Miracle tea
 
process09  正しくも残酷な仮説
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
   俺は鳴風さんの返答を待った。
 
   やたらと乱暴な仮説だったけど、そうでもないと、あの月代は説明がつかない。
 
   全てに対して達観したような、感情をないものとして処理できる彼女。
 
   そんなことを可能にするには、彼女が見た目通りの年齢なら、ほぼ不可能だろう。
 
   だからこその仮説だった。
 
秋人「僕はね、妻を亡くしたんだ」
 
   何の関係もない言葉。
 
   このときはそうとしか思えなかった。
 
秋人「そして、妻を殺したのは彼女だった。
    もっとも、彼女は決して”殺す”という単語を使わないんだけどね。
    それで、僕はいろいろと調べてみたんだ」
 
   鳴風さんは虚空を見つめた。
 
秋人「風音市は、昔は根津村といってね、災害の起こりやすい土地だったんだ。
    そして、人々はそれを乗り越えるために、神を降ろした。
    でも、それは神の如き力を持った一陣の風だった。
    風は人々に困難を乗り越える力を貸し与えた。
    でもね、風はタダでは力を貸してはくれなかったんだ。在り来たりな話だし、御伽噺に聞こえるだろうけど、生贄を要求したんだ。
    その生贄が僕の妻であり、大切な友人たちであった。
    ついでに言うとね、君が来なかったら、僕もその末席に加えられていただろうね。
    僕の知る限りでは、風は今でも生贄を欲している。
    それが真実で、生贄を狩っているのは彼女だよ」
 
   月代は、生贄を狩るために生まれた存在としてみてもいいかもしれない。
 
   でも、それを認めたくないと思う自分がいる。
 
   あいつだって、人間で、楽しいことも、辛いことも、色んなことがあるんだって…大切なものがたくさんあるって思うから。
 
   やっぱり、考えるだけで、それをそうやって認めることは出来そうにない。
 
秋人「さて、そろそろ君の仮説に対して、解答を出そうかな」
 
祐一「…お願いします」
 
   何故か妙に緊張する。
 
   何のための緊張かはわからない。
 
   月代は俺にとってはただの茶飲み友達なんかじゃないように思えてくる。
 
   …っと、今は鳴風さんの言葉に集中しないとな。
 
秋人「答えはイエス。
    僕が彼女と初めて出会ったのはみなもがまだ幼かった頃…十年以上前のことだよ。
    そのときには、今と変わらない姿で、空の絵を描いていたよ」
 
   十年……長いようだけど、少し短い。
 
   でも、もっと前からだと考えてもいいだろう。
 
   仮に四十年前に生まれたとしてみよう。
 
   太平洋戦争は終わってる。
 
   そうなると、感情を殺す術を手に入れるには、少し豊な時代に生まれたということになる。
 
   四十年前だと、俺の仮説を証明する要素にはならない。
 
祐一「あなたの仮説で構いません。  
    月代がどれくらい生きてきたか、教えてもらえませんか?」
 
   知りたかった。
 
   探究心とか、好奇心じゃない。
 
秋人「どうして、知ろうと思うんだい?」
 
祐一「俺は…あいつと色んなものを共有しながらお茶を飲みたいだけですよ」
 
   それと、あいつを知ることには直接の関係はないかもしれない。
 
   けど、俺は見せられるものは全部見せてやりたいし、見られるものは全部見たい。
 
   自分のこと。
 
   知らなかったこと。
 
   目を背けてしまったこと。
 
   とにかく、いろいろ見せてやりたい。
 
   見たい。
 
   あいつは目を背けている。
 
   そう感じられたから。
 
秋人「そうか…僕はどうしても憎しみばかりが先に立ってしまってね。彼女を潰すことしか考えられないんだ。
    だからこそ、君が羨ましい。
    いや、君たちが羨ましい。
    …君に、彼女が救えるか?」
 
祐一「救う救わない以前に、まずは賭けに勝利しないといけないんですよ。
    まずは止めないと。そうしないと、何も始まらないし、終わらないんです。
    だから、まずは勝ちに行きます」
 
   俺は今更のように抜き身の刀を鞘に収めた。
 
   今日は買った。
 
   なら、あと2日は続けて勝たないといけない。
 
祐一「守りたい想いがあるから。
    守りたいものがあるから。
    だから、真っ直ぐぶつかって、正面から勝利を得ますよ」
 
   勝って、お茶を飲ませる。
 
   ようやく見つけた熱くなれるものなんだから、そのためにも、だ。
 
秋人「一人で盛り上がってるところ悪いんだけど、一つだけ頼まれてくれないかな?」
 
   っと…忘れてたな。
 
   鳴風さんがいたんだった。
 
秋人「今、君が関わっていることは、娘”達”の耳には入れないで欲しい。
    可能ならば、僕たちだけで終わらせようと思ってたことなんだ。
    でも、できなかった。
    そして、僕たちがやろうとしていたことを今度は君が行おうとしている。
    だからこその頼みだよ」
 
   その頼みごとの中に、悩む要素は微塵もなかった。
 
   だからこそ、
 
祐一「任せてください」
 
   胸を張って、そう答えることが出来た。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
セナ「さて、次回は九月堂に行きます」
 
あゆ「ボクは?」
 
セナ「もちろん一緒だよ」