「両者、構えて」

場に緊張が走る。

武器を、槍を構える天野美汐に対して、祐一は天魔剣を鞘に収めたままである。
というか、使うつもりが殆ど無かった。
天魔剣はその真価を能力の発現によって発揮するが、決してなまくらではない、否、その切れ味は極上に部類される。
名刀は主の望む時にのみ切れ味を発揮するとの言葉どおり、祐一が望まなければ天魔剣も本来の鋭さを示すことは無いが、それでも一般に流通している武器など遥かに凌駕している。
アカデミー生徒の武器は基本的に自前のものであるから、天魔剣を使って全員の武器を破壊したなんてことになってはいくらなんでも悲惨だ。

それに、なにより祐一は無手でも闘える。
神威にそう仕込まれた。
万が一剣を、武器を失っても相手に後れを取らぬために。
その実力、一流の格闘家にすら後れを取らない。
リーフ屈指の格闘家にすら勝ったほどだ。

だから、祐一は剣を抜かず、半身を僅かにずらすのみ。

「はじめ!」

秋子の言葉と共に、祐一とアカデミー生徒との連戦が始った。

 

 

 

 


永久の螺旋を断ち切る者

第5話

祐一の初授業その1


 

 

 

 

 

 

「参ります!」

言葉と共に祐一に向かって走り出す天野、そして自分の、槍の間合いに入ったところで突きを放つ。

「ふむ」

その攻撃を、僅かに体をそらすだけでかわす祐一。
初撃をかわされた天野も、それに動揺することなく攻撃を続ける。

突く天野、避ける祐一、その構図が暫く続いた。
祐一は時には後退し、時には横に動いて避けるのみ。
しかし、見る者が見れば、この場では秋子は、そして―――は分かっていた。
祐一が避ける時に天野との位置関係を計算し、天野がちょうど攻撃を続けられる位置に移動しているということに。

その事実に天野は気付かない、否気付けない。
それでも攻撃を続ける天野には焦りはない、ただ冷静に祐一に攻撃を加えている。
知らぬまに誘導されている攻撃を。

と、ここで祐一が始めて動いた。
片手を挙げて、その手を天野の槍と真正面からぶつかる軌道で動かす。
そして接触、その結果。

祐一の指、正確には一本だけ突き出された人差し指は、天野美汐の槍を完全に受け止めていた。
ピント突き出された指の先端と、槍の穂先は完全に密着しており、両方寸分とも動かない。
しかも、祐一の指からは一滴の血も流れていない。
あまりの光景に、天野だけでなく観戦していた生徒達すら沈黙していた。

タネを明かせばなんと言うことも無い、祐一は魔力を指先に集中し、強度を上げたのだ。
それだけの単純なこと、この場にいる者の殆どが可能なことである、そのレベルの高さを除けば。
この場にいる生徒達では、せいぜいが打撃の衝撃を抑える程度である。
武器の、しかもあらゆる武器の中で最も貫通力のある槍の突きを指先で受け止めるなどという芸当はとてもできない。

生徒達は今悟った、この目の前にいる相沢祐一という少年は、自分達など遥かに通り越した高みにいるということを。

しかし、その衝撃を生み出した人物は、至って自然体であった。
自分の攻撃が指一本で止められ、呆然としている天野に、

「あれだけかわされても焦らないのはいいことだが、相手に通じないと分かったら引くのも大事だぞ」

いたって軽く声をかける。
その口調、その内容は、まさしく教え子に接する教師のものである。

祐一の言葉を聞いたからか、後ろに飛んで天野は祐一から距離をとる。
そして、詠唱魔法を紡ぐ。

「なら、力の象徴よ、全てを燃やす業火よ……っ!?」

しかし、祐一は一瞬で間合いを詰め、拳を天野の顔先に突きつける。

「御伽噺ではないんだ、相手がわざわざ魔法の完成を待つと思うな」

祐一の言葉に返す言葉が無い天野。
もう動けない。
もし動けば、祐一は間違いなく天野に一撃をくわえるだろう。

「どうする?」

故に、その問いに対する天野の答えは一つしかなかった。

「……私の負けです」

「うん。そうだな、武器、魔法各々の動き自体は悪くなかったが、組み合わせ方がまずいな。というよりも、なんだか慣れていないように見えたな。まあ、これは経験を積むしかないんだが。天野は参謀役がこなせると資料に書いてあったが、参謀役でもある程度の武力は必要だからな」

