「はあぁぁーーっ!!」
「せいっ!!」
優一郎と舞の即席のコンビネーションが、サイボーグを翻弄する。
舞が助け出した優菜をひとまず車椅子に乗せ、先に逃がす。
近くまで来ている舞の仲間が彼女を安全なところまで逃がしてくれる手はずになっている。
色々と聞きたいことはある。
さっきの男たちはなんだったのか。
このサイボーグは何なのか。
なぜこんな良いタイミングで助けに来れたのか。
だが、それは後のことだ。
まずは――
「とにかく、こいつを何とかするほうが先ですねっ!」
相手の目が舞に向いた瞬間、優一郎が空いた懐に潜り込み、強烈な双撞掌を放つ。
さらに、舞の追撃。
鋭い突きが頭部に突き刺さった。
しかし、どちらも、
「くっ……」
「堅すぎですよ、これはっ!」
厚い装甲に阻まれる。
堅牢な鋼のような、それでいて硬質のゴムのような不思議な感覚。
衝撃は殺され、刃は通らない。
「さっきの川澄さんの攻撃が効いているということは、充分な速度と威力があれば通じるはずですが――」
大振りの拳を上体を仰け反らせて回避。
鼻先を掠めた拳が引き戻されるより早く、その顎につま先を叩き込む。
だが、並の人間なら脳をシェイクされて朦朧とするような一撃も、サイボーグ相手には無意味。
「久瀬……拳士なら、波動拳とかかめはめ波とか……」
「無茶言わないでくださいっ!」
いや、祖父なら出せそうだが、とふと思いつつ。
その瞬間、閃いた。
「いや……そう言えば、ひとつだけありますね」
発勁。
格闘もののフィクションではわりとお約束の技だ。
技巧的に精錬された打撃力。
あれならひょっとすると効果があるかもしれない。
「じゃあ、ちゃっちゃとやる」
「いや、実は実際にやったことはないんですよ。二、三回祖父がやったのを見ただけで」
「……駄目元」
「わかりました。じゃあ、ちょっとだけ時間稼いでください」
「ん」
言って、舞が突っこむ。
振るわれる豪腕をかいくぐり、ひらりひらりと動いて撹乱。
その間に、優一郎は腕を天地上下に構え、ゆっくりと気を練る。
(さすがに、見るとやるでは大違いですね……)
確かに何かが溜まってくる感覚はあるが、しかし祖父のように急激にはいかない。
(もっとだ――もっと、もっと集中しろ――!)
集中。
集中。
集中。
深く。
深く。
深く深く深く――。
「久瀬……あまり長くは保たせられない――っ!」
舞がやや焦りを含んだ声を上げる。
だが、優一郎は答えない。
迂闊に動けば、せっかく溜まった気が散ってしまいそうだ。
(心を研ぎ澄ませ――そう、明鏡止水だ――!)
