自慢ではないが、優一郎はわりと寝起きはいいほうだ。
 目覚ましなしでも大体6時には目を覚ます。

 それは、実家から研究所の寮に移っても変わる事はない。




 研究所に来て一週間目。
 今朝もいつものように目が覚めた。

 とりあえず着替えて顔を洗い、小腹が空いたので備え付けの小さな冷蔵庫からちくわを取り出して咥え、さらにかまぼこをいくつか切り分ける。
 その時だ。


「ヤェーーーーッ!!」


 すさまじい気合と、激しい打撃音が外から響く。
 優一郎は驚き、思わずちくわを噴いた。


「な、なんですか一体!?」


 慌てて窓から外を見れば、寮に面した研究所の中庭に、一人の少女――舞の姿があった。

 手には長大な木刀。
 それを、裂帛の気合とともに立ててある立ち木に叩き付ける。


「示現流の……トンボの構えですか」


 確か彼女がリシュウ=トウゴウから示現流を習い始めたのは数年前からのはずだ。
 しかし、なかなかどうして様になっている。


「しかし……昨日まではこんなこと、なかったですよね」


 稽古なら毎日続けなければ意味はない。
 だが、この一週間、朝の中庭は優一郎が稽古に使っていた。


「おっと、僕も稽古を始めなければ……」


 我に返り、窓枠に引っ掛けておいた靴を履く。
 そして躊躇いすら見せず窓から中庭に飛び降りた。
 ちなみに優一郎の部屋は寮の三階に当たる。


 だが優一郎は全身のバネで衝撃を殺しつつ、危なげも無く着地。
 そのまま疾走。

 速度を乗せ、舞に向かって走る。


「川澄さん!」


 声をかけるのは、舞の安全のためでなく自分の安全のため。
 声もかけずに不意打ちすれば手加減なしの一撃を喰らいかねない。

 しかし、振り向くほどの間は与えない。
 震脚を踏み、上段の回し蹴りを放つ。


 パン、という鋭い音が響き、優一郎の回し蹴りは舞の木刀に防がれた。


 優一郎は反動でとんぼ返りして着地。
 舞も、ほんのわずか――彼女を知らない人なら気づかないが、知っているものなら何とか気づくほどにわずかな――笑みを浮かべ、木刀を下げる。


「やりますね」
「久瀬も……声をかけられなかったら危なかった」


 そして優一郎も微笑み返し自然な動作で舞の方に一歩踏み込みその胸へ掬い上げるような蹴りを舞が木刀で足を叩くように当ててブロックし衝撃を逃すように力を緩め木刀が宙へ跳ね上がりそこに優一郎が右足を踏み込み追撃をかけようとしたその拳を避けカウンターで放たれた突きを左手で軌道を逸らしお返しとばかりに空いた右手で胸を鷲掴みにせんとした手を舞は悪寒を感じて飛びのいて構えなおした舞は羞恥で優一郎は残念そうに二人とも一瞬動きが止まったその直後に舞い上がって落ちてきた木刀が二人の視線を遮り瞬間同時に突きと掌が木刀を中心に激突した。









スーパーロボット大戦
〜Torinity Heart〜
第七話








 先端を地面にまっすぐ落ちた木刀をはさみ、二人は腕を突き出したまま静止する。
 優一郎の額から一滴の汗がぽたりと地面に落ち、

「やはり、やりますね――」


 優一郎の言葉と同時に、今度こそ二人とも力を抜く。


「しかし川澄さん、何故ここで練習を? 昨日までは見かけませんでしたが」
「ん……昨日までは地下の格納庫でやってた」
「ああ、なるほど」
「でも、整備の邪魔だからって佐祐理に追い出された……」
「あらあら、それは……」


 優一郎はふぅむ、と息を吐き、


「よろしければ、一緒に訓練しますか? 場所はまだ空いていますし、時々さっきみたいに組み手もやってみたいですしね」
「……いいの?」


 捨てられた子犬のような目で見上げる。


「ええ。パイロットとしても武芸者としても訓練は重要ですし」


 それに、と言いかけて続く言葉を飲み込む。

 激しい打ち込みと先ほどの立ち回りで、秋口の早朝とはいえ、二人ともたっぷりと汗をかいている。

 特に舞は、動きやすいようになのだろう。タンクトップとショートパンツという格好で。
 残念ながら今日はさらしを巻いているようで揺れないが、汗にぬれた太ももや剥き出しの肩、ちらりと見える形のよい臍……


(――いい!)


