―――――夜
雨は止み、雲の切れ間には綺麗な星空が見え隠れしている。
その天空を見上げながら祐一は緊張を高めていた。
幽かな光源しかないほの暗い中。
両の手に握られている二振りの日本刀は、月に照らされ淡い光をその身に映している。
その刀身は、見れば誰もが吸い込まれそうになるほど恐ろしく……そして、美しい。
「―――ふぅぅぅっ……」
両眼を閉じた状態でゆっくりと、そして静かに息を吐きながら神経を集中し、心を研ぎ澄ませていく。
祐一が学んだ流派―――――『十剣流二刀術』
その最も基本的な型。
自分の中の気の流れをつかみ、自然の気の流れの中に自分を溶け込ませる事によって
どんな状況でも常に自分の最高の状態で居ることが出来る―――――初法、『流動』を発動させていく。
暫しの時、そして閉ざしていた眼を見開くと校舎の方を見定める。
太刀を鞘に収める―――――キンという金属音が静寂なこの場の空気を僅かに震わし、祐一は校舎の方へと進んで行く。
正面玄関を潜り校舎の中へ。
本来ならセキュリティーがかかっている筈だが、何故かすんなりと入ることが出来た。
その事が少しばかり気になったが、自分にとっては好都合と昼間に霊魂の気配を感じた場所へ向かって行く……
天と月の将 六話
月夜の学校
(何処だ……)
暗闇の中、祐一は気配を探りながら辺りを見回していく。
だがそれらしい気配は何処にも在りはしない。
数分間そうしていた祐一だったが、朝に感じられた微かな気配でさえも今は感じる事が出来なかった……
―――――それからさらに時間が経過し、雲霞に隠れていた月が再びその姿を現し出す。
そこから漏れ出た月光の一筋が廊下を照らし出した頃、祐一は背後に何かを感じた。
「!!?」
―――――ブンッ!!!
風を斬る音が、祐一のいた場所を通り抜ける。
先に反応した事によって生まれた刹那の時間差で、祐一は体を反転。
即座に両方の刀を抜き、その場所に白銀の軌跡を描いて刀が振り抜かれる。
―――――だが、切り裂いたというその感触は無かった。
そして次の瞬間、背後から何かで殴られたような衝撃が祐一を襲う。
「がっ!!」
顔を顰めながらも振り返り様、再度刀を振り下ろす。
しかし、刀はまたしても虚しく空を斬るだけで斬った感触などはまるでしなかった。
朝は気配を感知する事は出来たはずだったのだが
どう言う訳か、今は気配すらなくこちらの攻撃も当たらない。
―――ヒュッ! ―――ヒュッ! ―――――ドガッ!!
前方から来る殺気を二度かわし、死角からの三撃目をかろうじてガードする。
「くっ!」
だが、その力は祐一が思っていたよりも強烈であり
まるで、鉄パイプか金属バットで力いっぱい殴られたような痛みが祐一の右腕を駆け上った。
一瞬消える握力、その際に祐一は右手に握る刀を取り落としてしまう。
受け流した右腕は、今も電流が走っているようにビリビリと痺れている。
動く所を見ると骨に異常は無いようだが、とても悠長に確認できる状況ではなく、見えない力は休み無く祐一を襲ってくる。
これほどの衝撃をそうそう何度も受けてはいられない。
「はっ!」
左の刀で何も無い場所に横薙ぎを放ち
腰の辺りから普通の形とは一風異なった形の黒い銃を抜くと、振り向きざま発砲。
音も無く発射されたのは普通の銃弾ではなく霊力を弾にした霊弾。
青白い尾を引きながら飛んでいった弾は、何にも当たることなく廊下の突き当たりの壁へと着弾した。
カンカン!!
短く、甲高い音が響くと同時に障害物のない廊下を疾走する。
―――ドゴッ!!
祐一の正面、半歩前で大きな音が鳴り、リノリウムの床が凹に形を変えた。
即の所で踏みとどまり、何とかかわした祐一は目の前の床を見てぞっとした笑みを零す。
その背筋には嫌な汗が浮かんでいた。
影も形も姿も無し。
在るのは殺気と呼べる攻撃の気配だけだが、それは多方向からのランダムなもの。
…………相手の状態がまるで分からない。
流石の祐一も、いささか状況を甘く見ていたことを痛感していた。
フッと辺りに闇が訪れる。
月が雲に消えたのであろう。
一直線とは言え、月明かりが消えた廊下の視界はわずか数メートルしか見渡せない程に悪い。
だが、闇に紛れ、仕掛けるならばこれほどの好機も無いだろう。
「…はぁ……はぁ……」
緊張の所為か、少し息が荒くなる。
それとは正反対に気持ちは冷静になって行った。
思考を巡らせ、己が持てる感覚を最大限に張り詰めていく。
―――――その時、祐一はあることに気がついた。
(!?……どう言う事だ?)
