朝のホームルームも終わり、一時間目が始まる前の教室は再び賑やかになる。

祐一としては、本来なら授業をサボって校舎裏か、屋上あたりで昼寝でもしていたい。

だが、外は生憎どしゃ降りの雨であったので仕方なく教室で眠っていた。




「今日も絶好調だな、朝倉」


「何がだよ、杉並」



祐一の隣の席では、クラスメートが賑やかに騒いでいるのが聞こえる。




「おい、起きろよ、相沢」



そんな中、祐一に声をかける少年がいた。

























天と月の将 五話

宿命と……



























最初の頃は噂の所為もあってか、結構な数の生徒が祐一に話しかけていたのだが

声をかける度に睨みつけられたり、愛想なくされた為、祐一に声をかける生徒はいつの間にかいなくなっていた。

しかし、この少年はどうしてか、近寄るなオーラを出している祐一に躊躇すること無く喋りかけてきたのである。



雑音の中、まどろんでいた祐一は、その声で現実に引き戻される。

そして、目の前に座る少年にちらっとだけ眼を向け、その顔を確認したのだが

その視線は、数秒経たない内に少年から外され、窓の外へと移り変えていった。




「なんでそう何時も無視するんだ? 俺は何もしてないぞ?」



と少年が口を開く。

祐一の態度は案の定であったが、少年の顔に嫌な色は余り浮かんではいない。



めげずに……と言うよりはむしろ、挑戦するかのように喋り続ける少年。

ただ、祐一はとことん無視を決め込んだ。



そのままの状態が数分続くと、授業の開始を告げるチャイムが鳴り響く。

ところが、前の席に座る少年は一向にその場を動かずに、祐一に喋りかけ続けている。

痺れをきらした祐一は、その少年に向かって口を開いた。




「お前、もうチャイム鳴ったぞ早く自分の席に座れ」



やっと反応を返した祐一に少年の表情が少しだけ変化をみせる。

言葉に表すなら、満足したような、充実したようなといった所が妥当な感じであろう。




「お前じゃなくて北川だ、それに俺の席はここだし、ついでに今は自習時間だ」



祐一が周りを見回してみると、自習課題をしている生徒や

机で居眠りをしている生徒など、各自ばらばらに時間をすごしている。

言われた事の意味を理解すると、祐一は北川と名乗った少年に向き直った。




「じゃあ、お前も自習課題をしたらそうだ。俺に関わっても面白くないだろう。

 俺もお前に関わっても面白くない、わかったなら前を向け」


「だから、お前じゃなくて北川だって、別に邪魔って訳じゃないし話しかけるぐらいいいだろ?」


「…………そうだな、独り言を言うのは勝手だ好きにしろよ」



そう言い残すと祐一は席を立ち、教室の出入り口の方へと歩みよって行く。




「ちょっと相沢君、どちらへ行かれるんですか?」



教室から出ようとするところを一人の女子生徒に呼び止められた。

祐一を呼び止めたその女生徒の名は、朝倉あさくら音夢ねむ



編入テストの成績から教師陣に期待の眼差しを向けられていた祐一だったが

いざ蓋を開けてみると、初日から授業をサボるし、それを注意してものれんに腕押し状態。

そんな祐一の態度に教師達は余り良い感情を抱いてはいなかった。



そんな中、『生徒の事は同じ生徒に注意させればいい』と言う意見が飛び出し。

中央委員会から風紀委員会、そして都合良く、祐一と同じクラスに風紀委員の鑑とも言える存在。

―――――つまり音夢がいたので、必然的にそのお役が回って来ていたのであった。



そういった訳で、音夢は祐一の行動を見過ごす訳にもいかず声を掛けたのである。




「…………少し体調が悪いから保健室に行く、これでいいだろう」


「……………」



そんな事情を知っていた祐一は、しばし考えた後、適当に理由をつけて返答した。

その理由に音夢は不信感を持ったのだが、真意を確かめる事はできず、それ以上どうすることも出来ないので

『分かりました』と告げると自分の席へと戻っていった。

























ここ数日海鳴市は雨の日が多い、そして一度に降る雨も異常な量である。

祐一が歩く廊下の壁やリノリウムの床には水滴がびっしりとついていてた。



校内であるはずが、まるで霧の中にでも居るかのような高い湿気の所為で

しっとりと濡れた服は、ベタッと体にくっつき体の動きを妨げている。

それと自分に向けられている監視カメラの存在、それらが堪らなく祐一を不快にさせていた。



ただ、そんな状況にあっても、祐一の感覚に濁りはない。




(何かいるな……)



気配は一瞬、しかし雨の音に紛れるそれは確かな存在感を残している。




(これは霊魂の類か……もし魔祖に見つかったら格好の餌食だな)



