書類を床に叩きつける青年が居る。
堪えていたモノが爆発したという印象を与える発言。
青年は苛立ちを隠そうともせず、親指の爪を噛む。
「……司、ここで言っても仕方ありませんよ。
その書類に記された事が将軍の決定なんですから」
女性が司と呼んだ青年を諌める。
正しくはその女性はまだ少女――長い髪を二つの三つ編にした少女。
「そう言われてもな。茜、お前は内容はわかるのか」
「……いえ、わかりません」
「読んでみれば判るよ」
司と呼ばれた青年はドカッと椅子に座る。
茜と呼ばれた少女は要領を得ないまま、床に散らばった書類を拾う。
少年に言われたまま目を通す――
「……こ、これは―――」
書類に書かれた文字を読んだ少女の目が驚愕に見開かれる。
少女の手から書類が滑り落ちる。
「将軍はメグメルの和平勧告を断った……戦争が始まる」
吐き棄てるように青年が言う。
表情は苦虫を噛み潰したかの如く、険しい。
「……私と詩子は司、貴方の元で戦えるのなら覚悟は出来ています」
少女の真摯な眼が青年を捉える。
青年に届いたのは決意の言葉と覚悟。
「わかった。茜、詩子にメグメルとリケッタスの動きを探るように通達。
リケッタスがどう動くか不明なのが心配な点だ。
それはら……茜にもだけど死ぬなよ、これは命令だから守るように」
「……はい、了解しました」
少女は部屋から出て行き、部屋には青年が一人。
少女が落とした書類を拾い、クシャクシャに丸めてゴミ箱に投げる。
「僕達は生き残ってみせる――」
決意の呟きは虚空に消える。
青年の名は城島司、ネクストン機動軍第二師団長の任に就く者。
是も否も関係無く、争いの幕は上がる。
stage.2 開幕之調
今現在の状況から見ては仕方が無いとも取れる。
人の流れに巻き込まれない様に智代と鷹文は歩く。
「姉ちゃん、僕について来て」
前を進む鷹文が後ろをついて来る智代に言う。
行きかう人の間を慣れているのか鷹文はスイスイと通り抜けて行く。
智代も遅れまいと後を追うが、鷹文程上手くは進めない。
少しずつだが、智代と鷹文の速度からか間が広がる。
それでも少しずつ確実に着実に智代の歩みは速くなる。
徐々に二人の間が狭まっていく。
智代が鷹文に追い付く――否、鷹文の足が止まり、追い付けた。
「ここだよ」
鷹文が示したの一つの扉。
扉の上には表札、刻まれた文字は坂上家控室。
五統家の坂上家用に誂えられた部屋。
鷹文はその扉を開けた――
そこには働き盛りそうな年代の男性が一人、書類を渋い顔で見つめていた。
「只今参りました父さ――父上」
「ああ良く来た鷹文。それと普段の呼び方で構わ――」
扉を開け入ってくる息子を迎えようと顔を上げ、言い掛けた言葉が途切れる。
視線が捉えたのは息子の鷹文の横に立つ人物。
男性の顔は驚きに染まっている、それは居ると思いもしなかった人物が居たから。
「――――まさか、智代……か」
やっと喉から言葉を搾り出した。
声を掛けられた人物とか、鷹文の姉であり男性の娘。
「ああ……久しぶりだな、父上」
娘――智代は普段通りの挨拶みたいに言い放った。
それを聞いた男性は驚きもそっちのけで破顔して苦笑した。
これが、父親である
「急に呼びつけてすまんな」
書類に視線を戻しながらの智博の言葉。
渋々といった風に書類に判を押していく。
「時間もそう無い事だ、簡潔に言おう。
……正式に和平が断られ、ネクストンから宣戦布告をされた」
ズン、とその言葉は部屋の空気を重くした。
静かな部屋にゴクリ、と鷹文が生唾を飲み下す音が響く。
「……じゃ、じゃあ僕達をここに呼んだのは――」
喉から搾り出された鷹文の声は震えていて。
傍から見ても直に緊張しているのだと察せられる。
「メグメル坂上軍、軍団長として会合の席に同席してもらう」
毅然とした、親として当主として紡がれた言葉。
はい、としっかりと意志を固めた鷹文が答える。
戦場に立つ決意、人の命を奪う決意、人を駒として扱う決意。
己が両肩にかかる重圧に潰されぬよう。
「でだ、父上……私は席をはずした方がいいのか」
