天と月の将 十参話

潜む黒幕



























「もう! こんなにいっぱい何処に隠れてたの!!

 カサカサすばしっこい害虫みたいに、一匹いれば百匹ぐらい隠れてるってこと!?」



もううんざりと言った感じの叫び声が中庭に響き渡る。

そう喚いているのはみさおだった。

対峙している、黒い体毛に覆われた獣の数は、軽く十を超えており

現状、みさお達の周りは完全に包囲されてしまっている。




「う〜〜〜〜〜っ、数多い、動き速い、おまけに視界悪い〜〜〜っ!!」



駄々をこねる様にみさおは愚痴を続ける。

一匹、一匹は大した事のない低級の魔祖ではあるが、四方八方を取り囲まれ

あげく、こう数が揃ってしまうとこの上なく厄介な相手だ。




「『焔火ほむらび』!」



みさおの言葉と共に、一瞬で掌に辺りを照らすほど明るく、赤い炎が具現化され

その火球が、黒い獣に向けて放たれる。

―――――その時




「わっ! 駄目だよ、みさおちゃん!!」


「ほえっ?」



横から制止の声が聞こえ、みさおは奇妙な声を上げた。

けれども、モーションの勢いは止まらず、みさおが撃った火球は一直線に目標へと直進する。



ただ、その攻撃目標は、持ち前の俊敏さで易々と攻撃を回避し

流れ弾となった火球は道端に着弾。

そして、自然消滅するまでのわずかな間に、黒い焦げ跡をその場に残し鎮火した。




「みさおちゃんは炎の術を使うのはだめっ!

 こんな所で火なんか使って、何かに燃え移ったら大変だよ!」


「そ、そだね……」



みさおを止めたのは瑞佳だった。

瑞佳に言われて気づいたみさおは、辺りをちらっとだけ確認する。



今、自分がいる場所は、火種になりそうな草木のど真ん中。

そう簡単に燃え広がる事はないとしても

万が一、外れた攻撃が芝生に引火すれば、火災を引き起こす危険がある。



本来、炎を使う退魔士ならば、まずこんな心配をする事はない。

実際の炎を使う術者の大半は、遠隔で炎を操る術を持ち

みさおや浩平のように精神力で現象を作り出す者ならば、思い一つで熱量を変える事もできるからだ。



しかし、退魔師として未熟なみさおでは、そこまでの技術はない。

掌で炎の熱量を変える事はできても、遠隔操作しながら温度を変化させる事はできないのである。




「はあっ!!」



二人がそんな事をしている間も、奮戦しているのは美由希だった。

手にする両の小太刀を一心不乱に振るい、獣の爪や牙を退けながら、交錯の瞬間に斬撃を浴びせていく。

人ならざるモノが相手であっても、御神流の剣は決して引けを取ることはない。




(―――くっ!)



―――――だが、美由希の小太刀では、この獣達に軽い傷を負わせるのが精一杯だった。

硬質化している体毛と、獣達の体に纏わり憑く瘴気の壁が、美由希の攻撃を阻んでいるのだ。

瘴気の膜により美由希の剣は威力を殺され、小太刀と体毛が鍔迫り合い、弾かれる。



大きなダメージを与える為には、武器に霊力を纏い、鋼を切り裂く程の威力を持つ技を放つしか方法はない。

後者はともかく、前者は退魔師ではない美由希ではどうする事もできない問題であった。



じりじりと、しかし確実に美由希は追い詰められている。

いつの間にか獣達は、美由希に狙いを絞り、集中的に攻撃するようになっていた。

退魔師ではない美由希は獣達に取って、三人の中でもっとも相手にしやすい相手と踏んだのだろう。




「美由希ちゃん!」



その意図を感じた瑞佳が、即座に美由希を援護する。

懐から出した紙の符に、霊力を通し、その力を開放した。




「『拘縛符こうばくふ』!!」



瑞佳の言葉と共に符が反応し

そこから光の帯が現れ、相手の体を絡めとる。



その光景を前にした美由希は驚嘆していた。

自分の剣とは何もかも異なる方法で敵を倒す瑞佳の姿に

驚かずにはいられなかったのである。



符は黒い獣の動きを封じるだけでなく、同時にその瘴気をも浄化していく。

逃れようと悶え回る獣だが、四肢を強力に縛り上げる符の力はそれを許さず

ついには、その体がドロドロと溶け始め、最後には動物の物であろう亡骸だけがその場に残された。



魂の器とも言うべき肉体が、瘴気に侵されすぎていたのだろう。

魔祖に長く取り憑かれた者は、例えそれが人間であっても同じ末路を辿る。

もともと、人間より精神の容量が低い動物ならば、尚の事である。




(……酷い)



戦いの最中、わずかな迷いがみさおの頭を掠めた。

目の前の光景を見て、みさおはそう思わずにはいられなかったのだ。

しかし、獣達は動きの鈍った一瞬の隙を見逃さず、三匹の獣が一斉にみさおへと襲い掛かった。




(まず―――!?)



