ビュゥゥゥゥ―――――

 ガタガタ、ギシギシ



 「うわー、凄い荒れ具合ですねー」

 「天気予報、完全に外れましたね」

 「そーだな」



 時は十八時を回った水瀬家。

 台風到来にのんきな声をあげている三人、それは…………



 「じゃあ、今日は帰れそうもありませんし、ここに泊まるって家に電話してきますね」

 「あ、私もそうさせていただきます。事態が事態だけに止むを得ないでしょう」

 「わかった。電話は廊下にあるぞ」



 何故かうきうきしている元病弱少女こと美坂栞と、あくまで冷静な物腰上品少女こと天野美汐の後輩コンビ。

 そして、水瀬家唯一の男たる相沢祐一だった。






























 後輩二人と台風一夜 (前編)






























 「うん、わかった。お姉ちゃんにお大事にって伝えといてねお母さん」



 かちゃん



 「あ、美汐さん。次どうぞ」

 「ありがとうございます」



 トゥルルル〜トゥルルル〜



 「香里は大丈夫なのか?」

 「はい、ぐっすり寝込んでるそうです」

 「そうか、でも本当によかったのか?香里が風邪だってのにこっちに来て…………しかも泊まりになったってのに」

 「だって祐一さん一人じゃ心配じゃないですか。祐一さんは家事とかできないでしょう?」

 「む、確かにそれはそうだが…………」



 栞に図星を指され、唸る祐一だった。















 さて、ここでこの状況の説明を入れよう。

 九月のとある日、秋子さんと名雪の水瀬親子は父方の親戚の集まりがあるという事情で一週間ほど家を空けることになった。

 真琴は現在、あゆが住んでいるあゆの親戚宅に泊まりに行っている…………意外にあの二人はウマが合うようだ。

 そんなこんなで、水瀬家には祐一一人が残ることになったわけである。



 ここで問題なのは祐一が家事が出来ないというところである。

 無論、秋子さんは食事を作り置きにしたりお金を置いていったりしようとしたがそこは流石に妙なプライドがある祐一、

 自分で何とかするとはっきり断ったのだ。

 後で当然の如く後悔したが。



 そこで立ち上がったのがたまたまそんな事情を真琴から美汐経由で聞いていた栞だった。

 祐一に対するポイントアップ―――――もとい、恩返しになればと料理を作りにやってきたのである。















 以上、説明終わり。



 「あ、お母さん。…………はい、こんな天気だし、泊まることになりそうです」



 ただ一つ、誤算があったとすれば最近親友といえるくらい仲良くなった美汐がついてきたところだった。

 彼女曰く、「栞さん一人では危険ですから…………相沢さんも一応男の方ですし」だそうだが本当にそうなのか怪しい。

 栞の恋する乙女センサーには美汐は要注意だとの警報が鳴り響いているのだ。

 まあ、とはいえ相手は親友たる美汐なので特にどうしようというわけでもないのだが…………今のところは。



 「じゃあ、美汐さんの電話が終わり次第、晩ご飯を作りますね。今日は思いっきり腕をふるっちゃいますよ!」

 「ああ、期待してるぞ栞。ただし作りすぎるなよ?」

 「うっ、そんなこという人嫌いですっ」

 「はっはっは」

 「え、頑張れって…………な、何をですか」



 ぴくっ



 「ん、どうした栞?」

 「い、いえなんでもありません」

 「ち、ちが…………相沢さんと私はそんな関係ではありません!」



 ぴくぴく



 「で、今日は何を作るんだ?」

 「……………………」

 「そ、それに今日は栞さんも一緒なんですよ。そんなことあるわけ…………」

 「栞?」

 「……………………」

 「そ、そんな…………も、もう知りません!」




 かちゃん



 (…………やはり要注意ですね)

