海と山がほど近い海鳴市の街中では一般市民が行き交ってており、車もそれなりに走っている。
その日常的光景とは対照的に、今この瞬間も闇は静かに侵食を始め、少しずつ、だが確実にそれは力をつけてきていた。
ここ数年、魔祖による事件は全国で爆発的に増え続けている。
その一番の原因は、数年前までとは違い明確な意思を持つ高ランクの魔祖が現れ始め
そいつらが、今まではバラバラだった魔祖達を一つの組織の様に纏め上げているが為であった。
―――――それは、ここ海鳴を中心として起き始めている。
天と月の将 参話
海鳴
公園を後にした祐一は街中をぶらついた後
四時も回り、いい加減腹も空きすぎたすぎたので駅前のファーストフードショップ、バクロワルドへと赴いていた。
さいわい、店内にはそれほど客が入っていなかったので、待たずに注文を済ませると祐一は近くの椅子に腰掛ける。
祐一の席から一番近いレジの方では、おそらく風芽丘の生徒であろう二人の女子高生と
この店の店員であろう一人の少女が、カウンター越しに賑やかに喋っているのが自然と聞こえてくる。
それを多少気にしながら、祐一はハンバーガー(80円)に噛り付いた。
「でさでさー、お兄ちゃんたらいっつも下らないらない事ばっかりしててね。
私もそのお姉ちゃんも、もう困って困って大変なんだよ」
「みさおちゃんも苦労してますね…………私の心の天気も雨模様なんですよ。
遥かなる北国から遠路はるばる先輩を訪ねてやって来て早数日が経ったものの、今だに学校でも会えず終い。
おまけに、わざわざ住んでる場所まで調べ上げて同じアパートに住もうと思ったのに
空いている部屋がなく、先輩のアパートとは程遠いお山の寮へと移り住むはめに…………しくしく。
ところでお客さま、ごいっしょにドリンクはいかがですか?」
「私もこれから大変そうです。
あ、飲み物はバナナシェイクでお願いしますね♪」
「風紀委員会だっけ?」
「そうなんですよ、愛しの先輩と肩を並べられるようになったのは嬉しいんですけどね……
でも挫けません! バナナと先輩さえあれば、きっとどんな困難にも打ち勝って行けます!!
あっ、念のために言っておきますが、その先輩は女性の方ですよ」
「…でも、やっぱり二人の方がまだマシだよ。
一生に一度しかない華の高校生活をバカな兄の面倒見で潰される私の悲しみに比べれば……
あ〜っ! 中学の二の舞なんて絶対いやだ〜っ!! 青春できずに終わらせたくなんてないよ〜!!!」
「みさおちゃんのお兄さんってそんなに凄かったんですか? 中学のころ。
ところで、店内でお召上がりでしょうか? それともお持ち帰りでしょうか?」
「あはは…………私の口からは何とも……テイクアウトでお願いしますね♪」
明らかに顔見知りであろう三人は、そんなとりとめのない会話を続けている。
私語を交えながらも、談笑の合間にしっかりとマニュアルに従った応答をする店員の少女と
女子高生達のやり取りは器用とも言えない事も無い。
祐一は、その様子を片手間に聞きながら、さっさと食事を済ますと店を立ち去ろうとする…………と
ちょうどその時、女子高生の一人が不意に祐一の方を振り返った。
お互いに何となく視線を合わせるが
特に気にした様子は見せずに、祐一は出口へと足を進めて行き、そのままスタスタ店の外へ。
祐一が潜り抜けた自動ドアが、再び静かに閉ざされようとした瞬間…………
「あ〜っ!!!」
店内に爆声が響き渡った。
少女の大声に、店内にいる客の殆どが眼を向け、一緒にいた二人の少女達もキョトンとした顔を浮かべている。
「どうしたんですか? 急に大きな声『ゴメン! ちょっと急用!!』……って、行っちゃいましたね……」
「注文した物どうするんでしょうか……」
取り残された二人は、あまりに急な出来事に
しばしの間、呆然とその場に立ち尽くしている事しか出来なかった。
「ちょっと待ってくださ〜い!」
ポケットに手を突っ込んで、往来の激しい歩道を歩いている祐一を、少女は後ろから呼び止めた。
祐一が後ろを振り返ったのを確認すると、少女も足を止め、息を整える。
どうやら店を出た後、走って追いかけてきたようだ。
少し小柄な少女だからこそ、人の波も上手く避けてこれたのであろう。
「相沢祐一さん……ですよね?」
「…そうだが」
何故、相手が自分の名前を知っているのかが、少し疑問に思った祐一だが
どうせまた先の噂の所為であろうと考え、今回は特に深く聞く事はしない。
人違いで無いことを確認すると、少女はホッと一息つき、改めて口を開く。
だが、少女の口からでた回答は祐一が予想したものとは違っていた。
「私、折原みさおって言いまして。
大変に遺憾なんですが、今日、祐一さんが学校でぶっ飛ばした愚兄の妹なんです。
あ、兄の事は気にしなくてもいいですよ。家のお兄ちゃん、アレで結構丈夫ですからね♪
……それでですね…………一緒に、何処か遊びにいきませんか?」
「はぁ?」
唐突に切り出した少女は折原みさおと名乗り
まったくの初対面であるはずの見ず知らない少女の言葉に、祐一はしばし唖然とする。
「祐一さん引っ越してきたばかりだって聞いてるから、この辺の事あんまり知らないでしょ?
