『う、う、うわぁぁぁっ!』



 通信機から男の絶叫が聞こえる。



「黒田中尉、スピードを上げすぎだ。計器をよく見ろ!」



 黒田と呼ばれた男は必死に目の前にあるはずの計器を読み取ろうとするが、すでに彼は激しいGによりブラックアウトを起こしていた。



『だ、駄目だ……計器が見えない!!』



 悲鳴のような絶叫。



「一号機、三号機が近づいている。落ち着いてシミュレーションどおりにやるんだ!」



 司令室からのその言葉も、すでに彼には届いていない。



『ググ……顔が崩れ――ギャアァァァッ!!』



 悲鳴と、金属が激しく激突し、ひしゃげ、押しつぶされる音。
 
 その中に、何か柔らかいものが潰れるぶちゅっと言う音が響き、それっきり、パイロットからの通信が途絶える。
 司令室のモニタには、合体に失敗し、中心部が完全に潰された一体のスーパーロボット、ゲッターロボの無惨な姿が映し出されていた。












「また、失敗か」



 部屋の奥に座っていた男はそう言うと立ち上がった。
 傍らに立っていた秘書らしき女性は慌てて、もはやモニタの光景に意識を向けようともせずに部屋を出ようとする男を追う。 

 部屋を出てしばらくしたところで、女性は男に追いついた。



「ま、待ってください、神一佐」

「どうした、倉田君」



 呼びかけに、男は何事もなかったかのように振り向く。



「いくらなんでも酷すぎます。人が一人死んだんですよ。それなのに、まるで興味がないみたいに……」

「ああ。興味など無かった。まったくな」

「――っ!」



 その言葉に女性の顔色が変わる。



「ゲッターのパイロットが普通の人間では務まらないと言う事は、三輪准将にも何度も伝えた。それでも実験を強行するように言ったのは彼だ」

「だからって……」



 なおも追いすがろうとする女性と男の前に、一人の少女がやってくる。

 小柄な体をぶかぶかな白衣に包み、髪の毛を大きなチェックのリボンで留めている。


 男に追いすがっていた女性のリボンが緑色なのに対し、彼女のリボンは青。


 分厚いファイルを抱え込むようにしっかり抱きしめて、彼女は男の前に立つと、安心したように笑い……両手がふさがっている事に気づいてあたふたする。



「上月君……とりあえず、ファイルは私が預かるから、落ち着きたまえ」



 苦笑するように男が少女の手からファイルを受け取り、少女の両手が空く。



「――――」



 ぱくぱくと口を動かしながら、彼女の手がひらひらと宙を舞う。
 言葉を話す事ができない彼女は、かわりに手話と口話を用いて他人と会話するのだ。



「なるほど……損傷自体はどうにかなる……か。ならば、やはり修復は君や里村君に任せ、我々はパイロットを探しに行くべきだな」



 少女が言わんとした事を読み取った男は、そう呟くと背後の女性に声をかける。



「三輪准将のところに行くのは後回しだ。これから街に出るぞ」



 少女にファイルを返すと、それだけ言って再び歩き出す。




 男の名は、神隼人。

 かつて、ゲッターロボと呼ばれたスーパーロボットのパイロットだった男である……







熱くなれ 信じる想いが 無限の奇跡呼び醒ます
走り出せ 己の旋律《コトバ》を 煌く未来《アス》に刻み込め


信じていれば 夢はかなうと 子供のように 信じてた
幾千万の 永遠越えて 祈りが過去を解き放つ

そうさ立ち止まれない ヒトがヒトで在る証
仲間がいてくれるなら ただそれだけで前に進める


熱くなれ 君との約束 ただそれだけを抱きしめて
絡み付く 絶望断ち切り 果て無い明日へ駆け抜けろ

熱くなれ 信じる想いが 無限の奇跡呼び覚ます 
走り出せ 己の旋律《コトバ》を 煌く未来《アス》に刻み込め







スーパーロボット大戦
〜Torinity Heart〜
第一話







「どうやら、外れだったみたいだな」

「神一佐……もう、今日だけで十人目ですよ。それも、道内トップレベルの陸上、サッカー、テニス、バスケットボール、空手、柔道、ボクシング……今までのを全部あわせれば、軽く百人は越えます。
 なのに、どんなに体力や知力に優れた人間を見つけても、みんな駄目。いったい、どんな人間だったら御眼鏡にかなうんですか?」



