窓の外は雨が降っている。
季節は春―――
少年は窓の外を頬杖をついて、うっとうしそうに眺めている。
「ふん……」
外の景色には桜が咲いていた。
どうせこの雨で散ってしまうのであろう、それを眺めながら
少年は小さく笑った。
後ろの席からは女子高生達の会話が聞こえてくる、どうやらこの辺りの学生らしい。
「あーあ、この雨じゃ桜また散っちゃうわね」
「でも、ここの桜は枯れないのよね♪」
「そうそう、散ってもまた直に花が咲くしねー」
「ちっ……」
その会話を聞いて、少年の表情が一瞬、怪訝なものに変わり、小さく舌打ちをする……
…………が、直にまた無表情な顔にもどり、再び窓の外をながめる。
時間にしてその間は、わずか数秒だったが、雨脚はやや強くなっていた。
年の頃は十六、七才―――
若者らしいアクセサリーは耳にはめているピアスぐらいで、無駄な物は一切つけておらず
漆黒の髪と無表情だが、綺麗に整ったその顔だちは、どこか近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
そんな少年に、数人の乗客がちらちらっと少年の方に視線を向けてくるが、当の本人は気にも留めていない。
乗客の注目も、数秒しない間に別のところへと移り変わっていく…………何時もの事だ。
少年の横には、布袋が二本立て掛けられているだけで、それ以外には、これといった荷物はない。
列車に乗って、かれこれ数時間が経っていたが、少年はただ流れる風景を眺めているだけであった。
そのうちに、列車は駅に止まろうとしている。
少年は布袋を持つと席から立ち上がり、そのまま列車から降り立った。
天と月の将 壱話
開演
海鳴駅前の繁華街は雨の所為か、休日の夕方にしては大通りの人通りは少なかった。
少年は、傘も差さずに雨の街中を歩いて行く。
そのまま小さな通りに入り、布袋から二本の刀を取り出し鞘から刃を抜くと、不意に―――
「……出て来い」
―――――と静かに呟いた。
「居るんだろ? そこら辺から瘴気がぷんぷんしてるぜ……」
少年の声に呼応するように、それは姿を現した。
「グウゥゥーーー」
獣の姿をしたそれは、一見、犬のようだがその姿は犬とは似ても似つかない。
長く伸びた牙と、獲物を切り裂く鋭い爪を持つそれは、犬というよりは、寧ろ百獣の王を連想させる。
だが、それとも全く異なったものであった。
「そこら辺の犬、猫に取り付いているんじゃ低級か……」
少し拍子抜けした表情を浮かべながら、それに目を向ける少年。
獣の方は、今にも飛び掛らん勢いで少年を睨みつけている。
…………が、獣は動かなかった―――――いや、動けなかった。
少年の瞳を見た瞬間から低く唸るだけで、一向に襲いかかる素振を見せない。
「思考能力は無くても、動物の本能で感じているんだろ? 殺られるのは、貴様の方だと……」
少年の威圧感に気おされて獣は一、二歩と跡ず去る。
両者の勝負はすでに決していた…………
―――ガタン―――
不意に少年の真後ろで、物音が聞こえた。
振り返ったそこには、小学生くらいであろう女の子が驚愕の眼差しでこちらを見ている。
―――――ダン!!
少年の瞳の束縛が解けた瞬間、獣は少年との距離を一気に詰め……
―――――ザシュ!!
少年の背中を切り裂いた。
「痛っ……!!」
そのまま少年を飛び越え、獣は女の子の方へと狙いを定め突進して行く。
そして―――――
―――――斬!!