 朝日の方を向き、ぐっと拳を握る。


「……禍々しい気配を感じる」


 ぼそりという舞の呟きに慌てて、


「ハハハ、幻獣ですかね? とにかく、朝食の時間までもうちょっと訓練するとしましょう」
「ん……わかった」






 隼人の目の前のモニタに、先日と同じく三機の戦闘機――ゲットマシンが映っていた。


 壱号機には優一郎。
 弐号機には舞。
 そして、参号機には連邦軍からの出向である山岸二尉が。


『……こちらアンジェ号。実機によるテストを始めます」


 弐号機の舞からの通信。


「了解した。全機フォーメーション。ゲッターバロンにチェンジだ」


 隼人の号令の下、三機のゲットマシンが3−1−2のフォーメーションをとる。


「合体シークエンス開始。ゲッター増幅炉からのゲッター線供給、三機ともに安定。
参号機ならびに壱号機、合体形態へ移行します」

「ああ」


 ここまでは順調だ。
 優一郎も舞も、そして山岸二尉も、ゲットマシンのGに負けることなく、機体を制御している。


「よし、今だ。チェンジゲッター!」


 急上昇した参号機の真下から壱号機が突っ込む。
 参号機が急制動、そして逆噴射。
 両者が空中でクラッシュするようにドッキングし、そのまま下で待ち構えている弐号機とドッキングすれば、ゲッターバロンの完成だ。
 だが――、


「合体タイミングアウト! 危険です!!」

「く――、合体シークエンス中止。離れろ!」


 ぶつかる寸前、各機が弾かれるように分かれる。
 合体は、失敗だ。


「テスト中止。各マシンは帰還し、チェックを受けてください」


 オペレータの里村茜の声を聞きながら、隼人はその体をシートの背もたれに預け、深く息を吐く。
 そんな彼に、澪が近づき、

「――――」
「気を落とすな? ふ、平気だ。この程度であきらめていたら、この先の激しい戦いを生き残ることはできない」


 眺めていたモニタが切り替わり、格納庫に帰還したゲットマシンの姿を映す。


「だが、我々に残された時間は決して多くはない。果たして間に合うのか……」


 静かにつぶやく彼に、しかし澪は体の前でぎゅっと握りこぶしを握り、


「――――♪」
「そうだな、がんばろう」


 その姿に隼人も苦笑。
 一方モニタには、降りるなり優一郎を殴りつける山岸二尉の姿が映っていた。
 殴られた優一郎は、しかし反撃することなく、山岸二尉だけがカメラの前から去っていく。


(山岸ニ尉には酷か――? だが、パイロットはもはや彼しかいない。多少荒療治をしてでも使えるようになってもらわねば……)








「いつつ……さすが軍人。頭も拳も固いですね」


 殴られた頬を押さえ、優一郎は誰もいない格納庫で呟いた。
 山岸二尉は優一郎を殴ってすぐに自室に戻ってしまったし、舞はチームのリーダーとして、隼人のところに報告書を出しに行っている。

 先ほどの合体のミス。
 山岸二尉は、優一郎のミスによるものだと言った。
 だが、優一郎の計算では、あれは明らかに山岸二尉のミスだ。

 無論、チームメイトがミスをすれば、残りの仲間がフォローをするのは当然だ。
 しかし、山岸二尉は優一郎や舞を信頼していない。
 いや、それどころかゲッター自体を信頼していない。むしろ、恐れている。

 その事を指摘したら、有無を言わさず拳が飛んだというわけだ。


「ふぇ、大丈夫ですか、久瀬さん。なんだか顔がオカメインコみたいになってますよ」
「先輩、オカメインコって……」


 心配げな、けれどどこかのんびりとした声がかけられる。
 声のほうを振り向けば、整備員用ツナギ姿の佐祐理と優奈の姿。


「災難でしたね。なんだか最近、山岸二尉はずっとぴりぴりしていて……」


 言葉を選びながら、躊躇いがちに佐祐理が言う。


「ええ。知ってますよ。同僚たちがこのゲッター計画で次々死んだり、大怪我をするのを見続けていればああもなるでしょう」
「……それ考えると、よく優や舞先輩たちは平気よね」
「あはは。久瀬さんも舞も、この子のこと信頼してますから。そうでしょう?」