 国道と県道が交差する、やや大き目の交差点。

 長い信号待ちのその間に、傍らの女性、倉田佐祐理が疲れた声でそうこぼす。

 今日も一日歩き詰めだったせいで、せっかくのスーツや髪形も崩れかけているし、足だって痛くなってきた。



「どんな人間……それなら簡単だ。かつての私達、ゲッターチームに匹敵する人間でなければならない。
 いや、これから地球圏に迫り来る脅威を考えれば、かつての我々以上、と言う事になるか」



 そう言ってサングラスの男、神隼人はじっと自らの手を見る。

 バルマー戦役時のズフィルードとの戦いの最中、隼人は深い傷を負い、これ以上ゲッターに乗る事ができなくなった。
 そのため、最終決戦には参加せずにこうして地球に残り、今では新しいゲッターの開発主任を務めている。



「確かに、さっき見てきたあいつらも、体力的な面ではかつてのリョウ達に勝るとも劣らない奴らもいるだろう。だが、ゲッターの操縦に必要なのはそれだけじゃない。なんと言っても土壇場で力を発揮するのは意志の力だ。
 そう、あれはちょうど恐竜帝国との戦いの最中――」

「あ、ネコさんですー」



 長くなりそうな隼人の話を無視して、佐祐理は猫に向かっておいでおいでをする。
 猫は一瞬、迷うような素振りをするが、好奇心に負けたのかやがてゆっくりと佐祐理の前にやってきて、その身を佐祐理の足にこすりつける。



「人懐っこいですねー。飼い猫さんでしょうか……?」



 まだ子猫なのだろう。
 小さく、やわらかく、そして温かなその感触。
 思わず佐祐理が抱き上げると、子猫はおとなしくその身を佐祐理に預けた。



「――だから、三つの心が一つになれば一つの正義は百万パワーと言うわけで……倉田君、何をしてるんだ?」

「あ、一佐も撫でます? とってもやわらくてあったかいですよ」

「お前は人の話を――――まあいい。そろそろ研究所に帰るぞ。さすがにこれ以上放っておくと、三輪准将がうるさいだろうしな」



 はい、と頷き、佐祐理は名残惜しそうに猫を開放する。

 早足で信号を渡り始める隼人の後を慌てて追いかけ、ほとんど横断歩道を渡り終えかけたとき……ふと気になって振り返る。




 そこには、予想通り彼女の後を追って来ようとする子猫の姿。



 そして、信号が青へと変わり、信号待ちのトラックが動き出す。

 子猫はまだ、半分も渡り終えていない。が、もはや戻るには遠すぎる距離。



「いかん、倉田君、よせっ!!」



 隼人が止めるよりも早く、佐祐理は子猫に向かって走り出していた。


 急に動き出した車に、驚いたように動きを止めた子猫を、掴み上げるようにしてしっかりと胸に抱き、急いでその場を離れようとして――



 けたたましいほどのクラクション。



 目の前には、派手なデコレーションの長距離トラック。




 避けるのは、不可能。




(ごめんなさい、佐祐理がかまったりしたから――!)