 「おーい」

 「…………あっ、な、なんでしょうか?」

 「いや、だから何を作るのかと」

 「あ、そ、そうでしたねっ。えっと、今日のメニューは…………」

 「今日はカレーとサラダ、あとはスープですよ」



 電話が終わり、リビングに戻って来た美汐が答える。

 ちなみにその頬が微かに赤みを帯びていることに栞はきっちり気付いていたりする。



 「へえ、普通だな」

 「毎日私たちが来れるわけではないですから…………日持ちするものがいいかと」

 「本当はもっと凝ったものを作りたかったんですけどね」



 かなり残念そうな栞。

 微妙に美汐の表情が引きつっているのを見て、一体当初は何を作ろうとしていたのか気になる祐一だった。















 「じゃあ、栞さんはじゃがいも等の野菜の下準備をお願いします。私はお肉を炒めますので」

 「わかりました。こっちは任せてくださいっ」 



 調理開始する二人。 

 祐一はあまり役に立たないのでリビングでTVを見ながら待っていたりする。



 「あ、そういえば…………」

 「どうかしましたか?」

 「電話、長かったですね?」

 「そ、そうでしたか?ま、まあ母と色々と話していましたし…………」

 「へえ、どんなことを話していたんですか?」

 「そ、そうですね。世間話、とかでしょうか」

 「仲がいいんですね〜」



 明らかに焦っている美汐。

 やはり先程の会話は栞の予想通りのものだったらしい。

 美汐は否定的に喋っていたが口調はけして嫌がっていなかったし、祐一とあの後目を合わせようとしなかった。

 栞ブレインでは『天野美汐=親友=恋敵?』の方式が出来つつあった。



 (も、もしや聞かれていたのでしょうか…………)



 一方、美汐の方はやはり焦っていた。

 先程の電話で散々母親に泊まることをからかわれたのだ。

 美汐は自分が祐一に好意を持っている、ということを戸惑いながらも大体自覚している。

 だからこうして栞について水瀬家にやってきたのだが。

 無論、親友たる栞もそうだということを知っている。

 だからどうなると言うわけでもないが、意識してしまうと色々複雑になってしまうのだった。



 「〜〜〜〜〜〜♪」

 「栞さんは楽しそうに料理をするのですね」

 「ええ、楽しいですよっ。だってこれって新婚さんみたいじゃないですか」

 「は?」

 「居間で待つ旦那さんのためにご飯を作る妻。まさに私の憧れにドンピシャ!です」

 「は、はぁ…………そんなものでしょうか」

 「そんなもんです。それにそう思って料理したほうがやりがいもあるでしょう?」



 想像してみる。

 仕事から帰ってきた夫に自慢の手料理をふるう。

 夫は美味しそうに自分の料理を食べて最高の笑顔と共に「美味しいよ」と言ってくれるのだ。

 そんな光景を見ながら自分は幸せを感じるのだ。



 (…………確かに、憧れですね)



