天と月の将 十話
心の叫び 前編
空と呼ばれる海に浮かぶ満月。
黒空の下、敷地内に咲いている桜の花が風に舞っている。
優しく吹き抜ける風は春の季節ならではであろうか……
「夜桜って綺麗ですね」
「あ、那美さんもそう思います? 綺麗ですよねー、うっとりしますよねー。
あーあ、こんな事なら夜桜でお花見すればよかったな〜」
「えと、折原さん…今度、家でお花見しますから、もしよかったら一緒にどうですか?」
「あ、みさおでいいよ。同学年だから、私も美由希って呼ぶし。
で! 私が行ってもいいの?」
「家は賑やかなの好きだから、那美さんも一緒にどうです?」
集まったメンバーはお互いに知り合いであったり、なかったり
そういった理由でお互いに自己紹介を交えながら雑談しているが、これからの事を考えるとどうも緊張感に乏しい。
そんな中、浩平の視線はある人物に釘付けになっていた。
それを見た瑞佳が不思議に思い声をかける。
「どうしたの、浩平?」
「…いや、まさかあいつから頼んで来るとはな……」
向ける視線の先に居るのは静かに二本の刀を構え持つ祐一の姿があった。
「意外だったんだ」
「お兄ちゃんも素直じゃないからね」
と浩平の言葉に瑞佳とみさおが茶々を入れる。
そうしていると、その当人がこちらに歩んできた。
どうやら会話の内容が聞こえたようで、浩平を見るなり祐一は言った。
「勘違いするなよ。手を組むのは今回だけだ、お前達とつるむ気はない」
「自分から頼んだくせに偉そうだな」
「別にお前に頼んだつもりはない。俺が頼んだのは長森だ、結果的にお前が付いてきただけだろ?」
「浩平も相沢君も喧嘩するために来たんじゃないんだよ!」
と瑞佳が止めに入る。
祐一も浩平もそれで頭が冷えたようだ。
フンと浩平を一瞥すると、祐一は少し距離をあける。
「あいつら、仲が悪いのか?」
横から恭也が瑞佳に声をかけた。
先輩である恭也に対し一瞬、どう対応するか戸惑ったが
瑞佳は、苦笑しながらも両者の事の経緯と弁解などを恭也に説明し出した。
祐一は祐一で今度は那美の方へ行き、那美が抱いている生き物についての疑問を投げ掛ける。
「何でここに狐がいるんだ?」
「え、え〜と、不味いですか……やっぱり」
「うぅぅ!」
明らかに不機嫌そうな祐一にそう言われ、気持ち後退りながら那美は答えた。
それとは正反対に、腕の中の狐―――――久遠は祐一に向かって威嚇の唸り声を上げている。
久遠の珍しい行動と、祐一への対応に那美が困っていると、助け舟を出すようにみさおが横からしゃしゃり出た。
「可愛いんだからいいじゃないですか。祐一さんは根を詰めすぎなんですよ、もっと気楽に気楽に♪
そんなだと何時まで経っても久遠ちゃんが懐かないですよ?」
「別に悪いとは言ってない、危ないんじゃないかと思っただけだ」
「あれ〜、な〜んか祐一さん優しいね、私の時と大違いじゃない?」
「黙れ、さっきからチョロチョロしすぎだぞお前」
祐一にとって、那美は高町兄妹の力を借りるためのダシに使っただけで
戦力としてはあまり期待していない…………が
それでもし那美に何かあればやはり人として心苦しいものが残る。
よって、祐一は那美の周りは安全にしておきたく、余計な事になりそうな可能性があるものを取り除きたいだけだった。
それから暫くして七人の人影が校舎の中に入った時、一人の少女が物陰から姿を見せた。
昼間祐一と聖の会話を盗み聞きしていた少女、白河ことりである。
この時間にこんな場所にいるのは、彼女らしからぬ行動なのだが
ことりは祐一にあった日から何か不思議な感覚に捕らわれていた。
そして、その不思議な気持ちが彼女を、今この場まで動かしたのだ。
自分の中にあるこの気持ちが、好奇心などとは違ったものである事はことり自身も認識の上で……
暗く聳え立つ校舎は、昼間とは全く違った雰囲気をかもし出していた。
ことりは一瞬このまま帰ろうかとも考えたが、せっかく姉に嘘をついてまで夜中に出歩き、ここまで来たのだ。
今更、尻すぼみして帰る訳にもいかないと思い直し、意を決して校舎の中へと入って行く。
規則正しく下駄箱が並ぶ正面玄関は酷く不気味に感じる。
下駄箱には上履きがあるのだが、ことりは靴を履き替えずに土足で上がりこんだ。
もし何かが起こった時、直ぐ様、逃げ出せるようにする為である。
そのまま、祐一達の後を追いかけようとした時、突然、頭の中に声が響いた。
(助けて!!)