 機体への信頼。
 優一郎たちにあって山岸二尉にないもの。


「本当にそんなのが効果あるの?」


 優奈はやや懐疑的だ。
 しかし、優一郎はその問いに軽く肩をすくめただけ。
 代わりに佐祐理が手を叩き、


「さあ、佐祐理たちは早く機体を修理しちゃいましょう。いつランドウ軍のメタルビーストが襲ってきてもいいように」
「いや、それは激しく勘弁してほしいな」


 佐祐理の軽口に苦笑する。
 さすがにこんなチームワークでは、まともに戦える気がしない。

 と、そこでふと思う。
 山岸二尉はこちらと打ち解けておらず、また機体への信頼もない。
 対して、目の前の彼女なら、高校時代のチームワークもあるし、機体への思いも深い。
 さらに言えば、彼女は舞や優一郎と同じく、大型特機の操縦免許を持っている。


「そうだ。倉田さんが代わりに参号機に乗ったらどうです? パイロット資格もありますし、何より機体への愛に溢れているんですから」


 それは、さっきの佐祐理の軽口と同じ、単なる冗談のはずだった。
 しかし、それを聞いた瞬間、佐祐理は目を伏せ、どこか自嘲気味に、


「あはは、それはいいですねー」


 それまでの明るい雰囲気が、まるで空気を抜かれたかのように萎む。


「えと、倉田先輩?」


 優奈も急な雰囲気の変化に、何を言ったらいいかわからない。
 気まずい雰囲気。


「おぉぉぉ? なんだ、あの程度の事で壊れたのか。まったく隼人も橘もだらしがないのぅ」


 そんな、沈黙を吹き飛ばすような声が響く。
 敷島博士。
 隼人、橘博士とともに新ゲッターを造った科学者の一人であり、今は亡き早乙女博士の友人である。

 主な研究対象は兵器全般。
 このゲッターに搭載されている兵器はすべて彼が手がけたものだ。
 性格は一言で言うならマッドサイエンティスト。あるいはある種の狂人。

 とにかく破壊兵器の開発にすべてを注ぎ、そしてゆくゆくは自分の造った武器で殺され、その死体の写真を机の下のアルバムに貼って欲しいと常日頃から言っている。
 だが、驚くべきはそれだけではない。


「祖叔父様……ひょっとして、手伝って下さるんですか?」


 そう。敷島博士の兄は、佐祐理の母方の祖父。
 つまり、彼と佐祐理は親戚同士なのだ。
 ついでに言えば、佐祐理の火薬の扱いは、敷島博士から習ったものだったりする。


「うむ。わしにかかればこの程度の破損、物の数ではないわい。それにちょうど、新しい兵器を開発したところでな。
コンバトラーのビックブラストと、ボルテスのガトリングミサイルを参考にしたものなのじゃが……」
「あー、敷島博士。普通で、普通でいいですからっ」


 いそいそと怪しげなコンテナに向かう博士を、優奈が車椅子で必死に止める。
 気づけば、あの微妙な雰囲気はとっくに消えていた。

 だが、優一郎は思う。
 あの佐祐理の表情と言葉には、いったいどんな意味がこめられていたのだろうか?



to be continued





キャラクターファイル

名前:敷島 登場作品:ゲッターロボ 年齢:不明 所属:橘ゲッター線研究所・ネーサー


 早乙女研究所からの隼人の知り合いであり、早乙女博士の研究仲間でもあった人物。
 専門は武器の開発。かなり線の切れた人物で、自分の作った武器で惨たらしく死ぬのが夢。
 佐祐理の母方の祖父の弟であり、佐祐理にとっては祖叔父にあたる。
 佐祐理が爆発物に習熟しているのはこの人の影響。また、佐祐理が橘研究所に入所できた事の一因は彼のコネにある。