 顔をほころばせる美汐。

 そんな彼女の変化を目ざとく栞は発見するのだった。



 「どうです、良いと思いませんか?」

 「そうですね…………否定はしません」

 「ふふっ、美汐さんも少し想像したんでしょ?」

 「……………………はい」



 少し頬を朱に染めて頷く美汐。

 非常に珍しい彼女の姿だが普段のギャップもあり、非常に可愛らしい。

 栞は女の子であるから効果は全く無いが。

 というよりそんな美汐の姿に危機感倍増である。



 「…………で、美汐さん」

 「?」

 「その想像では誰が美汐さんの旦那さんにキャスティングされてたんですか?」

 「えっ」

 「え、じゃないですよっ。当然相手も想像したんでしょう?秘密にしますから教えて下さいっ♪」

 「し、してませんっ」

 「またまたぁ〜、ななしのごんべえさんであんなに幸せそうな顔はできませんよ?」

 「そ、そんなこと…………」



 女の子が三人集まればかしましいというが、二人でも十分騒がしかったりする。

 それでも料理の進行は遅れを見せていないあたりは流石といえるが。



 「楽しそうだな、あいつら」



 まあ、少なくとも渦中の少年には詳しい内容まで聞こえていない以上はその程度である。















 「さて、大体完成ですね」

 「そうですね。では栞さん、お皿の方をお願いします。私はサラダを持っていきますので」

 「はい、了解です」



 カチャカチャ



 「おっ、できたのか?」

 「はい、品数は少ないですがその分私たちの愛を込めて作らせて頂きましたっ。料理は愛情です!」

 「し、栞さんっ!?」



 台所から美汐の慌てた声が聞こえてくる。

 まあ、愛なんて単語が飛び出てくれば慌てるのも当然だが。



 「はは、天野の慌てた声なんて初めて聞いたが結構可愛らしいな」

 「そうですね。新発見です」

 「ふむ、そうだな。しかし栞のエプロン姿も初めて見たが…………中々似合ってるな」

 「え、そうですか?」

 「ああ、可愛いと思うぞ」

 「えへへ、ありがとうございます。でも、美汐さんのエプロン姿も良いと思いますよ」



 照れながらも美汐にきっちりと塩を送る栞。

 どうやら祐一に褒められたことで気分がいい模様。

 美汐としては前後の会話を聞いて、かなり祐一の前に出づらい状態になってしまったが。

 恥ずかしさのためか、何気にエプロンを両手でもじもじと弄っていたりする姿がかなりぷりちーである。

 誰も見ていないのが残念でしょうがない。















 そんな時、唐突に事件はやってきた。















 ―――――ブツン


 『きゃっ!?』

 「ん、停電か?」

 「…………みたいですね」

 「ま、台風だからな。おーい、天野、そっちは大丈夫かー?」

 「あ、はい。少しびっくりしましたが丁度火を落としたところでしたので問題ありません」

 「わかった。じゃあ二人ともそこを動かないでくれ、懐中電灯取ってくる」



 ごそごそっ



 「わっ、ゆ、祐一さんっ!何かいますよ」

 「黒い悪魔かっ!?」

 「いえ、それにしては物音が大きい気が―――――ってひゃあっ」

 「どうした栞!?」

 「な、何か足に変な感触が。祐一さん、助けてください〜」



 暗闇の中、適当に祐一の方へ向かってきた栞。

 そのまま栞は恐怖のあまり祐一に抱きついた!



「助けろといわれても…………ってうわ!?」



 が、祐一はソファーに座っていた。

 すなわち、彼は栞の胸に抱きかかえられるような格好―――――逆スリーパーホールド状態とでも言うのだろうか、となってしまう。



 「は、放してくれ栞っ」

 「やですっ」



 意外に力強く祐一の首を締めて来る栞、火事場の馬鹿力というやつだろうか。

 祐一サイドとしては、苦しいわけではないのだが胸が顔に押し付けられた状態が続くわけだから精神衛生上よろしくなかったりする。



 「わかった、わかったからその…………この体勢ははやめてくれ。む、胸が当たって…………」
 
 「…………え?あ、わ、きゃっ」



 祐一に指摘され、ようやく自分が何をしていたのか理解する栞。

 抱きついてきた時と同様のスピードで飛び退く。

 暗闇故に祐一には見えはしないがその顔は真っ赤であった。



 「ご、ごめんなさい祐一さん」

 「い、いや気にするな…………ちょっと役得だったし」

 「ゆ、ゆゆゆゆ、祐一さんっ」

 「す、すまん」













 「きゃああっ」



 台所の方から美汐の悲鳴が聞こえる。

 何時の間にか動いていた物体は台所に移動したようだ。



 「今度は美汐の方かっ!」

 「ど、どうしましょう?」

 「俺が行く。全く見えんが方向はわかるんだ、どうにかするから栞はここで大人しくしてろ」

 「は、はい。気をつけてくださいね」

 「ああ、行って来る」



 心配そうな(見えはしないが)栞をリビングに残し、手探りで台所へと向かう祐一。



 「天野、今そっちに行くからな!」

 「は、はい。…………きゃっ、な、何なのですかこれ?」

 「どうした!?」

 「な、何かが…………ひゃっ」



 困惑するように悲鳴をあげる美汐。

 そんな場合じゃないとわかっていても珍しい彼女の悲鳴はとても女の子らしくて可愛いなぁ、と思ってしまう祐一。



 (栞には抱きつかれるし、今日は吉日かもしれん…………と、いかんいかん、この状態をどうにかせねば)



 不謹慎な思いを打ち消すように頭を振りつつ台所の入り口までやって来た祐一。

 とりあえず危険はなさそうだが栞や美汐が怖がっている様子なのでなんとかするのは男たる祐一の役目なのだ。

 気合を入れて踏み込むのだった。



 「天野、どこだー?」

 「こ、ここです」



 手を振るシルエットを何とか捕らえる祐一。

 どうやら美汐は座り込んでいる模様、当然女の子座りである(無論見えない)

 同時に、彼女の周りで動いている小さな影を確認する。

 そろそろと気をつけながら美汐に近づいていく祐一。

 瞬間、小さな影は美汐に飛び掛った!



