学生時代、とある事件がきっかけで佐祐理と二人の友人、川澄舞と相沢祐一の三人と、久瀬優一郎の仲は険悪といってもいいほどだった。

 事件が一応の終わりを告げた後でも、結局四人が和解することはなく、祐一などは校内で久瀬と会うたびに敵意を剥き出しにし、久瀬は久瀬でそんな祐一の態度に不快感をあらわにする。

 舞はある程度おとなしかったが、この二人の対立は、以前の事件の結果として生徒会に所属することになり、二人の板ばさみになっていた佐祐理にも深い心労を与えていた。


 卒業式を控えたある日のことだった。

 その構図を見るに見かねた生徒会の役員の一人、斉藤は二人の共通の知人だった北川という生徒に相談を持ちかけた。


 そしてその数日後、祐一と久瀬の二人は北川、斉藤のお膳立てでものみの丘へ行った。



 そこで何があったのかを、佐祐理は知らない。

 ただ、その次の日曜日、佐祐理と舞が祐一に呼び出されて駅前に行くと、そこには久瀬の姿もあった。


 久瀬、そして祐一。
 その二人のどちらの顔もわずかに腫れ上がっており、目もとのあたりには青痣すら見受けられた。

 だが、二人の顔は憑き物でも落ちたかのように晴れやかに見えた。



 彼は、まず頭を下げ事件の際の自らの非をわびた。


 如何なる理由があれ、舞を佐祐理を生徒会に引き込むための道具としたこと。

 それは、正確には久瀬が考えたことではなかったが、実際に佐祐理が生徒会に入った際、それを広めるための演説に立ったのは久瀬だった。



 いきなりの久瀬の姿に、二人は戸惑った。

 しかし、舞は久瀬に頭を上げてほしいと言った。自分も、謝らなければならないと。


 信じてもらえたかはわからないが、少なくとも言葉を交わすことはするべきだった、と。




(あのあと、四人でお昼ご飯を食べに行ったんですよねー)



 舞がおなかがすいたというので、四人で牛丼を食べに行った。


 その時だ。

 久瀬は、何を思ったか自分の丼の肉をつまむと、舞と佐祐理、二人の丼の上に乗せた。


 お詫びと、これからもよろしく、ということで。

 そう言って彼は不器用な笑みを浮かべた。


(あの時、久瀬さんも悪い人じゃないんだって、そう思ったんですよね。だって……)


 不器用なその感情表現。

 それは、彼女の親友、川澄舞と親友同士になったとき、舞がしたことと同じことだったのだから。



 そして、卒業までの短い間、佐祐理たちと久瀬は良好な関係を築いた。


 祐一は同居人の幼馴染やクラスメイトと色々あったらしく、屋上でのランチタイムの面子は、祐一の代わりに久瀬が加わることが多かった。

 時に、祐一とその友人たちが大挙して乱入し、総勢十人以上での昼食会になったこともあった。


(本当に、楽しかったです……)


 最後に会ったのは、卒業式の次の日。

 親の決めた進路に従うのが嫌で、遠い親戚の勤める橘研究所に舞と一緒にこっそり就職することを決め、旅立つことになった佐祐理たちの、お別れ会の日だった。


(あれから……もう三年以上になるんですね……)





スーパーロボット大戦
〜Torinity Heart〜
第二話





「――――っ!?」


 ふとわれに返ると、そこには、目を閉じ、キス寸前の久瀬の顔。
 その右手は、佐祐理の腰を回って、右胸のあたりにちょうど置かれている。

 どうやら、自分の体が彼に抱きすくめられている事に気づいた佐祐理は、反射的に、


「いやぁーーーっ!!」


 悲鳴を上げながらも、子猫をつぶさないよう細心の注意を払いつつ、左の肘を肋骨と腹の境界に叩き込む。
 その際、ついでにパンプスでしっかりと相手のつま先を踏みつけておくことも忘れない。

 衝撃に腕の力が緩んだ瞬間、顎を掠めるようにして右の掌底を叩き込み、バックステップで距離をとる。

 そして、ポケットからミュテラ185サイレント――女性でも簡単に扱えるように作られた、ミュテラインダストリー製の小型拳銃。銃声抑制装置サプレッサー付き――を抜き、続けざまに二連射ダブルタップス







