あの後、無言で浩平達と別れた祐一は、廊下に取り落とした刀を拾いに行き、帰路に着いた。
祐一のマンションは学校から特別な交通手段を使うほど離れてはいない為、移動は徒歩である。
自然の多く残る海鳴市は、大都会と言うほどの賑わいは無い。
だが、祐一が住んでいる一帯は繁華街の近く、駅前付近と言う事もあって夜でも人工の光が眩しく灯っている。
その光景とは対照的に、自宅へと帰る祐一の足取りは重かった。
十数回ある階層をエレベーターを使い一気に上る。
そのまま数えるほど足を動かすと、自分の部屋が視界に入ってきた。
ドアに鍵を差し込み、ロックを開けるとノブを回そうと手をかける。
その動作の途中で、祐一の動きは止まった。
玄関のドアの向こうには誰も居ない。
一人暮らしであるので出迎えてくれる者が居ないのは当たり前だ。
……でも、祐一はそのありえない事を期待していた。
祐一は扉の前に立つたびにある人のことを思い出してしまう。
もし、その人が自分を出迎えてくれたならば…………そんな願望が一瞬だけ祐一に呼びかけるのである。
その考えをすぐに捨てると、七年前からいないその人を思いながら祐一はゆっくりと部屋の中へと入っていった。
天と月の将 七話
思い出
見渡すと夕日を浴びて金色に光る麦畑の中にいた。
風が吹くたびに波立つ金色の麦の中で笑っているのは女の子。
麦畑の中を転げ回ったり、走ったり、かくれんぼしたり。
幼い日の思い出、俺はその子と一緒に遊んでいた。
そんな女の子に贈り物をしたのを覚えている、それを受け取った時の嬉しそうな女の子の笑顔も……
それから、俺が『さよなら』を言うたびに毎日見せる、悲しそうな表情を。
忘れてしまっている事、確かに記憶の片隅に残っている、酷く断片的なもの……
途切れ途切れで、うまくかみ合わない記憶。
そして、それとは違うもう一つの夢。
これは、いつも嫌でも思い出す夢だ。
普通と言う日常から振り落とされた瞬間。
この町を離れる切っ掛けとなった七年前の出来事。
悲しみでいっぱいだった心は、七年という時間をかけて憎しみに染まった。
いなくなったその人の為に力を求めた七年。
俺の大切な――――――
夢は唐突に終わりを告げる。
夢から覚めた祐一は朧気な思い出と鮮明な過去、二つに対する気持ちを抱いていた。
……でも過去はいらなかった。
他人と違う自分のそれは平和だった時を求め、今と言う現実を否定し、逃避する行為だと知っているから…………
祐一は寝返りを打って枕元に置いてある携帯電話を見る。
AM 11:10
今日は平日、遅刻は決定的である。
もし普通の学生がこの時間に起きたのなら急いで家を飛び出すか
遅刻は遅刻なのでとゆっくりと登校するか、学校に行かずそのままサボるかのいずれかであろう。
祐一の性格からしても、本来ならこの時間からわざわざ学校へ行くつもりはない。
もとより祐一の学力ならば日本の高校など目じゃないため、義務教育でない高校に通う必要もないのである。
だが、確認したい事があった。
それを確かめるためには、学校に行かなければならない。
軽い身支度を整えると、祐一は鞄にノートパソコンを突っ込み、少々遅い登校を開始した。
風芽丘学園第一保健室
「……そうか、元気にしているか」
そう呟くと霧島聖は手に持っている手紙を机の上へと置いた。
一人の男と三人の少女の絵が描かれてあるその手紙は、聖の妹とその友人達が書いた物である。
手に黄色いバンダナを巻いている少女、独特の雰囲気を持つ少女、金色の髪の少女、そして黒い服の男。
聖は数年前まで別の町で診療所を開いていた。
そして、今現在はこの学園に勤務する養護教諭ということになっている。
もっとも聖の仕事はそれだけではないのだが……
「さて……」
時計をみると四時間目が始まった直後であった。
そのまま小休止していた仕事にかかろうと聖が腰掛け直した時、保健室の扉が問答無用で開けられる。
「……君か、挨拶ぐらいしたらどうだい」
「今更、俺にそういったことを求めるだけ無駄だな」
入ってきたのは聖の知る人物、相沢祐一だった。
「俺がここに来た理由、分かりますね?」
「ああ、だいたいの察しはつく」
敬語調で尋ねる祐一の言葉は意味深に聞こえる。
相手の思っている事に大体の見当が付いている聖は簡潔に答えた。
「昨日の夜、あいつ等も学校に居たんだ。詳しい事は話さなくても知ってるだろ」
「どうも普通じゃない相手らしいようだな、君も苦戦するほどに」
「……少し油断しただけだ」
「まあ、君もまだまだ駆け出しということだな」
聖の言葉は祐一の癇にさわったようであり、祐一は僅かに顔を強張らせる。
「ふむ、今気が付いたのだが、君は昨夜無断で学校に忍び込んだのだな?