気づいた時には、すぐ傍に敵の姿があった。

意識が他に向いていたことで、咄嗟に反応する事ができず

獣達が見せた剥き出しの牙にみさおは動きを凍らせる。




「―――――『雷鎖らいさ』!!」



瞬間、空気を割る音と共に、黄色おうしょくの迅雷が轟いた。

空を翔ける雷の鎖鎌は、みさおに迫る三匹を一瞬にして葬り去ると

それを放った人物の元へ回帰していく。




「へっ、真打ちってのは、遅れて登場するもんだぜ」



みさおは、声のした方向に視線を向けた。

そこに居た人影を確認すると、みさおの表情に安堵の色が広がる。

と思いきや、今度は見る見る怒りの顔色に変えて




「お兄ちゃん! 今まで何処で何してたのっ!!」



と、大音声で叫んだ。

声が向かう先にいるのは、当然、みさおを助けた人物、折原浩平である。




「何って、お前が飲みもん買ってこいって言ったんだろうが!」


「それにしちゃあ、ずいぶん帰ってくるのが遅いよ!

 …………もしかして、どこかで隠れて様子を見てたとかじゃないよね!?」


「お前なぁ…………」



戻って早々、このやり取り。

浩平としては、やや居た堪れない。

もっとも、みさおが言った事は、浩平だけならばありえた事かもしれないが…………





実際のところは、恭也と共に他の場所で足止めを喰らっていた為である。










それとは正反対に、もう一組の兄妹のやり取りは簡素なものであった。

言葉を交える事のない、瞳による一瞬の意思疎通。

それだけでも、美由希には心強いものである。



―――――何だかんだと言っても、この二人の妹は兄を頼りにしているのだ。




「ふっ!!」



乱戦に飛び込んだ恭也は、小太刀が届かないと見るや

飛針を放ち、的確に獣達の眼球を撃ち抜くことで、相手の視覚を殺して回る。



体毛で覆われていないそこは、退魔師でなくとも攻撃が通る、獣達の唯一の弱点であった。

獣の最大の五感は嗅覚であるため、その程度で動きを止めるモノはいないが

視界を潰された獣達の動きは、目に見えて衰えている。



浩平と恭也が戻った事により、戦況は一気に優勢へと傾いていた。










―――――その時、全員の耳にガシャーンと何かが砕け散る、けたたましい音が届いた。




















―――――警備室



薄暗いその部屋の中、いくつかのモニターの明かりだけが、室内を照らしていた。

目の前に表示されている映像。

そこには、人ならざるモノと戦う三人の少女の姿が映し出されている。




「…………他愛も無い」



その勇姿を眺めていた男から声が漏れた。

何て事はない、声だけならば普通の人間の声。

しかし、男から感じる雰囲気は異常だった。



男は、一介の警備員に過ぎなかった。

だが、それもつい先日までの話である。

節々からにじみ出る狂気。

そして、男を取り巻く尋常ではない瘴気の濃さ。



それは、男が魔の者に取り憑かれている事を示していた。

―――――いや、取り憑いていると言うよりは、むしろそれに支配されている。



今、男の中にある意思は、この体の持ち主のものではなく

上級と区別される、明確な思考を持った魔祖のものであった。




「それにしても、本当に馬鹿な奴らだ。

 …………まあ、こいつらの御蔭で欲しい力も手に入った。

 その事ぐらいについては、礼を言ってやらんとな」



嘲笑を浮かべながら、男は一人呟く。

全てが自分の思い通りに進んでいる。

魔祖である男は、この時までは何の疑いもなく、そう確信していた。










―――――チャキッ





「―――――別に礼を言う必要はないな」


「!!?」



暗室の中、不意に男の背後で音がする。

同時に、男の後頭部に冷たい物を押さえ付けられた感触が走った。




「高みの見物か……」



冷めた声が室内に響く。

男の後ろに立った影がそう告げた。




「…………何処で気づいた?

