ときめきメモリアル for Kanon Ladies
(Kanon:)
 第7話 プシュケの御心
written by シルビア  2003.10 (Edited 2004.3)





伝記は語られた……語り手の青年によって。


……

エメラルダの周囲が白い光に包まれていく。

『エメラルダよ』

エメラルダは自分を包む光に気がついて、そっと顔を上げた。
光はすっと収束し、収束したところに一人の女性の姿が現れた。

「あなたは?」
『エメラルダですね。
 私はアフロディーテ、この姿は仮の姿。これなら貴方に私の姿が見えますね』
「は、はい」

アフロディーテはサファイアにそっと触れると、その手に光りが一瞬宿った。
『エメラルダ、サファイアは直に目がさめます』
「本当ですか」
『はい。彼は命をとりとめました。
 ですが、エメラルダ、これはあなたにとっては試練の始まりのようです。
 彼を全て癒せたのではありません』
「試練ですか?」
『そうです。とてもつらい試練となるでしょう。
 これは、彼が生きることを願った、あなたの失った代償です』
「彼が生きられるなら、私はたとえどんな試練でも受けます」
『そう、その気持ちを確認するために、私はここに降り立ちました』
アフロディーテは微笑みを浮かべると、白い光に包まれてその姿を消しました。

(試練……?)
エメラルダ自分の懐にいるサファイアに目を向けた。
サファイアの顔色がほのかに赤みを帯びてきた。
そして、目覚めた。

「サファイア!目がさめたのね。ああー、サファイア……」
「貴方は誰?」

エメラルダの顔から血の気が失せた。
彼は記憶を再び失っていた。
エメラルダを愛したともサファイアは覚えていない、彼女の名前すら。
(これが私に科せられた試練……?)

エメラルダはサファイアを介護し、必死に自分とのことを思い出してもらうことを願ってました。
しかし、その気持ちはサファイアには届かなかった。

数日後のある日。
二人のもとに、ある女性とそれを取り囲む数人の人が現れました。
森で道に迷った旅行者でした。

サファイアはその旅団の女性、マイセン公国セルフィ姫と、恋仲となった。
サファイアのまとう、王家の者の気品と貫禄はセルフィを捉えて離さなかったのだ。
そして、サファイアはその旅団と共にマイセン公国の王宮に行くことになった。

(それでも私は彼の側にいたい)
エメラルダは身分を隠し、セルフィの旅団に加わり、王宮へと行った。
エメラルダもまた、生来まとう王家の姫としての雰囲気があり、それがセルフィに気にいられたのであった。

それから、エメラルダは、セルフィ付きの侍女として、サファイアとセルフィの二人を見守ることとなった。
エメラルダの目に映るサファイアとセルフィはとても仲むつましく、エメラルダは自分の想いに心を痛ませる日々を過ごした。
サファイアが自分のことを思い出してくれる、彼が記憶を戻した時に自分が側にいなければ、ただそれだけを信じて過ごしたのだ。

「エメラルダ?」
「はい、なんでしょうか、セルフィ様」
セルフィのドレスの着付けを手伝いながら、エメラルダは答えた。
「エメラルダ、貴方、サファイアの事愛しているわね? それも死ぬほど愛してる」
「???」
「隠さなくても私には分かっているわ。
 それに、サファイアは私の事を心からは愛していない。それに……」
「それに、なんでしょうか?」
「すべて、お見通しですよ、”エメラルダ姫”」
「お見通しって……セルフィ様、一体、何のことでしょうか……」

「セルフィ……それは私のこの世の仮の姿なのです。本当の私は……」
白い光が彼女を包みはじめ、あたり一面が白い光に包まれる。
『私の名はプシュケ』

『エメラルダ姫、あなたのサファイア王子への愛、確かに見届けました。
 さあ、お行きなさい。
 サファイア王子も記憶をもどしているはずです。
 永遠の愛を誓う人と結ばれなさい、それが女性の一番の幸せです。
 これは貴方への、そう、信じる心を失わなかった貴方への私からの贈り物です』

白い光が消えた瞬間、エメラルダは仰天した。
エメラルダの過ごしていたマイセン公国の王宮は跡形もなく消え去り、エメラルダはサファイアと過ごした地に戻っていた。

そして、彼女が胸に抱いているのは……彼女の愛するサファイア王子であった。
「うーん……」
「サファイア……サファイア……サファイア!」
「エメラルダ?」
エメラルダは目に涙をうかべ、そして、サファイアを力一杯、抱きしめた。