ならば警察に来てもらわなければ、君が行った好意は立派な建造物侵入罪だ」
「残念だが現行犯じゃないと捕まらないな、証拠がないんだから」
「証拠なら監視カメラに映っているだろう?」
「昨晩はここのセキュリティー、落ちてたみたいだが」
「ん? おかしいな、昨晩も正常に動いていたはずだが……後で園長に訊いておこう」
「話を戻すぞ」
閉めた扉を背もたれにしながら、祐一は聖に真剣な口調で言う。
その一言で、妙な方向へ流され始めた話を本流へと戻した。
「もう一人、女が居たんだがあいつは何者だ?」
「彼女はここの三年だ、名前は川澄舞」
「あの特殊な霊魂との関係は?」
「君と同じく今年から転入してきた生徒だから、詳しい事はわからない。
だが、昨日の一軒も含めて何らかの形で彼女が関わっているのは明らかだな」
「…………」
無言で考えごとをする祐一の表情はどこか険しい。
何時もと少し違う雰囲気の少年の姿を見て、聖は少し不信感を抱いた。
「……何かあったのかい? 生徒のカウンセリングも私の仕事だ。
悩み事や相談事があるなら遠慮なく言ってくれてかまわないが?」
「別に説明する必要はない、自分の事ぐらい自分でケリをつけられる。
もう子供じゃないんだからな」
眼を逸らさずに聖へと近づきながら、祐一は優しく差し伸べられた手を振り払うかのようにそう言い切った。
そのまま、不意に視線を机へと向ける。
綺麗に整理された机の上にポツリと置かれている一枚の手紙が、自然と祐一の瞳を引き付けたのだ。
祐一はその手紙を手にとって眺める。
その絵が示す知り合い四人の姿は、祐一の知っている昔と変わりない様子を創造させた。
「故郷か……、元気そうだな」
「君のご両親も心配してるんじゃないのかい? 特に母親の方は……」
「あの人は心配はしてるかもしれない、だが俺には関係ない。それにあの人は―――……」
そう言いかけた途中で、祐一は言葉を止めた。
何時からそこに居たのか分からないが、部屋の外に自分達以外の人間の気配を感じたからだ。
相手は気配を消しているつもりだろうがそれに気づかない祐一ではなかった。
祐一は、気配を殺しつつ扉に手を掛け中から一気に開け放つ。
「あっ…………」
突然開かれたドアに、外にいた人物は驚きの声を上げた。
「立ち聞きとはあまり関心しないな、白河」
「何の話ですか?」
「とぼけるな」
寒気がする程冷たい瞳。
だが、祐一が放つ鋭い視線を受けても、ことりは少しの萎縮も見せずに言った。
「私は調子が悪くてここに来たんですよ。
……ちょっと頭痛がするんで、早退させてもらおうと思って…あんまりこういうのはよくないんですけど」
ことりの言葉を聞いても祐一は訝しげな表情は変えずに、じっと睨みつけている。
「いや、彼女がここの常連と言う事は本当だよ。ちょくちょく早退もしている」
そんな気まずい空気の中、聖が横から割って入った。
「私って頭痛持ちなんですよ」
そう言って笑いながら答えることりには、いつもほどの元気はない。
普段の彼女の事を余り知らない祐一でも、はっきりと分かるほどに……
「……悪い」
「いえいえ」
そんな表情を見せられては、祐一もそれ以上何も言うことはできなかった。
冷たかった祐一の眼差しが穏やかになり、ことりはほっと胸をなで下ろす。
「白河先生には私から言っておくが、一応形だけでも熱を測っておいてくれ」
聖はそう言うとことりに体温計を手渡す。
渡されたことりはソファーに腰掛けると、言われたとおり熱を計ろうと少し服をはだけさせた。
聖とことり、この二人だけならば別にまあ、状況に問題はないだろう。
だが、いつの間にか対面にいた人物の視線が自分に向けられている事に、ことりは今更ながら気が付いた。
「わっ!? み、見ないでくださいよ!!」
「別に見たいわけでもない」