祐一は天野の言葉に満足そうに頷き、戦いの中で感じたことをレクチャーする。
そんな祐一を天野は最初目を見開いて見つめていたが、言っているとこが正論なのが分かると、神妙な顔で頷いた。

「はい」

「こんなもんですか?」

肩を竦めながら、秋子に問う祐一。
これは、『教えるのはこんな感じでいいですか?』という意味である。
秋子もそれでいいと思ったので、次の生徒を呼ぶ。

「そうですね。では次は、丘野ひなたさん」

「はい!」

次の相手は、祐一がカノンについて始めに出会った少女、丘野ひなた。
身体能力強化の『力』を持つ、能力者である。

 

 

 

「おお、ひなたか」

「祐一さん、本当に先生になったんですね」

あくまで自然体で話しかける祐一に、ひなたはやや戸惑った声でかえす。
ある意味、この中で一番当惑しているのは彼女であろうから、それは当然である。

「まあな……来い」

しかし、祐一はそんなひなたに構うことなく拳を突き出す。
心なしか目つきも鋭くなってきている。
天野との戦いでは見せなかった表情だ。
これは、ひなたが能力者であるからである。

祐一の知り合いには、他にも身体能力強化の能力者がいる。
以前彼女と戦った際には、彼女は数十メートルの距離を一瞬で詰めて、襲い掛かってきた。
現在祐一とひなたとの距離はおおよそ十メートル、ひなたの能力がどれ程のものかは知らないが、おそらくは既に彼女の間合いである。
祐一も十メートル程度の距離なら一瞬で走破できるが、今回の生徒との仕合では自分から積極的に攻める気はないので、自動的に後手となる。
よって、ひなたの動きを注視しているのである。

「行きます!」

意気込みを声に乗せて、ひなたは足を前に踏み出し・・・・・・・消えた。
少なくとも、常人の眼にはそう見えただろう。

「むっ」

祐一は僅かに顔を顰め、視線を己の上方へ向ける。
そして、手を、今度は握られた拳の甲を視線と共に突き出した。
一瞬、否、半瞬の後。

ガツン!

僅かに甲高い音が響く。
音の発生源は、祐一の手と、それに対して垂直に振り下ろされたひなたの短剣である。
祐一は再び魔力で手を硬質化し、ひなたの剣を防いだのだ。

「「「おおおっ!!」」」

観戦していた生徒達から感嘆の声が漏れる。
彼(女)たちの大半は、今の過程を全く視認する事ができなかったからだ。

ひなたのやったことは単純明快である。
人間にとっての絶対的な死角、頭上に跳びあがり、空中から祐一に攻撃を図ったのだ。
それは彼女の基本戦法であり、最も得意とするものであった。
単純ではあるがそれだけに実力差が露になり、そして彼女の動きは尋常ではない。
だから、今まで彼女はその方法で多くの同級生達を倒してきた。
初撃から通じなかったのは数えられるほどである。
それにしても、素手で防がれたのは始めてであったが。

「はっ!」

祐一は気合と共に手を振り払い、未だに剣を祐一の手と接して中空にいるひなたを弾き飛ばす。

「うにゅっ!」

自分の攻撃が防がれたことに驚いて、一瞬呆けていたひなたは、まともに着地をすることができずに思い切りお尻を地に打ち付けた。
衝撃で反射的にいつの頃からか口癖となっていた声を発する。

