Miracle tea
番外編
process another 辿り着く先
彩が帰ってきてから2年が過ぎた。
「髪が、伸びたんです」
そんなある日、彩が俺にそう言った。
「…伸びてなかったってことか?」
「はい」
言われて少し考えてみるが、年をとってなかったなら体も何も成長してなかったんだろう。
…だったら何で特濃牛乳をあんなに必死になって飲んだんだろう?
憶えてる俺も俺だけど。
「それって、成長してるってことか」
「はい」
千年越しの成長。
心から少しだけ遅れて体の成長も始まったってことか。
俺にとっても素直に嬉しい事だった。
勿論、彩が嬉しそうにしているのも笑顔を見ていればよく分かる。
「今は…」
俺は言おうとしてやめた。
何がしたいかなんて聞いても意味が無い。
だって、今したいことをしてるんだから。
「祐一さん。今さらですけど旅行にでも行ってみませんか?」
「旅行?」
唐突な彩の一言。
「あれからずっと九月堂にこもってばかりでどこかに行ったわけでもないですし…それに」
そこで言葉を切った彩はじっと俺を見た。
「私たち、新婚旅行に行ってないんですよ?」
そうだったのだ。
俺たちには新婚旅行に行けるだけの予算は無かった。
それと、何故か無駄に忙しい日々が続いてそれどころじゃなかった。
そんなこんなで2年が経過してしまった。
「そう…だな。行こうか」
結局、この一言で俺たちの新婚旅行が決定したのだった。
そして、あれから一週間が過ぎ、俺たちは見知らぬ土地にいた。
きっと、周りの知る新婚旅行とは違う、自由気ままな行き先も決めない旅。行きたいところに行って、留まりたいだけ留まる。それを繰り返し、一週間が経過している。
今はとある田舎の小麦畑のど真ん中にいる。
こうしていると思い出すのが舞との出会いだ。あいつとはこんな麦畑の中で出会った。そして、1つ思いついた。
「彩。鬼ごっこしないか」
舞としたように。
「鬼ごっこ…ですか?」
何故、という顔をしてる。
まぁ、普通そうだよな。まして、結婚した夫婦でやるなんてまず聞かないよな。子供がいるんならともかく。
「ほら、こんな背の高い麦だから、俺だって姿が隠れてしまうだろ?こんな中でやれば中々いい勝負が出来そうだと思わないか」
「そうですね。あの街を舞台にした私たちの賭けの最終戦といったところですか。武器も何も無いですけど」
そういうわけじゃないんだけど、まあいいか。
結局、決着とかそういう部分を全部すっ飛ばして終わりにしてしまったし。それもありかと納得する。
「じゃ、俺が鬼でいいのか?」
「ええ。あの時私を追い掛け回したのが祐一さんでしたから」
追い掛け回したとか言われると、まるで犯罪者のように思えてしまうんだけど。
まぁ、ここは勝たせてもらおう。
…現実はそんなに甘くは無かった。
小柄で、気配を絶てる彩に俺が勝てるはずもなく、俺は麦畑のど真ん中に仰向けになって倒れこんで、彩はその傍らで笑顔で立っていた。
「私の勝ち、です」
嬉しそうなその表情を見てると、これはこれでよかったかもしれないと思う。
何より、少し視線を動かせば、彩のスカートから覗く細くて白い生脚が…
違う。
いくら散々見てきたって言ったって…
だから違う。
「ふぅ…こうやって、一つ一つ、思い出として日常を積み上げていくんだろうな」
「そうですね。そうすることで、人は生きているんですから」
そう言って、彩は俺の顔を覗き込んだ。
その表情はとても可愛らしくて、俺は手を伸ばし、彩を胸の中に引き寄せた。
「きゃ」
小さく悲鳴を上げて、俺の上に倒れこむ。
「…」
無言で抗議するが、取り合わず、俺は彩を抱きしめた。
「九月堂、もうちょっと繁盛させようか」
「どうしてですか」
実際に口にするのはいささか恥ずかしいものもあるんだが。まぁいい。
「子供が出来たら養育費もいるし。あるに越したことはないだろ?」
「…そうですね」
そろそろそういうことも視野に入れておいてもいいはずだ。
たとえ、彩に戸籍がなくても、子を設けて、日々を幸せに生きていくことくらいは出来るはずなんだ。
彩がいて、俺がいて、子供がいて。
子供が成長して、年をとって、そして、普通に墓に入る。
そんな当たり前の人生を送りたい。
それが俺と彩の願い。
いつか、風音で起きていた事件を全て解き明かそうとするものも出てくるかもしれない。それでも、俺は彩と当たり前を生き続ける。
そのために、俺は生き続ける。
彩とともに。
いつか、幸せな人生でした。という言葉を聞くために。
いつか来る別れを辛くても、誇れるものにするために。
ただ、そこにいてくれることを喜びにするために。
俺は彩と生き続ける。
その未来がどうなるかわからなくても。
俺がいて、彩がいて、皆がいてくれる。
助けてくれる人がいる。
俺たちは生きている。
支えあって生きている。
どんな困難も乗り越えていけるように。
「今が幸せなら、これから先、もっともっと幸せになれるんだぞ」
「幸せすぎて死んでしまっても困るんじゃないですか?」
あとがき
セナ「はい。書かないといっていたはずのMiracle tea番外編です。というかもう書けません」
空 「この時点で私って生まれてるんでしょうか?」
セナ「生まれてる。ていうか本編最終話にそういう記述をした記憶があるんだけど」
空 「まぁ、いいです」
セナ「で、今回はハネムーンです。まぁ、そんな豪華なものでもないんですが」
空 「基本的に短くない?」
セナ「うん。これ以上は書けなかった」
空 「ていうか、墓はやりすぎじゃないかと」
セナ「うん。でも、この2人なら普通を願うはずだから。最後まで」
空 「…ま、めでたしめでたしでいいんならそれでいいんじゃない?」
セナ「そういうことで」
空 「では、ありがとうございました。完結から随分と時間が過ぎたようにも思いますけど、こうしてまた新作を世に送り出せませた」
セナ「僕の中でこの作品は大切で、KANONキャラを蔑ろにしないクロスSSを目指していた作品です。だからこそ、あゆを作中に残し、それで彩の救済が出来たのであれば満足です」
空 「じゃあ、たまには気が向いたらでいいので読み返してやってください」
セナ「では、また他の作品で」