真っ赤になりながらあわてて両手で胸元を隠すことり。
対照的に、目配せの一つもせず祐一はいたって平然と答えた。
「……じゃあどうしてこっち向いてるんですか?」
「お前に一つ訊きたい事があってな」
祐一のデリカシーゼロな言動や態度にカチンときたのか、ことりは多少向きになって言い返す。
そんなつもりは全く無い祐一は、気になる事があったので、ちょうど良いとばかりに質問した。
「……なんですか?」
ことりを見る限り少し機嫌を損なっているようだが、かまわずに祐一は言葉を続ける。
「白河はこの町に結構住んでるんだろ?」
「ええ、そうですけど?」
「一つ訊きたいんだが……昔この辺に麦畑ってなかったか?」
「う〜ん…………確かにありましたけど、この学校が新しくなった時に無くなっちゃいましたよ」
「……そうか」
それを訊くと祐一は少し肩を落とした。
その仕草と共に、話題にも区切りが付き二人とも黙り込んでしまう。
「……そう言えば相沢君は知ってますか? 昨夜この学校にオバケが出たって話」
沈黙が苦にならない程の時間の間で、祐一の様子を察したように、ことりはやにわに話題を変える。
「と言っても私も友達から聞いた話ですから、又聞きになりますけど。
なんでも、一部の校舎の窓ガラスが割られてたり、床がへこんでたりで、学校中でも結構な騒ぎになってるんですよ」
余り信じていないのか、微笑しながら話すことり。
だが、祐一自身には身に覚えがあった。
聖から向けられている視線が少し痛いが、それを気にするほどの繊細な神経を、祐一は持ち合わせていない。
…………良い意味でも悪い意味でも。
そんな裏事情にはお構い無しにことりは話しを続ける。
「それから、『女の子の泣き声を聞いた』なんて言う噂話もあるらしいですよ」
「!? その話、詳しく教えてくれ!」
その台詞を聞いた瞬間、祐一は表情を一変させる。
表情には表さないだけで、それは聖も同様であった。
「詳しく…と言われても、私が聞いたのはそれだけですし」
「じゃあ、それを話した奴って川澄って名前のやつか?」
祐一の質問に、ことりは首を横に振る。
ことりの話した情報は祐一達が知らない物であった。
第一、昨夜の事を知っているのは、祐一と舞と浩平達、それから聖。
あともう一人この学校の学園長がいるが、秋子からもそんな話は聞いてはいない。
―――――となると考えられる事は二つ。
一つ目は情報の真意。
この情報自体がガセであると言う事である。
噂自体、誰が言い出したかも解らない曖昧な物であるため、その信用度は低い。
だが、祐一には不確定を確定とする心当たりがあった。
情報を肯定とするならば、考えられる事は一つである。
昨日、あの時間、あの場所に自分達意外の第三の人物がいてそいつが噂を流したという事だ。
そして、それは敵―――――魔祖である可能性が高い。
「聖さん。この話、少し調べてください」
「わかった、大至急調べてみよう。だが……厄介な事になったようだな」
「…………」
祐一は沈黙でそれに答える。
それは聖の意見が正しい事を示すものだった。
静まった室内に、熱を計り終えたしるしの電子音がピピピっと鳴る。
一人だけ状況が飲み込めないことりだったが、何かに感づいているのか二人の様子を黙って眺めているだけであった。
祐一は図書室で自宅から持って来たノートパソコンの画面を見ている。
進んで静かな環境に身を置く事を好む祐一は、昼休みで賑わう場所を避けて図書室にきていた。
この学校の図書室はかなりの数の本が揃っている。
それこそ、売ればそこそこ金になりそうな年代物の本から、すでに絶版になっている物。
最近の流行なものから、ある程度メジャーな本までジャンルも多様である。
もっとも、これほど多くの本があっても、読む人間は現代では極めて限られきているので