つい先程まで全く感じなかった気配が突如として現れたのである。
それも、祐一がいる所とは全く異る離れた場所で…………
―五秒―――十秒―――――十五秒―――――――…………そして、祐一はもう一度走り出した。
その気配がする場所へと向かって。
祐一が見えない力に苦戦していた頃、別の場所でもそれは起こっていた。
その場所では窓から差し込んでいる月の光とは別他の、本当に僅かな光がある一帯を囲っている。
その外側ではゴーン、ゴーンと鈍い音が響いているが、その中に居る三人の人間はただ傍観しているだけであった。
「やっぱ結界の中って快適でいいよな」
「何言ってるんだよ浩平! 結界張ってる私はしんどいんだよ!」
「そうだよお兄ちゃん、この結界は瑞佳お姉ちゃんの霊力使ってるんだから」
「んなこと言ってもなー、外に出たらまたいろんな所から攻撃が来て対処できないだろ?
おまけにこっちの攻撃は当たらないし。だからこうやって結界の中にいるんだろうが」
三人が居るのは瑞佳が張った結界系の護符、『防陣符』の中である。
つい先程まで祐一と同じ状態だったのだが、こちらに緊張感は余りなかった。
…………と言うか、かなり余裕があるように見える。
実際に頑張っているのは瑞佳だけなので
何もして無い浩平とみさおがフリーなのは、当然と言えばそれまでなのだが…………
「水に炎に雷、いろいろ試したけど全部素通りだもんね。私達じゃもうお手上げだし」
「だな。まあ、最悪朝まで粘ればいいだけだろ。出るのは夜だけだって言ってたしな」
「朝までこの結界維持するのは流石に無理だよ」
「気合だ、それか根性だ」
「瑞佳お姉ちゃん、ガンバ! ガンバ!」
などと御気楽兄妹は賑やかである。
この状態でも集中していられる瑞佳は単に慣れと言うものだろう…………幼馴染とは実に恐ろしいものだ。
そんなやり取りをしばらくしていると外の音が鳴り止んだ。
暫く経っても何も起こらないので、瑞佳は結界を解くことにする。
「どうやら、もう居ないみたいだな。やる事も無くなったし帰るか?」
「私お腹空いちゃったよー」
無労働……と言う訳ではないのだが、二人が動いていたのは最初の方のみ。
当然、疲れの色があるはずもなく、明るい口調で軽い雰囲気を作り出す。
そんな二人に向かって、軽く息を整えた瑞佳が口を開いた。
「待って、何か別の気配がする」
「霊魂か?」
「分からないけど、多分そうだと思うよ」
「はぁー、仕方ないさっさと片付けて帰るとするか」
浩平の気の乗らない返事を聞いて、三人は移動を開始した。
そこには一人の少女が立っていた。
長い黒髪をリボンで束ねた少女の姿はとても綺麗で、かつ神秘的だ。
そして少女が持つには不釣合いな剣が、より一層それを引き立たせている。
祐一の瞳を一瞬だが奪ってしまう程に幻想的な彼女の姿は、だが、まごう事なき現の光景であり
鋭い刃を持った剣を腰に構えながら、その少女は祐一と視線を交えずに祐一の方を見ていた。
「ここで何をしていた」
「…………」
「お前も退魔師なのか?」
「…………」
祐一の問いに少女は答えない。
―――――ガキッ!?
何の前触れも無しに異質な音が廊下に響き渡る……それが始まりの合図だった。
少女はすばやく祐一の横をすり抜けると、その直ぐ後ろ、何も無いはずのところへと躊躇なく剣を振り下ろす。
お互いの体がすれ違うと同時に祐一も振り返り、勢いのままに右腰の鞘から刀を滑らせる。
一文字に落ちる少女の剣尖に、高速で並ぶ祐一の居合い。
―――――だが
ガキン!!
二人の剣は何も無い空間に一瞬止められ、そのまま弾き返された。
そこには先程とは違い、黒い塊のような何かが確かな気配を持って存在している。
少女はそれに向かってさらに剣を振るった。
ザシュゥー!!
なにかが裂けるような音がした、と同時に少女の体が軽く宙に浮く。
そのまま押されるようにして後ろに飛ばされてくる少女。
代わって、祐一が前へ出ながら―――――
「このっ!」
―――――ザシュ!!
