヒロ:うーん、やっぱりこれが慣れてますから。
神威:のわりには最近買ったやつの話が出ないが?
ヒロ:あー、あれはどうしましょうねえ。
神威:知るか。というか、まさか別の話を書く気なのか?
ヒロ:あははははっ、えー、とこんな感じですが。
神威:どんな感じだ、おい。
ヒロ:第9話も。
神威:だから……ええい!
ヒロ・神威:よろしくお願いします(頼む)。

 

 

 

 

 

神威:俺を無視するとはいい度胸だ。
ヒロ:……いや……あの……ちょっと……
神威:五条の閃光よ、全てを貫け……
ヒロ:うげっ……それは……ぎゃああああ!!
神威:殲滅完了。