それに、一人でいてもつまらないと思いまして、私が案内約などを仰せつかろうかと……って!?」
人差し指を立てながら、説明口調で強引に話を進めていたみさおが
次にその瞳に捕らえたのは、去っていく祐一の後姿であった。
「ちょ、ちょっと、ちょっと、ちょっと!?
目の前に、こんな可愛い女の子がいるっていうのに、なんで無視して行こうとするんですか!!」
「…何故、後ろをついてくるんだ?」
大声で騒ぎ立てながら後ろをついてくるみさおに、祐一は鬱陶しそうに言った。
二人だけならまだしも、ここは一般の大衆が行きかう大通り。
その様子は傍から見ると明らかに際立ち、恥ずかしい事この上ない。
「何でって、だから私がこの町を案内するって言ってるじゃないですか!」
「……………」
「それで、どこから周って行きます? 本屋ですか? CDショップですか? ゲームセンターですか?
それとも取って置きのデートスポットにでも行ってみます?」
(……撒くか……)
さも決まっているかの如く話を進めていくみさおの対応をどうするか…………
祐一がそれを考えるのに要した時間は、一秒ないし二秒程度。
次の瞬間、浩平との戦闘の時に使用した技―――――『流動』を発動させると
人でごった返する道を何の苦もなく駆け出し、そのまま繁華街を抜けて山の方へと向かって行った。
同時刻、学校保健室
「痛ってぇー!」
祐一にボッコボコにされた浩平は、つい先程目が覚めたばかりであった。
浩平の体には二箇所痣が出来ており、その部分の皮膚の色が青黒くなっている。
いわゆる打撲症だ。
「下顎も肩の方も、骨には異常は無いようだな。
手当ての方もしっかりとされているようだし。で、如何だったんだ? 彼の実力の程は?」
診察を終えた聖はそう言いながら浩平の方に眼を向ける。
「…………ムカつく奴……それだけは確かだな」
しばらく言い澱んだ後、浩平は嫌々そうに呟いた。
「私が訊いているのはそんな事ではないのだが……まあいい。
その様子を見る限り、君よりも強いと言う事は確かなようだしな」
「なっ!? これは手を抜いてやったんだ!」
「それで気絶させられたのか?」
「あれは少し寝た振りをしてたんだよ! 相手を欺く為の作戦だったんだ!!」
「君をここまで運んだのは、彼のはずだが?
