3月29日―――PM5:45  矢後市  矢後サイドビル水族館  司令室前
 
「やっと着いた…。」
 
雨流桐花はそう言って真琴達のいる司令室の前で佇む。
 
「あの『信奉者』と戦ってから『BERSERKER』ウィルスに感染した観光客や鮫達が襲ってきましたけど案外弱かったですね。」
 
そう言うと少しぼおっとするが…その時だった。
 
「この感じは…里村茜?」
 
そう。彼女はもうこの世にいない筈の里村茜の存在を感じたのだ。
 
「何故彼女が……もしかして、神咲薫か?だが何故…。何の為に…。」
 
そう言って考える。が…答えは出なかった。
 
だが…
 
「まあ、いいです。相沢君に何かするってわけでもなさそうだし。多分、目的は二見姉妹みたいですしね。まあ、妹の方は顔があいつに…名雪に似ていましたけどね。」
 
そう言って調子を元に戻す。
 
「それに…彼にちょっかいだすのなら戦えばいいだけですし。」
 
桐花はそう言うと司令室のドアを開ける。そして…
 
「相沢君のかつての居候だろうと仲間だろうと……彼を傷付け裏切った者は許さない。絶対に…。」
 
そう言って司令室に入っていった。
 

 
Tear...
 
Story.25 継承された力
  


ここは一体どこなんだろう。
 
分からない。漆黒の闇しか映らない。
 
私はその闇の中をトボトボと歩く。
 
その時だった。
 
「…雨。」
 
そう。雨が降ってきた。そして、辺りは漆黒の闇から空き地へと変わった。
 
そして、空き地には誰かを待っているのか一人の少女が傘をさして立っていた。
 
「人…?こんなどしゃ降りの雨なのに…。」
 
私はその少女が気になって、話しかけることにした。
 
「こんにちは…誰かを待っているのですか?」
 
私は笑顔で少女に話しかける。だが…
 
「こんにちは…。二見美魚さん。貴女が来るのを待っていました。」
 
「えっ?」
 
私はその少女が私を待っていた事よりも私の名前を知っている事に驚く。
 
「貴女…誰ですか?私は貴女の事を知りませんけど…。それに此処はどこなんですか?どう見ても私の知っている場所ではありませんけど。」
 
少女は私のその言葉を聞いて少し困り顔になる。
 
「それは当然ですよ。私と貴女は今日ここで初めて会ったのですから。申し送れました。私の名前は里村茜と言います。」
 
「どうも…。私は二見美魚です。」
 
美魚は茜に慌てて返事をする。
 
「あの…里村さんでしたっけ。一応聞きますけど…ここはどこですか?どう見ても水族館では無いと思いますが。」
 
「此処は…簡単に言えば生と死の狭間です。」
 
「えっ…。」
 
美魚は茜のその言葉を聞いて「嘘」と言う顔になった。
 
「その顔からして…疑ってますね。では、証拠をお見せしましょう。」
 
茜をそう言うと美魚に触れる。
 
「えっ…!?そ、そんな…。」
 
すると…茜の手が美魚の身体をすり抜けたのである。
 
「これで…分かりましたか。」
 
「はっ…はい。」
 
美魚は茜の問いに黙って頷く。そして、茜は美魚の身体から手を抜く。
 
「言い忘れましたが貴女を此処に連れてきたのは私です。貴女の意識が無くなった時を見計らって貴女の精神をここに誘導しました。」
 
「な…何故そんな事を…。」
 
「その理由は二つありますが、その一つは貴女に知ってもらいたい事があるからですよ。」
 
「えっ?」
 
美魚は茜のその言葉に驚く。
 
「これから話す事は嘘と言いたくなる事ですが全て事実です。心して聞いて下さい。」
 
「はっ…はい。」
 
美魚は茜の迫力に圧倒されて頷く。
 
そして、茜は美魚に話した。「ゲーム」について、『呪われた子供』について、「龍」と「夜の一族」について、能力について、そして…風音の正体について。
 