霊魂とはこの世界に強い思い、一般的には未練を残して死んだ人間霊の事を指す。

人間の負の精神エネルギーをその糧としている魔祖にとって、心残りから留まる霊魂……

―――つまり、マイナス面から成り立つ精神という存在は、力を増大させる為の絶好の糧なのである。



もっとも、霊魂はそのままの状態で長く存在すると瘴気に当てられ悪霊となり

魔祖に使役される存在となるので、多くの退魔師は、霊魂のうちに鎮魂してしまうのが普通である。

だが、どちらにしても厄介である事に違いはない。




(……辛いな……)



鎮魂は祐一の得意とするところでは無い。

祐一ができる事はただ一つ、叩き潰すか斬り裂いて弔うこと。

霊魂を問答無用で消すか、魔祖に喰われるのを待って斬るか、悪霊となり使役される者となったのを滅するか……

それしかできない自分に対し、少しの嫌悪感を抱きながら、祐一はある場所へと向かった。

























祐一が向かった先はこの学園で一番偉い人物がいる場所。

軽くドアをノックすると、中からの返事を待たずに祐一はその中へと入る。




「…お久しぶりですね、祐一さん」



そこに座る女性は、祐一の姿を見ると至って普通に話しかけた。

七年ぶりに見るその人は、祐一の記憶と全く変わらない姿でそこにいる。




「ええ、やっぱり俺を呼んだのはあなたですか、秋子さん」



祐一は海鳴に来てから、この学校に自分を呼んだ人物を捜索しており、辿り着いたのがこの学園の長である。

そしてその人物が秋子だという確証を得る事はできなかったが、確信は持っていた。




「…そう言えばあいつは元気にしてますか? 学校では見かけませんけど?」


「あの子は今、相沢の本家で修行を積んでいます」


「…よく、自分の娘をあんな奴の所へ送れますね……」



秋子の言葉に対し、表情を顰める祐一

その言葉には、あからさまな侮蔑と不快の感情がこめられている。




「あまり自分のお父さんを悪く言ってはいけませんよ……」



秋子は我が子を諭すような口調でそう言った。




「そんな事は如何でもいいですね。世間話をするために此処へ来た訳じゃないんですから」


「そんな事……ですか……」



祐一の言葉を聞き、秋子は悲しい表情を見せる。

なまじ、その理由を知っているが為に……




「担当直入に聞きます。なぜ、俺を海鳴市に呼んだのですか?」


「……その前に一つお話を聞いてくれませんか? 全てはそれからお話します」



秋子の真剣な顔を見て、祐一は静かに頷いた。

そして、ゆっくりと語り始める。















それは遠い遠い昔、今から数百年も前に起こった事――――



この世界は、『仙界』『現生界』『魔界』の段階構成で成り立ち

三つの世界は異なる位相に存在しているが、同一であるとされている。



この三界の間はいくつもの【門】と呼ばれる物により繋がれているのだが

【門】は通常は閉まった状態にあり、開く事は無い。

三界は互いに行き来は出来ず、物理的に干渉する事もできない世界として確立されていた。



だが、古に一度だけ三界を繋ぐ一つの【門】がここ日本で開かれた事があった。

【門】を通って現れた『魔界の者』達は、三界を支配しようともくろみ、手始めに『現生界』を支配していった。



三つの世界は三位一体、『現生界』の秩序が乱れれば他の世界にも影響を及ぼす。

『仙界の住人』は、『仙界』に被害が及ぶことを恐れたが、直接『現生界』に干渉はしなかった。

もしそうすれば、さらに三界の秩序を乱すことになるからだ。



そのため、『仙界の住人』は人間に『魔界の者』と戦うための様々な術・力・技・知識・武器などを与え

人間の中でもより強い力を持った十二人を選び『仙界』の中でも強い力を持つ十二神と人間を融合させた。

その十二人は『十二天将』と呼ばれ強力な力を持った『十二天将』を中心に、人間は『魔界の者』に反旗を翻したのである。



だが、その力を持ってしても『魔界の者』を渡り合うことは難しく

事実、『十二天将』の内、半数がその戦いの途中で命を散らしていた。