 瘴気の気配を感じて追ったなら、貴様は今頃中庭にいるはずだと思ったが」



男に浮かんだ動揺は既に消えていた。

一ミリの隙間もなく銃口を添えられているにも関わらず

何事も無い様に、平然とした口調で影に訪ねてみせる。




「到る所で見られている感じはずっとしていた。

 昼間に監視カメラの位置を確認したら、案の定その場所にセットされていたし

 それに、昨日の事も警備員であるお前は、何もなかったと言っていたそうだな。

 セキュリティーに監視カメラ、学園内でそれが操作できるのはこの部屋だけだ」


「なるほど、そこまでわかれば私の存在を感知するのも容易い……か」


「ああ、今もうまく瘴気を隠しているようだが、お前の瘴気は隠して消しきれるレベルじゃない。

 …………他のやつらは誤魔化せてもな」




質問に答えた人物は男に鋭い視線を向けている。

視線だけで竦ませる、並の人間ならば凍りついてしまう様な眼光。

真後ろから、それに射抜かれながらも男の様子は変わらなかった。




「なるほど、確かに貴様は他の退魔師より良い嗅覚を持っているようだな」


「可能性として、かなりの確立でお前ら魔祖が噛んでいるとは思っていた。

 確信が持てたのは校舎であいつの眼を見てからだがな…………あいつに瘴気を当てたのはお前だな」


「如何にもその通りだ。 しかし―――」



口でそう話しながら、不意に男が動いた。

予期しない行動に、銃を構えていた者がわずかにたじろぐが

男は気にせずに、ゆっくりとした動きで背後の方に向き直る。



そこには、静かに男の方を見据えながら銃を構える、一人の少年が佇んでいた。


男は、この少年の顔に見覚えがあった。

ここ数日、モニター越しにではあるが

この少年―――――相沢祐一と顔を会わせていたからである。




「―――…………今もそうだ。

 何故、貴様は未だにソレの引き金を引こうとしない?」



腑に落ちない、男の表情はそう物語っていた。

それから数秒、男と祐一の間に沈黙が訪れる。

その静寂は、まさに嵐の前の静けさだった。




「…………あの小娘か?」








―――カチャリ





「―――――っ!!」



一瞬の微動。

されど、立てた音は静まり返った室内では聞き逃すはずも無い程、致命的な音量だった。

その時、男の表情が一際、邪悪な笑みに変わる。




「!!?」



それを見た祐一の背筋を、冷たいものが駆け上がった。

そして、それが口火を切るきっかけでもあった。



直後、構えられていた銃が火を吹き、銃身から蒼い弾丸が飛び出す。

しかし、それより一瞬速く、黒い何かが男の全身を多い尽くしたのだ。



黒い膜の様な物に弾かれた霊弾は軌道を逸らし

男の背後にあるモニター類にあたり火花を散らす。



瞬間、殺気を感じた祐一は、即座に部屋の中から退避し、廊下に飛び出した。

その動作とほとんど同時に、祐一が居た位置から直線状にある窓ガラスが弾け飛び

細かい硝子片が辺りに散らばった。



警備室からゆっくりと廊下に出たシルエットを、月から零れた光が照らし出す。

男の姿は異形の者と化していた。



男の体から生え出た一対の羽。

そのフォルムは鳥の翼などではなく、悪魔を想わせるような蝙蝠の羽だった。



その姿が意味するように、この魔祖は『皇蝠おうり』という名で呼ばれている。



魔祖の持つ名とはランクの高い者のみ与えられる、いわば称号のような物だ。

名を持つ魔祖と名を持たない魔祖では、それこそ天と地ほどの力の差が存在する。



互いに睨み合う祐一と皇蝠。

それぞれ軽いジャブを交わした所で、両者は再び言葉をかわした。




「…………答えろ、あいつに憑いていた瘴気は俺が完全に祓ったはずだ。

 それが―――『何故また瘴気にとらわれたのか』―――っ!!」



祐一の台詞を奪い、皇蝠が口を開く。




「…………いいだろう、聞かせてやる。あの小娘に取り憑かせたのは私の瘴気の一部。

 あの小娘の負の感情を喰らいながら瘴気は本体を蝕み、霊体へと感染し、その力を私に還元する役割を担っていた。

 例え本体の瘴気を断とうとも、霊体に飛火した瘴気は毒のように全体を侵食しその役目を果たし続ける。

 もっとも、貴様は見誤り、本体の瘴気を祓ったことで安心していたようだがなっ!!」


「―――くっ!!」



言葉の結びと共に再開される戦闘。

相手の殺気に反応して、祐一の銃から至近距離で霊弾が速乱射された。