「私が伝えたい事は以上です。質問はありますか?」
 
美魚はその言葉を聞くと手を上げた。
 
「風音さんについて教えてくれた事には感謝しますけど…どうしてこれ等の話を私にしたのですか?」
 
「貴女も私や風音…祐と同じ『呪われた子供』だからです。そして、貴女の姉である二見真魚さんも恐らくは…。」
 
「!?」
 
「その様子からして知らなかったみたいですね。」
 
「ええ…。でも、これで納得がいきました。あの夜私が襲われたのも、私達がこうして捕らえられたのも…それは私達が『呪われた子供』、『夜の一族』の敵だからですね。」
 
「ご名答です。更に付け足せば貴女達は何の能力も使えない子供であるからです。」
 
「……。」
 
美魚はその言葉を聞いて何も言う事が出来なかった。だが、その時だった。
 
「さて、ここで質問です。これから貴女はどうしますか?」
 
茜はいきなり美魚に質問する。
 
「えっ?」
 
「と言ってもこのまま死ぬか『夜の一族』と戦う為に戻るかのどちらかしかありませんが。」
 
「えっ、ええっ?」
 
美魚は茜のその言葉にどう答えればいいのか迷う。そして、
 
「第三の選択と言うものは…。」
 
と一応聞いてみるが…
 
「あると思います?」
 
「思いません。すみません。」
 
謝るしかなかった。
 
だが、ここである事に気が付く。
 
「里村さん。戻って戦うと言う選択肢を選んだ場合ですが…能力の無い私がどうやって『夜の一族』と戦うのですか?とても無理な話だと思いますけど…。」
 
茜はその質問を聞いてフッと笑う。
 
「その事についてなら心配ありません。私の能力を貴女にあげますから。」
 
「えっ?どうしてそんな事を。別に私に能力をあげる必要なんてどこにもないんじゃ…。」
 
美魚は慌てて質問するが、途中で茜に止められる。
 
「…必要ありますよ。私はもう死んだ人間ですから…普通ならもう此処には…現世にはいられない存在なのですよ。ですが、どうしてもやらなければいけない事があったので今日まで現世に存在していました。でも、もう…それも限界です。」
 
美魚は茜のその言葉に何も言えなかった。只、黙ることしか出来なかった。
 
「でも、もうそれも出来なくなりました。私が現世にいられるのは今日までですから。」
 
「……。」
 
美魚は考える。これからどうするのかを。
 
だが、暫くして答えが出た。
 
「私は…現世に戻って戦います。忘れていました。どんな事があっても最後まで諦めてはいけない事を。それに、誰かに守られるだけの自分はもう嫌ですし、私も望さんやことりさんのように風音さんの力になりたいから。」
 
「そうですか。でも、想像以上に辛い戦いになりますよ。貴女がかつて経験した人魚病との戦いよりも…。」
 
「…覚悟はできてます。」
 
「目からして決意は本物のようですね。いいでしょう。では、貴女に私の能力を継承します。」
 
茜はそう言うとフッと笑い美魚の頭に触れる。そして、それから少し時間が経ってから美魚の頭に触れるのを止めた。
 
「…継承完了です。では、二見美魚さん。後はお願いします。」
 
茜は笑顔で言った。
 
そして、その言葉と同時に空間…生と死の狭間が歪む。
 
「こ…これは。」
 
美魚はこの事態が理解出来ず戸惑う。
 
「どうやら…もう限界のようですね。でも、安心してください。私はあの世に…貴女は現世に戻るだけですから…。」
 
茜はそう言って笑顔を崩さない。だが、その間にも生と死の間は少しずつ崩壊していく。
 
「で、でも…。駄目です。一緒に…。」
 
「貴女は私と違ってまだ死んではいけない人です。だから…生きて下さい。」
 
その時だった。
 

ドンッ!!
 