「えっ!?」
頭の中に聞こえた声は一瞬。
だが、それはハッキリとしたとても強い思いをことりに伝えていた。
それは彼女が持っている人の心を読む力、テレパシーの能力が聞かせた声ではあるが
その声からは、普段、聞いている声とは何処か違ったモノをことりは感じていた。
「…今のは……?」
暫く呆ける事しかできなかったことりだが、すぐに気を取り直すと
「行かないと……」
誰にでもなくそう呟き、ことりは導かれるようにその場所へと向かっていった。
祐一達は廊下を歩いている。
先頭を歩いているのは恭也と美由希であり、二人とも鋼糸、飛針、小太刀二刀と完全武装している状態である。
この二人は【永全不動八門一派・御神真刀流・小太刀二刀術】の使い手であり、恭也はその師範代。
最強と謳われた御神の剣士、通常戦闘ではこの二人ほど強い者は滅多にいない。
だが―――――
「なんか、オバケがでそうだね……」
「美由希、俺達はそのオバケを退治しに行くんだぞ」
「そうなんだけど……」
―――――美由希はオカルト関係に弱かった。
恭也はそんな美由希に呆れつつも周りの気配を探っている。
この二人に取って、これから戦うかもしれない存在は全く未知であるため、油断はしていなかった。
そんな中、恭也は妙な感覚を覚えた。
誰かの視線を感じる、いや、誰かに観られているような嫌な感じである。
「どうかしたの? 恭ちゃん」
「……いや、なんでもない。少し目眩がしただけだ」
美由希の問いに恭也は誤魔化すようにして答えた。
その後ろでは、祐一がこれからについて説明し始めている。
「まず、川澄を探す」
「昨日のあの女の人?」
祐一の言葉にみさおが確認をとった。
「ああ、今回の件にあいつが一枚咬んでるのは間違いないからな」
「どうしてそこまで言い切れるんだ?」
「こ、浩平!?」
喧嘩ごしに訊き返した浩平に、瑞佳が慌てて声を上げる。
ついさっきの事もあるので、この二人の事に敏感になっていたのだ。
だが今回は、瑞佳が危惧するような事態にはならなかった。
「……確証があるんだよ、まだちゃんと思い出した訳じゃないがな」
「思い出す?」
「お前には分からない事だ」
祐一の返答の仕方に浩平は顔をしかめたが、それ以上は訊こうとしなかった。
それは祐一に何か考えがあるような感じがしたのと、それに合わせて昼間の聖の言葉が頭をよぎったからである。
「高町達もそれでいいよな」
「魔祖というものを俺達は知らないからな、そういった点では任せるしかないだろ」
恭也のその言葉に祐一は頷いた。
ことりは一つの教室の前に立っていた。
暗闇が支配し、月明かりしか光源がない校舎内、でもそこだけは違っていて
教室の扉からは金色の光が漏れ出し、その場を昼間のように明るく照らしていた。
ことりはゆっくりとその扉を開け放つ。
そしてそのまま戸惑いながらも、光が満ちている教室のドアを潜った。
(ねぇ、助けてよ!)
「く、ああっ……!!」
その瞬間ことりの頭を割れるような痛みが襲った。
ことりのものでない誰か、何者かの意識がことりに何かを激しく訴えかけてきたのである。
(魔物がくるの、私達の遊び場に! だから、二人で守ろうよ!!)
「―――――やめて……やめてー!!」
頭の中に響く女の子の声。
苦痛に耐えることができず、ことりは拒絶の悲鳴を上げる。
だが、それはことりの頭に無理やり入り込み、一方的に意識を伝えようとする事を止めはしない。
「ッ―――――……」
―――――そこでことりは意識を手放した。
「!?」
それは唐突だった。
何故それを感じたのか、それさえ祐一には解らない。
(―――白河!!)