次の瞬間。
女の子の数メートル前で、獣の体は、真後ろから上下にすっぱりと切り裂かれていた。
―――ブシュゥゥ―――
鮮血が飛び散り、辺りを赤色に染める。
少年の体も獣の返り血と、自分の体から流れ出た血液とで真紅に染まっていた。
まだ小さい女の子であるその子には、その光景は些かきつ過ぎたのであろう……
少女はその場で気を失っていた。
「……不意を付かれたとはいえ、この程度の奴に手傷を負わされるとわな」
そう言って少年は獣の骸を確認する。
そこからは、黒い煙のようなものが立ち上っているが、程無く、その黒い塊は周囲へと散っていく。
その場に残ったのは、真っ二つに切り裂かれた犬の骸だけであった。
それを見届けると、少年は女の子の方へと近寄って行く。
「放っておくわけにもいかない、か……」
誰にとも無く呟くと、少年は女の子を抱き抱えて、そのままその場から立ち去さった。
雨の量は、より一層増してきている。
けれども、その雨は少年の体に染み込んだ赤を滲ませるだけで、洗い流してはくれなかった……
大雨なのに傘すら差さず、血まみれの姿の上、さらに小さな女の子を抱いている。
もしそんな状態で大通りをあるけば…………いや、誰かに見つかったら間違いなく警察に通報されるだろう。
少年は、誰かに見つかる前に慎重かつ、急いで自分の住むマンションの部屋へと駆け戻ると
ドアを開けて中に入り、少女の差していた傘を玄関に立てかけて、そのまま少女をベットに寝かせた。
どうやら、最近引っ越してきたばかりの様であり
一人暮らしには少し大き目な2LDKの部屋の中は
リビングに、幾つかダンボールの箱が積まれているだけで、がらんとしていた。
少年は血で汚れた服を洗濯機へ放り込むと、そのまま浴室へと入りシャワーを浴びる。
熱い湯を浴びながら、雨で冷えた体をゆっくりと暖めていく。
「ぐっ……」
先程受けた背中の傷が痛むのであろうか、少年はわずかに顔をしかめた。
そのまま暫くシャワーを浴びると、水を止め、全身の水滴をタオルでふき取る。
背中をふくとタオルは赤く染まっていたが
傷はそんなに深くは無いので血さえ止まればいい、少年はそう考えていた。
下半身だけ服を着て、濡れたタオルで背中の傷を抑えながらテレビのスイッチを入れる。
テレビのニュース番組では、悪化する不景気や医療ミス。
政治家の不正発覚など余り明るい内容ではないものが流れている。
しかし、そのどれもが少年には如何でもいい事であった。
そんな中、少年が一つのニュースに興味を示した。
それはここ海鳴で連日報道されている神隠し事件についてである。
ニュースキャスターは、学生から成人した大人、果ては老人まですでに十人以上の人間が
行方不明になっているものの、その原因は今だ不明とだけ告げ、番組は次の天気予報へと切り替わっていった。
「うにゃ……?」
ベットの方から声が聞こえた……どうやら、少女が目を覚ましたようである。
まだ少しボーっとしている少女に祐一が声をかけた。
「気が付いたか?」
「!?…………」
少女は何もしゃべらなかった…………当然と言えば当然の反応であろう。
いきなり目の前に化け物が現れて、それが突然目の前で切り裂かれたのである。
そして気が付くと知らない場所に居て、知らない男が目の前に居る。
少女が警戒しないほうが可笑しかった。
「ここは俺の家だ、お前が気絶したからここまで運んだ……危害を加えるつもりは無い」
「…………」
傍から見れば誘拐としか思えないので、とりあえず誤解されぬよう先にそう言っておく。
まあ、手遅れかも知れないが……
少女は今だ警戒を緩める気は無いらしく、布団をぎゅっと掴んでいる。
(弱ったな……)
少年は如何すればいいのか解らず、ほとほと困り果てていた。
とりあえずリビングに戻ろうとすると、ふと少女が小さく声を漏らす。
「怪我……してるの?」
「…大した怪我じゃないさ、それにお前が気にする事じゃ無いだろう」
うっかり少女に背中を見せてしまった事を悔やんだが、すぐに少年は、そっけなく答える。
「駄目だよ! ちゃんと手当てしなきゃ!」
そう言って少女はベットから這い出すと
少年が、血が止まったら自分でやろうと思って用意していた救急箱を開けて
手際よく少年の傷の手当てをしていく。
どうせ後でするつもりだったので、少年の方も特に拒みはしなかった。
「訊かないのか?」
その問いに暫しの間を空けて少女は答えた。
「…何を……ですか?」
「言わなくても分かるだろ、さっきの化け物のことだ」
「…………」
沈黙――それが、少女の回答だった。
「最近、この辺で起きている神隠し事件の原因はあいつらの仕業だ。
あれは、悪魔、悪霊、怨霊、妖怪、妖魔……なんかと似たようなモンで、それが動物に取り付いたもの……」
少年は淡々と説明を始める。
「魔祖、そう呼ばれている。奴らは此処とは違う世界……魔界と呼ばれる場所から来た存在。
大抵の奴は力が弱く、こちら側の世界では長く存在できないから何かに取り付いて行動している。