「えっ?」
 
茜が美魚を突き飛ばした。そして、美魚の身体はまっさかさまに闇へと落ちる。
 
「さ…里村さん。」
 
「すみません。私はもう死んだ人間ですので貴女と一緒には行けないんです。」
 
「でも…そんなの。辛すぎます。悲しすぎます。」
 
美魚はそう言って涙を流す。
 
「…悲しまないで下さい。いつかこうなると覚悟していましたから。」
 
「でも…。」
 
「貴女が死んだら悲しみますよ。祐も真魚さんも霧島さんも。」
 
「……。」
 
美魚はもう何も言う事が出来なかった。
 
「あっ…そう言えば貴女を此処に連れてきた理由の二つ目を言うのを忘れていましたね。」
 
「…。」
 
茜は今までと違って能天気に言うが、美魚はそんな茜に何も言わない。
 
「二つ目の理由は…貴女が風音を…祐を好きになった人だから。」
 
「…どういう事ですか?」
 
「去年の12月まで彼は私達の学校の生徒でした。そこで私は彼を好きになりました。と言っても結局は浩平に邪魔されたりして最後まで告白は出来ませんでしたが…。」
 
話は更に続く。
 
「だから…私は貴女を選びました。私の代わりに貴女に…祐の力になって欲しかったから。」
 
気が付くと茜も泣いていた。
 
「でも…もう限界です。さようなら、二見美魚さん。そして…祐をお願いします。」
 

それが彼女の最後の言葉だった。そして、辺りは漆黒の闇に戻る。
 
「里村さん…分かりました。貴女の遺志を受け継ぎます。そして…ごめんなさい。」
 
美魚はそう言って泣いた。誰もいない闇の空間で。
 

 
PM5:50  矢後市  矢後サイドビル水族館  制御管理室
 
「…えっ?」
 
美魚はそう呟いて目を開けると其処は…元通りの矢後サイドビル水族館の制御管理室だった。
 
「…美魚。大丈夫なの…。」
 
其処には双子の姉の真魚の姿がある。
 
「うん…何ともないよ。ごめんなさい、お姉ちゃん。」
 
「ううん。大丈夫ならいいよ。でも、どうする?」
 
真魚のその言葉に美魚の頭は現実へと引き戻される。気が付くと二人とも服の半分が水に浸かっていた。
 
「…確かにこれはヤバイね。でも、大丈夫だよ。」
 
「えっ?」
 
真魚は美魚のその言葉に目が点になる。
 
                  あきさめ
「出でよ。悲しき雨を司る剣 「秋雨」!!」
 
美魚がそう叫ぶと空間が歪み一振りの太刀が姿を表す。
 
そして、まずは自分に付いている足枷を次に真魚に付いている足枷を斬った。
 
「よし、次は…。」
 
そう言って、『人魚の堅牢』に触れる。
 
「お姉ちゃん、この檻を壊すから少し下がってて。」
 
「うん…。」
 
真魚はそれに黙って従う。
 

                     ひばり
「うん、ここを壊せば脱出出来る。氷針!!
 

美魚は『人魚の堅牢』のとある箇所に超圧縮された水の針を刺す。すると…『人魚の堅牢』は凍ってそのまま砕けた。
 
そして…
 
「じゃあ、お姉ちゃん行こう。多分、風音さんはまだ此処で戦ってる筈だから合流して一緒に脱出しないと…。」
 
「うん、そうだね。早くしないとこの建物自体が水で崩壊するから。」
 
二人はそう言うと走った。
 


同時刻  矢後市  矢後サイドビル水族館  売店街
 
「ギャエエエッ!!」
 
「グエエエエッ!!」
 
 
その頃風音とことりは通路を抜けた後に辿り着いた売店街で『BERSERKER』ウィルスに感染した観光客達と戦っていた。
 
「クッ…私達は感染の心配が無いからいいですが…。」
 
「こう多いのではキリがありませんね。」
 
「それに、さっきの鮫と同様攻撃力も高くなってますし。」
 
「でも…おかしいですよ。この暴走の仕方は。ウィルスだけでは納得いきませんよ。」
 
「えっ?どういう事ですか?」
 
ことりはその言葉に驚く。
 
「ことりさんの言う通りこの人達は『BERSERKER』ウィルスに感染した人達ですがここまでいったらもうそれだけではありませんよ。」
 
そう。ことりはあの鮫達との戦いの後に風音に「夜の一族」が秘密裏に開発した『BERSERKER』ウィルスについて説明した。それと鮫達との戦いの経験から風音も最初は只のウィルス感染者だと思っていたがウィルス感染者の動きを見てそれだけではないと気付いた。
 
