夜の大気を切り裂いて、四本のナイフが優一郎目掛けて飛翔する。
「南無三っ!」
せめて急所に当たることだけは避けようと、その両腕で顔をガードする。
そして放たれたナイフは、狙いを外すことなく腹に二本、そしてガードした腕に二本命中し――
――弾かれて、地面に落ちる。
「なっ!?」
目をむく小男。
そして、優一郎は安堵のため息を一つつき、
「ははは……どうなることかとは思いましたが、一応カタログスペックに嘘はなかったみたいですね」
投げナイフをいともあっさりと弾き返した優一郎のコート。
その肩口には、天下の大企業来栖川のロゴがあった。
スーパーロボット大戦ES
〜Torinity Heart〜
第四話
「あ、あれはっ!!」
優一郎たちの姿をモニタしていた南が、驚きの声を上げる。
「知っているのですか、明義?」
「ああ、間違いない。あれは――」
「……来栖川製の防刃コート。見た目は普通のコートだけど、こと防刃能力に限定すれば、軍用ケヴラーベストと同等」
興奮した南の声を断ち切って、冷静な解説が二人の後ろからなされる。
驚いた二人が振り向けば、そこには野太刀の入った袋を横に立てかけ、デスクに腰掛けながら牛丼をかき込む長身の女性の姿。
「か、川澄さん!」
後ろに回られるのどころか、いったいいつの間に車内に入ってきたのかすら分からなかった。
学生時代よりさらに伸ばした黒髪。
前髪は刀を振る邪魔にならないようひっつめるようにして後ろでまとめ、藍色のリボンで束ねている。
軍用のごつい編み上げブーツに、手には指先の露出したレザーのグローブ。
彼女もまた、来栖川のロゴ入りのジャケットを羽織っている。
愛刀は、四尺五寸の大太刀、北稜一刀斎漢気。
橘研究所所属、新型ゲッターパイロット・川澄舞。
それが彼女の肩書きだ。
優一郎と舞が着ているのは、同シリーズの来栖川の防刃服。
来栖川重工の会長の孫娘に、綾香と言う少女がいる。
立場上命を狙われやすい彼女に、祖父たちは安全のために防弾チョッキを着るよう何度も言ったのだが、彼女は動きにくいしお洒落じゃないから、と言う理由で断り続けていた。
そこで会長命令で、動きやすく、しかも普段着としても使えるような防刃服を開発させた。
それが、来栖川防刃服、通称"丈夫"シリーズ。
まず、優一郎の着ているコートタイプの"大丈夫"。
耐衝撃性能に優れるが貫通されやすいモノクリス素材を、対貫通性能に優れた表面素材で挟むことにより防御能力を高めたものだ。
舞が着ている"中丈夫"は、大丈夫より軽装なジャケットタイプ。
モノクリスの厚さも薄く、袖なしではあるが、胴体部分の防御能力は充分である。
それ以外に、表面の対貫通繊維のみで構成されたシャツ、"小丈夫"と呼ばれるものもある。
衝撃はほぼ素通しにしてしまうが、服の下に着込め、目立たないのが利点だ。
「ってところだな」
南が得意げにそう解説する。
「やれやれ、まさかそんなものを着てたとはな。これでは、試験にはならないか……?」
「それなら心配要らない」
隼人の言葉に、舞がそう答える。
「どういうこと、舞?」
しかし舞は、佐祐理の質問には答えず、無言で漢気を掴み立ち上がる。
そして、指揮車から立ち去り際に一言。
「一佐、ゲッターの出撃準備をしておいた方がいいと思う……」
「川澄さん?」
「ちょ、ちょっと、舞!?」
茜や佐祐理たちの声が、夜の闇の中に消えていった――。
必殺のはずのナイフをあっさりと防がれ、小男が思わず立ちすくむ。
無論、その隙を見逃す優一郎ではない。
「――しぇあっ!!」
鋭い呼気とともに叩きつけるようにして一歩を踏み込む。
周囲の空気が震えたかと思える程の衝撃とともに、その体がまるで途中のコマを吹き飛ばしたかのようにようにグンと前へ。
小男が慌てて新しいナイフを抜こうとするのを、左手で相手の手首を打ち据えてはたきおとす。
深く腰を落とし、体を思いっきり捻るようにしてその鳩尾に右の掌底。
男の眼がくるんとひっくり返り、力を失った体がくたりと崩れ落ちる。
――まずは、一人。
そう思った瞬間、
「ひゃっはぁーーーーっ!!」
右手側から奇声。
視界の隅に、ヤクザがドスを振りかざしながら突っ込んでくるのが映った。
脳天目指して振り下ろされたその刃を、優一郎はとっさに腕を交差させる様にしてガード。
だが、切断の力こそコートが防いでくれたものの、その衝撃までは殺しきれず、受けた箇所に鈍痛が走る。
「ぐぅっ!?」
しかし、優一郎はそこで後ろに下がらず、逆に一歩踏み込んだ。
格闘は剣より間合いが短い。
つまり、悪戯に距離をとればこちらが不利になるばかりだ。
むしろ接近すれば、自分の腕が邪魔で相手は刃を振るえない。
けれども、優一郎にも誤算があった。
さっきの衝撃が予想より大きく、腕が痺れている。
右拳を打ち込んだものの、大したダメージが入らない。