 「きゃああっ」

 「天野!このヤロ何してやがるっ」



 続いて祐一も小さな影を捕獲するために飛び掛る。



 バタン、ドタン



 「あ、相沢さん。変な所を触らないでくださいっ」

 「違う!それは俺じゃないー!」

 「あっ、ふ、服を引っ張らないで下さい」

 「わ、す、すまん!…………こ、このっ!」



 ガシッ!―――――パチン



 「よっしゃ、捕まえたっ!ついでに電気も戻ったようだな…………って猫!?」

 「相沢さん…………その猫、ピロじゃないですか?」

 「へ?」



 戻った明かりの下に晒された混乱の犯人。

 それは水瀬家の飼い猫(?)のピロことピロシキだった。



 「ああそうか…………こいつのこと忘れてた。多分、腹は減ってやってきたんだろうな、こいつ」

 「幽霊の正体見たり枯れ尾花、ですね」

 「祐一さん、美汐さん、大丈夫でした―――――かっ!?」

 「栞さん、どうしたのですか…………あ…………」



 光が戻ったことで栞も様子を見に台所にやって来た。

 が、台所の中に入った瞬間、ゼンマイの切れたおもちゃの如く彼女の動きが止まる。

 次いで、美汐も何かに気付いて動きが止まる。

 ただ、二人の共通点として両者ともに体が震えていた。



 ―――――その理由は全く違うものであったが。



 「ゆ、祐一さん。い、一体何を…………」

 「え、ああ、犯人はこいつだったよ。全く、人騒がせな猫だ」



 再起動した栞に対してピロを掲げて見せる祐一。

 しかし栞の視線はそこを向いていなかった。

 視線はもっと下の方―――――そう、祐一の下にいる『人』を直視していたのだ。



 「…………下…………」

 「下?」

 「…………下を見て下さい」



 俯いて発せられたぞっとするような栞の声。

 そんな栞の声を初めて聞いた祐一は背筋に悪寒を感じつつ言われた通り下を向いた。















 そこには、これ以上ないくらいに朱に染められた美汐の顔。















 「げっ!?」



 慌てて飛び退く祐一。

 その時の跳躍力は本職の陸上部を超えていただろう。

 そして彼は気付いた。

 ピロとの激闘(?)のせいか美汐の服は乱れに乱れていることを。



 エプロンは外れている。

 美汐によく似合っているシックなロングスカートは膝の辺りまで捲くれている。

 だが、一番マズイのは上着だった。

 胸元まで捲くれあがっていた。

 下着まではぎりぎり見えなかったが誤解を招くには全く問題ない状態であった。



 「う、あ、いや、これは違うんだ…………」



 必死に弁解しつつも、男の性なのか露出した美汐の白い肌から目が離せない祐一。

 それが状況を悪化させることだということは百も承知だが、これは悲しい習性といえよう。



 「……………………」



 真っ赤に染まったまま服の乱れを直し、無言のまま立ち上がる美汐。

 ちょっと涙目で祐一を睨んでくるがその表情に非難は感じられない。

 聡明なる彼女には事態が飲み込めているのだろう。

 が、乙女の柔肌を見られたことには変わらないのだから羞恥の視線を祐一にぶつけても彼女に罪はない。

 祐一としてはわざとでないにしろそんな視線に晒されては罪悪感バリバリなのだが。



 「ふ…………」



 栞が息を吸い込んだ。

 次の瞬間、祐一は台風で近所にその声が届かないことを凄く感謝したらしい。















 「不潔ですーーーーーーーーーっ!」



 (後編へ)

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 あとがき


 99999HITのリクエスト『祐一×美汐+栞での台風、停電あり』です。
 何を血迷ったか、何故か前後編になりました(汗)
 リクそのものは前編だけで済んだのですが話が終わらなかったので後編を急遽作ることに(笑)
 うーん、美汐の方が優遇されてるなぁ。