「多分、この売店街の何処かに感染者の凶暴化に拍車をかけている人がいる筈です。」
 
「成る程。と言うと、その感染者の凶暴化に拍車をかけている人が本当の敵という訳ですね。」
 
「そうです。そして、その人は感染者の中にまぎれている筈です。」
 
「成る程。でも、その人…卑怯ですね。自分だけ安全圏にいて戦わないなんて。」
 
「そうですね。でも、それも…これで終わりです。」
 
風音はそう言うとウィルス感染者達のいる方向にダッシュし、その内の一人の腹を思いっきり蹴る。
 
その時だった。
 
「がはあああっ!!」
 
その感染者は何かを吐き、腹を抱えて倒れる。それと同時に他のウィルス感染者達も倒れた。
 
「やっぱり貴方が本当の敵ですね。」
 
「な…何故分かった。俺の居場所が…。」
 
「簡単ですよ。貴方だけ他の人達と比べて若干動きが遅かったので。」
 
風音は笑顔で言う。
 
「ち…畜生。この『凶暴化』のラキシュ・ブラウンが…。」
 
『信奉者』 ラキシュはそう言うとそのまま気絶した。
 
だが、その時だった。
 
「風音くん…。これは…どういう事でしょう?」
 
ことりはそう言って風音に『人魚の堅牢』のカードを見せる。それは…もう何も書かれていない白紙のカードになっていた。
 
「…分かりません。でも、二人に何かあった事は間違いないです。」
 
「そうですよね。ならば、急がないと此処も長くは持ちませんし。」
 

「その通りだ。」
 
「「えっ!?」」
 
風音とことりは声に反応して後ろを振り向く。其処には…漆黒の剣を持った金髪の少女が立っていた。
 
「あ…貴女は。」
 
風音は少女に尋ねる。彼女の着ている黒い服から『夜の一族』ではと一瞬思った。
 
「そう警戒するな。敵じゃない。私はソフィア・ヴァレンティーヌと言う…って自己紹介している場合じゃないな。此処をこんな風にした『夜の一族』はこの先の司令室にいる。それと…もうすぐ此処は崩壊する。急ぐぞ!!モタモタすんな!!」
 
「「はっ、はいっ!!」」
 
風音とことりは慌てて返事をする。
 
そして、3人はそのまま走った。この水族館を支配する『夜の一族』の元へ。
 


PM5:52  矢後市  矢後サイドビル水族館  司令室

 
「あぅ〜っ!!全然役立たずじゃないのよ。『信奉者』も『ウィルス感染者』も。それに人質のあいつ等も逃がしちゃったし!!」
 

ガンッ!!
 

真琴はそう言って司令室の機材を蹴って破壊する。
 
「マコトサマオネガイデスカラスコシオチツイテクダサイ。」
 
子狐はそう言って真琴を戒めるが…。
 
「落ち着いていられないわよ。もし…真琴までやられたら…。」
 
「ダカラオチツイテクダサイ。マダケッチャクハツイテオリマセン。」
 
「…分かったわよ。」
 
真琴はそう言って調子を元に戻す。
 
「デハ、ワタシモタタカイニイキマス。ウリュウトウカガコノヘヤニワレワレガイルトキヅイタヨウデスカラ。」
 
子狐はそう言うとその場を離れた。だが、その時だった。
 
「…死なないでよ。」
 
真琴は子狐を引き止めて忠告する。
 
「ソレハワカリマセン。シカシ、モシモノトキハアナタサマノミヲユウセンシマス。」
 
「それは分かってる。でも、あんたは…美汐の友達だから。」
 
「ゼンショシマス。」
 
そう言って子狐は消えた。
 
「こうなったら…此処でみんなやっつけてやるわ。私の『妖狐』としての力を使って…。それで、この戦いに勝てば祐一に会えるんだ…。」
 
真琴は自分一人しかいない部屋でそう呟いた。
 
【水族館崩壊まで後28分】
 
 
to be continued ・ ・ ・
 

 
あとがき
 
菩提樹「どうも菩提樹です。今回の話を書く為に色々と考えを練っていたので、すっかり遅くなりました。すみません。さて、今回のゲストは…。」
美魚「二見美魚です。今回は私がメインのお話ですね。」
菩提樹「はい。それだけではありませんが…。今回の話は矢後市編のターニング・ポイントですから。」
美魚「そうですね。私も里村さんの能力を受け継いで参戦しましたし。」
菩提樹「そうですね。真魚さんも参戦させるつもりですが、もう少し経ってからですね。」
美魚「えっ?お姉ちゃんも参戦させるつもりなの?」
菩提樹「ええ。真魚さんも『呪われた子供』ですから。」
美魚「そうですか…。それで、次回はどうなさる予定ですか?」
菩提樹「真琴を戦わせます。もう司令室の椅子に座らせる訳にもいきませんし。」
美魚「そうですよね。でも、桐花さんって何者ですかね?すっごく嫌な予感がしますが。」
菩提樹「まだ内緒です。それでは又宜しくお願いします。」
美魚「そろそろ教えて下さいよ〜。」