一点の曇りのない鏡や静止して揺るがない水面のような研ぎ澄まされ、澄み切った心。
静の極地とも言えるその領域を目指し、ひたすら気を練る。
「しまっ――!?」
舞の悲鳴。
優一郎は思わず気を乱しそうになるが、気合で押さえつけようと――
スーパーロボット大戦ES
〜Torinity Heart〜
第五話
唸りを上げて振るわれた豪腕は衝撃波すらまとい、紙一重で横に飛んだはずの舞の、肋骨の下あたりをかすめていた。
その一撃はモノクリスと抗刃繊維すら斬り裂き、その下の皮膚にうっすらと赤い筋を残す。
「久瀬、早く――?」
舞が振り向くと、優一郎はなぜか前屈み。
「何ふざけてるの?」
優一郎は無言で、舞を指差す。
その先をたどるように視線を落として、気づいた。
はっきり言おう。舞はかなりスタイルがいい。
背が高く顔立ちも整っていて、何より胸が大きい。
高校時代で89cm。今ではさらに成長して91cm。
その豊かな胸が、斬られた服の隙間から、下乳を覗かせていた。
そりゃあ、煩悩全開で明鏡止水どころではなくなるだろう。
気づいた舞は無言でダッシュ。
優一郎に近づき、無言で、
「ぐはっ!?」
蹴った。
ハイキックの動作で上体を反らしたため、優一郎の視点からはさらによく見えた。
「い、痛いじゃないですかっ」
「この状況でふざけてるほうが悪い」
「な、そっちが勝手に見せたんじゃないですか。それに、一体全体なんでノーブラなんですか! 揺れますよ。垂れますよ!? こちらとしては非常に嬉しいですがっ!!」
じゃれあう二人の間を、サイボーグの攻撃が走った。
舞が再び上体を反らすようなスウェイ。対する優一郎は、その舞を下から覗き込むように体を低くしてかわす。
「ぶらぼー」
多分、アドレナリンだかドーパミンのせいでハイになっているのだろう。
「……変態」
続けて優一郎に向け、振り下ろすような一撃が放たれる。
しゃがみ状態の優一郎は、それに対する反応が一瞬遅れた。
だが、舞がツッコミとともに優一郎を蹴り飛ばして回避させる。
「っと、すみません。見るのに夢中になって」
空中で体勢を入れ替え、足から着地。
舞も短く跳躍を重ね、優一郎と並ぶ。
「さて、今ので完全に溜めた気が散ってしまいましたが、どうしましょう?」
優一郎の言葉に、舞は嘆息。
とその時、舞の持っていた通信機が鳴る。
「出ていいですよ。それくらいの時間は僕が稼ぎます。それに――」
言いながらダッシュ。サイボーグの拳撃に真下から蹴りをぶち込み、軌道を逸らす。
「いいものを見せてもらったお礼もありますし、ね」
「……莫迦?」
「人がかっこつけてるのに、何てこと言いますかっ!」
どうやら、任せても平気なようだ。
一抹の不安は残るが。
そして舞は、鳴り続けている通信機をONにする。
『あ、舞? 良かった、やっと繋がった』
「佐祐理……今交戦中だから、あんまりのんびり話してる時間はない」
『うん。だから手短に話すね。そいつを連れて、いったんアクエリアスまで戻ってくれる?』
「……どういうこと?」
『詳しいことは後で話す。とりあえず、なんとかそのサイボーグを倒す手があるから』
「……了解」
通信を切り、優一郎に声をかける。
「いったん退く。付いて来て」
「せいっ! ――と、逃げるんですか?」
「逃走じゃない。明日の勝利のために転進」
「なんだかわけわかりませんが……信用しますよ」
相手の膝蹴りを、わずかに衝撃を喰らいながらもガードで凌ぎ、カウンターで背面をぶち当てる鉄山靠。
2メートル近いその体が、漫画のように浮く。
そこに舞が、折れた刀でなく鞘を構え、一撃。
「――チェストォッ!」
白木の鞘が砕け散るほどの一撃に、さすがに耐え切れず吹き飛ぶサイボーグ。
しかし二人はもはや目もくれず、
「それじゃあ、後ろに向かって全力疾走、ですね」
「…………(こくり)」
一方、佐祐理たちのいるアクエリアス。