「ふむ。ひなたの能力、身体能力の強化か。なかなかだな」

そんなひなたを見ながら、祐一は誰に言うでもなく呟いた。
その声には感嘆の響きがあった。

「へへへ。もう一度!」

その声に後押しされるかのように、ひなたは再び祐一に攻撃を仕掛ける。
今度は上空ではなく、左右に飛び回りながらの攻撃である。
右に、左に、己の能力を生かし猛スピードで動き回るひなた。

「だがな」

しかし、祐一は全くそれを意に介さず、ただ淡々と自分の言葉の続くを紡ぐ。

「動きが単調だ!」

そして、その言葉を言うのと同時に、祐一も動いた。
祐一から見れば自分の斜め前方に、ひなたから見れば自分の前に。
そのスピードは、ひなたと比較しても全く遜色が無いほどであった。
そしてひなたは、急に祐一が自分の前に現われたことに反応できず、そのまま祐一に突っ込み、両者は正面衝突する・・・・・・かに思われた。
しかし、祐一は突っ込んでくるひなたを体を斜めにずらすことでかわし、ついで自分を通り越していくひなたの腕を取ると、思い切放り投げた。

「うにゅう〜!」

あまりの事態に全く対処できなかったひなたは、悲鳴(?)をあげながらしばしの間空中浮遊を楽しんだ(?)。
そして、辛うじて受身を取って地面に落ちる。

「そこまで」

そこで秋子のストップが入る。
まあ、確かにひなたの最大の持ち味であるスピードが完全に通じない以上、ひなたの勝ちは無いのだから当然である。

「さて、大丈夫か?」

祐一はというと、秋子の言葉を聞く前からひなたの方へ進んでおり、すぐ側まで来ると、声をかけながら手を差し出した。

「……はい」

ひなたはそれに、まだ着地のショックで若干ぼおっとしているが答え、手を取って立ち上がった。

「ひなたは確かにスピードはあるが、体が、というよりも意識がそれについていっていないな、振り回されている。いくら早くても動きが単調では相手に読まれる。もう少し自分の速さに慣れる事だ」

と、ここで再び祐一のレクチャーが始った。
今回も言っていることは正論である。
ひなたのスピードは確かに凄いが、彼女は自分の力をまだ制御し切れていない。
それは、祐一との仕合で彼女がした行動が全て直線移動だったことからも明白である。

対して祐一は、ひなたと同等、あるいは凌駕するスピードを発揮していながらも、ひなたを片手で上空に放り投げるという芸当をしている。
これは、祐一が自分のスピードに完全に順応しているからである。
ひなたも自分のスピードに順応することができれば、さらに強くなることができるだろう。

「どうすればいいの?」

自分の欠点は分かったが、克服する方法が分からないひなたが祐一に問う。
それに対する祐一の答えは明々白々であった。

「そうだな。ようは細かい動きができるようになればいいんだから、真にでも手伝って貰って、動きがある程度限定されるところで、正面から石か何かを投げてもらいそれを避ける練習でもしてみたらどうだ?」

「……なんか痛そう」

その光景、自分が兄の、真の投げた石を何発も喰らい、泣いている光景を思い浮かべたひなたは、実にいやそうな顔と声で言った。

「お望みなら俺が投げるが? ただし、直撃すれば最低骨にひびは覚悟しろよ」

笑いながら言う祐一、もちろん冗談である。
しかし、その笑みがやや邪悪であるため、純粋(単純?)なひなたは完全に引っ掛かっている。

「うにゅっ! いいです!お兄ちゃんに頼みます!」

「では次、折原みさおさん」

さて、祐一の次なる相手は、キーが東方、オネ公国からの留学生、折原みさお。
オネ屈指の武の名門、折原侯爵家の長女である。

 

 

 

「よろしくお願いします」

秋子の声に従い、折原みさおが前に出てきた。
一目見て精気に満ち溢れていることが分かる程活発な印象を与える少女、目鼻立ちもよくかわいいといっていい容姿も人目を引くが、なによりその雰囲気でにんきがでるだろう、そんな少女だった。
ただし、いまは緊張のためか少々顔が強張っているが。
(作者の中の折原みさおのイメージです。ONEでは既に故人でしたが、この話では至って健康体です)