その間もずっと寝た振りをしていたというのだな?」
「そのとおりだ。本当ならば不意打ちをかける予定だったんだが
人間やっぱり真っ当が一番と思い直して、見逃してやったんだよ!」
聖に言われて、強がりを言う浩平。
だが、その内心は違って祐一の能力の高さに驚嘆させられていた。
初見のはずの浩平の技。
その性質を一瞬で見抜いた洞察力などが、最たるものである。
「まあ、それはいいとして。やはり彼にも私達に協力してもらいたいものだな……」
「でも、あの様子じゃね。たぶん私達のこと話しても協力してくれないと思うよ」
「だから、いなくてもいいだろあんな奴。俺だっているんだしな」
椅子に腰掛けながら、思案げな顔を浮かべる聖にむかって、浩平の付き添いをしていた少女、長森瑞佳が声を上げる。
その二人の言葉に、浩平が不満顔で口を挟んだ。
「天将の間で起きる『魂の共鳴』は前世での関わりが深かった者同士でなければ起こらない。
十二之将である君よりも、前世で天将の束ね役だった彼の方が適任なのだよ」
前世の天将全員と一番深く関わりを持っていたのは天之十将である。
その転生と判明している祐一を使って、残りの天将を探すという事はとても効率的なのだ。
しかし、祐一自身はまだその事実を知らない。
本来ならば、浩平が力を見た後でその説明をする段取りであったのだが
浩平は気絶させられ、瑞佳も一言も口を利かなかったので
結局、当の本人にはその旨を伝えられないまま、今の状況になっているのである。
聖の答えに、浩平はため息をついた。
祐一を仲間に入れることに、多分に抵抗があるのであろう…………
その時、聖が思い出したかのように声を出した。
「ああ、そう言えば妹さんが彼に会いに行くと言っていたな。
何でも『不甲斐ない兄に代わって私が何とか説得してみせます』だとさ、立派な妹さんじゃないか。
もっとも、私の妹には『なに〜!!』…………どうしたのだ折原君?」
突如、聖の話の途中で浩平が奇声を発し
その眼の色を目に見えて豹変させる、そのあと…………
「あんな危ない奴の近くに、一秒たりともみさおを置いておけるか!」
……と言い残し、そのままダッシュで保健室を後にした。
その場に残された瑞佳が、浩平の荷物を持って帰った事を付け足しておこう……
商店街の人込みでみさおを撒いた祐一は、現在、八束神社という所に来ていた。
綺麗な神社の敷地内を見回しながら社の近くまで来た時、がさっと草むらの方で音がする。
振り返ってみると、そこには一匹の子狐がいた。
「狐? 珍しいな……野生の狐は警戒心が強いから、人里なんかには来ないはずなんだが…」
「!??」
誰にとも無しに、その場で呟く祐一。
その微かな声でも、狐が聞き取るには十分な音量であったのか、狐の目線(?)も祐一の方へと向く。
眼が合って暫く……狐は会った瞬間よりも警戒を強めたようで、いつでも動ける体勢をとっている。
(飼い狐、か……あまり野生の生き物を人が飼うのは賛成できないな)
そのままその狐を観察していると、その首に金色の鈴が下げられている事に祐一は気がついた。
そんな事を思っていると神社の裏手から一人の巫女さんが現れ、一人と一匹の方へと駆け寄ってくる。
「久遠ー」
おそらく、その狐の名前であろう言葉を叫ぶ女性に対して
祐一と狐の双方も、そちらの方に顔を向けた…………そして―――――
「きゃぁ!」
―――と悲鳴を上げながら、さして障害になるような物など見受けられない場所でつんのめり、割と綺麗に転んだ……
倒れた巫女さんは『いったぁー』と言いながらその場でうつむいている。
その様子を見ていた祐一は、一つ溜め息を履くとその巫女さんに近寄りスッと手を差し出す。
巫女さんは急に差し出された手に少し驚いたようだが、その手に捕まり立ち上った。
「おっちょこちょいだな」
「うぅ……すみません」
少し落ち込んだような、恥ずかしいような表情を浮かべて返事を返す巫女さん。
その体を起こしながら、祐一はこちらの方を見ている子狐の方に視線を向けた。
どうやら、この巫女さんに近づきたいようだが、祐一に対して警戒しているらしく
狐は低く唸って威嚇をしている。
「あの狐、あんたのか?」
「えっ……はいそうですけど」
狐の様子はこの際置いといて、祐一は少女の方に話しかけた。
その質問に対し少女は肯定の意を示し、それを受けて祐一は言葉をつなぐ。