 タンッ、タンッと、銃弾が肉にめり込む音が響く。








 撃ってから思い出した。

 子猫を助けようと車道に飛び出したこと。
 轢かれそうになった瞬間、誰かに助けられたこと。

 助けたのが、久瀬だったこと。



「あ――――」



 自分のしでかしたことに、思わず顔が青ざめる。



「あ、危ないな……それが、命の恩人に対する態度ですか!?」



 さすがの久瀬も、わずかに怒りと驚きを秘めてそう言った。



「僕はただ、いくら声をかけても反応がないから、もしやショックで心停止でもしたのではないかと心配して、人工呼吸と心臓マッサージを施そうとしただけだと言うのに……」



 なるほど。どうりであんなに顔が近づき、片手で乳を揉まれていたわけだ。

 ちょっと反応がなかっただけで人工呼吸はやりすぎじゃないかなーとか、そもそも心臓マッサージで胸を揉む必要があったのかなーなど、色々つっこむべき事はあるが、それよりもまず聞かなければいけない事があった。



「久瀬さん、なんで生きてるんですか?」

「――それ、文脈だけ聞くとさりげに酷いこと言ってませんか、倉田さん」



 だがしかし、佐祐理の言う事ももっともだ。

 肘打ちと掌底はともかく、銃弾二発は致命傷のはずだ。
 二発とも、肉にめり込み骨を砕いた手ごたえはあった。



「ああ、そうでした。まったく、おかげでせっかくの買い物が台無しですよ」



 そう言って、買い物袋を見せる。

 その袋には、二つの穴が開いていて、中には、ネギと豆腐、その他の夕食の材料と思しきさまざまの食材。
 そして、何より目を引くのは――



「骨付きカルビ?」

「ええ。今夜は焼肉なんです。妹がバスケの試合で準優勝したんで、そのお祝いに」



 なるほど。これが肉を貫き、骨を砕いた感触の正体らしい。

 あまりといえばあまりのオチに、思わず佐祐理の体が脱力する。



「なんか、とっても疲れました……」

「それはいけませんね。なるべく早く家に帰って、ゆっくり休む事をおすすめしますよ。それに……」



 言って言葉を切り、佐祐理のふくよかな胸――ではなく、そこに抱かれた子猫を見て、



「その仔、どうやら捨て猫のようですし、お腹も空いているみたいですからね」

「はぇ……そうですね。さっきも着いてきちゃいましたし……」



 このまま置いていったら、また後を着いてこようとするだろう。



「じゃあ、一緒に帰ろうか?」



 みゃお、と同意するように子猫が鳴く。

 その様子を見た久瀬は、手に持った買い物袋を軽く上げ、



「じゃあ、僕はもう帰りますよ。あまり待たせると、妹はともかくじーさんが暴れだすんで」



 では、と言って去ろうとする久瀬の背に、佐祐理が思い出したように声をかける。

 疑問符を浮かべて振り返る久瀬に、



「佐祐理の事、自己犠牲が過ぎるって言いましたけど、それは、久瀬さんもじゃないんですか?」

「……なんの、事です?」

「今、佐祐理の事を助けてくれました。自分だって大怪我をするかもしれないのに……」

「別に。ただ体が動いてしまっただけですよ。それと、ご安心を。僕はあの程度の事で死ぬつもりはありません。死ぬ時は腹上死と決めてますからね」


 そういうと、今度は振り向かずに去って行く。
 最後に、銃痕の残る買い物袋を持った片手を上げながら、



「ああ、忘れてました。川澄さんにもよろしく言っておいてください。ま、彼女のことだから心配はないと思いますが……」



 佐祐理にというより、何か自分の中で確認するかのように呟くと、今度こそ久瀬は去っていった。

 そして、久瀬が去ったのを確認すると、入れ替わりに離れたところにいた隼人が近づき、佐祐理にたずねる。



「彼は、君の知り合いか?」

「あ、はい。高校の時、後輩だったんですけど……」

「そうか……まさか、こんなところで見つかるとはな」



 その言葉に、佐祐理は首をかしげる。



「見つかったって?」



 いいか、と隼人は横断歩道の反対側へ佐祐理を連れて行く。

 そこには、アスファルトにくっきりと、靴跡が刻まれていた。



「君が猫を助けようとした時、彼が立っていたのがこの場所だ。そして、ここから踏み切り、数歩で君のいたところにたどり着いた」