「うわ、本物の神隼人さん!? サインもらえますか?」
南に助けられここまで連れて来られた優奈は、バルマー戦役の英雄神隼人の姿に思わずミーハー精神を発揮していた。
しかし、対する隼人は冷静なものだ。
優奈の体――なんとなく胸元のあたりに視線が集中していた気もするが――を一瞥すると、
「ぎりぎりでB――コホン。……いや、怪我は無いようだな。倉田君、念のために診てやってくれ。
それと里村、向こうの状況はどうなっている?」
「……かなり苦戦してますね。目標の装甲は堅牢なようで、、川澄さんの剣が折られました。一応ターゲットと協力して迎撃してますが、有効打は入っていません。おそらく……直に押し切られます」
「そうか……」
腕を組んで考える。
舞の白兵戦能力はネーサー随一だ。
彼女と、さらに優一郎が加わっても倒せないのなら、ネーサーでは打つ手がない。
無論、通常火力であれを倒すのは至難の技だろう。
優一郎の祖父鉄斎や、御影基地あたりにそろそろ戻ってきているらしい東風の氷室修司あたりなら太刀打ちできるかもしれないが、気になるのは舞の言葉だ。
念のためにゲッターを用意させてはいるが、ここで時間を浪費すると間に合わなくなる可能性がある。
「あの、一佐」
「ん……どうかしたかね、倉田君?」
考えている隼人に、佐祐理が声をかけた。
「一応、手はあります。ただ、ひとつ問題が――」
「採用」
皆まで聞かず、許可を出す。
「ふえぇっ!?」
「時間がない。手があるなら頼む」
「……本当に、いいんですか?」
言い出した本人が、確認するように問う。
隼人は首肯。
それを確認した佐祐理ははふ、と息をつき、懐から通信機を取り出す。
長いコールの後、舞が出た。
手短に話し、通信をきる。
伝達を終え、佐祐理は振り返った。
「では、アクエリアスの運び出せる機材を全部搬出。データのバックアップを取って、総員即座に離脱できるよう準備をしてください」
決意をこめ、微笑を浮かべる。
「舞と久瀬さんが来るまでに、準備を済ませますよ――」
再び、視点は全力疾走中の舞と優一郎。
「ちょ、追ってきてますよ。それも、なんだかヤバ気な感じでっ!」
優一郎が驚くのも無理はない。
一度吹き飛ばしたサイボーグ。
それが、二人を追ってきている。
それも、獣のように四つん這いで。
「高速走行用の形態……? 人間の体では困難なはずの四足歩行を、肩を中心とする各部関節を外す形で変形させて、バランスを保ってる……」
「なんでそんなに冷静に分析できるんですかっ!?」
固められた地面を掘り返すほどの脚力で、サイボーグが追ってくる。
しかし、徐々に距離を詰められながらも、未だ、二人はなんとか距離を保っていた。
「それで、どこに行くんですか」
「旧街道沿いの出口。そこに、味方が待ってる。久瀬の妹も一緒」
ちなみに、旧街道出口はちょうど反対側にあたる。
「それは……なかなかハードな注文ですね――っ!?」
背筋がぞくりとするような感覚。
とっさに左にステップしたその脇を、銃声とともに砲弾が突き抜ける。
「……飛び道具もあったみたい」
「あったみたい、じゃないですよっ! 滑腔砲なんて、当たったらミンチですよ!?」
「大丈夫。また今みたいに躱せばいい」
「無茶苦茶なぁっ!」
サイボーグの肩口から、長い筒が伸びている。
滑腔砲。
戦車砲よりはるかに小型だが、対人用としては明らかに火力過多だ。
砲声が立て続けに響き、優一郎は慌てて左右にステップを切る。
直後、次々と砲弾が着弾。
対装甲用の徹甲弾なのが幸いした。
炸裂弾などだったら今頃二人ともミンチだろう。
「……まさか、本当に躱せるとは思わなかった」
舞が感心したように言う。
だが、優一郎には突っ込んでいる余裕がない。
「さっきから僕ばっかり狙われてませんか?」
「がんばれ。あと50000ミリメートル」