それでも、かろうじて【門】を再び閉じる事には成功し、三界は再び在るべき姿へと戻ったのである。















「私達が魔祖と呼んでいる存在は、伝承の時代に現生界に取り残された魔界の者です」



話しを聞き終えた祐一は、なぜか妙に緊張していた。

その話は、今の今まで耳にしたことはなく、祐一自身が知っているはずが無いのだが…………

何だかわからない思いが、祐一の心を取り巻いていた。




「…それで? その話と俺を呼んだ事とどんな関係があるんですか……」


「……数年前から此処、海鳴市を中心に魔祖が増えていることはご存知ですよね。

 それは、三界を繋ぐ門が開いたのがこの場所であり、今またその門が開こうとしているからです。

 すでに、かすかに開いた門から魔祖が進行を開始してきています」


「つまり、その門からでてくる奴らの処理を俺にやらせると?」


「確かにそれもありますが、それだけではありません」



秋子の言葉に祐一は疑問を浮かべる。




「文献や古文書に倣うなら、魔祖から人間を救ったとされる十二天将は転生をすると記されています。

 門を閉じるにはその強大な力が必ず必要となるでしょう。ですから―――」



秋子はその口をいったん閉じ、そして祐一に一言告げた。




「ですから、天之十将の転生である祐一さんに残りの天将を探してほしいんです」



祐一はしばし無言のまま秋子を見つめている。

―――――まるで……射抜くような真直ぐな瞳で。




「あなたは紛れも無く天之十将の転生です。祐一さん」



秋子はもう一度強くそう断言する。




「どうして断言できるんですか? 俺には前世の記憶なんてものもありませんし、証明なんて出来ませんよね?」



祐一はどこか気圧される心持ちがしたが、皮肉ぽく答えることでそれをごまかす。




「それに今の俺には、そんなことは関係ない!

 俺が退魔の技を習ったのも、留学したのも、すべては!!…………あなたもご存知でしょう」



 (…俺には……それ以外何も無い……)



祐一の言葉に知らずに感情がこもる。

反面、心の中では自分に言い聞かせるように呟く。




「失礼します」



そのまま部屋を出ようとした時、理事長室のドアがノックされる。

ドアの近くにいた祐一が扉を開けると、そこには見覚えのある女性が立っていた。



祐一はその女性に一礼すると、そのまま部屋を出て行く。




「…彼に話したのですか?」



祐一と入れ替わりに入ってきた女性、聖は秋子に問う。




「ええ……少し急ぎすぎてしまったみたいですね。

 今の祐一さんにとって、この事は邪魔意外の何物でもない、勝手な言い分に過ぎないんですから。

 ……でも、時間が無いのもまた事実です、なんとか説得しなくてはいけませんね」


「本音を言うと…………でも、彼にもわかるはずですよ。もっと大切な事があるという事が」



秋子は穏やかな表情を見せた後『そうですね』と静かに言った。

























時刻は放課後、場所は第一保健室。

そこにはどっかの馬鹿が張った【風芽丘学園対魔祖合同対策本部】と書かれた長半紙が

なんかの刑事ドラマのようにデカデカと掲げられている。

ちなみに之を書いたのはこの学園の理事長なのでかなりの達筆であると付け足しておこう。



部屋の中では、聖、浩平、みさお、瑞佳が魔祖に対する会議をしている真っ最中。

最もその実は保健室で喋っているだけであるので、聖としては困っているのだが……

そして今現在、井戸端会議の話題となっているのは祐一の話であり、聞こえてくるのは悩ましい女の声であった。





保健室内




「あ〜〜、う〜〜、お〜〜……」



みさおは保健室のベットの上に座りながら唸り声を上げている。

一昨日、神社で祐一に散々に言われたものの、みさおはまだ諦めていなかった。

何か祐一を仲間に引き込む手が無いか……四六時中ずっとこんな感じで考えているのだが

結果は、どうにも良い考えが浮かばないでいた。




「かー、くー、こー」



スパーン!!