「オネに名だたる武の名門、折原侯爵家の力、見せてもらおうか」

祐一が、やや芝居がかった口調で言う。
納刀状態だが、わざわざ剣をみさおに向かって突き出すなどして、結構のっている。

「うう、私はそんなに強くないですよ。強いのはおにいちゃんです」

対して、みさおは本当に困ったような顔で応じる。
見ると、顔は完全に畏まっており、萎縮してしまっているのが明らかだ。
普段の性格もありそうだが、同級生二人が全く相手にならなかったのを目の当たりのしたことも一因だろう。
このままでは実力を見れないと判断した祐一は、ちょっとした会話で緊張をほぐそうと考えた。

「兄か、変人との噂だが、そうなのか?」

かなり失礼な話題であったが。

「妹に直に聞きますか、ふつう? ノーコメントです」

あまりといえばあまりな祐一の質問に、みさおは苦笑する。
いや、どちらかというと笑い出しそうだ。
どうやら緊張はほぐれたようである。
そういう意味では、祐一のもくろみは成功したといえよう。

「そうか。さて、来い」

「えいっ!」

祐一の言葉に答えるように、みさおは手に持った剣、一般的な騎士の持っているものと同じ片手剣を振るう。
踏み込み、身のこなし、太刀筋、どれをとっても優れていて、この年代では強い方だろう。
無論、祐一からしてみればまだまだだが。

「太刀筋は悪くないが正直すぎる、フェイントを混ぜろ……こんな風にな」

言いながら、祐一の体が一瞬ぶれたような気がした後、いきなりみさおの後ろに祐一が現われた。
ついさきほどまでみさおの前にいた祐一は既に消え去っている。
しかし、声がした時は確かに祐一はまだみさおの目の前にいた……後ろにもいたが。

みさおの前にいたように見えた祐一の正体は残像である。
祐一のスピードが速すぎたため、残像が残ったのだ。

「えっ?」

しかし、みさおにはそんなことは分からない。
ただ、いきなり後ろから声が聞こえて混乱するばかりである。
並のものなら咄嗟に何もできず硬直するだろうが、みさおはその点で言えば、まあ及第点だった。

「炎よ!」

咄嗟にただ炎を具現させる最下級の詠唱魔法を放ったのだ。

「反射神経はいい方か。だが、ぬるい!」

しかし、そんなものが祐一に通用するはずも無く、その気合だけであっさりと散らされる。

「嘘……」

「戦いの最中に呆然とするのは自殺行為だ」

言葉と同時に拳を顔に突きつける。
明らかに勝敗は決した、そしてそれが分からないみさおではない。

「私の負けです」

まだ構えていた剣をおろして、祐一に負けを認める。
祐一も頷き拳をおろす。

「折原は相応には鍛えているようだが、動きが正直すぎるな。まあ、家が家で、習っていたのが騎士剣法みたいだからある程度は仕方ないが、それでもある程度のフェイントはいるぞ。戦いとは要するに騙し合いだからな」

三度祐一のレクチャーである。
これも正論、みさおの闘い方は、言ってしまえば正統派剣士のもの、騎士剣法であった。
確かに動きはいいが、よく言えば素直、悪く言えば馬鹿正直なため見切るのは比較的たやすい。
しかし、それを変えることが必ずしもいいとは言えない。
前述したが、折原家は代々近衛をまとめてきた家柄である。
近衛とはその国の軍の模範となるべき部隊だ、その家のものが何でもありの実戦剣法、つまりは邪道の闘い方をしては、いささか体裁が悪い。
そういうわけで、軽く助言するにとどめた。