「近いのか遠いのかわかりませんてばっ!」
ちなみにメートルに直せば50メートル。
二人の前に、大型の装甲車――アクエリアスが見えた。
開かれた側面の扉から、佐祐理が身を乗り出し、舞と優一郎を呼んでいる。
「早く、この中にっ!」
速度を上げて、まず舞が中に飛び込む。
ついで優一郎が飛び込もうとして、
「まずいっ!」
二人の背をめがけ、砲弾が放たれる。
砲弾は開かれた扉に吸い込まれるように飛び――、
「久瀬、頭下げる!」
言われるままに、ヘッドスライディングするような低い体勢でアクエリアスに飛び込む。
その優一郎の頭上を掠めるように、舞の蹴り。
直撃の瞬間、舞の足の軌道が変化し、砲弾を下面から蹴り上げる。
打音一発。
蹴り飛ばされた砲弾は大きく跳ね飛び、あらぬ方向に飛び去る。
瞬間、舞が扉を閉め、ロック。
「危ないところ……って、久瀬さん何をしてるんですかっ!?」
「ふぐ?」
立ち上がろうとした優一郎だが、なぜか視界が真っ暗だ。
顔に妙な圧迫感があり、左右には温かく柔らかな何かの感触。
「優……」
優奈が、ジト目で優一郎を見つめながら冷たい声でつぶやく。
「く、久瀬さん。頭を抜いてくださいっ。きゃ、息吹きかけないでっ……ひゃあっ」
バランスを崩し、もつれ合うようにして倒れる。
それでやっと優一郎は自分の身に何が起こっていたのかを知ることができた。
「……薄 緑ですか。清楚でいいですね。好みです」
直後、女性三人からの打撃が入った。
「ったぁ……今のは不可抗力で――!?」
抗議の声を上げる間もなく、アクエリアスが揺れる。
外のサイボーグが攻撃を繰り返しているのだ。
小口径のロケットランチャーくらいなら耐え切れるはずの装甲が歪み、亀裂が走る。
「どうするんです。このままじゃ破られますよ?」
「大丈夫。計算のうちです」
スカートの裾を直し、赤らんだ頬で佐祐理が言う。
ちなみに優一郎をジト目で睨みながら。
何度かの激突音が響き、ついにアクエリアスの装甲が破られた。
隙間に体を捻り込むようにして、強引に車内に入ってくる。
肩の砲さえ入れば、車内を破壊しつくすのは簡単だ。
だが、
「あははー。ちょっと遅かったですね」
目の前で、逆側の扉から佐祐理たちが降りる。
無情にもドアが閉められ、サイボーグは体を引き抜こうと暴れるが、中途半端にめり込んでしまい、進むことも戻ることもできない。
そして、アクエリアスから脱出した一団はすぐそばの広場に集まっていた。
「それでどうするんだ、倉田君? 足止めはできても、倒すことはできないぞ?」
隼人の言葉に、佐祐理はくすりと笑い、
「倉田家には……代々続いた戦いの方法があるんですよ。それは――こんなこともあろうかと」
懐から取り出したのは、宝石箱に似た小さな箱。
開かれたその中には丸く赤いボタンが一つ。
「非常時の機密保持のため、アクエリアス内部に仕掛けた計100キロのセムテックス爆薬……たっぷり味わってください」
直後、アクエリアスが迷いなく自爆した。
to be continued
《舞と佐祐理のふたりごと》
舞:久瀬……
佐祐理:久瀬さんって、いわゆるむっつりスケベだったんですね〜
舞:確かに第二話でも、佐祐理の胸を揉んだりしてた
佐祐理:しくしく……もうお嫁にいけません
舞:佐祐理、目薬見えてる
佐祐理:あ、あはは〜(汗)。それはともかくっ。舞、ちゃんと下着つけないと、久瀬さんじゃないけど、垂れるよ?
舞:ん、いつもは剣振るのに邪魔だからサラシ巻いてる
佐祐理:(うらやましい……)じゃあ、今日は?
舞:来る前にシャワー浴びたくて外したら、自分で戻せなくなった
佐祐理:ふえ? 舞、自分で巻けないの?
舞:ああいうのは苦手……
佐祐理:じゃあ、いつもはどうしてるの?
舞:いつもは、澪に頼んでる
佐祐理:(澪さん、かわいそう……)
澪:……(羨ましいの。澪に対するあてつけなの)