エンキが滅亡し"南部争乱"は終わりを告げた。
瓦礫の山となった廃都エリシュからそう離れていない場所。
向かい合う、五人の存在。
全員が仮面を着けた怪しげな集団。
一人目は白いコートを着て顔の上半分を拘束帯で覆う者。
二人目は黒の礼服に悲劇の怪人が持ちいていた様な仮面をした者。
三人目は赤い外套に兜の如く顔全体を覆う仮面をした者。
四人目は白い外套に顔の上半分を覆う、涙する女性を模した仮面をした者。
最後の五人目は黒いコートに目視用の穴が開いただけの簡素な仮面をした者。
周囲に風は吹けども、そこは無音。
その中の一人、黒いコートに簡素な仮面をした者が指で
チャリン、と地に落ちた
――そして全員が其々に背を向けて歩み出した。
東方追想詩
The past episode -And seasons blood-
stage.1 戦闘潮流
中央大陸東方三島間を往復する定期便。
島が近づいてくる、正確には船で近寄っている、のだが。
「久しぶりの帰郷か、懐かしいな」
その島の名はメグメル島。
坂上智代の生まれ育った場所である。
東方領域――中央大陸から東に海を挟んだにある三つの島とそれに連なる諸島の総称。
西側に位置するメグメル島を中心とした周辺諸島の国、メグメル。
メグメルから南西にあるエスクード島にある国、ネクストン。
更に北側のファールブ島と周辺諸島の国、リケッタスの三国が存在する。
以前は一つの国だが、それはもう昔の話。
今は三国に別れ、此処百年以上も領土問題等での小競り合いも少なくない。
船がメグメル島の港に着く。
"東方の玄関"と言われる、首都エスラーナの郊外にあるフェイシューチ港。
メグメル国最大であり、東方領域でも最大の港。
東方領域メグメル島、智代はその地に足を踏み入れた。
「ここに戻るのも久しぶりだな」
空は青く澄んでいて、潮風が海の匂いを届ける。
智代は故郷に戻った事を実感していた。 街は活気に溢れている。
今中央大陸も活気に溢れている、戦後復興という活気が。
この街は違う、生活という活気が溢れている。
路には人の波が出来、街を喧騒が包み込んでる。
雑踏の中を智代は歩いている、流れるように人の間を縫って。
その足は淀み無く踏み出される。
離れていたとはいえ、故郷だから、なのだろうか。
歩いていると、雑踏から外れた所に智代は居た。
家が立ち並ぶ住宅街に来ていた。 智代は足を止める、とある邸宅の門の前で。
豪邸、とまではいかないが一般に立ち並ぶ家よりは大きい程度の家。
智代は門に手をかけ、門を開けてくぐる。
敷地に一歩を踏み出すと、
「失礼、どちら様でございましょうか」
現れたのは燕尾服で身を固めた老紳士。
慇懃な礼をするが、その手には
地に刺さった物と同じ物だ。
と、その時、老紳士の左手が閃く。
閃いた後、その手からは
老紳士から智代に向かって、鈍色に光る物が迫っている――
智代の右手が閃いた。
閃いた後、その手は老紳士の手から消えていた
「相変わらずのようだな、
「いやはや、お嬢様もまた腕を上げたのですね。
この老骨の楽しみとはいえ、御無礼はお許し下さい」
慇懃な礼を老紳士はもう一度行う。
老紳士の名は鈴本、この家に仕える執事。
執事なのだが、日々修練を欠かさない武闘派。
智代とは智代が幼い頃に武術指南した事もある間柄である。
そしてこの家は坂上家――坂上智代の生家である。
「お帰りなさいませ、お嬢様。
旦那様に奥様、鷹文坊ちゃんもお喜びになりますよ」
鈴本はそう言いながら、玄関の扉を開いた。
智代は久しぶりに生まれ育った家に足を踏み入れた。 智代は久しぶりに自分の部屋に居た。
長い間使われていなかったにも関わらず、綺麗だった。
埃も無く、小まめに掃除されていたのだろう。
「姉ちゃん」
バン、と部屋の扉が開かれる。
入ってきたのは銀髪蒼眼の智代に似た少年。
それもその筈、少年の名は坂上鷹文、智代の実弟なのだから――
「ああ、鷹文か。ただいま」
「あ、お帰り姉ちゃん」
急いでやって来たのか肩で息をする鷹文。
ふぅー、と大きく息を吐いて、呼吸を整える。
「姉ちゃん、今までどこに行ってたの?」
「今までは中央大陸に居たんだ。
あっちでいろいろあったのでな、骨休めに来たんだ」
そっか、と鷹文が呟いたのを智代は聞き逃さなかった。
む、と智代は鷹文の態度を訝しむ。
「私が帰ってきて何か問題があったのか」
「いや、違うんだよ姉ちゃん。
話ておいたほうがいいかもしれないね」
鷹文は智代に事情を話した。
中央大陸で"南部争乱"が終結する少し前の事。
ネクストンから宣戦布告されたのだと言う。
現在は小競り合いをしているが、今にも本格的な戦争になってもおかしくはない。
メグメルとしては争いが大きくなる前にこの争いを終息させたいのだが――
リケッタスにも不穏な動きがあり、このままでは三つ巴になりえる。
というのが、鷹文の話だった。
「なるほど、そうだったのか。
その前に鷹文、よかったのか話してしまって」
「構わないでしょ、姉ちゃん次期当主だし」
問題無し、と鷹文は自分の胸を叩いた。
坂上家はメグメルの政治を行う五統家の一つ。
五統家による議会がメグメルの行政の最高決定機関。
五統家は宮沢、藤林、伊吹、一ノ瀬、坂上の五家。
智代と鷹文はその一つ、坂上家の血筋なのだから、と。
「……私は戦いに事欠かないようだな」
「え、何か言った?」
「何でもない、気にするな」
呟いた言葉は鷹文の耳に届かなかった。
問われたが智代ははぐらかす。
と、その時、扉をノックされる。
「何だ」
「は、旦那様よりの書簡が届けられまして、お二人にと思いまして」
ノックしていたのは鈴本だった。
鷹文が鈴本から書簡を渡され、中を読み始める。
「姉ちゃん、僕は行政府の父さんの所に行って来る。
戦争が……戦争が始まる――」
鷹文は動揺している、周りから見ても判る程に。
鈴本は一見冷静に見える、その頬は冷や汗が伝っているが。
そして智代は、ふぅ、と溜息を吐いた。
「私も行こう、少しは役に立つ筈だ」
「姉ちゃんが居るなら心強いよ」
智代がそう言うと、鷹文は頷いた。
「少々お待ち下さい、行政府までの足を御用意します」
鈴本は一礼して下がっていった。
数分もすれば何かしらの移動手段を手配するだろう。
役に立つとは言ったが、智代自身出来ると思っている事は少ない。
それでもやるしか無いのだろう。
智代は"故郷の為"ではなく"闘争は楽しみ"な自分に気付いていた。
鷹文に悟られないように小さく口元に笑みを浮かべていた――
To be next stage...