「はい。それはお兄ちゃんを見てよ〜く分かってるんですけど……」

「お前の兄とは一体……って、何か聞こえないか」

本当に疲れた顔で実の兄のことを語るみさおに、噂で聞いた折原嫡男の人物像がプラスされた結果、祐一の中でのみさおの兄はなんだか訳の分からない人物になっていった。
そのため、『お前の兄とは一体どういう人物なんだ?』と聞こうとした祐一だが、遠くの方から聞こえてくる叫び声に問いを中断する。

「え?」

しかし、みさおには何のことだか分からない。
彼女の耳は祐一ほどよくない。

「……お!」

「ほら、向こうから」

だが、確かに誰かが叫びながら近づいてきている。

「……さお!」

「そういえば」

その相手の輪郭が祐一達、というかみさおの目でも目視できるようになった辺りで、みさおもやっとその声を聞き取ることができた。
そして、同時に思った。
『あの声、聞き覚えがあるような』と。

「……みさお!」

「この声は、まさか」

その人物がさらに近づいてきて、自分の名前を読んでいることをはっきりと認識した時、その思いは確信に変わった。
ああ、やっぱりこの声は……

「知り合いか?」

「みさおに何しやがるこの野郎!」

しかし、みさおが答えを言う前に、叫んでいた人物はリングを囲む生徒達を文字通り飛び越え、祐一に向かって跳び蹴りを放った。
その技の切れは、祐一が先ほどまで相手をしていた一年生の生徒達とは比べ物にならないほどに鋭い。
…………が。

「おっと」

ガスッ!

「ごほっ!」

如何せん直線的な攻撃であるため、祐一に軽くかわされた挙句、条件反射的に丹田に一撃を喰らったため、唸り声を上げて意識が堕ちた。

「お、お兄ちゃん!?」

「なに? これが折原の嫡子?」

みさおの『お兄ちゃん』という言葉に驚き、祐一は男を、折原嫡男を見下ろす。
どうやら先ほどの一撃はかなり効いているようで、完全に意識が堕ちている、その上、時々痙攣していて、傍目から見ると少々怖い。
しかし、そういった状況を除いてみてみれば、目の前にいるのは祐一と同年代の、それも美形と評していい少年である。
もっとも、先ほどの奇天烈な行動から察するに、かなり個性的な性格をしているようだから、それのせいであまりそういわれることは無いかもしれないが。

「はい、そうです。私のお兄ちゃん、折原浩平です」

みさおが申し訳なさそうに祐一に言う。
正直、彼女は凄まじく恥ずかしかった、もうそれは穴があったら入りたいっていうくらいに。
まあ、当然といえる。
いきなり自分の兄が他人に襲い掛かったら、たいていの人間は恐縮するだろう。
しかも、相手は兄と同年とはいえ教師である、しかも『あの』水瀬秋子の親族であるらしい、いくら折原が名家とはいえ何事も無かったかのようにできるとは限らない。

「その浩平が、なんで俺に切りかかってくるんだ?」

だが、みさおの心配とは裏腹に、祐一はさして気にしていないかのように問う。

「そこまでは私にも……」

「それは、私が、話すよ。はあっ、はあっ」

「あ、瑞佳さん」

自分も兄がどうしてこんなことをしたのか分からないため、聞かれても首を傾げるだけのみさおに、息を切らした少女が生徒達を掻き分けながら話しかける。
どうやらみさおの知り合いらしく、名前は瑞佳らしい。

「誰だ?」

「長森瑞佳さん、お兄ちゃんと私の幼馴染で、えっと、その……」

みさおは、瑞佳の紹介の途中で、少し顔を赤くしながら言葉に詰まる。
その様子を見ていた瑞佳も、みさおが何を言おうとしているのかを察して赤くなった。
しかし、そこで祐一があることを、みさおが言い渋っていたことを思い出した。

「長森? オネの伯爵家だったな。たしかその令嬢と言えば、折原嫡子のフィアンセじゃあなかったか?」

「は、はい。そうです。お兄ちゃんと瑞佳さんは婚約してます」

祐一の発言にみさおと、瑞佳の顔がさらに赤くなる。
が、祐一は気付かない。

「で、説明してくれるんだよな」

「う、うん」

まだ顔が赤い瑞佳は、浩平がどうしてこんなことをしたのかを語りはじめた。

 