 せめて、少しでも自分の体がクッションになるようにと、子猫をその胸にしっかりと抱き、やがて来るだろう衝撃に備える。
















 とん、と言う思いのほか軽い衝撃と、真横への浮遊感が佐祐理を包む。

 そして、再び足元にアスファルトを踏む感触。


 一瞬ふらついた体が支えられた事で、自分の体が誰かに抱かれている事に気づく。






「まったく、あなたという人は……相変わらず自己犠牲が過ぎるようですね」




 決して堅苦しいほどではないが、丁寧に整えられた前髪。
 どこか皮肉気にゆがめられた口元。
 メタルフレームの眼鏡の奥の瞳は、実は優しげで。
 ややくたびれたチェックのワイシャツと、色あせが感じられるジーンズ。


 なぜか片手には、ネギのはみ出した布製の買い物袋。





「久瀬……さん?」

「ええ。おひさしぶりですね、倉田さん」





 そう言って青年、佐祐理の学生時代の後輩、久瀬優一朗は、かつてからは考えられないほど、無防備な笑顔を見せた。








to be continued





キャラクター解説


 名前:倉田佐祐理(くらた さゆり) 登場作品:kanon 年齢:22歳 所属:橘ゲッター線研究所


 両親は連邦政府の役人。華音高校時代は親の意向で秘書課程を取っていたが、親に隠れて親友の川澄舞と一緒に大型特機(スーパーロボットの搭乗資格)資格試験も受けていた。
 卒業後は親に決められた進路を蹴り、舞と一緒に父方の遠い親戚の勤める橘研究所にやってきた。

 現在は神隼人一佐の秘書のような仕事をしている。

 家族は現在半勘当状態の両親。年の離れた弟がいたがすでに死亡している。




 名前:神隼人(じん はやと) 登場作品:ゲッターロボ 年齢:三十代半ば 所属:橘ゲッター線研究所・ネーサー


 元ゲッターチームの一人。彼と弁慶はズフィルードとの戦いで負傷したため、銀河殴りこみ艦隊には流竜馬と巴武蔵、そして早乙女ミチルが参加している。
 バルマー戦役後、地球に残った彼は弁慶や早乙女博士の協力者だった橘博士、敷島博士とともにネーサー及び橘研究所を設立。
 次なる脅威に備えるため、新たなゲッターの開発に移る。

 地球を護るために旅立っていった仲間たちの心に報いるため、さらに冷静かつ非情になる事を己に課している。

 決戦前に告げたミチルへの思いは、今だ彼の中でくすぶっている。が、どうやらそれとは別にボインちゃんが好きらしい。




 名前:上月澪(こうづき みお) 登場作品:ONE 年齢:21歳 所属:橘ゲッター線研究所


 橘研究所で働く研究者。小柄で子供っぽく見えるが、早乙女博士無き今では貴重なゲッター線研究者。
 専門は、エネルギー源としてではなく進化を司る鍵としてのゲッター線の可能性について。

 幼い頃に両親を事故で亡くし、その時のショックで言葉を失う。発声器官に異常は無く、聴覚も正常だが声を出す事はできない。
 そのため、他人との会話では手話と口話、それに筆談で行う。

 新型ゲッターの開発において神隼人の片腕的存在であり、早足で歩く隼人の後ろをあたふたと付いて歩く彼女の姿は研究所の隠れた名物。
 好きな食べ物はお寿司。好みの男性のタイプは優しくて頼りがいのある人、とか。



《舞と佐祐理のふたりごと》


佐祐理:はい、そんなわけでお届けしました、SRWES・TH。この作品は、現在執筆中のES本編のプレリュード的内容となっています。
舞:本編を書く前の練習用に、登場キャラを少なくしてるみたい。
佐祐理:エピソードとしては三つか四つ、大体十話行くか行かないかくらいが目安です。……って、どうしたの、舞? なんか、妙に元気がないけど。

舞:私の出番がない……
佐祐理:あ、あははー。ご、ごめんね、舞。
舞:しかも、次回の出演予定もない……
佐祐理:台本によると、舞の登場は早くて第三話からって書いてありますねー
舞:……斬る(ちゃきっ
佐祐理:え、ちょ、ちょっと舞! さすがにそれはまずいよー!!(あわてて後を追う


つづく?