砂塵巻上げ走行する魔動車の一団。
脇目も降らず首都エスラーナから北――正確には北西の方角へ奔る。
先ずは時間との勝負が始まっていた。
stage.3 前哨走音
その後ろに続くのは同じ魔動車が七台と荷台に幌を張った大型の貨物魔動車が六台。
最後尾に少し送れて一般的な魔動車が一台走っている。
計十五台の一団。
その一団の中の最後尾の魔動車、その後部座席に二人の少女が並んで座っていた。
一人は銀色の髪を後ろに真っ直ぐ流した少女。
「今迫っているネクストンの軍勢の情報はあるか――
いや、有る無しは愚問か……教えてもらえるか?」
銀髪の少女の名は坂上智代。
久しぶりに訪れた故郷にて急遽家軍軍団長補佐の座を与えられた少女。
問いかけ、自ら否定しまた問いかける。
第三者から見ればおかしく思えるその行為も、二人の間ではおかしくは無かった。
もう一人の少女の立場と能力面を知っているかどうかの違いだけで。
「うん、ネクストン機動軍第ニ師団通称"
人数は約一三〇〇人居たのを
淀みなく少女は答える。
ネクストン機動軍は四つの師団で構成されている。
第一師団は通称"
第二師団は通称"
第三師団は通称"
第四師団は通称"
その中でも第二師団は特に厄介だと云われている。
その所以は師団兵の戦闘経験に他ならない。
智代の顔は目に見えて曇る。
今回、ネクストン機動軍一三〇〇人に対してメグメル軍は一〇〇人にも届かない。
この差は如何に防衛側が有利だという点を差し引いても不利。
「ネクストン側にそれ以上の増援部隊はいないの。
こっちは御本隊が来るまでのお時間が稼げればいいの」
後ろに坂上軍の本隊が続いている。
総勢で二〇〇〇近い行軍は先遣隊に比べれば数時間の遅れをもって到着する。
ネクアストン側の増援は無いとの事なので数の上では勝る。
それでも、十三倍という差はとても楽観視は出来ない。
最悪の場合は撤退も仕方が無いだろう、できるだけ時間を稼いだ上でならば。
生きてさえいれば、坂上軍とも合流出来るだろう。
戦士――戦いが本分の智代は作戦立案は不向きといえる。
頭の回転という意味ではわからないが、戦術のいろはを学んだ訳では無いのだから。
それでも、一つは有効な手がある事を知っていた――
「遠距離――水上の船への魔術や砲撃だな」
遠くからの砲撃や魔術は戦術の基本。
相手側もしてくる事は簡単に予想できるが、事情が違う。
こちらは陸上の兵だが、向こうは水上の船。
安定感と標的の大きさが違う――
「うん、私もそれがいいと思うの。
それに私もお手伝いするから大丈夫なの」
「本土防衛だ、全員が死に物狂いなら気力では負けないだろうしな。
情報は多いに越した事は無いな――
再び問いかける智代。
その情報は智代の家名、与えられた地位ならば普通ならば知っている筈の物。
中央大陸に渡っていた智代は例外的に知らず、調べるにも時間があまりにも無かった。
わかったの、と少女が頷く。
メグメルの軍部機構は行政と同じく五統家によって運営されている。
宮沢軍はメグメルに存在する各都市、主に北と東方向の沿岸都市を重点的に防衛を行う。
藤林軍はメグメル一の機動力を持つ遊撃を行う。
伊吹軍は工務兵と技術兵で構成された後方支援の軍。
一ノ瀬軍は規模としては最も小さいが情報部門だけに諜報員を有している。
そして、坂上軍は軍の規模は宮沢軍に継いでいる攻勢に向け構成された軍である。
今現在二人の少女を乗せた魔動車以外の一団が藤林軍である。
移動速度を突発的な出来事への対応力はメグメル随一と謳われている。
敵陣に最も早く飛来し襲う矢の役目。
逆に坂上軍は移動速度としては特筆出来ないが、練度と突撃力が高い。
例えるなら敵陣に打撃を与える槍の役目。
宮沢軍は堅実さを持って港町を他国の侵攻から矢面に立ち防ぐ盾。
――これがメグメル軍部機構の概要である。
なるほど、と智代は思った。