 

 

時間は少しさかのぼり、祐一がみさおに拳を突きつける少し前。
祐一達が訓練をしている場所から少しはなれた所では、アカデミー高等部の二年生が、やはり同じようなリングで訓練をしていた。
その中に、仕合をしている同級生を見ずに、隣、つまりは祐一達を見ている一人の男子生徒がいた。
言うまでも無く折原浩平である。

「浩平どうしたの? ちゃんと仕合を見ていないとダメだよ?」

一人の女生徒が、これも言うまでも無く瑞佳だ、祐一達の方を見ていた浩平に声をかける。

「長森か、あれをみろ」

しかし、浩平は瑞佳の注意を受け流し、いささか苦い顔つきで遠く、祐一達のほうを視線でさす。

「あれって?」

だが、瑞佳には浩平が何を見ているのかは分からない。

「あれだよ、あれ」

こんどは指で指す。
そうすることでやっと瑞佳にみ浩平が見ていたものが分かったようだ。

「もしかして、隣のリングのこと?」

「そうだ」

「そうだって、遠くて見えないよ」

そう、リングとリングの間にはかなりの間隔があり、魔法を使わないかぎりは肉眼では細部を把握することはできない。
そう、肉眼では。

「なに? 望遠鏡くらい持ち歩いてないのか?」

浩平は、本当に、本当に不思議そうな顔で、懐から取り出した望遠鏡を瑞佳に見せた。

「そんなの持ってないもん」

「いかんな、たしなみだぞ。これからは持ち歩くように」

疲れたように瑞佳が言うと、浩平が当たり前のように返す。
もちろんの事ながら、望遠鏡など普通のものは持ち歩かない。
だが、折原浩平は断じて普通の人間ではなかった。
近隣諸国にも名を馳せる折原嫡子の変人説は、全くといっていいほど事実なのだ。

「はあっ。それで、隣がどうしたの?」

浩平の言葉に、いっそう疲れた顔になる瑞佳。
浩平の幼馴染である彼女は、幼いころから浩平のこの独特に過ぎる行動につき合わされてきた。
今となっては若干の耐性がついた、というよりも諦めの境地に達しているため、以前ほど戸惑うことは無かったが、疲れることに変わりは無い。
しかし、それだけの男であったならば、彼女は婚約などしない。
普段の変人振りとは対極に位置する、浩平のもう一つの姿、そして瑞佳は、その浩平を最も知る人物の一人であった。
だからこそ、瑞佳は浩平が好きなのだ。
ただし、この普段の性格についてはもうすこし大人しくなって欲しいと願っていることも事実であるが。

「みさおがいる」

「ああ、みさおちゃんのクラスなんだ。それで?」

浩平と言葉に、なるほどと瑞佳は頷く。
浩平が妹であるみさおを溺愛していることは、彼等兄妹を知るものであれば誰でも知っていることである。
特に瑞佳のように付き合いが長い者にいたっては、言うまでも無いことなのである。

しかし、みさおがらみの浩平がもし暴走すれば、完全に見境が無くなり、周りに被害を撒き散らすということもよく知っている瑞佳は、少しの警戒を覚えながらも先を促す。

「見慣れない奴と闘ってる。しかも、押されてる、というか勝負になってない」

「へえ、そんなに強い人がいるんだ」

純粋な驚きを顔に出して瑞佳が言う。
彼女はみさおの実力をよく知っており、一年生の中では上位であると思っていた。
それが、浩平いわく見慣れない奴―――浩平はみさおのクラスの生徒は全員知っているのでおそらくは編入生―――に押されているというのが意外だったのだ。
なぜ浩平がみさおのクラスの生徒全員を知っているかは聞かないように。