一閃―――――今度は軽くだが、斬ったという確かな手応えがあった。
すかさず二度、三度と燐光を宿す白刃を振るい、祐一は闇を斬り裂いていく。
あっけなく斬られた気配は、その存在を失っていくかの様に闇に溶け込み、そして四散していった。
「ふぅ……」
祐一は軽く息を吐いて緊張を解く。
そのまま周囲に敵の気配が無いか確認した後、先程後ろに飛ばされた少女に眼を向ける。
得体の知れない者の攻撃を受けたようだったが、何事も無かったかのように少女はそこに立っていた。
「お前は……いったい―――」
「おりゃーーー!!」
祐一が口を開こうとした時、本当に唐突な雄叫びが背後から上がる。
と同時に、何者かが祐一に向かって盛大な飛び回し蹴りを喰らわした。
グキッという音がして正面を向いていた祐一の首が勢いよく左に向き、そのままパタリと倒れていく。
「よっしゃー、下手人召し捕ったり!!」
「よくやったわよ! お兄ちゃん!」
「HAHAHA、この程度の事なんて俺にかかれば晩飯前だぜ!」
「ほんとに晩ごはん食べてないけどね♪」
「あの、浩平が蹴飛ばしたのって相沢君じゃ……」
微妙に青い表情を見せる瑞佳を尻目に、いきなりコントを始める兄妹。
勿論、倒れた祐一の事など全く眼中にない状態である。
被害者である祐一が、刀の柄を握り締めながらのそりと起き上がり
七割の殺意と二割の呆れとその他いろんな一割を込めた威圧感満載の視線を、ギロッという効果音付きで送っているにも関わらず。
そんな祐一の視線に気づいた瑞佳だけが、鬼気迫る情景で両手を合わせながら御免なさいのポーズを取っていた。
(まあいい! 今はこいつ等にかまってられるか!!)
いろいろと言いたい事はあるものの、それを抑えてキッと少女の方に向き直る祐一。
少女の方は律儀にもその場所で留まったままであった。
「取り合えず、あいつらの事は無視するぞ」
「…………」
祐一の問いかけに少女は相変わらず無反応である。
「返事だけでもしてくれ、『Yes』か『No』だけでいいから」
余りにもコンタクトが取れない状況に、その場しのぎの提案をした後
祐一は一呼吸置いて少女に質問した。
「お前は退魔師なのか?」
「……ノー」
(…………はぁ……)
余りにそのまんまな反応に祐一はかなり呆れた、と言うか嫌気が差した…………が
さっきからいろんな事が立て続けにあり、かなり疲労感も溜まってきていたので極力気にせずに質問を続ける事にする。
「さっき戦っていた奴らは何なんだ? 奴らの事をお前は知っているのか?」
「……イエス」
「奴らはいったい―――」
祐一が訊き終わる前に、初めてその少女が自分から口を開いた。
「私は、魔物を討つ者だから」
その一言だけを残して、少女は静かにその場所から立ち去って行く。
「魔物って何の話だ?」
「知るか!」
祐一は去っていく少女の姿を見ながら浩平に八つ当たり気味に怒鳴りつけた。
(それが解らないから訊いたんだ!)
去っていく少女の姿を見ながら、祐一が深い溜め息を吐く。
その仕草の意味が浩平達にはさっぱり分からず、四人はその場に立ち尽くして少女の後ろ姿に視線を送っていた。
後ろでその様子を眺めている小さな女の子に気づかないままに。
あとがき(楽屋裏)
作者:いやー、今回は大変でした。
祐一:なんか行き成り銃なんて使ってるが……いいのか?
作者:主役だからね。ところで…………どったの? 首に包帯なんか巻いてさぁ?
祐一:浩平が上のあそこのシーンだけNG出しまくってくれたおかげだ。
作者:災難だねぇ、でも浩平の事だからワザとでしょうけど。
祐一:まあ、秋子さんのアレを見せたら一発クリアだったがな。その後に当然見舞ってやったし。
作者:…………自業自得でもやりすぎじゃないかい?
祐一:ちゃんと量は考えてある。数時間意識を飛ばしただけだ。
作者:トラウマ出来てそうだなぁ。
舞:……暇
作者:あ゛、ゲスト紹介するの忘れてた。
ぽかっ!
作者:痛っ、という訳で上では名前出てきませんでしたがバレバレなので実名で、川澄舞さんで〜〜す!!
舞:…………
祐一:舞、なんか喋ったらどうだ?
舞:はちみつクマさん。
作者:いや、意味がよくわからないんですけど……
舞:……祐一がなんか喋れっていったから。
祐一:他に何かあるだろう?
舞:……ぽんぽこタヌキさん?
祐一:なぁ、俺人選間違えたか?(ヒソヒソ)
作者:舞だからな仕方ないんじゃないか?(ヒソヒソ)
舞:……お腹空いた。
作者:あ、それじゃこの辺でお別れにしますか。
祐一:じゃ、また次回もよろしく!