何故ネクストン側が港では無く海岸を上陸地点に挙げたかも予測出来た。
一つは、港を守護する宮沢軍の存在。
堅実に守られれば壊滅させられる事は無くても上陸は不可能だろう。
なにより、時間が掛かる分だけメグメルの増援が来る事は間違い無い。
二つ目は、何より場所の問題だ。
港からだとすると船を波止場に泊める手間が掛かる。
海岸なら乱暴な考えかもしれないが、乗り上げてしまってもいい。
更に海岸ならば停留する部隊も居ない可能性がある。
「なるほど」
噛み締めるように智代が漏らす。
その微かな呟きは少女の耳まで届かず虚空に散った。
その場は閑散と、ただ砂浜が広がるだけ。
遠くに迫り来るネクストンの船が見えるが、まだ遠い。
魔動車の一団が着いたのはそんな海岸。
先遣隊の人員は魔動車から降り立ち急いで作業に取り掛かる。
簡易的な組み立て式の防壁と車輪の付いた移動式砲台。
令を飛ばすのは智代と同年代であろう少女。
智代も見覚えがある、彼女は会合時藤林尚の後ろに立っていた内の一人。
長い紫色の髪の左片側だけにした白いリボンが特徴的な少女。
智代はその少女の事を知っていた――否、正しくは噂で聞いていた。
"静と動"と喩えれる藤林姉妹の姉、藤林軍副長藤林杏。
くるりと令を発していた彼女が智代達の方に身体を向けた。
「厳しい一件になりそうだけど、お互い最善を尽くしましょ。
それと、あたしは藤林軍副長藤林杏。よろしくお二人さん」
令を飛ばす時とは違い、破顔一笑しての気さくな言葉。
声を掛けられた二人も思わず口を綻ばす。
「私は今日付けで坂上軍団長補佐に抜擢された坂上智代だ」
「ひらがな三つでことみちゃん、一ノ瀬家当主をしてるの」
状況に似合わぬ和やかな空気が広がる。
その中で智代と杏は初めて言葉を交わす。
「副長殿」
藤林軍の兵の一人が杏に長方形のトランクケースを渡す。
ありがと、と言いながらその手は流れるようにケースを開く。
ケースの中には金属製を思わせる無骨な黒塗りの一メートル弱の棒が二本。
杏は手早く棒を組み立て、その手はまたケースの中に――
「あれは……?」
思わず言葉を洩らす智代、その視線は杏の手元に注がれている。
棒の先にはこれまた一メートル程の肉厚な両刃の刀身が備えられている。
智代の記憶の中に似ている武器はあった。
突く為の武器である槍、斬る為の武器の剣、そのどちらも兼ね備えた
だが、そのどれもが似ているが違う――
「両刃の肉厚な剣と槍の長柄の特性を併せ持たせたものなの。
パルチザンを元にして遠心力で敵を叩き潰す為の武器で、
長さにして三メートルはあろう巨大武器。
無骨なその
様式美は無く実用性どころか凶悪差さえもかもし出す。
「ハルバートの亜種、というよりは
智代が苦笑を漏らす。
外骨格装甲動鎧どころか銃器も発明される以前に対大型幻想種に用いられた武器。
全長二メートル程の両手剣より肉厚な刃を持ち。
全長三メートル程の槍よりも強大な剣。
強大な太刀筋からもたらされるのは幻想種の硬い皮膚をも叩き斬る威力。
しかし、その武器は銃器の登場、魔導の発展に埋もれていった。
強大な威力と引き換えに重量が度を越していた事もあり使用者は少ない――
今では、身に余る物を手にする諺として「新米冒険者に大剣」とまで称されている。
「さあー、みんなで瀬戸際の上陸妨害戦に精を出しましょうか」
もし軽量化されていたとしても外観から数キロの重さはありそうな剣槍。
傍目に軽々と肩に担ぎ歩いていく杏。
「やれやれ、戦いに事欠かないというのも考えものだな」
溜息一つ吐き、手甲や脚甲等の装備の最終確認を行う。
その顔はとても戦いから離れられない生活に辟易しては無く――
むしろ、遊びに出掛ける子どもの如く楽しそうに。
今この瞬間にもネクストンの船は近づいて来る。
砲台の射程距離――戦闘区域に徐々に近づき、始まりの砲音が鳴ろうとしていた。
To be next stage...