――距離を取って蹴りに切り替えるか。
一瞬そんな考えが頭に浮かぶ。
力の入らない掌打より足技の方が有効だろう。
だが、足技を使うには間合いが狭すぎる。
間合いを取れば、刃の餌食。
けれど、長く考え込んでる暇はない。
優一郎は覚悟を決めた。
「ほぁっ!」
受けた刃を外側へ向かって打ち払い、体勢を崩した相手の懐に体を滑り込ませるようにして密着。
反転と同時に背中で弾き飛ばし、一旦間合いを計りなおす。
鉄山靠と呼ばれる技だ。
接近戦を挑むなら腕の痺れをとるまでの時間を稼がなければならないし、足技で行くなら間合いを取らなければならない。
どちらにせよ、間合いの取り直しが必要だった。
(まずいですね……)
自分の経験不足を痛感する。
道場での訓練は十分に積んできたし、街中での経験もある。
だが本物の、命のかかった実践の経験は初めてだ。
普段なら、ここまで苦戦はしない。
体が、無意識に恐れているのだろう。
――死、という最悪の結末を。
その怯えが、体を竦ませる。
力を出し切れない。
わかってはいるが……
(理解はできても……体が言うことをきかないっ!)
ヤクザに気をとられていたため、横合いからのボクサー崩れの拳撃に気づけなかった。
ガードはしたが、それを打ち抜いて体に響く衝撃。
「か――はっ!!」
一瞬意識がトバされる。
よろめいたところへ、狂ったような笑いをあげながらボクサー崩れが追撃を叩き込む。
「お兄ちゃんっ!!」
その光景に、優奈が思わず悲鳴を上げる。
ついに優一郎の体が崩れ落ちた。
そして、その優一郎に向かって、ヤクザがドスを振り上げる。
恐れはなかった。
ただ、無我夢中で――、
「うわあああああああああああっっ!!」
車椅子ごと、ヤクザに体当たりをする。
優奈の体重40+(乙女の意地)kgと、車椅子の15kg×時速45km強の二乗の運動エネルギーは、あっさりとヤクザの体を弾き飛ばした。
「これが、ほんとのチャージング、なんてね――」
蒼白な顔で、しかし優一郎に向かって強がる。
だが、その行動がボクサー崩れを刺激した。
「優奈、危ないっ!」
「え――?」
乾いた音を立てて車椅子が倒れ、優奈の体が吹き飛ぶ。
その瞬間。
優一郎の中で、何かが音を立ててキれた。
「貴様ぁぁーーっ!!」
起き上がりざま、右の掌でボクサー崩れの顎をぶち抜く。
ガードもできずのけぞるその体に、さらに容赦なく追撃。
連環腿と呼ばれる連続蹴りで蹴り上げ、とどめとばかりに――
「頂心肘っ!!」
鋭く踏み込み、相手の懐に肘をぶち込む。
がほっ、という悲鳴とともに胸を陥没させ、ボクサー崩れが崩れ落ちる。
しかし、もはや仕留めた相手に目もくれず、優一郎は先ほど優奈が吹き飛ばしたヤクザに目を向ける。
不意打ちの衝撃から立ち直ったのだろう。
軽く頭を振りながら、ドスを構えなおす。
優一郎は無言でコートを脱ぎ、左腕に巻きつける。
「キェェェーーーッ!」
奇声とともに振るわれた刃を、優一郎はあっさりと左腕で受け止める。
衝撃も、切断力も、重ねた生地が防いでくれた。
そして――、
「しゃあっ!」
気合一閃、巻きつけたコートを払いのける余波でドスをその手から吹き飛ばす。
次の瞬間、丸腰のヤクザに優一郎の容赦のない連撃が突き刺さった。
「ハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイッ!」
息をもつかせぬほどの無数の突き。
腹を、胸を、脚を、腕を。
ありとあらゆる箇所に優一郎の手刀が突き刺さる。
そして、とどめ――。
「ハイィィィィ――――ッッ!!」
華のごとく揃えて開いた優一郎の両掌が、ヤクザの胸を撃つ。
悲鳴を上げることすら叶わず大きく吹き飛び、そしてその体が何かに受け止められた。
「まだいたのか……構いませんよ。何人来ようと僕の敵では――!?」
ヤクザの吹き飛んだ先にいたのは、先ほどのボクサー崩れよりさらに大柄な浮浪者風の男。
てっきり優一郎はそいつもあのならず者の仲間かと思ったが、しかし浮浪者はそんな優一郎の想像を遥かに越えた動作に出た。
「ひ――ぎゃあっ!」
ぐしゃり、と音を立ててヤクザの頭を握り潰した。
そして、もはやただの物体となったその体を、優一郎めがけて投げつける。
「――っ!」
反射的に身をかわす。
背後でどさりと死体が叩きつけられる音に構わず、そのまま疾走。
本能が告げていた。
――こいつは、やばすぎると。
「しぇあっ!!」
踏み込み、首筋めがけてムエタイのテッ・カン・コーにも似た上段蹴りを放つ。
角度もタイミングも完璧。
完璧に決まったと、そう思った。
だが、脚から返ってきたのは、まるで鉄柱でも蹴りつけたかのような固い感触。
そして、浮浪者はなんら痛痒を感じていないかのように、首筋に突き刺さった優一郎の脚をつかんだ。
(しまっ――!)