「あっ!」

「ど、どうしたの浩平?」

突然声を荒げた浩平に、、瑞佳が不不振そうに問う。
辺りを見れば、他の生徒や教師も浩平を注視している。

「あの野郎! 俺のみさおに!」

だが、浩平はそんな状況などお構いなしにさらにエキサイティングしている。
何気に危ない一言を叫んでいるあたり、かなりやばい。

そして、そのまま浩平はみさおの方に向かって走り出してしまった。

「ちょ、ちょっと、浩平、どこ行くんだよ!?」

慌てて瑞佳も後を追う。

「みさお〜!」

「浩平〜!」

というわけである。

 

 

 

「はあっ、お兄ちゃんってば」

瑞佳から事情を聞いたみさおは盛大にため息をついた。
いつものことながら、兄の行動に呆れているようだ。
しかし、一応は自分を気遣って(?)のことらしいのできつく言うこともできない。

「なあ、こいつシスコンか?」

一方祐一はというと、同じく呆れていた。
ただ、内心では、家族を―――まあ行動は突飛だが―――そこまで思いやれる浩平に感心していた。
自身は家族を失った身である故の複雑な気持ちである。

「ううぅ。否定できないよ」

瑞佳はかなり困っていた。
許してくれたとはいえ、浩平が祐一に問答無用で襲い掛かったことは代わらないからである。
しかも、祐一は瑞佳と同年代とはいえ一応は教師の立場にある。
幼馴染として、なにより婚約者として、浩平の一番身近にいるものとして頭が痛かった。

とまあ、相沢祐一と折原浩平のファーストコンタクトはこのようなものであった。
しかし、彼らは知らない、自分達がこれからそう遠くない未来に巻き込まれる事件を。

「で、秋子さん。こいつどうします?思い切り丹田に打ち込みましたから、多分暫く眼を覚ましませんよ」

暫くは魔法も使えませんし、と付け加える。
ちなみに丹田とは、へその下辺りにある急所で、全身の精気が集まるところとされている。
ここは魔法を使う者にとっては最も重要な急所の一つであり、強い衝撃を受けて丹田の魔力が乱れると、暫くはろくに魔法が使えなくなってしまうのだ。
浩平が祐一から受けたダメージはかなりのものであっただろうから、例え意識が戻っても暫くの間魔法を使うことはできないだろう。
つまり、眼が覚めても実戦式の訓練を再開することはできない。

「そうですね。じゃあ、瑞佳さんとみさおさん、浩平さんを医務室に運んで行ってもらえますか」

祐一の言葉に、秋子はしばし思案し、結局浩平と親しいこの二人に頼むことにした。

「「分かりました」」

みさおと瑞佳も異論は無いので頷く。

「授業が終わったら俺も行くけど、それまでに眼を覚ましたら謝っておいてくれ」

祐一も、ややすまなそうに二人に言う。
咄嗟の行動だったとはいえ人体急所を攻撃してしまったことに、若干の罪悪感を覚えていた……のだが。

「いえ、悪いのは全面的にお兄ちゃんですから、お気になさらず」

「そうだ……そうですよ。悪いのは浩平ですから」

二人とも全くそんなことは気にしていなかった。
みさおにいたっては、頬を膨らませて浩平を睨んでいる。
瑞佳も全然気にしていないようだ。

「別に無理して敬語は使わなくていい。俺も同い年に敬語で話されたくないしな」

「分かったよ。じゃあね、相沢君」

言葉を途中で敬語に変えた瑞佳に、祐一が苦笑しながら言うと、瑞佳も言葉を素のものにする。

「「失礼します」」

みさおと瑞佳が浩平を背負って校舎に向かう。
ちなみに、その旨を伝えられた浩平のクラスの担任(石橋)は、またあいつか、とぼやいたと言う。

「では、少々ハプニングがありましたが、次の仕合に移ります」

その後、二人ほどの生徒が祐一と仕合をしたが、やはり簡単にあしらわれた。

「では次、倉田一弥君」

次なる祐一の相手は、キー王国の第一王位継承者にして、アカデミー高等部一年生の実技主席、倉田一弥である。