 見れば、ここから横断歩道の真ん中まで、数箇所同じような跡が残っている。



「まさか……そんなことができる人がいるなんて……」

「そういう人間を私は求めていたんだ。――だが、これだけではまだ甘い。もう少し、試させて貰うぞ……」


 懐から取り出した電話で、研究所にコールしながら、佐祐理が久瀬に関して知っている事を聞き出す。
 しばし後、電話が繋がった。







『――――』

「私だ。今から言う人物に関する、全データを集めてくれ――。ん? 通じているのか?」



 電話は繋がっているはずなのだが、受話器の向こうから返事はない。



「おい、聞こえているなら返事をしろ」

『――――』



 また沈黙と、そして動揺の気配が伝わってくる。



「もしかして……上月か、そこにいるのは?」



 ぶんぶんと、首を振る気配。



「誰か――他の人間はいないのか?」



 ふたたび首が振られる気配。
 おそらく、今度はNOの意味だろう。



「参ったな……」

『――――』



 きゅっきゅっきゅっと、何かをこするような音が受話器から聞こえてくる。
 隼人は片手でこめかみの辺りを揉みほぐしながら、



「電話で話してる時にスケッチブックに何か書かれても、こっちでは見えんぞ」

『――――!!』

「いや、いちいち驚く事でもないだろう」






「なんか、楽しそうですねー」



 つぶやく佐祐理に、同意するように子猫が鳴く。






「とりあえず、私の言った事がわかったら一回、わからなければ二回、受話器を叩け。わかったか?」



 一応の解決策を思いついた隼人の言葉に、受話器から返ってくるのは、



『――――(こん)』

「よし。では、いくぞ……」



 そうして、久瀬に関するデータの洗い出し等を指示したあと、最後にふと思い出したように付け加える。



「あ、そうだった。『近くにいる所員』を呼んでおけ。どうせ試すなら、早い方がいい」

『――――!?』

「――なっ!?」



 その意味する内容に、二人が凍りつく。



「何を驚く。どうせ試すなら早い方がいいだろう?」

「でも、危険すぎます! 万が一の事があったら……」

『――――!!』



 わずかに語気を荒げながら抗議する佐祐理に、同意するかのように受話器の向こうからも気配が伝わってくる。

 だがしかし、隼人は不敵に笑い、佐祐理と電話の向こうの少女に言った。



「心配はないさ。あいつなら平気だ。何故なら……」







「あいつもまた、ゲッターに乗るべくして生まれてきたような男だからな」









to be continued



 名前:久瀬優一朗(くぜ ゆういちろう) 登場作品:kanon 年齢:21歳 所属:民間人


 佐祐理の後輩で、生徒会会計を務めていた。連邦軍極東支部勤めの父がいて、佐祐理の両親とは一応の面識がある。
 祐一と和解した際、それに協力をした悪友、斉藤からあるものを受け取り、それ以後性格に激しい変化が生じたらしい。

 また、親のような連邦役人になるのが嫌で家を飛び出し、現在は三つ年下の妹とともに市内で道場を開いている祖父の家に転がり込んでいる。

 祖父の名は久瀬鉄斎、妹の名は久瀬優奈。

 クールに見えて情熱家。真面目に見えて実は……



《舞と佐祐理のふたりごと》


舞:……佐祐理、やりすぎ(汗
佐祐理:あ、あはは……(乾いた笑い) ま、まあ、お互い怪我がなくてよかったですよー
舞:笑ってすむ問題じゃない
佐祐理:でも、久瀬さんも悪いんですよ? いきなり人工呼吸なんてされたら、誰だってびっくりします
舞:……それもそう(そうか?

佐祐理:あ、ところで舞。最後のほうで神一佐が言っていた、『近くの所員』って誰なの?
舞:それなら……この、原作:永井豪、作画:石川賢 の漫画版“ゲッターロボ”第一巻を読むといい
佐祐理:どれどれ……え、こんな人たちなんですか!?
舞:……この程度の危機、どうにかできなければゲッターのパイロットは務まらない
佐祐理:はぇー(驚き

舞:ところで佐祐理。私も聞きたい。……久瀬が言ってた『腹上死』ってなに?
佐祐理:え、そ、それは……(ごにょごにょ
舞:……佐祐理が知らないならいい。祐一に聞いてくる(立ち去る
佐祐理:え、ちょ、ちょっと舞! さすがにそれはまずいよー!!(あわててその後を追う


つづく?