「…本来野生の動物である狐をペットにするのは、あまり関心しないな。
見たところまだ子狐の様だし……特別な理由も無くただの愛好心で飼っているのなら、なるべく早く野生に返せ。
でなければあの狐が苦しい思いをする事になるぞ」
少し厳しい口調で脅しめいた事を少女に継げた後で『弁解はあるか?』と祐一は尋ねた。
その言葉を聞いた少女の方は、少しアタフタした様子を見せながらも、一息ついて祐一の問いに答える。
「…この子とは、もう結構な付き合いになる私の大切な友達であり、大切な家族なんです。
ですから、決してそんな軽い気持ちでなんかじゃありません」
少女の言葉は真剣であり、その目は何よりも雄弁であった。
「どうやら出過ぎたマネだったみたいだな」
「少し驚きましたけど、別にいいですよ。
私とこの子の事を心配して言ってくれたみたいですし」
「……そこまでしたつもりはない。単なる興味本意から訊いただけだ」
詫びを入れつつ、少女の方から眼を逸らす。
ただ、その行動はあからさまであったため、クスリと笑われてしまった。
それがわかった祐一は、そのまま黙りこんでしまう。
「あ〜〜〜っ! いた〜〜〜〜〜っ!!!」
微妙な静寂を打ち破ったのは、祐一でも巫女さんでもない。
二人が声のした方を見ると、そこには、先程祐一が撒いた少女……折原みさおの姿があった。
「何で追いてっちゃうのよ! お陰でどれだけ探したと思ってるの!!」
「知るか、それに俺はお前に付き合うほど暇じゃない」
「え、え〜と……」
かなりご立腹なみさおの罵声に、しれっと言い返す祐一。
そして事情が全く飲み込めずにいる巫女姿の少女、三者三様な態度を示す。
子狐の方はみさおの第一声に驚いたのか、茂みに飛び込み、すでに姿を消していた。
「暇じゃないって、こんな所で油を売ってるぐらいだから十分暇そうじゃないですか!!
少しは私の事も考えて……くだ…さ…い……よ…」
「「!!?」」
大声で叫びまわっていたみさおが、突然二人の前でパタリと倒れこんだ。
その様子に驚いた祐一が直ぐに駆け寄り、慣れた手つきで容態を確認していく。
「おい。どこか、こいつを寝かせられる場所はあるか!?」
「社の中でしたら!」
「……きゅう〜…………」
その場で目を回しているみさおを、祐一が担ぐと
巫女さんに案内してもらいながら、三人は社の中へと入っていった。
あとがき(楽屋裏)
作者:と言うわけで、何人かキャラが増えました。
祐一:とか言ってる癖に、数名名前を言ってないのは何ゆえだ? その所為で違和感があるし。
作者:すみませんです。それと、あともう数話は目立った展開はないですけど……そちらも見逃してください(汗)
…………それでは気をとり直して今回のゲスト! 笑顔がまぶしいお嬢様、倉田佐祐理さんです!!
佐祐理:あはは〜、呼んでもらって嬉しいです〜。
作者:そして、本編では祐一君にボコボコにされた自称、美男子ヤロー。折原浩平ーーーっ!!
浩平:あははー、呼んでもらって嬉しいですー。
祐一:肘打ち! 裏拳!! 正拳!!!
浩平:ぐはッ!
祐一:見たか! 北川直伝の拳舞を!!
作者:うわ〜痛そう。何気に……キャラも違うし。
浩平:な、なんの! この程度で俺は―――
祐一:ならば! 俺のこの手が真っ赤に燃える!! お前を倒せと轟き叫ぶ!!!
浩平:待て、早まるな!? そ、それは、いくら俺でもマズイ!!
作者:え〜っと、このままでは先に進まないので本題に入ります。
佐祐理:あ、あはは〜(汗)
作者:今回、この二人に来てもらったのは訳があるんです、実はこのSSではお二人の弟と妹が生きています。
祐一:と言うと、上で出てるみさおちゃんと。
佐祐理:佐祐理の弟の一弥のことですね。
作者:はい。一応オリキャラになりますが……その辺、ご理解いただけると幸いです。
ちなみに佐祐理さんの出番は二部以降になるので、そちらもご理解の程を。
佐祐理:別に、舞が一部に出るのに何で佐祐理の出番がそんなに遅いんですか? 何て言うつもり有りませんよ。
浩平:しっかり言ってるのでは?
メキッ!
祐一:さ、佐祐理さん…い、いま何か変な音が……
佐祐理:あはは〜、気のせいですよ祐一さん。それとも祐一さんも……
祐一:イエ、ワタシノキノセイデシタ。
作者:それではこの辺で、次回はA・Mさんがゲストです。
佐祐理:折原さん、そんな所で寝てると風邪を引きますよ〜。
返事が無い、ただの屍のようだ……