部屋の空気に似合わぬあっけらかんとした口調。
問われた智博もその問いの内容を数瞬理解出来なかった。
「ふむ……智代、お前は何が出来る?」
「兵士として手を染める事しか出来ないな」
真っ直ぐと智代と智博の視線が交錯する。
坂上家の当主として指導者に就いてる事もあり、人を見る眼は養われている。
智博から見て、二つ智代の言葉から読取れた。
一つは戦場に立った経験があるという事。
もう一つは、
この二つは似ている様で違う、前者は戦場に呑まれない事であり後者は――
その手で命を奪えるという事。
前者にしても、この国メグメルには実戦経験のある者がそう多くは無い。
他二国と小競り合いはしていたので居ないと言う訳では無いが――
末端の兵まであるかといえば、否である。
坂上以外の五統家の軍主力は国境付近での争いや暴徒野獣鎮圧の経験が有る。
智博は考える、息子鷹文は指揮の知識はあるが経験が無い。
代変わりしたばかりでもあり、坂上が出張った争いも無いからだ。
ここにきて実戦経験を積んだ智代が戻ったのは渡りに舟と言える。
メグメルを出る以前から智代の戦闘能力には定評があった。
実戦を経験して、更に磨きが掛かっているという期待が否応無くかかる。
「……そうだな。鷹文の補佐にまわってもらおう」
智博は鷹文を視界に納めながらそう言った。
智代もわかった、とだけ言い頷いた。
一瞬の迷いも無く、即答だった。
「わかった……じゃなくて、何で姉ちゃんが補佐なんだよ」
「鷹文、私が補佐では不満なのか」
「いや、……そのさ、そうじゃなくてさ……」
あーとかうーとか呻きながら鷹文はガシガシを頭をかきむしる。
傍目には言いたい事があるが言葉が見付からない、とも見える行為。
人生経験が二人より長い智博は思い浮かんだ事を口にした。
「智代は言外に指揮者はしないと言っているのでな。
なに、権力的には同程度という事でいいだろう」
これで決定だ、とばかりに書類に視線を戻す智博。
それなら、と不承不承承諾する鷹文。
我関せずとばかりに書類に手をつける智代。
と、三者三様の行動をしていた。
「坂上様、会合の御時間となりました協議場にお越し下さい」
扉を開け一礼と共に言ったのは、この行政府に勤めている役人。
その言葉を聞いた智博が立ち上がる。
「もう時間か……さて行くとしよう、鷹文と智代もついて来るんだ」
言って、役人の後に続く智博。
慌てた様子で智博に続く鷹文とその数歩後ろに続く智代。
来た時とは違い、行き交う人波は無くなっていた。
協議場には他の五統家の人間は揃っていた。
坂上が一番最後らしく、協議場に入った時に視線が集まった。
気にした様子も無く、智博は円卓の空いている席に座る。
智代と鷹文はその後ろで報せに来た役人の用意した椅子に腰掛ける。
智代はざっと協議場の顔触れを眺める。
五統家筆頭の宮沢家当主
一ノ瀬家は当主の一ノ瀬ことみの一人のみ。
伊吹家は当主伊吹公子とその後ろに控える青年。
藤林家は当主の
島を離れていた智代には判らない顔も多々居た。
「さて、それではネクストンへの対応を話し合おう」
筆頭たる宮沢義一の一言が空気を引き締める。
現状では、ネクストンとは戦争状態となっている。
和平勧告を断ったネクストンに停戦の意志は無い。
対応とは即ち、攻めるか守るかの二択と言える。
その時、協議場の扉が乱暴に開かれる。
「騒がしいぞ」
「はっ、申し訳ありません。
国境付近の海域にネクストン軍の艦影有りとの報告がありました」
咎める口調ではなく諌める口調で言う宮沢。
それに対し直立不動で敬礼し報告を述べる。
報告の内容に協議場に居る人間に静かに緊張という雷光が奔る。
「ネクストンの動きが早いな、藤林と坂上で迎撃にあたって貰う。
我が宮沢と伊吹は後方支援、一ノ瀬は情報収集にあたる」
周りを見渡しながらの宮沢の発言、それぞれが無言で頷く。
「それでは、各自行動に移れ」
扉が開かれ、各々が足を踏み出す。
靴音が戦争という舞台の開幕を鳴らす調べとなる。
To be next stage...