「お兄ちゃん! 真面目に考えてよ!!」



横から茶々を入れる浩平に、みさおがどこからか取り出したハリセンが決まる。




「んなこと言ってもなー……俺達あいつの事よく知らないし。

 第一あんな奴と仲良くやる気は毛頭無い。一人でやりたいならやらしとけばいいんだよ」


「それなんだけどね、相沢くんてB組でも浮いてるみたいなんだよ。

 なんでも、話しかけても無視されるか睨まれるかのどっちかで、相手にしてくれないらしくて」



浩平の言葉に瑞佳はちょっと困った顔をしながら、みさおに顔を向ける。




「何か良い案ありませんか〜? 聖先生〜」



考えに行き詰ったみさおは、質問をする対象を聖へと移した。




「…そうだな、基本的な交渉の条件としては相手の望むものをこちらが提供するか

 又は金銭などを支払うのが妥当なところだろうな……そういえば、彼は一人暮らしでお金に困っているはずだが」


「それです!!」




みさおはベットから飛び起きると聖を指さして言った。

その面持ちは天気予報で言う曇りのち晴れ、その表情は一気に明るくなる。




「だが、君は彼に支払える程金銭に余裕があるのか?」


「そうでした……」



聖の回答にみさおは暗い表情を見せる。

そして、聖は何か思いついたようにポンと手を叩き。




「例えば、色仕掛けなどはどうだろう? 彼も年頃の男だ異性に対する興味が無いわけでは無いはずだ。

 君と長森さんで迫って間違いでも起こせば、それを理由に―――」


「「なっ―――!!」」



聖の言葉にみさおと瑞佳はカッと顔を赤く染める。




「なにー! 長森はともかく俺が大切に育てたみさおをあんな奴にやれるかー!!」


「お兄ちゃんに育てられた覚えは無いわよ! それに聖先生も

 一応この学校の養護教諭なんだから、冗談でもそんな事言わないで下さい!!」


「浩平、それどう言う意味だよ!」



みさおは全力で浩平の台詞を否定した後、聖にまくし立て、瑞佳は講義の声を上げる。




「まあ、冗談はこの位にしておこう。それよりも君達に仕事を頼みたいんだが?」


「何だ? また低級の魔祖でもでたのか?」


「ここ最近大人しかったのに、まあ、退屈なのよりはいいですけどね♪」



聖がそう言うと折原兄妹の目の色が変わった。




「いや、魔祖ではないんだよ。

 どうもこの学校内に霊魂のようなモノがさ迷っていてね、それの鎮魂が今回の仕事だ」


「それじゃあ今回は瑞佳お姉ちゃんの出番だね。あ〜あ、折角久しぶりに暴れられると思ったのに」



思っていた事と当てが外れたみさおは肩を落としながら、おどけた感じで言う。

みさおのそんな様子を見ながら、笑顔を見せていた瑞佳だったが

聖の言葉に少しの疑問を感じ、その事を口に出した。




「聖先生、霊魂のようなモノってどう言うことですか?」


「それなんだが…………昨日の深夜、この学校内に現れていたという事意外、まだ何も分かっていないのだよ。

 だが、どうも普通の霊魂ではないらしい、だからと言って放っておくという訳にもいかなくてね。

 学校の内部にも魔祖が入り込んでいる可能性がある以上、早急にこの件を片付けておきたいんだ」



この学園に出入りしている人間の数は生徒だけでも千を超える、そしてその中には

魔祖に取り付かれ操られている人間も少なからずいるのである。




「それともう一つ。

 今年からこの学校に転入してきた生徒が、話に一枚咬んでいるようでね……」



そう言って聖は、防犯カメラで撮られたと思われる一枚の写真を取り出す。

そこには、この学校の生徒と思われる、剣を持つ女の子の姿が映されていた。

























あとがき

祐一:前回は酷い目にあったな。

作者:人を盾にしておいてよくもまあ、ぬけぬけとそんな事が言えますね。

祐一:結局、俺も食わされたんだからいいじゃねえか。

作者:あの人には逆らえませんからね、もし逆らったら……

祐一:お空のお星様になって二度と帰って来れなくなるな……

作者:くわばら、くわばら、それでは気を取り直して今回のゲスト行ってみよー♪

祐一:と言う訳で名雪と北側だ。

名雪:わっ、祐一、もっとちゃんと紹介してよ。

北川:水瀬の言う通りだ、それと字が違うだろ字が! 俺は北川だ!!

名雪:う〜、白河さんやあゆちゃんの時と違って扱いが不当だよ。

祐一:あゆとはあまり変わらん気がするが?

名雪:そんなことないよ〜、私いじめられてるよ〜

作者:何を仰いますか、前回あなたのお母様にやられた事に比べると可愛いもんでしょう。

北川:逆恨みか! んでもって俺はとばっちりかよ!!

作者:御明察♪ でも発案は祐一だから。

祐一:あっ、この野郎裏切りやがったな! やっぱり根に持ってやがったか!!

名雪:…祐一、ひどいよ……

祐一:そ、それよりどうしてこの二人がゲストなんだ?

作者:あからさまな話題転換ですね。

名雪:そう言えばそうだよね、なんでだろ?

北川:しかも水瀬は気付いて無いし。で、何で俺と水瀬なんだ?

作者:補いですね。今回の話にも出てますけど、単に顔見せみたいなものですから。

名雪:私出て無いよ〜

作者:名雪はまだ先ですね。あと、D.C.メンバーもちょっとだけ出演。本格的にはやっぱり先ですけど……

祐一:北川は?

北川:決まってるだろ! 相沢の取り巻きの女の子達がピンチの所に颯爽と登場してその危機を救うのさ!
   そして俺が主役になってハーレムでうはうはだ!!

祐一:寝言は寝て言え。

作者:とまあ今回はこの辺でお別れです。名雪、閉めどうぞ。

名雪:次回は、川澄先輩がゲストに登場するんだよ。それじゃあね。