あたりを覆う暗かった空に、一筋のまばゆい光が差し込んできた。
そして、まばゆいばかりに広がる視界の中で、エメラルダはサファイアの顔に浮かぶ笑顔に、そっと口づけた。

暖かい光が二人を包み、そして、エメラルダは静かな眠りに落ちた。

--------プシュケの与えた試練、それは……

「国王、プロシア公国の姫の一行が到着しました」
「うむ。では参ろうか、サファイア」
「はい、父上」

姫の一行は既に畏まっている。
絨毯を挟むようにその両側に多くの人が直立している。

「陛下のお見えです」
国王と王子は長い絨毯の片側にまで歩を進めた。

姫が畏まっていた顔をあげた。
その姫の視線を捉えた王子は(やはり)と心の中で囁いた。
王子の姿を捉えた姫の表情もゆるんでいく、微笑みが次第に姫の顔を覆いつくした。

二人は誰に指図されることもなく、中央に歩を進める。

王子は胸に手を添え、優しい口調で、そしてはっきりとした口調で言った。
「フランク王国王子、サファイア、今まで姫のことをお待ちしてました」

姫はドレスの裾を両手にとりドレスを開くと、膝をそっと折りたたずんで敬礼する。
「プロシア公国姫エメラルダ、この時よりサファイア王子に嫁ぎます。
 いかなる時も王子の心を信じる気持ちを失うことなく、ここに永遠の愛を誓います。
 プシュケの御心に背くことのなきよう、生涯ただ一人に心から愛を捧げます」

王子の手により、指輪が姫の手にはめられた。
王子はその手は引き寄せ、姫を抱きしめた。
その瞬間、二人を祝福するファンファーレがあたりに鳴り響いた。



青年は伝記を読み終え、そっと本を閉じた。

ここは教会の中。
窓のステンドグラスは、夕日の光を受けて、昔と同じ綺麗な7色で輝いていた。
女神像の近くで、成長した少年と少女は、昔と同じく誰もいない教会の椅子に並んで腰掛けていた。

「まるでドラマみたいな恋愛ですね。
 でも、とても幸せな結末です♪」

「伝記なんてのは、そんなもんじゃないのか?」
伝記の本を閉じ、祐一は栞に言った。

「お話、終わってしまいましたね、ユウ君」
「そうだな、でも俺たちの方は続きがあるんだがな、"しおりん"」
「しおりん……そんな幼い頃の呼び方……恥ずかしいです」
「いいじゃないか、昔のしおりんも今の栞も、どっちも可愛いよ。
 この俺が惚れたんだから、少しは自信を持てよ」
「祐一さん、再会した時よりもずいぶんと自信家になってません?
 前はそんな殺し文句を言える人ではなかったのに」
「あれだけ、もてりゃ〜な、当然だろう?」
「うー、ジゴロみたいな祐一さん、嫌いです!
 でも、私を可愛いと褒めてくれたのはとても嬉しいです。
 それに、幼い頃のユウ君も私に惚れていたなんて初耳です。
 だから特別に許してあげます」

「くっ……まあいい。だが良かったな、栞。
 もし栞が許してくれなかったら、これ、あげないつもりだった」
祐一は栞の手を取ると、その手にシルバーリングをはめた。
「俺のは、栞がはめな」
「ええ……」(ポッ)
栞は祐一の手を取ると、震える手でその手にシルバーリングをはめた。

「栞……そのリングの宝石をみてごらん。それ、エメラルドだよ。
 俺のは、ほら、サファイアだ。
ほら、この伝記の主人公にちなんでだな、特別に作ってもらった。
けっこう高かったんだからな、これ」
「ふふ、ありがとう、祐一さん。
 祐一さんもそんな所だけはロマンチストになったんですね」
「こんな時ぐらいは、ドラマチックに決めないと、栞に一生言われ続けかねん」

照れくさくなった栞は、その場を立って、女神像の前まで歩いていった。

「ね〜、祐一さん、この女神像、ギリシア神話のプシュケを象った像なんですよ。
 知ってました?」
「いや、知らなかったな。……プシュケか。暖かくて優しそうで、綺麗な像だな」
「想人をずっと信じ続けた不滅の愛、私たち、きっとプシュケに見守られてきたのかもしれません。今、そう思いました」
「栞らしいな。
 じゃ、今からこの像の前に立って、お礼に二人の愛を誓おうか?」
そう言うと、祐一は女神像の前に移動した。
「はい♪」

二人を見守る女神プシュケの像の前で、二人は抱き合い、そっと口づけた。

 

(つづく)

後書き

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