「―――ふっ」



だが、皇蝠が手をかざすと、数発の光はいとも簡単に消し飛んだ。




「なっ!?」



それだけではない、直後、何かの余波に呑まれた祐一の体は、重い衝撃と共に後ろに吹き飛ばされたのである。

祐一は、何が起こったのか全く理解できなかった。

それでも何とか受身を取り、瞬時に崩れた体勢を整えようとする。




「―――次は二発だ、今度もうまく避けてみせろ」


「!!?」



途端、まるで遊んでいるかのような皇蝠の言葉とともに、目の前から二つの殺気が生まれた。

祐一は咄嗟に『流動』を発動させ、感覚を研ぎ澄ませながら、殺気の行方を見定める。



その殺気は祐一にではなく、その左右の壁と窓に向けられていた。

しかし―――――




(どういうつも―――!?)



思考を走らせたようとした瞬間、真横のガラスが砕け散り殺気の矛先が祐一の方を向く。

それは、反対側の壁へと進んだ殺気も同じであった。




(!!? ちっ! そういう仕掛けか!!)



感じたのは耳への違和感。

両面からの挟撃を、ギリギリ後ろに飛んでかわすと

祐一は皇蝠の方をキッと見据える。




(こいつの殺気の正体はわかった、あとは―――)


「かわせたか。なら、こういう攻撃はどうだ?」


(―――!?)



皇蝠の言葉に、途端、目を見開く祐一。

今度の攻撃は再び直線だった。



しかし、放たれた殺気は、あたり一面の窓ガラスを薙ぎ払うかのように突き進み

衝撃と、盛大に砕けた窓ガラスの破片が同時に祐一を襲った。




「―――――っ!!」



砕けた微細なガラス片が、肌に赤い線を走らせる。

硝子を目に入れない為に、一度視界を閉じた祐一だったが

そのせいで全てのガラス片をかわす事ができず、左肩には、大きく、鋭利な欠片が突き刺さっていた。




「……無様だな、退魔師。私の存在に気づかなければそんな姿にはならなかったものを

 まあ、どちらにしろ、あの小娘の消滅という結果は変わらなかっただろうがな」



痛みに顔をしかめながら、力の余波で床を転がる祐一に皇蝠が足を止めて言う。




「……それはどうかな」



その言葉の最中、立ち上がった祐一は

霊銃を持った右手で傷口を押さえながら、わずかに表情を変えた。



肩からガラスの破片を引き抜くと、再び身構える祐一。

祐一の瞳を見て、反撃を予見した皇蝠はすぐさま追撃の姿勢を取り

そして―――――




「な……に?」



その光景を皇蝠は唖然として眺めていた。

祐一は一目散に、後ろへと向かって駆け出したのである。



呆ける皇蝠を他所に、数秒もしない間に視界から祐一の姿が消え

澄み渡る校舎内に、階段を駆け上がる足音が響いてきた。




「―――ふ、ふふふ、ふふふ、あっはっはっは!!!

 いいぞ退魔師、実にいい、それでこそ我らが家畜だ…………だが」



突如、狂ったように笑い始める皇蝠。

だが、それも次の瞬間には別の表情へと変化する。




「―――――私が逃がすとでも思ったのか?」



皇蝠は、表情を険しいものに変え

誰へともなく呟くと、ギシリと歯を軋ませて祐一の跡を追った。




















あとがき(楽屋裏)

作者:前回同様の台詞ですが、皆様お久しぶりです。

祐一:取り合えず確認だ、何ヶ月放置した?

作者:…………約八ヶ月……です。

???:そっか〜、もうそんなに経つんだね。

作者:すみません、もう本当にどうしようもなくすみません。

祐一:謝れば済む問題じゃないよな。

作者:ううっ、どうか皆様、御情けを後生です。

???:と言うか私は許せません! どうして私の名前がまた???に戻ってるんですか!?
    コレ前回の続きですよね、恭也さんや美春の時はそのまま出てたのに扱い酷くない!?

祐一:同意を求められてもな。

???:だから私の扱いが冷たいんですってば!
 
作者:まあ、それはそれでキャラの味というか魅力というか。

???:……いいんだ、いいんだ。どうせ私は未熟者で半人前で半熟卵なんだ…………

祐一:いじけてるぞ、しょうがないから戻してやったらどうだ?

作者:……そうですね、それではここから下は通常に戻します。

みさお:ふうっ、やっと元通りですか。

作者:一息入れているところ悪いですけど、そろそろお時間ですので。

祐一:じゃあ、次話でな。ちなみに次回のゲストは瑞佳だそうだ。

みさお:最後、二言だけなのっ!? しかも出番おわりっ!?(涙)