初めて彼女と出合った時も、これと似たような不思議な感覚があった。
だが、今、感じているモノは明らかに何かが違っている。
自分の中の何かが警告を鳴らすような、漠然とした不安感が祐一の中に込み上がってくる。
「祐一さん? どうかしたんですか?」
みさおの言葉で、祐一はハッと我に帰った。
それと同時に、自分の心を取り巻いていた霧も、一瞬で取り除かれる。
冷静に考えてみればことりが、今、この場所にいるはずが無い。
だが、それでも、祐一の中の嫌な感じだけは消えなかった。
(あいつに何かあったってのか? いったい―――――)
「浩平、あれ!!」
瑞佳が叫んだのは、祐一が思考を巡らし始めたのとほとんど同時だった。
そして、瞳に映ったありさまが、まるで津波のように打ち寄せ、祐一の中の思い出を駆り立てていく。
「な、何だ〜あ!?」
呼ばれた浩平が窓の外、眼上に見える光景を見て瑞佳と同じ様に驚きの声を上げる。
目の当たりにしたのは一つの教室だった。
そこからは、まるで太陽のように黄金色の光を辺りに放ち
漆黒の夜空を、暗がりの校舎を、煌々と照らしだす光が溢れ出ている。
「行くのか……」
「…………ああ」
静かに訊いた恭也に祐一が浅く間を置いて返事を返す。
―――――そして、その様子を目撃した者がもう一人。
「…………」
彼女も、無言でそれを眺めていた。
キッと引き締まった表情は、まばゆい光に照らされていても、決して冷たさを失っていない。
持ち歩いている西洋刀。
その銀の刃を翻し、踵を返した少女は駆け出して行く。
ただ、彼女の瞳は暗いモノを宿していた。
―――――ここは?
ことりの意識は金色の光の中にあった。
一面に眩しく広がる黄金の麦畑が視界に映っている。
夕日を浴びて光る麦の中、二人の子供が立っているのが見えた。
男の子が女の子にプレゼントをつけてあげていた。
それは、うさぎの耳のカチューシャ。
もらった女の子は、はにかんだ笑顔を見せていた。
だが、それはほんの一時のことだった。
次に瞳に写った光景。
場所は変わらない、変わったのは女の子の表情。
―――――そこに男の子はいない。
待ってるから……来てくれるまで待ってるから。
泣いている、その悲しみが伝わってくる。
なんだろう?
眼元からは自然と涙が溢れ出ていた。
ことりの目が覚めた時、いつの間にか光は消え去っていた。
後に残った教室の中には、怪我を負い、身体から血を流して泣いている小さな女の子だけが残されている。
ことりはゆっくりとその女の子に近づき、優しく声をかけた。
「大丈夫だよ」
泣くのを止めない女の子に、ことりはもう一度呼びかける。
「私も一緒に探してあげるからさ」
「えっ……」
ことりの言葉に、ひくひくと泣きじゃくっていた女の子が反応をみせた。
気持ちが分かるから、ゆっくりと悲しみを包み込むように
そして、しっかりとことりは言ってあげる。
「待つんじゃなくて探しに行こうよ、一緒に」
「……うん」
「もっと元気で」
「……うん!」
「はい! 元気でよろしい」
女の子は涙を止めた。
少しほっとしながら、ことりも同じ様に笑顔を浮かべていた。
あとがき(楽屋裏)
作者:AHA、AHAHAHAHA。
祐一:壊れてるぞ。
作者:そんな事はないですよ。
祐一:あっ、復活したか……
作者:さて、それではゲスト呼んで見ましょうか、前回に続いて高町恭也さんで〜す。
恭也:……何の脈略も無いな。
作者:上の話で出てますよ?
恭也:ゲスト紹介までの経緯だ、って祐一はどうして端っこで縮こまってるんだ?
作者:前回のトラウマじゃ無いでしょうか?
恭也:しかしアレだな、まるで雨の中ダンボールで拾い手を待つ子犬のようにブルブルと身を震わせて……
作者:ですね、恭也さん出てきてから一言も喋ってませんし。
恭也:う〜む……(テクテクテク)←歩み寄り
祐一:スッ……←後退り
恭也:……(スタスタスタ)←早足
祐一:サッ……←逃げ
恭也:タッタッタッタ←駆け足
祐一:ズササー……←逃走
恭也:面白いな。
作者:いじめるのも程々にしといてくださいね。
恭也:……ああ。
作者:…って神速で追いかけて行っちゃったよあの人……それでは、また次回もよろしくお願いします。