その対象になるのは主に、犬、猫、鳥その他諸々の動物――――当然人間もその対象に入る」
相手が自分の言っている内容えを、理解できているか少し不安になるが
真剣な表情で、その説明を黙って聞いている少女は、何とかギリギリ理解しているようであった。
「魔祖は現生界―――この世界の負のエネルギーをその糧としている。
怒り、嫉み、悲しみ、恐怖、そういった感情を喰らってさらに力を増す。
魔祖にしてみれば、今のこの世界は極上の餌場なんだよ…………」
傷の消毒をして包帯を巻き終える頃には、少年はあらかたの説明を終えていた。
少年はTシャツを着て、部屋の時計を長める。
時刻は九時を少し過ぎたぐらいであった。
「そろそろ、行くか……」
「えっ?」
少年の言葉には主語と目的語が抜けていたので、少女には意味が掴めなかったのだろう。
それを察した少年が言葉を付け足した。
「こんな時間にガキ一人で帰らせる訳にはいかないだろ、だから送っていく」
「……ガキじゃありません!!」
いきなり大きな声を上げられ、少年は少し驚いたが
その後、少女の方をみながら、不適に笑みを浮かべて、口を開く。
「悪かったな。だが、生憎と何と呼べば良いのか、俺は知らないんでな」
「私には、たかまちなのはって言う立派な名前があります」
悪びれも無くそう言う少年に対し、なのはは少し脹れっ面で答えた。
「そうか……俺の名前は祐一 ――――相沢祐一だ」
そう言った祐一の表情は、どこか楽しげだった。
高町家へなのはを送る途中、祐一はなのはと三つの約束をした。
一つ目は、今日遭った出来事を誰にも言わない事。
二つ目は、魔祖のことも誰にも言わない事。
そして、三つ目は…………
「三つ目の約束はこれだ」
そう言って、祐一はなのはに紙切れ……メモ用紙みたいな物を手渡す。
受け取ったその紙には、十一桁の数字が並んでいた。
「これは?」
「俺の携帯の電話番号。もし何かあれば直に連絡する事、それが約束だ……分かったな」
それっきり、二人の会話は途切れてしまったが、なのははそれを苦には感じなかった。
そうこうしている内に高町家に辿り着く。
家の前では、一人の女性が大雨の中、立っていた。
そして、女性はなのはの姿を確認すると、走って近寄っ来る。
「なのは!! あーもー良かったー。
あんまり帰りが遅いから、母さんもう心配で心配で、恭也や美由紀なんて
『連絡が無いから何かあったんじゃないのか!? 探してくる!!』って、この雨の中飛び出してくし
他のみんなも凄い心配してて、もう少しして見つからなかったら、警察に捜索願い出そうと思ってんだからね!」
「ごめんなさい、お母さん」
自分の所為で迷惑をかけたその罪の意識からか、少し落ち込むなのは。
そんななのはの姿を見かねてか、祐一がフォローをいれる。
「すみません、先に連絡をしなかったのは、俺の考えが至りませんでした」
「繁華街の近くで、変質者に襲われそうだったこの子を助けたんですけど
その後、気絶しちゃって、とりあえず俺の家に運んで、目が覚めるまで待ってから送ってきたと言う訳です」
さりげなく、なのはと眼を合わせる。
そのアイコンタクトの意味を理解したようであり、なのはは、小さくうなずいた。
「そうですか、どうも家の娘がお世話になりました」
見かけない男に対し少しの疑念を抱きながらも
なのはの反応から悪い人ではない事を察して、女性はそう言った。
「礼には及びません。
それと、変質者の方は警察に連絡しておいたので、後日何か連絡があると思いますから
その時はこちらにも連絡を入れて貰えるように言っておきますね」
「どうもありがとうございます。
あっ、どうぞ家に上がっていってください、何かお礼もしたいですから」
そう誘われすこし間を置いた後。
「時間も時間ですし、逆に迷惑になりますから、今日はもう帰ります」
とおもむろに告げると、軽い会釈と共に、祐一は足早にその場を立ち去って行った。
あとがき(楽屋裏)
作者:読者の皆様始めまして、作者のはと屋です
祐一:劇中の主役兼アシスタントの相沢祐一です
作者:まず最初に、このSSは現代風ファンタジー(?)で退魔系なお話です
祐一:それと、これはクロスオーバーなんだよな
作者:はい、読んでいただいたのならば、解ると思いますけど、KanonとD.C.ととらハ3が出ています
祐一:あと、OneとAirとそれは舞散る桜のようにもだろ、書ききれるのか?
作者:精進いたします。で、次話登場予定の方は、秋子さん、聖さん、浩平、瑞佳、ことり、暦先生の六名になると思います
祐一:あと、第一部で主要なのは、舞、往人さん、恭也さん、美由希ちゃん、那美さんぐらいだろ
作者:ですね、それでは長々とお付き合い有難う御座いました
祐一:次回のあとがきは、俺以外に誰か来るのか?
作者:K.Sさんが来てくれるそうです。あとKanonからも一人、それと動物
祐一:ピロじゃないよな?
作者:違います、“芋”さんです。それに伴いY.Kさんが来るって言ってました。
祐一:……にぎやかに成りそうだな