蔵書のほとんどがほこりを被っている状態にあるのだが……
(なるほどな……)
そこに映し出されているリストを見ながら、一人一人の名前と顔を確認していく。
様々なスポーツなどの大会で活躍した人物や、自分と同じ家柄の者。
その他、特別な血縁や武道の流派など、海鳴市周辺で何かしらの才に優れた人物の名前が特殊、一般を問わず書かれていた。
もちろん、その中には折原浩平やみさお、長森瑞佳、川澄舞の名も当然のようにのっている。
(面識があって使えるのは御神と神咲か……
それにしても、これほどの人数がこの学園に集中しているとはな)
元々、この学校には何らかの力を持った者達が天将の候補として数多く集められている。
祐一はその事を知らなかったが、不自然なくらいにこの学校に集中している事で何かに合点がいったようだ。
(陰が集えば陽も集うということか。それとも…これも何らかの運命なのか……)
そこまで考えると、祐一はパソコンの電源を落とす。
そしてこれから行動を起こそうとした時、丁度そこに一昨日、神社であった人物がいた。
これから会おうと思っていたので好都合と、祐一はためらわずにその少女に声をかける。
「高町さんですね」
「えっ……!?」
名前を呼ばれたのは、長い髪を三つ編みのお下げにしている眼鏡をかけた少女。
高町家の長女である高町美由希であった。
「あ、え、え〜っと、その……」
突然自分の名前を呼ばれて少し困惑する美由希に対し
神社で会った時のように、祐一はつとめて優しく話しかけた。
「一昨日、神社で会った相沢です」
「あっ! あの時の……」
少し間があったがどうやら美由希は思い出したようだ。
「えっと、相沢さんでしたっけ?」
「先程そう名乗りましたが」
「そ、そうですね……」
会話がぎこちないが、祐一はかまわずに自分の用件を言う。
「少し、お話したい事がありまして、あなたとあなたのお兄さんに。
それで…もし迷惑でなければ、今日、お宅の方にお邪魔させてもらえませんか?」
「兄にも……ですか?」
祐一はその言葉に頷いた。
あとがき(楽屋裏)
作者:ネタが無いので後書きも省略♪
祐一:んな訳にもいかんだろ! サボるな!!
作者:だって、話が長くなり気味で……上手くすればこの話も二話に分けられるんだぞ?
祐一:何で最後疑問系なんだ?
作者:たぶんだから。
祐一:あっそ……
作者:と言うわけでゲスト行ってみよう!
祐一:今回は………………遠野美凪さんです……
美凪:はろ〜……
祐一:……おい、これじゃあ前回と同じ状況になるんじゃないか! 前回舞でさんざんだっただろ!!(怒)
作者:まあまあ、怒るなよ。 Airのキャラが出る気配が当分ないからってわざわざ来てもらったんだから。
祐一:だからって、何で美凪なんだよ。
美凪:……パンパカパーン。
祐一:ど、どうかしたのか美凪?
美凪:……国崎さんから伝言です。
作者:往人さんから?
美凪:『俺の出番はまだか(怒)』……だそうです。
祐一:そう言えばまだ出て無いよな、恭也さんとかはもう直ぐ出番なのに。
作者:あ〜……うん、まあ……その…………ね……
美凪:……どうかなさったんですか?
作者:第一部、出ないっポイんだよね……往人さん。
美凪:……そうなんですか?
作者:話の流れを考えますと、入れるスペースが無いんです。
祐一:まあ、中盤越えてるから無理も無いか。
作者:すみません、許してください、勘弁してください(涙)
美凪:……進呈…………相沢さんにも。
祐一:なんだこの封筒は。
美凪:……プレゼントです……余り、気を落とさないで下さい。
祐一:中身はお米券か?
美凪:……さあ?
作者:中身が気になるけど今回はこの辺で、それでは次回もよろしくお願いします。
美凪:…………ネタが無いだけですね……