一瞬、意識が吹き飛んだ。
一拍遅れて、自分が脚をつかまれ、豪力で放り投げられたのだということに気づく。
受身を取れたのは奇跡に近かった。
ごろごろと反動を逃がすかのように転がって、なんとか立ち上がる。
だが、激しい衝撃でまだ地面が揺れているように思える。
まっすぐ立つことすら難しい。
その時だ。
「う……ん……」
小さなうめき声を上げながら優奈が目を覚ました。
大きく吹き飛んだ優一郎より彼女の方があの浮浪者に近い。
まだ朦朧としていた優奈は、しかし濃密な血の臭いと転がった死体、そして浮浪者の姿を認めてびくりと震える。
普通なら身がすくんで当然。けれど優奈はなんとか気を保ち、浮浪者から離れようとする。
だが、車椅子のない今の彼女ではほとんど這うような動きしかできない。
優一郎は走った。
ふらつく体で、けれど懸命に妹をかばおうと。
そして――。
一方、アクエリアス内部。
「い、一佐。あんなのまで呼んでいたんですか」
南の悲鳴が響く。
だが、隼人は無言で首を振り、
「いや、用意したのはあの三人だけだ。むしろ、あの男は……」
「分析結果出ました。熱、金属反応その他から見て、間違いなくあれはサイボーグです。それもきわめて凶悪な」
茜の報告に、隼人がやはりな、とうなずいた。
「奴らめ……我々の目的に気づいたのか」
「ひょっとして、舞が言っていたのはこの事?」
佐祐理が先ほどの舞の言葉の意味に気づく。
「そう言えば、川澄さんはどこに――?」
佐祐理の言葉を聞いて、茜が舞の現在地を検索する。
「……川澄さんの現在位置、捕捉しました。公園内の……ターゲットのすぐ傍!?」
「なんだって? でも、モニタには映ってないぞ?」
舞を表す光点は優一郎たちのすぐ傍にある。
しかし、モニタには彼女の姿はない。
一番最初に気づいたのは、隼人だった。
「あそこだ。左脇の――街灯の上!!」
間に合わない。
頭のどこかで醒めた声がする。
それでも、懸命に走る。
わずか10メートルにも満たない距離が、果てしなく遠い。
そして、サイボーグがその手を大きく振り上げる。
「ヤエエエェェェェェェェーーーーッッ!!」
夜気を切り裂く、鋭くも美しき声。
月光を背に、手にするは大太刀。
艶やかな黒髪をたなびかせ、重力に引き寄せられるままに自由落下。
その真下には、優奈に向かってその手を振り下ろそうとしているサイボーグ。
斬。
落下の衝撃を追加した刃は、強靭なその装甲を切り裂き、右肩口から胴体の半ばまでめり込んで、甲高い音と共に――、
「……折れた!?」
そんな、驚愕の声さえ美しい。
バランスを崩しながらもサイボーグに蹴りを放ち、反動で優菜の元へ。
折れた太刀を口にくわえ、無言で彼女の体を抱き上げる。
相手から視線は外さぬままバックステップ。
人を抱え、さらに後ろを向きながら数メートルの距離を一度に稼ぐ。
そこで、突然の出来事に歩みを止めていた優一郎と並んだ。
「ひはひふひ、ふえ」
「さっきまでのかっこよさが吹き飛ぶくらい莫迦っぽいですね、川澄さん」
そう。
月光に映える艶やかな黒髪。
藍色のリボンで束ねられた長髪が夜気に揺られ、
愛刀は、今や折れて一尺足らずとなってしまった、北稜一刀斎漢気。
橘研究所所属、新型ゲッターパイロット・川澄舞。
それが――彼女の肩書きだ。
to be continued
キャラクター解説
名前:川澄舞(かわすみ まい) 登場作品:kanon 年齢:22歳 所属:橘ゲッター線研究所
佐祐理の親友。無口であまり表情を変えることがないが、動物やぬいぐるみなどかわいいものが好き、という女の子らしさもちゃんと持っている。
もともと我流で剣を扱っていたが、研究所に入所した際、隼人の紹介でリシュウ=トウゴウに師事し、薩摩示現流を修行中。
後輩の相沢祐一に好意を抱いていたが、彼には他に似合う人がいる、と身を引いた。
髪型を変えたのはその後。本当は髪を切ってショートにしようと思ったが、佐祐理が止めたので今の髪型になった。
最近、刀剣集めがひそかな趣味。